第17話 開幕戦 ベレフォールver.

 俺は関係者通路を急ぎ足で歩いていた。

 戦場までは関係者通路一本で行けてしまうため、そう長くは掛からない。

 時間が掛かるとしても二、三分と言ったところだ。


 それでも急ぎ足で戦場へと向かうのには、もちろん理由がある。

 それは、開幕戦まであと二分しか残されていないということ。

 つまり、集合時間に遅れた者には参加資格を剥奪されてしまうのだ。

 それだけはどうしても避けなくてはならない。


 急ぎ足で向かう俺の背中を追うように走ってきた一人の男が並走して話しかけてくる。

 

 「ルシフェオス、とうとうこの時が来たな」

 「バレンの兄上、結局決定戦には参加するつもりでいるんですか?」


 バレンはアスモレオンと同様、『次世代魔神王決定戦』を棄権した男だ。

 その理由は至って単純なもので、自分の力量では魔神王になるだけの器にはなれないというものだった。

 彼の魔力量はというと、一般人の魔力量のそれ以下。

 ここ数日彼の姿を目にしていなかったことから、決定戦に向けて密かに特訓をしていた可能性は十分にあり得る。

 要するに、彼が棄権宣言を白紙に戻したことで再び参戦する可能性は捨てきれなくなってしまったというわけだ。

 俺の純粋な問いかけに対して、バレンは苦笑いをしながら答えた。


 「ハハハ、俺は棄権するって言っただろ? 本当に信用されてなかったとは・・・」

 「はい、決定戦の間まではいくら棄権した兄弟だろうと敵は敵ですからね」

 「用心深いのは大変結構。それより、俺から最後の忠告だ」


 彼が最後の忠告と口にするのは、戦場への入り口がすぐそこまで来ているからだ。

 この廊下を抜ければ、棄権した兄弟であろうと一言も話せなくなってしまう。

 弱い者に喋る権利は与えられないという意味不明な差別が、上級階級の間では一種のルールとなっているからだ。

 皇子皇女による上下関係というのは、『何ともくだらない差別』という認識で概ね間違いではないだろう。


 「最後の忠告? それは何ですか?」


 すると、彼は真剣な眼差しで俺を見つめてくる。


 「敵の動きをしっかりと見るんだ。敵は俺たち兄弟だけじゃない」

 「え、それってどういう・・・」


 彼から真相を明かしてもらうよりも先に、足が戦場へと踏み入れてしまった。

 満席に等しい観客たち。

 この中から母親やディアルナをピンポイントで見つけるのは無理だと断言できる。


 ーーこれは・・・凄いな・・・。


 観客の数に圧倒されている俺を置いて、バレンはみんなの元へと向かっていく。

 個々でのいうみんなというのは、魔神王オヤジの血を分けた醜い兄弟ーーーーだけではなく一部の指南者らしき人たちも含まれている。

 正直、同席しているジジイやお兄さんたちがどこの誰だか知らないのだが、第一皇子、第二皇子、第三皇女、第四皇子の後ろに待機していることから彼らの指南者だということなのだろう。


 ーーでも、なんで指南者がここにいるんだ?


 『次世代魔神王決定戦』に参加するのは、第八、第九皇子以外の皇子皇女だけではなかったということだろうか。

 頭の中に疑問を浮かべたまま、俺は特等席とも言える第九皇子の隣に並んで立つ。

 ディアルナについてアスモレオンの方から何か言われるだろうと覚悟していたのだが、どうやら上級階級の上下関係の前では彼も無力らしい。

 そして、間もなくして開会式が始まった。

 進行者は、言うまでもなく魔神王の元側近だ。


 「えー、それでは『次世代魔神王決定戦』を始めたいと思います」


 次の瞬間、言葉になってない歓喜の声が『魔神闘技場』内を包み込んだ。

 祭りじゃないんだぞ、お前ら。


 「それではルールの方から説明をしたいと思います」


 ルールを簡単に説明すると、


 一.魔神王が選定した者と異議を唱える者が戦うフリーマッチ。

 

