第22話 恵まれた才能と授けられた才能

 先に攻撃を仕掛けたのはセモンだった。

 片手斧を軽々と振り上げ、それとは裏腹のズッシリとした強烈な一撃が俺に目掛けて振り落とされる。

 鋼の剣で受け止めれば、恐らく真っ二つに破壊されるだろう。

 それはまるで、カレアマキナの槍やサイスノールカの盾のように。

 魔剣とは言え、温情が籠った礼品を命の危険に晒されていないのにも関わらず、壊してしまうのはいかがなものだろうか。

 だから俺は、左手に作り出した魔力剣で彼の片手斧を弾き返した。

 そしてすぐさま、セモンの胴体を真っ二つに切り裂くように鋼の剣を切り込んだ。

 だが、俺の剣は彼には届かなかった。


 「ふん・・・、全てお見通しだ・・・」

 

 攻撃の手を読んでいたセモンは、弾かれた片手斧を一瞬で防御の構えに持ち直した。

 なるほど、これが彼の言う「越えてきた修羅場の数が違う」か。

 正直、大したことない。

 俺の攻撃を片手斧で受け止めたセモンは空いた手で鋼の剣を素手掴みすると、そのまま持ち上げると共に俺を地面に叩きつけようとする。


 「この程度でやられると思うなよ?」


 俺は宙に浮いたまま、左手の魔力剣で彼の腕ごと粉々に切り裂いた。

 地面に叩きつけられることなく体勢を持ち直した俺にセモンが不気味な笑みを浮かべながら口にする。


 「ククク・・・、戦いの仕方も知らない引き籠りにしてはなかなかやるじゃないか・・・」

 「それはどうも」


 俺は第十皇子が故に、一度も戦いの場に顔を出したことがない。

 年のせいもあるだろうが、それ以上に母親が凡人だからどうせ足手纏いになるという理由が一番大きい。

 凡人の母親から生まれた俺が凡人でないはずがないからだ。

 だから俺は、魔神王オヤジが魔界に君臨している間は王城の自室から出ることを決して許されなかった。

 外に出れば、魔神王直系の威厳を損ない兼ねないから。

 そんな雑魚だからこそ、俺が魔神王になることに異議を唱える兄弟が多く、また舐めてかかってくる兄弟も多いのだろう。


 だが、こいつらもそろそろ気が付くべきだ。

 俺が平凡の母親から生まれた最強の魔神だということに。


 「そんなことより、自分の腕をどうにかした方が良いんじゃないでしょうか?」

 「ふん、そんなこと言われずとも分かっている・・・」


 セモンはそう言うと、自分の腕を魔力の力で自己再生しようとする。

 魔力を消費させれば、どんな見るに堪えない怪我でも一瞬で治すことができるのだ。

 それでも、魔神族は無敵の完全生物とは言えない。

 なぜなら、魔神族は魔力を全て使い切ったら死んでしまうのだから。

 つまり、最強と謳われしガイオスやセモンも魔力でを使い果たしたその瞬間に死が確定されるというわけだ。


 無論、俺も例外に外れることなく魔神族の特性を得ている。

 それでも、魔力を使わずにはいられない。

 使わなかったとしても、死から逃れることはできないのだから。

 しかし、セモンの見解は俺とは異なるようだ。


 「無駄な魔力を使ってしまった・・・これは早急に蹴りをつける必要がありそうだ・・・」

 「魔力をケチってるのに早急に蹴りをつける? 随分と面白おかしいこと言いますね?」

 「至って正論だ・・・戦場に足を運ぶ戦士にしか分からないことだ・・・」

 「そんなこと分かっていますとも。 だからあんたは俺には勝てない」

 「その減らず口・・・すぐさま叩き切ってやる・・・!」

 「やれるものならやってみろ」


 片腕の自己再生を完了させたセモンは、俺を斬り刻もうと乱暴に片手斧を振るう。

 どうやら、我を忘れて・・・はいなさそうだ。

 魔力剣で幾度となく防ぐたび辺りに砂埃が舞い上がってしまい、次第には彼の姿が目視できなくなってきていた。

 恐らく、彼の目的は俺の視界を遮ることなのだろう。

 だとしたら、話は簡単だ。

 視界をクリアにしてしまえばいい。

 俺の視界を遮ろうと企みが分かっているのなら、それを前もって阻止するのは当たり前の話だ。

 だからこそ、俺は砂埃を吹き飛ばすように行動を起こした。

 魔力剣は片手斧の攻撃を防ぐので手が塞がっているため、鋼の剣で辺りの砂埃を吹き飛ばすしか方法がない。


 その方法である鋼の剣を大きく振ろうとしたその瞬間ーーーー


 「「石化カース・ロック」!」


 彼の瞳から溢れ出てくる魔源力が標的を捉える。

 俺の魔源力はあらゆる魔力を無効化するとセモン自らが公言していたのに、なぜ「石化カース・ロック」を使ったのか。

 彼の不可解な行動に疑問が頭の中を駆け巡るも、その答えはすぐさま理解した。


 ーー鋼の剣が動かない!?


