第15話 決意表明
ディアルナの言葉を理解した今となっても、にわかには信じがたい内容だった。
単純な話、いつものように俺を困らせて弄んでいるのかとも思えるのだが、彼女と初めて出会った頃から異常なまでにスキンシップが激しかった気もする。
身元も知らない男に抱きつく女がいるだろうか?
俺は母親以外の女の人とあまり接点がないため、彼女が何を胸に秘めて行動していたのかさっぱり分からなかった。
つまり、彼女の言う「好き」がどういう好きなのか分からないということだ。
「友達として好きなのか」、それとも「からかいがいがあって好きなのか」もしくは・・・「異性として好きなのか」。
彼女に限って「異性として好き!」とかまずありえないだろうが、好意を示された以上確認せざるを得ない。
深層心理を確かめようと彼女の方へ振り返ろうとしたその時だった。
彼女の温かな両手が、突如俺の両頬に触れたのだ。
「ディアルナ・・・?」
彼女は俺の頬をこれでもかと思う程に押し続けている。
一体何を考えているのか理解できないまま頬を押され続けている俺に対して、彼女は緊張した声で話し始めた。
「今・・・こっち見ちゃダメ・・・」
「え、どうして?」
「どうしてって・・・、今見られると・・・は、恥ずかしい・・・」
「それはそれでもの凄く見たいんだが・・・」
「だ、ダメだよ・・・」
ダメと言われたら見てみたい衝動に駆られてしまうのが、悲しい人の性だ。
どうにかしてでも彼女を見ようと作戦を立ててみるが、やはり頬に触れているこの手をどかさない限りは見ることはできないだろう。
恐らく、彼女の手を強引にでも引き剥がすことができる。
だが、ダメと言われているのに強引にでも見ようとしていいのだろうか?
人として、一人の男児として正しい選択なのだろうか?
もし、彼女の意思を汲み取ることが正しい選択だとしても、やはり見たいものは見たい。
頬に触れている彼女の両手を引き剥がすため、ゆっくりと自分の手を持っていくと彼女は驚いた声を上げるとともに押している手の力を更に増幅させた。
「い、痛いんだけど!?」
「こっち見ちゃダメって言ったのに、見ようとしたルシフェオスが悪い」
「そうですね・・・。とりあえず、もう少しだけ優しくしてもらってもよろしいでしょうか?」
「見ないって約束するなら優しくしてあげます」
「・・・・・・約束します」
「今の間は一体何?」
そう言いながらも俺のことを信じてくれたのか、彼女は手に加えられていた力をスッと抜いていく。
信用してくれたのに、これ以上の仇で返す真似はできないだろう。
もの凄く惜しい気がするが、俺は大人しく彼女の言うことに従った。
「ね、ねぇ・・・、ルシフェオス? さっきのことなんだけど・・・」
俺の背後で優しく語り掛けてくるディアルナ。
「さ、さっきのことって?」
恐らく、先ほどの告白案件の話をしようとしているのだろうが、俺はわざと知らないふりをした。
というのも、彼女が抱く「好き」がどういう意味なのか確かめるためだ。
知らないふりをしていれば、彼女が胸に抱いている気持ちを口にしてくれるだろうから。
そう思っていたのだが、どうやら俺の行動は彼女の気に障ってしまったらしい。
彼女はいつもの調子どころか、それ以上に荒々しい口調で告げてきた。
「もう知らない! ルシフェオスの馬鹿!」
頬から手が離れ、ゆっくり振り返ってみると彼女はそっぽを向いてしまっていた。
ーー俺は一体どうすればよかったんだ・・・?
