第23話 控え室での出来事
「ルシフェオス! お前一体どういうことだよ!?」
控え室で休憩し始めから数分後に、訪れてきた来客が破壊するような勢いで扉を開いた。
来客の名前は、茶髪をした目つきの悪い小心者で有名なアスモレオン。
彼がここに訪れてきた理由は何となくわかるが、疲れが溜まっているせいで真面に取り合いたくない。
それなのに、彼は俺の控え室へとズカズカと上がり込むと肩を執拗に揺さぶってくる。
「どういうことって何の話ですか?」
「どうもこうもあるか! お前、ディアルナちゃんとお付き合いを始めたってホントなのかよ!」
「・・・・・・ふぁい?」
あまりに予想外の言葉が飛び出してきたものだから、つい変な声が出てしまった。
だって、魔力量のことや魔神王直系の中でガイオスの次に強いセモンを打ち倒したことを根ほり葉ほり聞かれると思っていたものだから、まさか『次世代魔神王決定戦』とは無関係の話を持ち込まれると誰が予想できただろうか。
素っ頓狂な声が漏れてしまうのも無理はない。
とりあえず、彼がどの経緯でそれを知ったのか聞くべきだろう。
「えっと、兄上はどこでその情報を?」
「うわ、マジだったのかよ! 嘘じゃなかったのかよ!?」
「いや、人の話を聞いてくださいます?」
完全に順序を誤った。
まずは、取り乱している彼を落ち着かせることから始めなければいけないようだ。
俺はアスモレオンを落ち着かせるため、肩に触れている手を力の限り抓った。
「痛ってぇ!? 一体何をしやがる!?」
「少し落ち着いてください。まずはどの経緯で知ったのか聞きたいのですが・・・」
「知った経緯なんて一つしかないじゃんか!」
彼は下瞼に涙を溜め込みながら、情報を得た経緯を話し始める。
「俺が勇気を振り絞って告白したって言うのにさ・・・。もうお付き合いしている人がいるって言われてさ・・・」
「はあ・・・」
「それでさ・・・ルシフェオスかって聞いたらさ・・・きえぇぇぇぇぇぇ!」
「うわ、急に何ですか!」
肩から離されていた手が、今度は胸ぐらの方へ。
情緒不安定もいいところだ。
「なんであんなに可愛い子とお前が付き合ってんだよ! おかしいだろ! 不公平だ不公平!」
「まあ確かにディアルナは可愛いですけど、可愛い子なんていくらでもいますって。ほら、星の数ほど女性がいるって言いますし」
「俺の生涯であんなに可愛い子見たことないんだよ! お前ばっか良い思いするなよな!」
「結局、兄上は何が言いたいんですか・・・」
俺がディアルナとお付き合いしていることに怒りを覚えていることは確かなのだが、結局アスモレオンが何を言いたいのか本心が有耶無耶なままなのだ。
もちろん、振られたことへの腹いせもあるだろうが、何やら文脈の所々で引っ掛かる節が見られた。
彼が何を言いたいのか大体の見当はついているのだが、これっきりは見当違いだということを祈るばかりだ。
「俺が言いたいこと? そんなの一つだけだろ!」
そして、俺の見当は不幸にも見事に的中してしまった。
「可愛い子がいたら紹介しろ! ディアルナちゃんが可愛いからその友達も可愛いかもしれないだろ?」
「兄上・・・最低ですね」
俺が心の底から思った、正直な感想だった。
彼の場合、考えていることが一々ゲスイから、女運が蜘蛛の子散らして逃げて行ってるのだろう。
まあ一応年上の兄だし、そんなことを口にすることはできないのだけれど。
「とにかくだ! 可愛い子独り占めしてハーレムを作ろうなど許さないからな!」
「いや、ハーレム環境は作る気ないですけど・・・」
ディアルナ以外と関係を築こうなど鼻から思っていない。
「だったら、紹介しろよ? いいな?」
「・・・は、はい、分かりましたよ」
本当はめんどくさくてやりたくもないのに、彼が放つ威圧に押されるがまま承諾してしまった。
というか、今更だけどディアルナって友達いるのだろうか。
彼女の口からそのような類の話を一度も聞いたことがない。
もしかしたら、と考えるだけで何だか地雷を踏み抜きそうな案件な気しかしないので、アスモレオンの件は「なかなか見つからない」で通すことにしよう。
そんな俺たちのゲスイ会話を聞いていたであろう第二の来客が、入室してくると同時に正論を叩き込んでくる。
