ねぇ、
2121
パエリアとバドミントン
「お姉ちゃん、会議中じゃないよね?」
「会議はしてないよ」
「入ってもいい?」
基本的に家にいる妹がこうして仕事中に私の部屋の扉をノックするのは珍しいことだった。
自室に籠っての在宅仕事はもう一年近く経つ。少し前までは大幅に減らされていた出社率も最近では少し緩和され、週一くらいは出社している。けれどもそれ以外の時間は家に職場のパソコンを持ち込んで仕事だ。
「今、仕事中なんだけど……」
「だからこそですよ!」
足で器用に扉を開けて部屋に入ってきた妹の両手のお盆にはマグカップが二つ乗っている。湯気が立ち上り、部屋にいい匂いが漂った。
「コーヒー?」
「疲れたかなと思って。水分補給大事」
「ニートが働いてる」
「ニートでもコーヒーくらいは淹れれるからね。粉溶かしただけだし」
「ありがとう」
マグカップを受け取り、一口いただく。さすが長年一緒にいるだけある妹だ。コーヒー濃いめでミルク半分、砂糖なしという私の好みのコーヒーだった。
「ねぇ」と妹は甘えた雰囲気で言う。
「ここにいてもいい?」
コーヒーのマグカップを二つ持ってきている時点で、なんとなくそう言う気がしていた。
「いいけど、邪魔はしないでね」
「もちろん!」
そうして私の部屋に居座るために、妹は漫画を十冊ほど持ってきた。言った通り、大人しく背後で漫画を読み始めた。
「ねぇ」
そのまましばらく時間が経って、不意に声を掛けられて集中力が途切れた。パソコンの時計を見ると十一時三十分だった。
「ピザ食べようよ。ウーバーイーツ的なやつ」
「的なやつ、たまにはいいね」
スマートフォンで検索すると、CMをしているような有名なピザ屋から、ローカルのピザ屋まで出てくる。どれにしようかとスクロールしていると、目に留まったのは普段食べない、そして家でも作らない料理の写真だった。
「……パエリアとか気にならない」
「いい感じの異国の雰囲気漂う料理を言うじゃない!」
スマホの画面を妹が横から覗き見る。
「めっちゃおいしそうじゃーん。パエリアって数えるほどしか食べたことないかも」
そうしてパエリアとポテトとチキンのセットを選ぶ。四十分ほどで届くそうなので、お昼の時間に丁度いい。
あと三十分、と思い仕事へ戻る。しかし背後から視線を感じて、集中が出来ない。
「……あんまり画面をまじまじと見ないでくれる?」
邪魔しないでって、最初に言ったんだけど。
「大丈夫だよ。何が書いてあるのか全く理解できないし、見てるのは画面じゃなくてお姉ちゃんだから。それよりさ」
一呼吸おいて、妹は続ける。
「社会人だなーと思って」
「一応、社会人だけど」
「お姉ちゃんじゃなくて、大人をやってる」
呟くように、そう言った。
「大人なんて本当はやりたくないけどね。一応表面上は取り繕いながらやってるだけ。あんたも少し前までやってたじゃない」
妹は、数か月前に仕事を辞めた。この状況下での解雇という訳ではなく、多忙により少し病んで辞めた。今はある程度は回復したみたいだが、まだ仕事をする気にはなれないらしい。
「元気に生きてればそれでいいんじゃない? 美味しいコーヒーも淹れれるんだし」
大人として社会人らしくあることは大事かもしれないが、正直なところそれで心を潰してしまえば元も子も無いと思う。
職場なんて、ぶっちゃけガチャと同じなので、次はいいところを引き当てられたらなと、ひそかに祈っている。
「仕事終わったら家の前でバトミントンしよっか。体なまってない?」
「やる! 部活で使ってたラケット久々に出す」
そうして二つのご褒美を楽しみにして、残りの仕事を片付けるのだ。
ねぇ、 2121 @kanata2121
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