「好き」の意味合いが分からないから彼女の真意を探ろうと俺なりに考えたつもりだったのに、まさか逆鱗に触れるだけ触れて終わってしまうとは予想外の事態過ぎて頭がついていかない。
俺は今まで誰からも「好き」と言われたことがなかったので、「好き」の確認の仕方を知らないのだ。
でも、もし彼女が勇気を振り絞って「好き」と言ってくれていたのなら、知らないふりをしたのはいけなかったかもしれない。
だから、俺は素直に謝ることにした。
「ディアルナ・・・、その、ごめん。今まで「好き」なんて言われたことなかったから、どうしたらいいのか分からなくて・・・。今更こんなこと聞くのは大変失礼なことだと思うんだけど、教えてくれる気があるのなら教えて欲しい」
そして、頭の中が一杯になるほどまでに気になって仕方がなかったことを正直に口にする。
「その「好き」は、どういう意味の「好き」なんだ?」
俺が真剣な表情で尋ねても、彼女はそっぽを向いたまま微動だにせずピクリとも動かない。
完全にお怒りの御様子だ。最悪の場合、嫌われたという可能性もーーーーその瞬間。
ーー何だ? 今胸に痛みが・・・。
なぜだろう、彼女に嫌われたかもしれないと考えただけなのに胸にチクリとした鈍い痛みが走った気がした。
胸を強く打ち付けた記憶がないことから、恐らくは気のせいだろう。
そうだと思い至った直後、今度は何とも言えない不快感が俺の胸の中全体を覆い尽くす勢いで支配し始めている。
もう、訳が分からん。
「ルシフェオスには・・・、私の気持ちが届かない・・・?」
俺が何とも言えない感情と戦っている中、ようやくディアルナが口を開いてくれた。
そっぽを向いたまま起き上がった彼女の背中はとても弱々しく、どこか怯えているようだ。
「ディアルナの・・・気持ち?」
「そう、私のルシフェオスを思う気持ち。届いてないかな?」
ゆっくりと振り返る彼女の姿に、不覚にも心臓が跳ね上がりそうになってしまった。
着崩された服に、乱れた瑠璃色の綺麗な長髪。
頬を桃色に染め上げ、目尻を下げてトロンとした目で俺をジッと見つめてくる。
ここまでの条件を揃えられてドキッとしない男は果たしているだろうか。
それとも、女の子の魅惑に打ち勝つ耐性が俺にないだけだろうか。
どちらにせよ、俺の心臓はあれからも爆音を鳴らし続けていた。
「ねぇ? 私の気持ち。届いてない・・・?」
「えっ・・・と」
正常に脳が稼働していないせいで、彼女の質問にすぐに答えることができない。
解答に迷っている俺を見かねたのか、彼女はゆっくりと身を寄せてくる。
「私・・・、初めてルシフェオスと出会ってからずっと素敵な男の子だなって思ってたんだよ? 私なりにアピールしてたつもりだったんだけどな・・・」
「そ、それって・・・」
事の皆まで告げられなくても、ここまで言われれば誰だって気が付く。
彼女が俺に寄せている好意、それはーーーー
「私、私ね、ルシフェルのこと・・・男の子として大好きだよ・・・?」
彼女の口から放たれた爆弾級の言葉に、俺の顔はすでにゆでだこ状態だ。
やばい、彼女から香る甘い香りが俺の鼻腔を焼き尽くしているせいでドキドキが止みそうにない。
やばい、少しだけ潤んだ瞳がもの凄く可愛い。
そんなことを思っている時点で「末期」と言っても過言ではないだろう。
「お、俺は・・・!」
「返事はいつでもいいから・・・。でも、これぐらいは許してね・・・?」
「え・・・」
潤んだ瞳を閉じた彼女が徐々に顔を近づけてくる。
これって、つまりーーーー
ーーキス!?
キスは愛し合う者がする一種の愛情表現だ。
だから、俺が彼女とキスする資格はないーーと思っていたはずなんだが、どこかムードに流されている自分がいた。
正直、可愛い女の子とキスできるのなら願ってもない話だ。
しかも、ディアルナは俺が知る限りではトップを誇る美少女。
そんな娘に思いを寄せられて、キスを断る奴などいるはずがない。
だが、最初に言った通りキスは愛し合う者がするもの。
「ちょっと待って! ちょっと待ってくれ!」
俺がストップの合図を出すと、彼女は再び瞼をゆっくりと開いた。
「どうしたの?」
「これってさ・・・あ、愛し合う者同士がするべきだと思うんだよ・・・だからーーーー」
俺が全てを話す前に、彼女は割り込んで言葉を重ねてきた。
「私は、ルシフェオスのことが大好き。だから、ルシフェオスとキスがしたいの」
「ディアルナが良くても、俺がダメなんだよ・・・」
「どうして? ルシフェオスは私のこと嫌いなの・・・?」
「そんなの・・・・・・」
