ペンが走る。

山岡咲美

ペンが走る。

「ヤバイ、俺、おかしくなったか?」


「おかしくはありませんよご主人しゃま」


 机の上に小人こびとが居る、はかま姿で短いお下げの小さな女の子だ、完全ヤバイ、せめて寝不足だったのなら言い訳もたつがしっかり8時間睡眠のあと、朝食を取り、風呂に入り大学へと行く万全の体調なのだからそうは言ってられない。


「ご主人しゃま、ですか?」


「ああ、アパート出る前に小説賞に送る原稿をチェックしようと思ってな」


 小人はノートPCの事をと呼んだ、ワープロってのは文章作成専用PCみたいな物で、今だとポ○ラ(がっつり商品名の為ここでは伏せ字としておこう)とかがそれに該当する、そしてこいつが何故そんな事を口にすると言うのかと言うと……


「ご主人しゃま、たまには万年筆まんねんひつを使ってくださいましぇ、あたしを使ってくださいましぇ!」



 そう、コイツは万年筆の精霊らしいのだ。



「……えーと、万年筆さん、俺原稿用紙なんてもって無いしノート(PC)で書くから遠慮するよ」


「ご主人しゃま、ノート(帳面)では書けませんよ」


「うん……そうだね、でも最近はこのワープロみたいな奴で書くのが主流なんだよ」


 万年筆の精霊は少し落ち込んだ顔を見せるが、首を振りあきらめないとばかり真っ直ぐにこちらを見上げ言葉を紡ぐ。


「知っていましゅ、最近はを集め作られた[]で小説を書くのだと……」



 ワープロは知ってたけどって言うんだ……(すげー名前だな、後でググってみよう)



「いや、俺としては書くの速くしようかと思ってスマホの音声入力で小説を書こうかと思ってる所だし万年筆はちょっと……」


「すまほ? おんしぇえにゅーりよく??」


 あっコイツ解って無いな!


「まかせてくだしゃい、速く書くなら方法がありましゅ」


 駄目だあきらめが悪い、精霊って言うか悪霊に取り憑かれたみたいだ。


「いいでしゅかご主人しゃま、先ずは文字の簡略化をするのでしゅ、例えば[す]の横の線と丸まった縦の線を直角に一筆ひとふでで繋げて書いて一文字辺りの画数を減らしてペンの速度を上げるでしゅ」


 万年筆の精霊はまるで作家さんのすごい秘密を教えたかの様に俺の顔を机の上の自分に近付かせ小声で耳打ちした。


「あと、某しぇんしぇいは原稿用紙1/4サイズの文字のをお書きになって線の長さを短くして速筆そくひつをお上げになり指の疲労を軽減しゃれたとか」



 いや、俺そうまでして小説書きたくねーよ、取りあえず指の動きを最小限にするって事だろそれ。


 (万年筆の話がホントかどうか解らんけど昔の作家の原稿が悪筆あくひつなのはそれが原因だな……)


「いやゴメン万年筆さん、やっぱり今までの使ってた物の方が使い勝手が良いし……」


 俺は少しの罪悪感があったが小説賞も近しいそうも言ってられなかったのだ。


 …………


「お婆しゃまが大学合格を祝ってご主人しゃまに贈られたのあたしを使わずにいるとおっしゃるのでしゅか……」




 コイツに対する罪悪感は今消えました。




「きたねーぞオマエ! ばーちゃんかんけー無いだろ!」


「かんけーありましゅ! あたしを贈ると決めた時、お婆しゃまはご主人しゃまが小説をお書きになられるからきっと喜んで使ってくだしゃるとおっしゃいました! お婆しゃまはご主人しゃまにあたしを使ってほしいんでしゅ!!」


「ううっ!」


 ばあちゃんが……。


「わかった、オマエを使って小説を書く、ただし! 小説賞に出すような何万文字の小説は無理だ、だから…………」


 だから? …………


 万年筆の精霊はゴクリと息を飲む。



「今度は俺がばーちゃんの為に万年筆オマエで小説を書いてその原稿をばーちゃんに贈るよ」



 万年筆の精霊の顔が「パアッ」と明るくなった。


 そして俺は大学に行き講義を受けたあと、大学から帰る途中の文房具店で400字詰め原稿用紙を買って帰った。



 俺は万年筆ペンを走らせる。



 書いたのはばーちゃんに貰った万年筆と俺の物語。



 今朝けさ起きたばかりのファタジー小説だ。

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ペンが走る。 山岡咲美 @sakumi

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