正確には、第三と第四の来客も一緒なのだが。
「話聞いてたけど、どう考えてもアスモレオンの考えてることがゲスイからだよね?」
「ほんとだよ、ゲスイ事しか言えないあんたに彼女ができるわけないでしょ」
「そんなゲスイ事しか考えられないあなたに、彼女なんて天地がひっくり返ってもできないでしょ」
「あ、でも、同じ思考を持つ女なら落とせるんじゃないかな?」
「「それある!」」
女性陣がゲラゲラと賑やかに騒ぎ立てている反面、男性陣の方は不穏な空気に包まれていた。
それもそうだろう、「お前はゲスイ!」なんて言われ続けたアスモレオンのことを考えると、彼に気を遣わざるを得ない俺まで重い空気を漂わせることになってしまうことは当然の成り行きだと言える。
更に質が悪いのは、彼女たちが口にしたことを俺自身さっきまで思っていたものだから、彼に掛ける言葉がなかなか見当たらないのだ。
困惑している俺に、泣き崩れたアスモレオンは尋ねてくる。
「なあ・・・俺ってそんなにゲスイかな・・・」
「えっと・・・」
そんなことを聞かれても、返答に困るんだが。
「ルシフェオスも思ってることはきちんと言った方が良いよ? ゲスイって」
「まあ、あたしたち女性陣が言っているんだからそれが一番正しいよね。そんな簡単に落とせると思ってるなら女舐めすぎ」
「うちは、不純な理由じゃなくてきちんと相性の良い人とお付き合いするべきだと思うけどな。でも、うちなら絶対にアスモレオンは選ばないけどね!」
辛辣な言葉の数々がアスモレオンの心をズタズタに引き裂く。
もう、やめてあげて。
そんなことを思っていると、更なる来客の姿が。
「あ、ルシフェオスいた!」
今度顔を出してきたのは、瑠璃色の長髪をした金眼の美少女。
そう、俺の恋人であるディアルナだった。
「ディアルナ、どうしたんだ?」
「元気にしてるかなーって思ってさ! それより・・・」
部屋の光景を一巡した彼女が言葉を綴る。
「これはどういう状況?」
彼女が理解できないのも無理はないだろう。
椅子に座った俺の前には泣き崩れているアスモレオンの姿があり、右から順にシヴィリアーナ、カレアマキナ、サイスノールカと言った形で俺たちを取り囲んでいる。
そして彼女が何とか叩き出した答えはというと、
「ルシフェオスとアスモレオンさん、何かやらかしたの?」
「え、俺がやらかしたように見える?」
「うん、こんな美人さんたちに囲まれるようなことしたとなれば、着替えを覗いたとか下着を盗んだとかそういうことしたんじゃないかなと」
「待って、お前にとって俺ってどういうイメージなの?」
彼女にそんなことを思わせるようなことはした覚えはない。
だから、なんでそんな結論が叩き出されてしまったのか聞き出したかったのだが、俺の問いかけは姉弟の余計な一言で迷宮入りを果たしたのだった。
「え! 美人!?」
ディアルナの言葉に過剰に反応を見せたのは次女であるカレアマキナ本人である。
美人と言われ慣れていないのか、彼女は顔を真っ赤にしながらディアルナに再度尋ねた。
「あたしって、そんなに可愛いかな・・・?」
「はい、可愛いですけど・・・。 皆さん美人さんで羨ましいです」
「わ、私も美人かー。美人ねー」
「まあ、当然だよねー。うん、だよねー」
そりゃ、三つ子だから髪型が違うだけでみんな同じ顔だからな。
というか、この三つ子は美人と言われ慣れていないらしく、揃いも揃って頬を真っ赤に染めていた。
そんな彼女たちは、未だ泣き崩れているアスモレオンにニッコリと笑いながら口を開く。
「私たち、お客さんと話すからどこかへ行ってていいよ」
「もうあんたの話は終わり! さ、お好きな場所にお行きなさい!」
「うちらの興味はこの子に移ったから、もう好きにしていいよ」
そう言いながらディアルナの所へと歩み寄る彼女たちを見て、俺が最初に思ったのはこれだけだ。
ーーここ、俺の控え室なんだけどな・・・。
休憩目的でここへ来たのに、全く休憩した気がしない。
恐らく、諸悪の根源は彼で間違いないだろう。
「うぅ、ルシフェオスゥー。お前からも何とか言ってくれよー」
「うーん」
アスモレオンの気持ちは痛いほどよくわかる。
俺も彼ぐらいボロクソに言われたらきっと泣き崩れてしまうだろう。