 二.武器・防具の使用を許可する。


 三.勝敗の審議は、進行者自らが決める。


 四.対戦順は平等を期す為、くじ引きで決めるものとする。 と言ったものだった。


 正直、ルール自体に文句はない。

 文句があるとするなら、俺と他の兄弟たちの防具の格差ぐらいだ。

 他の兄弟は最高級のアイアンメイルだったり、貴人服だったりと色とりどりの高級装備を身に纏っている。

 それに対して俺の装備ときたら、普段王城で着ているような私服だった。

 傍から見ても、場違い感が尋常じゃない。

 そんな俺を無視して、進行者は円滑に決定戦を行うために次の段階へと進めて行く。


 「それでは、ルールに沿って対戦順を決めます。だがその前にーーーー」


 そして進行者が、魔神王自らが選定した皇子の名を読み上げた。


 「魔神王直系第十皇子のルシフェオス様は準備の方を始めてください」


 その言葉の通りに準備を開始しようと歩き出すと、周りの観客から爆笑の嵐が巻き起こった。

 それもそうだ、こんな私服で参戦する十歳児が次期後継者だというのだから笑うなという方が無理な話だ。

 だが、その中でも笑わない奴が一人だけいた。

 母親でもディアルナでもディアルナの父親でもない。

 その人は、ピアスをした耳に髪が掛かる程度の黒髪をした男だ。

 貴族のような服装をしていることから、そこまで身分が低いというわけではないだろうけど、結論から言えば知らない男で間違いなかった。


 俺が見知らぬ男の観察をしている間に、どうやら他の皇子皇女たちはくじを引き終わったようだ。

 一番手以外の兄弟は不機嫌そうな顔をしている。

 まあ俺に勝った奴が魔神王になれるのだから、そんな顔の一つもするだろう。

 その一番手が彼なら尚更だ。


 「よぉ~? てめぇの最初の相手はこの俺だ」


 兄弟の群から抜けるように歩み寄ってくるのは第二皇子であるべレフォールだった。

 白銀のアーマーを身に纏い、『魔吸剣』らしき武器を腰に備え付けている。

 誰がどう見ても装備の差は歴然だ。


 「最初の相手は兄上ですか。どうかお手柔らかに頼みます」

 「ハ! 雑魚のお前に手加減したところで死んじまうだろうが。精々俺を楽しませてくれよ」


 そう言うと、べレフォールは俺のいるところの反対側へと歩いていき、一定の距離を取ると腰の『魔吸剣』を勢いよく引き抜いた。

 その姿を見て、観客は思わず驚きの声を漏らした。

 どうやら、観客の目には格好よく映ったようだ。


 「ほら、お前もその腰に備え付けてるオモチャを出せよ」


 挑発するように剣先をこちらに向けてくるべレフォール。

 だが、俺はさやに納められた魔剣を引き抜かなかった。

 答えは単純、抜く必要がないのだ。

 あくまで、この剣は緊急事態を回避するためにしか使わないと最初から決めていたから。

 そんな俺の都合が彼に理解できるはずもなく、


 「随分と舐められたものだなぁ~? 俺に対しての侮辱か?」

 「侮辱・・・そうかもしれませんね。だったら、俺に剣を抜かせることができたら兄上の勝ちで良いですよ?」

 「雑魚のくせにいつまでも舐めた態度取ってんじゃねぇーぞ!」


 彼は体内で循環する魔力を加速させ、コントロールの効いた魔力を『魔吸剣』に吸収させていく。

 その光景に、観客は大いに盛り上がっていた。


 「やっちまえ!」や「生意気な弟をぶっ飛ばせ!」という卑劣な言葉が戦場に投げかけられ、彼のモチベーションは最高潮に達する。

 その盛り上がりを逃がさんとする進行者は、すかさず口を開いた。


 「『次世代魔神王決定戦』の開幕戦、それでは・・・始め!」


 合図と共に、べレフォールが凄まじいスピードで斬りかかってくる。


 「魔神王の座は俺のものだー!」


 彼の魔力を蓄積させた『魔吸剣』が身体に届く前に、俺は全ての魔力を体現させた。

 全身を闇の炎に包まれた「凶悪」の姿となった俺は、すかさず魔力を最高速力でフル回転させ、右手に闇の炎を圧縮して剣を作る。 

 「魔力コントロール」が使えるようになれば、思い通りに闇の炎を動かせるのだ。

 あとはどうすればいいのか、そんな説明は必要ないだろう。

 

 「うおぉぉぉら!」


 彼に狙いを定めながらも、闇の炎でできた剣を地面に向かって叩きつけた。

 地面は割れ、鋭さを保った闇の炎がべレフォールに向かって一直線に飛んで行く。

 予想外の出来事に対応仕切れなかった彼の鎧を見事に弾き飛ばし、遥か数メートルの壁に打ち込まれるほどの勢いで叩きつける。

 血を流してピクリとも動かないべレフォールの様子に、この場にいる観客・兄弟・指南者・進行者の誰もが言葉を失っており、まるで状況を飲み込めていないようだ。


 それもそのはず、開幕戦がまさかので終わってしまったのだから。

 予想外の展開に未だ声を出すことのできない進行者に変わり、俺自身が他の兄弟たちに向けて告げた。



 「次の挑戦者、出てこい」


 

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