走る俺

ちょこっと

第1話

 思えばいつだって走ってるようなもんだ。


 今日やる事、今週やっておく事、今年やっておく事、学生時代にやっておく事。


 やらないといけない事で人生が埋められて、生きてくだけで時間が埋まっていって、ただただがむしゃらに人生突っ走っているようなもんだ。


 結婚、子持ち、マイホーム。中古だし親に頭金借りたけど、なんとか戸建てのローンを組めた。その分、車は諦めた。いいさ、土日だってどうせ仕事で忙しくしてるか、疲れて寝てるか、たまに子どもの相手をしてるかだ。


 子どもが出来てからは、生活が一変した。妻も一変した。まさかここまで変わるとは思わなかった。

 両親祖父母の手伝いが一切無いし、俺の仕事は都内だし、しゃーないっちゃしゃーない。その分、なんとか専業主婦にしてるんだからさ、自分で時間やりくりして休めばいい。

 

 だから、仕事で疲れ切ってる俺に、これ以上負担を回して来ないでくれよ。



 一家の大黒柱、どこにも子どもの預け先無しで、妻の仕事はやめざるをえなかった。俺一人の稼ぎで食わしていかなきゃなんない。


 絶対に、仕事で失敗は出来ない。絶対に、仕事頑張んないといけない。絶対に、絶対に、俺が稼がなきゃ。俺が、絶対に稼がないと、妻も子どももどーすんだよ。ひもじい思いはさせたくない。金がなくて惨めな思いは、出来るだけさせたくない。

 俺が、稼がないで、どーすんだよ。


 頑張れ、休むな、残業がなんだ。土日出勤がなんだ。


 走れ、走れ、休むな、俺。


 あれ、でも、息が切れてきた。


 どーすんだ、俺。


 俺が稼がないと。


 俺、どーすんだよ。



 そんな時、急に世の中リモートだなんだと出勤が激減した。自宅での仕事は、通勤時間がそっくりそのまま休憩時間になる。


 今まで張りつめて張りつめて、息が切れる寸前だった俺。

 突然、ささやかな休息が降ってわいた。


 朝は子どもの顔を見る事も無く、ギリギリまで寝て慌ただしく出ていく。帰りは終電。土日は午前中泥のように寝て、午後は仕事。もしくは朝から土日出勤。


 そんな日々が、通常の勤務時間にPCつけてオンライン会議やらパソコンを使った仕事に変わった。たまに出勤もするが、本当に極たまに、だ。


 神経磨り減って限界だった俺は、毎日ギリギリまで寝て少しずつ回復していった。とはいえ、残業だってそれなりにあったが、自宅で残業なら終わった途端に風呂で寛げる。


 仕事の合間に誰かの目を気にせず、トイレに行ける。



 ああ、俺、疲れてたんだなぁって自覚した。



 いや、疲れてたのは分かってた。ただ、だからなんだって。結婚して子どももいるんだ、食わせていかなきゃって。疲れてるからだからなんだよって。必死に働いてたんだ。

 だから、疲れて帰っても、夜なかなか寝付けなかった。体は疲れてるのに、なかなか寝付けなかった。

 妻は子どもの世話やら、よく熱だすので看病やら、とかく一人でギャーギャー走り回ってた。


 家事育児くらい、頼むよ。みんなやってるんだろ? じゃあ、出来るもんなんじゃねーの? みんなそんなもんなんだろ? 要領悪いんじゃないのか。


 そう思っている所に、なにやら家の雨漏りを見つけたから対応してほしいとまで言われた。


 だから、無理だって。仕事で精いっぱいなんだって。俺は。


 もう、これ以上スピード上げては走れないんだよ。今の走りが精いっぱいなの。分かる?


 昔は頬染めて嬉しそうに俺の言葉に耳を傾けていた妻が、冷めた目でしか俺を見なくなったのは、いつからだろう。俺の話を聞く時に、目を合わせようともしなくなったのは、いつからだろう。


 なんだよ。なんなんだよ。

 こんなに必死に走って走って、それでもまだ足りないのか。


 今は休憩ポイントなんだよ。

 リモートワークで、自宅仕事で、フルマラソンの間にぽつんと出来た休憩地点なの。


 少しだけ休憩してみて、どんだけ疲れ切ってたのか分かった。疲れすぎている事に気付かないくらい、気付かないフリするくらい疲れてたんだって、やっと気づいたんだよ。


 だから、頼むから少しだけ休ませてくれ。


 また、がむしゃらに走り出す為に。

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