 そう、彼が「石化カース・ロック」したのは俺自身じゃない。

 魔力が宿されていない鋼の剣を狙ってきたのだ。

 魔力剣に意識を傾け過ぎていたせいで、微小の魔力すら鋼の剣に宿すことを怠ってしまった。

 すぐにでも鋼の剣に魔力を宿せば済む話なのだが、彼がその一瞬の好機を見逃すはずがない。

 

 「くたばれ・・・!」


 そしてセモンは、俺や砂埃を吹き飛ばすような勢いで片手斧を振り抜いた。

 彼の攻撃から放たれる暴風が砂埃を一瞬で吹き飛ばし、俺の姿は跡形もなく消え去ってしまった。

 それを目前にしたセモンは勝利を確信してしまったのだろう。

 彼は目に止まることのない架空の俺の姿を見つめながら告げる。


 「俺とお前の差・・・それは「経験値」だ。「経験値」を沢山詰んできた俺に勝てるなど思い上がりも良いところだ・・・」


 セモンは片手斧を背中に仕舞い込み、勝利のガッツポーズを取った。

 だが、勝利のファンファーレが一向に鳴り響かない。

 その違和感に気が付いたセモンは、あることに気が付いた。


 「鋼の剣はどこへ行った・・・?」


 石化している対象を破壊することはできない。

 つまり、「石化カース・ロック」は対象物の動きを止めることしかできないのだ。

 この場合、鋼の剣が空中に浮いたまま静止しているはずなのだが、鋼の剣らしき破片すらどこにも見当たらなかった。

 勝利のファンファーレが一向に鳴らないことや鋼の剣が無くなっていることを総合して考えると、やはり結論は一つしか考えられない。


 それでも、彼が俺の生存に気が付いた時にはあまりにも時間が経過し過ぎていたーーーー


 彼の頭上を横断し、五メートル先に着地した俺は彼の背後を魔力をコーティングした鋼の剣で豪華に切り裂いた。


 「「闇炎剣ダークフレア・ソード」!」


 セモンは、防御態勢をする暇もなく背中を闇の炎を纏った鋼の剣で切り裂かれ、武器同士が生み出した反動で戦場を取り巻く壁に凄まじいスピードで打ち付けられた。

 威力はべレフォールの時とは比べ物にならない程だ。

 五十メートル先で壁に背中を預けて座り込んでいる彼に近づきながら俺は口を開く。


 「もしお前の言う経験値の差が勝敗を決定付けるとするなら、お前は俺に勝てるはずがない。俺はお前よりも次元の違う茨の道を進んできた。だから、お前は経験値の格差で俺に勝つことはできない」


 魔神族と神が率いる大天使族の戦争の過酷さを知る者がいるはずない。

 魔神王でさえ、あの大戦時代とは違う者に代替わりしているのだ。

 時を司る者以外は、あの大戦の過酷さを知る由もないだろう。

 だからこそ、そんな話をしたところで子供の戯言だと切り捨てられるのは当然と言えば当然の話なのだが。


 「ふざけたことを抜かすな・・・だが、認めざるを得ないな・・・」

 

 セモンは自己回復しようとしていたのだろう。

 切り込まれた背中の傷は治っているようだが、思いのほか傷が深かったせいか魔力が底をつき始めているらしい。

 それに加えて、自慢の片手斧はカレアマキナたちと同様に真っ二つに破壊され、魔力を注ぎ込み修復したとしても魔力が完全になくなってしまう。

 魔力がなくなった魔神族がどうなってしまうのか。

 彼が陥っている状況は、敗北の二文字以外にないのだ。

 

 セモンは、両手を挙げて敗北の意思表示をしながら言葉を放った。


 「降参だ・・・お前の勝ちだ・・・」


 次の瞬間、俺の勝利が見事に確定されたのだ。

 だが、俺には腑に落ちない点が一つだけあった。


 「兄上、なぜ降参したのですか? 兄上のことだから諦めないで魔神王の座を取りに来ると思いましたけど」


 魔力が切れそうだったとは言え、戦い方ならいくらでもある。

 片手斧が使えなくなってしまったのなら、素手でも十分に戦えたはずだ。

 それなのに、なぜセモンは自らの意思で降参してしまったのか理解できなかった。


 「なぜ降参したのかって・・・そんなの決まってるじゃないか・・・」

 「といいますと?」

 「俺に打つ手がないからに決まってるじゃないか・・・武器は壊され、「石化カース・ロック」も効かないときた・・・俺が勝つ可能性があったのは、最初からあの瞬間だけだったんだ・・・」


