第25話 サリカの魔源力
試合開始の合図から数秒後の出来事に、俺はらしくないことに戸惑っていた。
まあ、目にも留まらぬ速さで弾丸が飛んで来たら、大天使だろうと魔神王だろうと誰だってビックリするだろう。
それ以上に、魔力攻撃を無効化できる俺の魔源力が全く意味を成していないことに驚きを隠せないでいた。
体の隅々まで魔力を滞りなく流しているというのに、それでもサリカの攻撃を受けてしまったのだ。
もしかしたら、俺の魔源力は魔力攻撃を無効化できるものではないのかもしれない。
だとしたら、なぜ俺は魔法などの魔力攻撃を無効化できたのかという問題が次に浮上してくるわけで。
「そんなことよりも・・・!」
俺は魔力を使って何とか頬の掠り傷を完治させたものの、サリカが俺を自由に行動させるわけがない。
彼女は二本の長銃を交互に撃ち込んでくる。
俺はなるべく銃口の先から外れるように回避し続けた。
それでも、やはり全てを回避するのは無理な話だったようだ。
俺は脇腹や太もも、さらには首筋にまで弾丸が掠っていき、体はすでに掠り傷だらけ状態。
そんな俺の光景を見た観客が盛大に盛り上がっていたのは言うまでもないだろう。
「クソ、この状況を何とかしないと・・・!」
とりあえずは、掠り傷をどうにかしないといけない。
軽い傷口とは言え、無茶な行動ばかりしていれば、いずれ傷口は悪化の一方を辿る。
そうさせないためにも、まずは傷口を治すことが先決だ。
そう思い、意識を傷口に誘導させたその時----
「これは・・・」
俺は掠り傷に残る光の痕跡に見覚えがあった。
それは遥か昔、神が率いる大天使軍が魔神王率いる魔神軍に攻撃を与えた際に生じた痕跡とよく似ているもので、もしかしたらと思い至った俺は強面の表情で彼女に尋ねてみた。
「お前・・・、まさか大天使の誰かの生まれ変わりか・・・?」
「やーね、そんな怖い顔しないでよー。 って言っても、魔神と大天使は犬猿の仲。そんな態度を取られても仕方がないよね」
「つまり、お前は大天使の生まれ変わりではないとそう言いたいんだな?」
「うん、私は正真正銘の魔神族だよ♪」
「嘘を吐くのも大概にしろ!」
俺は彼女との間合いを詰めようと急接近する。
銃という武器は、遠距離攻撃に特化されて作られていることが多い。
つまり、彼女に攻撃の隙を与えないほどの素早さを兼ね備えて入れさえすればいいのだ。
そして案の定、彼女は俺との距離を取ろうと前を向いたまま後ろへ下がっていく。
「ハ! 全てお見通しだ!」
「ふふ、全てお見通し? それじゃあこれならどうかな!」
攻撃を回避しながら笑う彼女の銃口たちは、なぜか俺ではなく天へと向けられており、すぐさま放たれた二十発の弾丸が空中で四方八方に散りばめられると、やがて俺を目掛けて一直線に飛んできた。
弾丸を回避しつつ、彼女を壁付近まで追い詰めてやりたかったものの、都合が悪いことに相手の弾丸には聖力が宿っている。
これ以上の猛追は難しいだろう。
そう思い、攻撃を避けるために一度サリカから距離を置くと、彼女は嘲笑うように話しかけてきた。
どうやら、予想外の出来事に対応できなくて逃げたと思われているらしい。
「ハハハ! なんだお見通しって口だけじゃん! でも仕方がないよね、君と私の相性は壊滅的に悪いからね!」
そして彼女は、右手で持つ長銃の口を俺の額に向けながら告げる。
「これが私の魔源力「
「つまり、俺は魔神族だから自動的に魔力が聖力へと切り替わったってことか?」
「ご名答!」
もし彼女の言うことが真実なら、今まで戦ってきたどの兄弟たちよりも苦戦を強いられることは間違いない。
だが、どうしても彼女の言っていることを完全に信じることができなかった。
だってそうだろう? 魔神族である彼女がいくら魔源力で転換できたとしても、大天使の力の根源である聖力を使えるはずがないのだ。
それはつまり、彼女の正体を決めつけるには未だ不確定要素が多すぎることに他ならないわけで。
「お前が大天使の生まれ変わりではないことを示すには情報が不十分だな? もっとマシな言い訳を考えたらどうだ?」
「あら、まだ信じてもらいないのね。なら仕方がないですね」
すると、彼女は俺に向けていた銃口の先をおもむろに左腕へと移し替えていく。
まさかと思ったその瞬間、彼女は何の躊躇いもなく左腕を銃で撃ち抜いたのだ。
「お前、何のつもりだ!?」
「え? 魔神族であることを証明しようとしたんだけど? 心配しなくても急所は外したから大丈夫だよ」
そう言いながら笑っている彼女は何だか不気味で仕方がない。
自分の片腕を躊躇することなく撃ちつける奴に恐怖を抱いてしまうのは当然の感情だと言えるだろう。
だとしても、彼女の躊躇いのない行動はどこか常識からかけ離れているとしか思えなかった。
「仮に急所を外したとしても、自分で自分を傷つけるようなことはやめた方がいい。忠告だ、いずれは自分の身を滅ぼしますよ?」
「ルシフェオスが情報不足だからって言ったからやったんじゃない・・・。まあいいや、とりあえず見てよ」
彼女は撃ちつけた左腕を前に出して見せつけてくる。
