第5話 疑問3

正直に話すと恥ずかしいことだと理解は出来る。

自分に付いている手足の使い方が分からないと言っているようなものだから。


他人から「天才なバカ」「高スペックだけど無駄遣い」「賢いが無能」「有能な無能」と罵られる。

褒め言葉の真逆な単語を付けることでより一層、滑稽になるのは不思議だ。


俺は、俺なりに生きている。

普段通りで、何も変ではない。

人前だから、粋がることもしない。照れることもない。

例えば、かなり際どい服装の女性が目の前を通り過ぎるとする。腑抜けた男なら、アホ面でその女性を目で追うだろう。欲求不満ならストーカー行動に移行するかもしれない。

勿論、俺も24年間、男をしている。

胸がGカップで、くびれがあり、お尻が大きく、透き通った白肌だったら今宵の相手に誘うこともある。

しかし! 

人前でそんな卑劣で下品な行動はしない。

2度見も無い。

「あ、人がいる」と、認識したらそれっきりだ。何も無い。

期待も無い。

希望もしない。

妄想も想像もしない。

俺の進路方向にいれば別だが、進路の妨害にならないなら、見ない。

それが男!

それこそクール!

The 硬派!

俺の進む道だ。


俺は俺。

でも自分が情けない。

無能と罵られることも甘んじて受け止めている。発言した奴らは、どうでも良い奴らで気にも止めないが、俺自身も無能と強く感じてしまう。

劣等感を持ってしまう。

俺が取るに足りない存在なのは理解し、噛み締めているから仕方ない。


だが、俺は何を隠そう。

異能を持つ者だ。

一般人とは違う。

人とは違う。

ゆえに感じてしまう。


個としてのステージの違い。

自分の立ち位置。

そして、何より異能の使い所が分からないゆえに自分を脆く、矮小な存在と感じている。


今までは、異能の使用する必要性が無かった。

使い所も分からない。

使用しても、デメリットが大きいし、下手をすれば死んでしまう。

準備に時間掛かるため、発動するのに時間も必要だ。


だから使わないで生きて来た。

普通になろうと演じていた。

けど、異能があるとふっとした時に使おうとしてしまう。残念なことに人間は便利だと思うと自然と使ってしまう。

コンビニに入って、外に出たら雨。

そんな時は傘立ての傘を盗ってしまう。盗らなくても、そんな衝動に駆られてしまう。

それが人間。

俺も人間だったということだ。


だから天罰が今、下っているというだけだ。


「で、なんで吐血をしたの? 救急車の乗車も拒否して公共の場で吐血し続けた意味は? アタシ、そんな状況、知らないし分からないんだけど? 君が吐血した場所、もう一度、言える?」

「………改札口です」


俺の目の前には、警部? いや警察の階級なんて知らない。

つまりコイツは国家の犬だ。

権力を弱者に振りかざし、上にはペロペロと舌で靴を舐める。

汚い奴らだ。

目の前のこいつは女だ。

おそらく、上司に媚びを売り、魂も売り、身体も売ったに違いない!

the ビッチだ。

クソタレの汚物に等しい訳だ。

俺はこんな奴に取調室という権力者の楽園で、好きなようにされている。


クソ。

涙が流れる。

男として、涙を流す事は屈辱だ。恥だ。でも涙が自然と流れる。感情をコントロールしても、涙腺崩壊したみたいに涙が溢れてしまう。俺もまだまだ弱いという事だろうか。自問自答をしても、仕方ないので鼻水を啜る。取調室に俺の啜る音が反響する。その音がより一層、情け無さを演出した。


「はい! 泣かない! それに汚い! 公共の場で迷惑行為をする奴に流す涙は無し! ねぇねぇ? 君ねぇ? 分かる? 吐血よ? どうやったら吐血なんて出来るの? アタシ、そんなシーン、映画とかアニメでしか観たことがない。実際はどういう仕組なの? 胃袋粉砕? 肺でも撃ち抜かれたの?」

「………」


ベラベラとうるさい女め。

女は黙って、男の後ろに付いて来い! 

女が男の仕事をするな!

男女差別は上等だ。

俺はそんな枠組みにハマる男ではない。主張することは罪かもしれないが、思うことは罪ではない。

色んなルールで生きているだろうが、女が出て来ると話がややこしくなる。

女は自分の意見しかない。それに囚われている。まるで囚人だ。正しい意見かもしれないが、人間とはそういう生き物ではない。情状酌量の余地だってあるんだ。女はそれを理解していないし、理解する気もない。

だから俺は決して、女には屈しない。

故に俺はヤツを睨み付けた。

所詮、女はか弱き生き物。強い者には屈服する運命。


「はいはい。そんな目はねぇーアタシ、知ってるからねぇ? 女のくせにって思ってる目だよねぇ。今、アタシしかこの部屋にいないからぶっ放すわよこれ?」

「!?」


スーツをめくる。

ホルスターに拳銃が入っている。

こいつ、イカれているな。

拳銃を威嚇として使うなんて。だが俺は知っている。日本の警察官は銃を撃てない。

撃てば始末書地獄と、テレビで見たことがある。

現に拳銃を使用しなかったことで取り逃している犯罪者がどの程度存在するのか、俺には分からないが、結構な数と思っている。


「あ、あ、今、撃たないだろ? って顔したよね? したよね? はい! 後ろ見てぇ」


ん? 

後ろ?

壁か?

嘘だろ?

俺は下を向いて歩くクセがある。転ぶという行為が嫌いだからだ。

足元の注意を払い、歩くことが大切だと考えている。足元を疎かにする人間は人生にだって躓く。

俺は躓きたくない。

何事も無く歩き、歩き終えたい。

そのせいで、周囲の意識が疎かになるのは分かっていた。

目の前に人がいることだってあった。目の前に電柱が立っていたこともある。何かに躓くことはないのに何かに当たってしまうことは多かった。

今回はそれが裏目に出た形になった。

こんなに存在感があるのに俺は気付きもしない。

だから駄目なのだ。

俺は馬鹿なのだ。


取調室の壁は壮大に凹んでいた。

蜘蛛の巣のようなヒビが入っている。大男が拳を繰り出したような痕だ。

だが、これがなんだというのだ。

拳銃で出来た銃痕と言いたいのか?

この女、俺が正気ではないと思っているのか?

ふざけるな!

俺は正気だ。

この凹みが拳銃で出来たなど思うわけない。


「って、いう顔しているよねぇ? 拳銃ではないって顔。銃弾を作ったのよ。炸裂弾ってやつ? 当たった瞬間に弾ける弾丸? 人間なんて木っ端微塵よ。だから撃たせないでね? 撃っても良いけど、あなたが自爆したっていう調書を書かないといけないから大変なのよね。アタシが」

「………」


この女。

イカれている。完全にイカれている。こんな奴を国家公務員にしたこの日本がもう終わっている。

この国を終わらす必要がある。

やはり " あの人 " が言ったことは本当だった。


この世界は、滅びに値する。

人間の多様性が自由を与え、そして品格を奪った。

俺みたいな異能を持つ者には息苦しい。

滅ぼす必要がある。


「で、黙秘? 撃つよ? ってか、撃たせてくれる? 最近、変な事件が多すぎて、イライラなのよ。君もその類なんでしょ?」

「その類ってどういうアレですか?」

「類と表しているのにアレと言い換えられても困るわ。公表はしていないけど、力を持つ者が存在するのよ。アタシの身内もいるから分かるのよ。君もそうでしょ? 君はどっち?」

「どっちとは?」

「破滅側なのか? 救世主側なのか、よ?」


面白いことを聞く女だ。

ふざけているようで、全てを見透かしているところが気に入らない。

どこまでいっても、自分が正義という考えか。


俺はいつだって俺だ。

破滅を考えても、救世主的な行動をしても、俺は俺だ。決めるのは歴史で、後の世界が決める。


「俺は俺です」


言ってやった。

真っ直ぐ、この女の顔を見て、言ってやった。


「逮捕で」

「ふぇえええ?」


自分でも驚きの声が出た。

俺は格好良く、言ったのだ。

俺は俺です。っと。そこで逮捕? 有り得ない。本当に有り得ないぞこの女。心が無いのか? 普通、ここで「ワケを聞くから話せ」と熱い場面ではないのか? 