 あの瞬間ーーーー俺を砂埃と共に消し飛ばそうとした時だろう。

 彼は、俺の鋼の剣に魔力が宿されていないのを確認した後、賭け勝負に持ち込んだのだ。

 俺の魔源力はあらゆる魔力を無効化にしてしまう能力。

 そんな俺に勝つためには、魔力無しの純粋な攻撃しかない。

 だから彼は、自身の魔源力を巧みに使いこなし、俺に全魔力を使い果たすだけの深い怪我を負わせようとした。

 そうすれば、俺が残された道は無論、降参しかない。


 なるほど、セモンが早急に蹴りをつけたかったのは自身の魔力量を恐れてではなかったらしい。

 俺に作戦の趣旨がバレないようにと細工された発言だったようだ。

 セモンという男は、力に溺愛した自己愛野郎ではなく以外にも冷静な奴だった。

 俺の中にあったセモンという男像を少し改めなければならない。

 だがーーーー


 「それでも、やり方は色々あったはずです。なのに、諦めてしまったのはどうしてですか?」

 「もちろん他にも理由がある・・・」


 そう言うと、彼はなぜか俺の方を指さしてきた。

 

 「俺が掻き消したのは、魔力を使った実像分身だろ・・・? 本来、実像分身を使ったら魔力の大半を持っていかれるのに・・・お前の魔力は全く減っていない・・・これが諦める理由だ」


 彼の言う通り、あの瞬間に俺は魔力で実像分身を作り上げたのだ。

 鋼の剣の解除と攻撃の回避を望んだ俺は、全身に魔力を流し込み、同時に進行できるか試みた。

 結果はーーーー大成功という他ないだろう。

 鋼の剣にかけられた「石化カース・ロック」を解除し、実像分身を作り上げた俺はすかさず彼の頭上へと逃げた。

 これが、セモンの攻撃を見事に回避した男の行動記録だ。

 しかし、一つ気がかりな点があるとするなら、


 「実像分身ってそんなに魔力を使うんですか?」


 「魔力コントロール」を自由自在になったおかげで、魔力を思いのまま使えるようになったのは良いものの、消費魔力量などの使用量を全く理解できていなかった。

 何も知らないで魔力をバンバン使っていた俺に呆れてしまったのだろう。

 セモンは溜め息を交えながら教えてくれた。


 「はぁー、いいか・・・? 実像分身は自分の分身だ・・・だから相手に気づかれないようにするためにもそれなりの魔力を保持していないといけないんだ・・・お前の場合、元の魔力量がかなりあるから・・・それに似せるためにかなりの魔力を消費したはずなんだ・・・」

 「なるほど・・・そんな大技だったとは・・・」

 

 そんなことも知らないで実像分身を使っていたとは命知らずも良いところだ。

 もしかしたらセモンに負けていた未来もあったかもしれない。

 考えるだけでもゾッとする。


 「それでも俺はお前に負けた・・・悔しいが、お前の方が上だと認めざるを得ない・・・だが一つだけ」


 するとセモンは、誰にも聞こえないような小さな声で俺に告げてきた。


 「ガイオスの前では考えて行動しろ・・・でなければお前が負けることも十分に考えられる・・・」

 「ガイオス兄上ってそんなに強いんですか?」

 「口では説明できん強さだな・・・まあ気を抜かなければお前なら必ず勝てる・・・」


 自分を負かしてくれた相手だというのに、セモンは俺を応援してくれた。

 バレンやアスモレオン、シヴィリアーナやセモン、本当はみんな良い兄姉なのかもしれない。

 他の兄弟と接触するのを極力避けていたから、俺は彼らのことを何も知らなかっただけなのではないか?


 いや、やっぱり全員が全員そういうわけじゃないだろう。

 少なくとも、ベレフォールやガイオスからはこんな温かな気持ちになるような言葉をかけられたことは一度もなかった。

 それに、ガイオスの母親が俺の母さんを貶していた事実に変わりはない。

 やはり、人格によって性格が左右されるのだ。

 

 ともあれ、応援してくれるセモンに一言声を掛けなくてはならない。


 「応援ありがとうございます。期待に応えられるよう頑張ります」

 「その意気だ・・・」


 そして、闘技場全体にアナウンスが響き渡る。


 『ここで一度休憩を取ります。次の試合開始は三十分後になります』

 

 どうやら、俺にもしっかり休憩を取らせてくれるようだ。

 アンフェアなようにしかできていないのだろうと思っていたからかなり驚きだった。


 「お前は早く休憩を取った方がいい・・・ガイオスに比べたらかなり弱く見えるが、サリカもかなり厄介な相手だからな・・・」

 「なるほど、それでは休憩しなければなりませんね」

 「魔力を無効化出来るとは言え、魔源力による攻撃は注意しろよ・・・」

 「わ、分かりました・・・」


 セモンをそこまで言わせるサリカの魔源力が一体何なのか気になってしまうが、かれこれ話している間にも休憩時間がなくなってしまう。

 そして俺は心に靄を残したまま、休憩すべく控え室へと向かって行った。



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