俺が一位!

徳野壮一

第1話

 世の中は大人が動かしている。それは子供達が主の学校でも同じこと。教師達は親御さんからのクレームに日々苦心している。子供達の思いと大人の思いの狭間に立たされて、もみくちゃにされながら折衷案を捻り出さなければならない。


 去年のことだ。

「ウチの子は運動が苦手なのです。そんなの運動会で一位になれるわけないではないですか。不公平です」

 と髙田さんが学校にクレームを言いにきた。

「そんなのお宅の子供が体を鍛えればいいじゃないですか!」と言いたい教師達。

 しかし、クレームを言ってくる親の例にもれず、髙田家は権力を持っていた。K小学校にも多額の援助をしてくださっていて、かつ、PTA会長であった。彼らの都合を呑まなければ、どうなるか分からない。

 そうして何とか考えだした作は、『争いはいけない。みんな一位でいいじゃないか』である。



 50m競走のプログラムが開始されていた。

 子供達はみんなで手を繋いで50mを軽く走る。競走なんて起こらない、盛り上がりもない平和な光景だ。


「たく小5にもなって手を繋ぐってありえねぇよな」

 と次に走る6組目のグループ内の1人である如月は吐き捨てるように言った。体操座りだ。

「しょうがないですよ。もう決まったことなんですから……」

 と如月の右隣にいる戸村が苦笑いした。

「そうそう、貴重な体験って事で納得しようぜ」

 と香川が隣いる如月をなだめる。

「ううぅ……。みんな、ごめんね。僕のお母さんのせいでこんなことになって……」

 と戸村の隣にいる髙田が居た堪れずに謝った。

「ま、気にすんなよ」

「髙田くんのお母さんは強烈ですからね……」

「ふん。しゃあねぇから大人しく従ってやるよ」

「本当にごめんね」

 彼ら4人が同じグループだ。


 それじゃあ次の人、レーンに入って。と先生が4人を促す。

 4人は体操座りから立ち上がり、お尻の砂を払う。

 第1レーンが香川。第2レーンが如月。第3レーンが戸村。第4レーンが髙田。それぞれが自分のレーンに入った。通常ならこの後スタンディングスタートの構えをし「よ〜い、ドン」の合図で走り出すのだが、今年は違う。

「はい、みんな手を繋いで」と先生が生徒に手を繋ぐように促す。

 4人は大人しく手を繋いだ。

 そして何の走る構えもなしだ。

 準備OKと見た先生がピストルを天に向ける。

「位置について、よ〜い、」

 パンッ!という発砲音と同時にみんなで仲良く走り出す。

 と思われたがしかし、発砲音が鳴った瞬間、如月が握られた両手を振り解いた。

(へっ!何がみんな仲良くだ!オレはそんなのごめんだね。オレは勝利が欲しいんだよ!先生の考えも知ったことか!)

 如月は完璧なスタートを決めてみんなより一歩前に出た。

(このままぶっちぎって一人勝ちをいただくぜ!ぐっ!)

 と思った如月の右手が、急に、勢いよく後ろに引っ張られた。

(どういうことだ。オレはちゃんと戸村の手を振り解いたはず!?)

 如月が右隣を振り向くと、スタートの時に繋いでいた左手ではなく、戸村の右手が如月の右手を掴んでいた。

(ば、馬鹿な!右手だとぉ!あの一瞬でそんな早く状況判断ができるわけない。ま、まさか!)

 如月から驚愕の目を向けられた戸村はニヤリと笑い返した。

(そうさ、僕は始めから君が1位を狙ってくると思ってたんだ。だから僕はいつでも君を捕まえる心構えをしていたんだよ)

 戸村はもう2度と手を離されないように、両手で如月の右腕を掴んだ。

(抜け出せねぇ。コイツ、全力で掴みにきてやがる!)

(悪いね如月君。運動が得意ではない僕が初めて1位になれる機会かもしれないんだ。君の勝手にされる訳にはいかない!)

 如月と戸村が争っている隙をついて、第1レーンの香川が如月の横を走り抜けた。

(ははは。如月君が1位を狙ってくるのも、戸村君がそれを阻止しようとするのも分かっていた。この勝負、片手しか繋いでない第1レーンと第4レーンが断然有利!……僕の一家は陸上一家。今日は父さんも見にきてるんだ。走りで負ける訳にはいかない!)

(クソッ!絶対いかすかぁぁ!)

(ッ!こ、これは!?)

 香川は前に進むことができなかった。

 執念で伸ばした如月の左手の中指だけを、香川のパンツに引っ掛けていた。

(へへへ。構わず走ってくれてもいいぜ。ただし観衆にフルチンを晒してもいいならな)

(クッ、なんて卑怯な!スポーツマンシップはないのか!?脱がされるのがズボンだけだったらかまわず走ったが、流石にパンツはまずい。フルチンはまずい!)

(香川、お前には覚悟が足りないんだよ!オレだったらフルチンでも1位を取りに行くぜ!)

(この、離せぇぇぇ)

 香川はパンツにかかった指を外そうとするも、如月の指を外すことは出来ない。それどころか人差し指、薬指とさらに掴まれていく。

(みんな1位でいいじゃないですか!)

(絶対俺が1位になるぅぅぅ!)

(もう、こうなったらフルチンで…………いや無理、流石にフルチンは無理!)

 全力で如月の腕を引っ張る戸村。

 香川をゴールさせないようにパンツを引っ張る如月。

 下げられないようにパンツを上に引っ張る香川。

 三者三様の思いを抱き、三者三様のものを引っ張りながら、1位を目指していた。

 そんなスタートラインから数mしか動いていない三人の耳に「髙田君が大差をつけて、1位でゴールしました」と放送委員の声が聞こえてきた。

「「「…………あっ」」」

 3人は完全に髙田君の事を忘れていた。

「やったよお母さん!初めて1位を取った!」

「おめでとう蒼ちゃん。お母さんとても嬉しい!」

 ゴール付近では髙田親子が飛び上がって喜びあっていた。


「ほらお前らもさっさとゴールしろ」

 スターター役の先生が固まってる3人にそう注意した。

 その後。

「香川君、如月君、戸村君の3人は仲良く手を繋いでゴールしました。同率2位です!」

 3人は、争わずにみんな1位にでゴールすれば良かったと思いました。

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