でも、彼がゲスイことを言っていたことには変わりはないわけで、擁護できないほどに最悪な状況になってしまったからすでに手の打ちどころがなくなっていたのもまた事実。
つまり、俺ができることと言えばこれぐらいしかない。
「すみません、兄上。もうどうしようもないです」
「そ、そんな諦めないでくださいよ!」
「と言われても、さすがに手の打ちようがないというかなんというか・・・」
「ルシフェオスはあのセモン兄上に勝ったお方です! そこを何とか!」
「うーん、ちなみに今それは関係ないですし、正直なところ無理でしょうね・・・」
この状況を覆すのは、セモンと戦うよりよほど難しいだろう。
それに、変なことに巻き込まれているところをディアルナに見られたくない。
俺は常に兄弟よりも彼女を優先的に取る男なのだ。
「そ、そんな・・・馬鹿な・・・」
「はい、力になれず申し訳なです・・・」
「それじゃあ、俺に恋人はできないのか・・・?」
「・・・・・・いづれはできると思いますよ?」
「なんで即答しないんだよ!」
泣き叫びながら控え室を飛び出していく彼の背中を追うことはなかった。
というのも、次のサリカ戦に備えて休憩したかったからーーーーと思ったその時。
『そろそろお時間になります。皇族の皆様はフィールドへと向かってください』
残念なことに、俺は一度も休憩することができないまま催促するアナウンスに従うしかないようだ。
こんなことなら、ディアルナ以外の人を通すんじゃなかったと今更ながら後悔した。
まあ、後悔したところで休憩時間が戻ってこないのは最初から分かり切っていることなので、俺はとりあえず椅子から立ち上がり、ディアルナと楽しそうに談笑する三つ子たちに向かって一言。
「姉上たち、聞こえてるかもしれませんが皇族たちはフィールドに向かうよう指示が出ました。さっそく向かいましょう」
「あら、ほんとに? 私たちの出番は終わっちゃったからなー」
「正直、あたしたち行く意味ある?」
「ないだろうけど、まあ行くしかないよね」
「「「はあ~」」」
露骨にめんどくさそうな態度をする姉妹はさておき、ディアルナはというと何だか悲しそうな表情をしていた。
「どうした?」
「うん、なんだか全然話せなかったなって・・・」
「まあ、休憩が三十分だけだったしな」
「うぅ、こんなことならもう少し早く来ればよかった・・・」
「まあ、兄上に告白された時間を除いたとしてもそんなに話せる時間はないでしょ」
「え! ルシフェオス知ってたの!?」
「まあ、振られた腹いせで兄上がここにいたんだけどな」
「あ、そういうことだったんだ」
なぜアスモレオンがここにいたかは納得してくれたようだが、さっきの囲まれてた状況の誤解は一切解けていない。
その誤解を解き、彼女と一緒に居る時間を作るためにもやることは一つだ。
「姉上たちもすぐフィールドに来てくださいね? 俺たち先行ってますから」
そう彼女たちに言い残し、俺はディアルナの手を引いて関係者通路を歩いていく。
「そういえば、ここは関係者以外立ち入り禁止のはずなんだが、どうやって入ったんだ?」
「あー、それはね、ルシフェオス皇子の恋人です。って監視の人に言ったら入れてもらえたんだ!」
「なんというガバガバセキュリティー・・・」
監視の役目が一切機能していないことに呆れて何も言えなくなってしまう。
だが、そのおかげで彼女と会えたのだから俺自身文句を言える質じゃないのは確かだ。
「それでさ、さっきの件なんだけどーーーー」
俺はさっきの騒動の真相を洗いざらい全て彼女に話し、何とか理解してもらえた。
アスモレオンの言っていたことも全て話してしまったが、まあディアルナに振られてることだし問題はないだろう。
あっという間に関係者通路を抜けてしまい、名残惜しさを覚えつつも俺はディアルナに一時の別れを告げてフィールドへと急いで向かう。
そんな俺の背中に、彼女は大きな声で言葉を送ってきた。
それは紛れもなく、俺に力を与えてくれる魔法の言葉だ。
「頑張ってね! 応援してるから!」
そして俺は、彼女の声援に右手のガッツポーズで答えながらフィールドへと駆けて行く。
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