「はい。もう飽きました。アタシは飽きました。人の心なんて理解しません。迷惑行為の意味が分からないので、捕まえます。心も体も疲れた所で、もう一度、聞きます」

「何を聞くんですか?」

「なぜ、迷惑行為をしたのかを」


日本の警察がこんな女ばかりだったら、早急に解体したい所だが、捕まると後々厄介だ。

仕方ない理由を言うしかない。


「俺には異能がある」

「はい! アニメの見過ぎ! 勾留所にご案内!」

「………」


もう好きにしろ。

もういい。

うんざりだ。

俺はここから黙秘だ。何も話すことはない。何も言わない。何も発しない。俺は無言の男になる。


俺は、この女に連れられ、勾留所に来た。

何とも悪寒のする場所だった。

ここには電気も水道も無い。

窓は勿論、トイレもない。

人間が発狂するにはもってこいな場所だ。


「はーい。反省してね」


ウィンクをしながら、俺を中へ入れる。

俺は少し、笑みをこぼしていた。

やっとあの女から解放される喜びと、やっと口の中に仕込んでいたカッターの刃が吐き出せる。

取調室とは、面白い所だ。

身体検査を実施しても、俺の口の中は念入りに見ないらしい。

間抜けと言わざる得ない。


俺の異能には血が必要だ。

血を座標として、人や液体限定で転送が出来る。

血が座標なので、転送されたモノはもれなく血が付着する。

しかも厄介なことに少量だと何も転送出来ない。

ただ、大量だとかなりの質量のモノを転送出来るが、俺の生命が保たない。

諸刃の剣だ。


今日も改札口で舌の下に仕込んでいたカッターの刃が口の中を傷付け、血が止まらなかった。

血を口の中で貯めるのにも限界で、あそこで爆発するように吐くとは思わなかった。

周囲から見れば、俺は吐血をしているように見えるだろう。

現に吐血だったが………。


あーそれにしても口の中が、痛い。

まだじんわりと血が出て来る。

口の中は傷の回復が早いと、あの人に言われたから、訓練でカッターの刃を口に入れていたが、これは中々しんどいし痛い。


もう辞めてしまおうか。

" 悪の十字架 " を。

世界を変革させると言っていたが、はっきりと言って不鮮明だ。見通しが悪過ぎる。

俺みたいな異能者を集めると言っている所も胡散臭い。

そもそも、俺みたいな異能は、どう扱えば世界を変革させれるのだろうか?

疑問だ。

例えば、俺の異能がカッコいい火が出るなどだったら、世界を良い方向に導けるかもしれない。

そうだ! 電気が出るとかだったら、みんなに重宝されるだろう。

だが、俺は血を座標に転送だ。

そして血の量で転送が制限される。

何が出来るんだ?

何も出来ない。

人間を転送させようとすれば、大体100mlは必要だ。料理で例えるなら、小さじ20杯は必要だ。

かなりの量だ。それ相当の覚悟と度胸が必要で、痛みも伴われる。

おまけに人間以外は液体限定という制限がある。

液体をその場に転送しても、入れ物が無いから転送した液体が床にぶちまけられるだけ。

はっきり言って、無意味だ。

悪の十字架は何を思って俺を組織に入れたのか謎過ぎる。


もしかして、俺に隠された力が眠っているということだろうか?

いやいや期待するのは止めよう。

虚しくなるだけだ。


そう言えば、あの女は俺の異能を信じなかったな。身内にも力を持つ者が居ると言っていたが、俺の言葉は無視だった。

そうだ。

あの女をここに呼んだら、どう思うだろうか?

驚いて腰を抜かすかもしれないなぁ。

よし。

やってやる。

俺を甘くみた報いを受けろ。


口を開く、まだ口の中が切れているので、血が止まっていない。

ポタポタと床に血が落ちる。

時間が掛かるが、確実にあの女を転送出来ると自信がある。

関係無いが、こんなに口の中を切っていると味噌汁が飲めない。

それだけが残念だ。


数分後、床に小さな血の池が出来上がった。

自分でやったのに気が引けるくらい、不気味だ。

過去に数回は人を転送したが、気分があまり良いものではない。俺の血が付着してしまうし、悪魔を召喚したみたいになるから怖いのだ。大概が頭から流血しているみたいに転送が完了するからだ。


まぁ細かいことはいいだろ。

後は頭で奴の顔を想像するだけで、転送される。


俺はあの女を想像した。

年齢?

若いようで、年配なのか分からない顔立ちだった。20代と言われれば20代だが、40代と言われればそう見えなくもない。

身内で異能者がいると言っていたので、既婚者なのかもしれない。

女は化粧で顔が変わるから年齢は分からない。

そういえば、あの女は化粧はしていなかった。

奴の言動は、人を苛立たせる。だから顔は生意気な感じだった。瞳も鋭く、蔑んだ視線を俺に送っていた。

口元は緩んでいて、半笑いだ。

よく、あそこまで人を馬鹿に出来る顔立ちをしているもんだ。

想像しただけでもムカムカする。


これだけ想像すれば良いだろう。

あとは数秒待てば良い。


「え? 君なの?」


暗闇の中、あの女が転送されて来た。

血の池から頭から出て来るように出現する。だから頭の方は血だらけだ。

女は、あまり驚きを見せなかった。

身内にも異能者がいると言っていたが、同じような転送をする異能者なのだろうか?


「あ〜血か。君は血なんだ」


何故か、安堵したように言う。

普通だったら、血が付着している状況下で冷静は有り得ない。悲鳴を上げるか、失神をするはずだ。この女の安堵感はなんだ? 身内の異能者はどんな感じなんだ?


俺が驚愕をしていると女はポケットからスマホを取り出した。


「あ〜あの島、使える? そうそう、島内は別にいい。使えるなら使おうよ。丁度、いい感じの犯罪者がいるからブチ込もう」


俺の話をしているようだ。

何だ?

島?

俺は島に送られるのか?

そこで、異能者たちと戦えば、いいというわけか。望む所だ。俺は自分の異能の使いみちは分からない。だが、どうすれば生き残るかは分かるつもりだ。状況把握も出来る。

送るなら、素直に行ってやる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る