そこには、聖なる力で傷つけられたと思われる光の痕跡がしっかりと残されていた。
つまり、彼女の弱点は聖力であることを知らしめる決定的な証拠に他ならないということ。
見せつけられてしまった現状ではこれ以上彼女を疑うことはできない。
「これでようやく信じてもらえたかな? だったらこれはもう必要ないよね」
魔力を消費して傷口を回復させたその極一般的な行動に俺は、ふとある疑問を抱いた。
「なんで魔力を消費してまで魔神族だということを証明したかったんでしょう? それじゃあ、サリカ姉上が不利になるだけなのでは?」
俺が魔力を消費するのと彼女が魔力を消費するのでは訳が違う。
そもそもの魔力量が違うから、彼女の無駄な魔力消費はこの戦いにおいて命取りに成りかねないのだ。
「私が不利? ハハハ、まだそんなこと言えるんだ~」
「と言いますと?」
彼女は再び銃口の先を俺に向けて口を開き始める。
「言ったよね? 私と君は壊滅的に相性が悪いって、つまりこういうことだよ」
そう口にしながら、彼女は魔力の弾丸を一発撃ちこんできた。
躱せば何の問題もない。
そう思い、俺が横に飛んだその時ーーーー
彼女は、もう一度銃口に込められた弾丸を俺に向けて撃ち放った。
ただ撃っただけなら別にどうも思わない。
だが、不可解なことに銃口の先が横に飛んでいる俺の心臓を寸分狂うことなく捉えているのだ。
動いてる物体に寸分ブレることなく心臓を捉えるなど、銃士ですら不可能とされている偉業を彼女は今まさに実行している。
偶然か、それとも狙ったものなのか。
どちらにせよ、今の俺は彼女の攻撃を回避するしかない。
俺は心臓を貫く勢いの弾丸を紙一重のところで何とか回避することができた。
彼女にとっても予想外の出来事だったらしく、ビックリした様子で俺に話しかけてくる。
「凄い! まさかあの土壇場で回避するなんて! さすがセモンを倒しただけのことはあるね」
俺の回避技術に感銘を受けているようだが、話の肝はそこじゃない。
「姉上の弾丸は俺の心臓を捉えていた。偶然か? それともーーーー」
そう言いかけた俺の言葉を遮るように彼女は言った。
「偶然じゃないよ? だって私と銃たちは一心同体だから、動いてる物体でさえ仕留めるのは容易だよ♪」
銃と一心同体? それは自分の魔力を武器に通してるからってことなのか?
彼女の発言の意味がよくわからない。
「例えが分かりづらかったかな?」
「えぇ、姉上が何を言っているのかさっぱりわかりません」
「素直な子は好きだよ~、そんな素直な子には特別に教えてあげましょう」
すると彼女は俺に向けて銃を構える。
どうやら、教えると言って油断させるつもりだったようだ。
俺はすかさず魔力の剣を作り出し、べレフォールを吹っ飛ばした時と同じ姿勢を取った。
あの魔力で吹き飛ばせば、弾丸だろうが何だろうが簡単に搔き消せるはず。
「ちょっと待ってよ! 教えてあげようとしてんのに何で武器を構えるの!?」
「先に構えたのは姉上のほうでしょ? 油断させようたってそうはいきませんよ」
「確かに、誤解させた私が悪いような気もするけどさ・・・」
悪いも何も、先に敵意を示したのは姉上の方だろうが。
とは言わず、俺は黙って彼女に向けて全神経を集中させる。
弱点を突かれるのだから、他の兄弟たちよりも警戒しないわけにはいかない。
「撃たないって約束するからその魔力剣を引っ込めてくれないかな?」
「もし、撃ったらどうします? 返答次第ではべレフォール兄上以上の目に遭ってもらいますけど」
「まじか・・・」
「まじです」
顔を真っ青にする彼女の姿を見て、効果があったと実感した。
あのべレフォールの無様な姿を見てしまったら、恐怖に怯えて武器を下ざるを得ないだろう。
でも、なぜか彼女は武器を構えたまま引き下がろうとしないのだ。
確かに優れた射撃性能の正体が何なのか気になって仕方がないのだが、どうしてそこまでして敵意を持たれている相手に教えたがるのか。
不可解なことに頭を悩ませている間にも、彼女は銃口の先を試合場を取り巻く壁に向けながら口にする。
「わかった、それじゃあ壁撃ちするからよく見ててね」
「だったら、最初からそうすれば良かったのでは?」
「ま、まあそれは済んだ話だから置いといて、よく見てるんだよ?」
自分の非を棚に上げた彼女は銃に魔力の弾丸を込め始め、それから間もなくして身に変化を生じさせた。
左目の周りに黒く色づいたバレット・サークルらしきものが現れ、それが浮き出てきた瞬間に彼女は引き金を引く。
何てことのないお芝居を見せられて何がわかるのかと思いながらも、なぜか
「あれ・・・? なんで俺・・・倒れてるんだ・・・?」
確か、俺はサリカから射撃性能の秘訣を教えてもらっていたはずなのに、どうして目の前にいるのは彼女ではなく広く澄み渡る快晴の空なのだろうか?
そして、誰かに言われるまでもなく瞬時に状況を理解した。
あの女は最初からこれが目的だったのだとーーーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます