第27話 暴走する魔力

 なぜ魔力が上限値を遥かに超えてしまったのだろうか。

 もちろん、俺が意図的に魔力を増幅させたわけではない。

 何者かが俺に魔力を与えたとでもいうのだろうか?

 正確に例えるなら、魔力を永久に使えるように手を加えたとでも言うべきか?

 どちらにせよ、そんなことができる知り合いと言えば俺には彼女ぐらいしかいない。

 

 ーーシヴィリアーナ以外ありえないよな・・・。


 余計な手出しはするなと言いたかったのだが、状況は予想外の方向へと向かっていた。

 というのも、彼女の顔色は血が行き届いていないように顔面蒼白としていたのだ。

 果たして、この状況を作り出した張本人にこんな顔ができるだろうか。

 否、そんなことは不可能に近い。

 驚いた顔などは誰でも簡単に作れるが、顔の血液までも自由自在に操れる異能人は存在しない。

 つまり、彼女はこの状況を作り出した張本人ではないことになる。

 

 --それじゃあ、他の連中か・・・?


 他の兄弟を見てみるが、皆シヴィリアーナと同じような顔をしていた。

 ただ、一人だけを除いて。


 「こいつは面白ぇ・・・」


 そんなことを口にするなり、ガイオスは目をキラキラと輝かせながら今まで見たことのない笑顔を俺に向けてきた。

 何がそんなに面白いのかはさておき、これ以上考え詰めても答えはきっと見つからないだろう。

 見つからない答えを探すよりも先に、俺は目の前にいる女を倒さなければならないのだ。

 

 「その化け物染みた魔力はどこから恵んでもらったのかな?」

 「そんなの知るわけないだろう? 第一知っていたところでお前に教える義理はない」

 「ふーん? それって、もの凄くフェアじゃないと思うんだけど?」

 「嘘を吐いてまで攻撃を仕掛けたお前が言えた立場じゃないな」


 彼女の口からフェアじゃないと言われると虫唾が走る。

 俺を騙してまで魔神王の座を欲した彼女が今更何を言うのか。

 どう考えても、これでようやくフェアになったというべきだ。

 

 「まあ、魔力を回復させたところで私の攻撃が効いてるようじゃ意味ないんだけどね」

 「もう油断はしない、お前が積み重ねてきた経験値は俺に遠く及ばない」

 「十歳のお子様が経験を語るとか、年上のお姉さんやお兄さんには絶対言っちゃダメだよ? 馬鹿にされたと思っちゃうから」

 「その言葉、そのままそっくり返してやるよ」

 「やれるものならやってみなさいな!」


 そう言うと彼女は「絶対照準アブソリュート・アイ」を通して、天に向けて無数の弾丸を放った。

 天に向けられて放たれた弾丸はアーチを描くようにフィールド全体を包み込み、その矛先はやはり俺に向かって収束するようだ。

 しかも、彼女の魔源力「弱点転換ウィーク・コンバート」で聖力へと魔力が自動変換されている。

 この異常なまでの聖力攻撃を受け止めてしまえば、魔の者の即死は免れないだろう。

 だが、誰がどう見ても逃げ場は・・・ない。

 そして俺は、為す術もなく無数にも渡る聖力の弾丸をその身一つで受けることになってしまったのだ。


 「ヒャハハ! 末っ子が偉そうに経験を語るから罰が当たったんだよ! まあ私の声はもう聞こえていないだろうけど恨まないでね? 全部君自身が招いたことなんだから」


 あれほどの聖なる力を受けた魔神が生きているなど考えられるわけもない。

 先人が語り継いできた常識が根深く定着しているからだ。

 だからこそ、母さんもディアルナも焦ったように俺の名前を口にする。

 だが、母さんの声もディアルナの声も、ついでにサリカの声も全て鼓膜を通じて認知できていた。

 彼女たちの声が聞き取れていた、ということはつまりーーーー


 ーー俺・・・生きてるのか・・・?


 隈なく全身を調べてみるも、光の傷跡一つ残っていない。

 母さんやディアルナが心配し、サリカが勝ちを確信をするのは砂埃が舞っているせいで俺の姿を確認できないからだろう。

 無傷の俺を見て絶望する彼女の姿や安堵する母さんたちのが目に浮かぶようだ。

 やがて砂埃が晴れていくと、サリカは想像した通りの反応を見せてくれた。


 「な!? なんで聖力を受けて生きてるの!?」

 「さあ、どうしてだろうな?」

 「とぼけないで!魔族が耐えられる代物じゃないんだよ!?」

 「愚かなあんたに一つだけ教えてやる」


 俺は両手いっぱいに手を広げながら彼女の問いに応じた。


 「光の痕跡がどこにある? 最初からあんたの攻撃は俺に一ミリも届いていなかったぞ?」

 「抜かすな! 聖なる力で蜂の巣にされた魔族が生きていられるはずがない!」


 彼女は二本の長銃の先を俺に向けながら幾度となく一斉射撃してきたのだが、攻撃の嵐はすぐさま止んだ。

 というのも、攻撃するだけ魔力の無駄だと悟ったからだろう。

 聖力の弾丸は確かに直撃していた。

 だが、俺の身には掠り傷すら残らなかったのだ。

 

 「どういうこと!? 「弱点転換ウィーク・コンバート」で弱点攻撃になってるはずなのに、どうして掠り傷一つ付かないの!?」


 どういうからくりで彼女の攻撃を無効化しているのか、当の本人ですら知り得ていないのに他人が知る由もない。

 でも、聖力の攻撃が効かなくなったのは、俺の魔力が増幅したタイミングと見事に一致する。

 つまり、覚醒前と覚醒後の俺の身に少なからず変化があったということだ。

 覚醒前の俺と覚醒後の俺ーーーー変化があったとするなら、言うまでもなくこの一点に限るだろう。

 確信を得るために、俺は彼女の元へと一歩ずつゆっくりと近づいていく。


 「数で攻撃を与えられないのなら、威力で押し切ってやる!」


 数より威力を重視し始めた彼女の、一発に対する魔力の消費量が一気に倍増した。

 目視で確認できるほど、銃口に込められた魔力の弾丸が見違えるように威力を蓄えているのだが、もし俺の仮説が正しければ彼女の攻撃はまたしても無効化されることになる。

 己の身を犠牲にした命がけの作戦ではあるが、不思議なことに今の自分が簡単に死ぬとは思えなかった。


 「果たして、これを食らって生きていられるかな!」


 そして彼女は、膨大なエネルギーが蓄積された弾丸を俺に目掛けて放った。

 本来ならどうにかしてでも回避するべきなのだろうが、回避しようとするだけ無駄なのだ。

 というのも、彼女の左目に浮き出ているバレット・サークルが百発百中の命中率を常時保証しているから。

 要するに、俺が尻尾を巻いて逃げようとしても彼女が放った弾丸からは逃れることはできないということだ。

 運命が決められていると言うのなら、尚更逃げる必要ない。

 ここらで「仮説」を「確信」へと証明し、彼女が再起不能となるように絶望させるのだ。 

 それを胸に、俺は彼女の放った凄まじい聖力の弾丸をノーガードで受けることにした。


 「ハハ! 今までの弾丸とは威力の桁が違うよ? そんなに死にたいのなら更にこれもプレゼントしてあげる!」


 そう言うと、彼女は片方の銃口に充填されていた聖力の弾丸を一発目と同じ軌道に乗せて撃ち放った。

 大抵の魔族なら、生存することすら危うい代物だ。

 しかも、それは凄まじい聖力の弾丸を一発食らった時の話。

 それを二発食らったとなれば、「死」以外の選択肢が失われてしまうのは誰でも理解できる簡単な話だった。

 聞こえる・・・母さんの悲鳴。

 聞こえる・・・ディアルナの叫び声。

 死んでしまえば、二度と彼女たちに会うことはない。

 そんな当たり前なことを知らないわけがない。

 だが、彼女の「絶対照準アブソリュート・アイ」の前では回避策を練ったところで何の意味もなさないのだ。 

 そんな事情を、遠くで戦場を見つめる彼女たちに理解しろと言うのはあまりに酷な話だろう。

 だから俺は、彼女たちの声を無視してサリカの攻撃を受け止めることにした。

 結果はーーーー予想通りのものだった。


 「ヒャハハ! これで魔神王の座は私のものだ!」

 「聞き捨てならないな、魔神王の座が一体誰のものだって?」

 「な、ななな、なんで!?」


 歓喜に満ちていた彼女が絶望の淵に叩き落されるのも無理はない。

 即死級の聖なる力を受けた魔族が平然とした態度で未だ戦場に君臨しているからだ。


 「何でって、そんなの簡単な話じゃねーか」


 俺は自分の身長を遥かに上回る魔力剣を作りながら彼女に告げる。


 「俺とお前の自力の差、お前の聖力が俺の魔力より貧弱だっただけの話だ」

 

 そう、俺が彼女の聖力攻撃に掠り傷一つすら付かなかったのは、膨大すぎる魔力の前では全て掻き消されてしまっていたからだろう。

 本来、魔族が聖なる力で死を迎えるのは、光の力に抗えるほどの魔力量を持ち合わせていない場合がほとんどと言っていい。

 聖なる力の攻撃に対抗するには、それを相殺できるだけの膨大な魔力が必要となる。

 つまり、彼女の聖力攻撃は俺の魔力量の前では相殺されてしまうだけの力量でしかないということ。

 弱点を狙った攻撃でさえ相殺されてしまう、完全な彼女自身の力不足だ。


 「貧弱・・・? これって私が貧弱になるのかな・・・?」


 絶望の淵に叩き落とされた彼女に戦う意思がすでにない。

 力が抜けたように地に座り込む彼女を見てたら誰だってそう思うだろう。

 だからこそ、彼は俺たちの間を割り込むように入ってきた。

 そうーーーー奴だ。


 「サリカ、お前の負けだ。さっさと下がって特訓でもしとくんだな」

 「ガイオス・・・! 私は負けを認めたわけじゃ・・・!」

 「おいおい、膝を震わせた腰抜けが随分と流暢に語るじゃねぇか」

 「だから、私はまだ・・・」


 するとガイオスは、座り込むサリカの頬を力強く掴んで彼女の言葉を遮った。


 「今凄く機嫌がいいんだ。だから俺の機嫌を損ねる輩は、例え血の繋がった兄弟とは言えどもーーーー」


 そして彼は不敵な笑みを浮かべながら口にする。


 「迷わず殺すぞ?」

 「こ、ころ・・・」


 普段の彼は不謹慎なことを口にしない男なのだろうか。

 物珍しいものを見たかのように彼女は目を丸くしていた。

 とはいえ、このまま彼の言われるがままリタイアされても釈然としない。

 あくまでこれは俺と彼女の戦いだ。

 部外者は退場願おう。

 気が付けば俺は、魔力剣で彼女の頬を掴んでいる彼の腕を切り飛ばしていた。


 「な、なんで・・・」


 ガイオスとサリカの間に割り込んできた俺に、彼女は今にも消えてしまいそうな声でそう告げる。

 一方の彼はというと、腕を切り飛ばされたというのにも関わらず大層機嫌がよろしいようだ。

 

 「カハハ! ルシフェオス、一体何の真似だ?」


 一体何の真似? 言わないと分からないのか?

 俺は身長二メートルの彼を睨みつけながら口を開く。


 「俺と姉上の戦いの邪魔をするんじゃねぇ。とっとと消え失せろ」



 

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聖霊魂を宿した魔神の王 陽巻 @namihikari

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