嫌いなわけがない。寧ろ好ましいと思っている。
だが、それが「友達」としてなのか、それとも「異性」としてなのか、はっきりしていないのだ。
はっきりしていないからこそ、今はキスをするべきではない。
もし、彼女が向けてくる「好き」と俺の「好き」が違うものだった場合、「キス」という行為はきっと彼女を傷つけることになってしまうから。
それだけは何が何でも避けなければならないのだが、好き好きオーラ全開の彼女に俺の気持ちが届くはずもない。
「私がしたいだけだから・・・」
「ちょっと!? ディアルナさん!?」
俺の気持ちは完全にスルーされ、彼女は再び目を閉じてゆっくりと俺に近づいてくる。
情けない話、俺は彼女を拒むことができなかった。
キスしてはならない、そう頭の中に叩き込んだはずなのに、なぜか彼女の好意を拒むことができないでいる。
明らかな矛盾が発生し、俺は自分の気持ちに気が付き始めていた。
ーー俺・・・! ディアルナのことが・・・。
そして、二人の唇が重なり合うーーーーところで邪魔が入った。
コン、コン、コン
律義に鳴らされたドアのノックに、俺とディアルナはすぐに正気を取り戻した。
ディアルナは再び布団の中へ、俺は姿勢を真っ直ぐに正す。
間もなくして、ディアルナの父親が入室してきた。
「お待たせしました。温かいお茶を入れてきたので、どうぞ召し上がってください」
「あ、ありがとうございます・・・」
「おや? ディアルナは寝てしまったのですか?」
「あ、はい。疲れてたのか、すぐ眠りについてしまいました」
「そうですか・・・何か変なことしませんでしたか?」
「ハハハ、するわけないじゃないですか・・・」
死んでも、キスしそうになってたとは言えない。
言ってしまえば、きっとこの父親は暴走してしまうから。
大分先は長いが、この案件は墓場まで持っていくことにしよう。
魂が抜けたような笑い方をする俺に疑いの視線を送ってくる父親だったが、話題はこれ以上膨らむことはなかった。
「日も落ちてきたことですし、お茶を飲んでから王城にお戻りになられた方が良いかと」
窓から見える空を見てみると、いつしか見た空と同じ色をしていた。
「もうそんな時間か・・・」
「明日は『次世代魔神王決定戦』もありますし、早めに休息を取った方が良いかと」
「そうですね、それじゃあお茶を頂いてから王城に戻るとします」
お茶が入れられていた容器は、さほど大きなものではなかったため飲み干すのに五分もかからなかった。
飲み終えた俺は、でっち上げた嘘を貫き通していた彼女を起こすことはせず、一言声をかけて帰ることにした。
「じゃあ、また今度な」
そう言って俺は、ディアルナの部屋から静かに退室する。
階段を降りて店の裏口玄関を抜けると城下町はオレンジ色に染まっていて、王城で見た街並みとは見違えるほどだった。
「大分日が落ちてきましたね、気をつけて帰ってくださいね?」
「わざわざ見送りありがとうございます。それにこの『魔剣」も・・・」
そう言って視線を『魔剣』に向けると、ディアルナの父親はニッコリと温かい笑顔をしながら告げてきた。
「大したものではありませんが、役に立つことを願っています。明日は娘と一緒に見に行きますので、頑張ってくださいね!」
「はい! 今日は色々とお世話になりました!」
軽くお辞儀をして、俺はディアルナの家である『アカツキのホシ』を後にする。
にしても、今日は波乱万丈の一日だった。特に最後のーーーー
「やばい、思い出しただけで鼻血が・・・」
ムードにやられただけかと思いきやそうでもないらしい。
ディアルナの強烈に可愛い姿が今も脳裏に焼き付いて、興奮が絶頂寸前だ。
やはり、俺は彼女のことを「異性」として好きなのだろうか。
「いや、可愛い女の子のあんな姿見せられたら興奮するのは当たり前だよな・・・」
俺は彼女のことを「友達として好きなのか」それとも「異性として好きなのか」の議論を先延ばしにすることにした。
というのも、やるべきことが他にあるから。
それは、ついに迎える『次世代魔神王決定戦』に備えてのコンデションの調整だ。
俺は王城に戻ってから、コンデションを整えるために出来る限りのことをした。
ディアルナの父親から譲ってもらった『魔剣』の切れ味と
あとは、「魔力コントロール」が自由自在に使えるように練習と最善を尽くすことを頭の中に叩き込んで一生懸命取り組んだ。
そんな俺を、母親が心配そうな視線で見つめてきたのは恐らく気のせいだろう。
仮に心配していたとしても大丈夫、俺が必ず魔神王になるから。
そうして一夜が明け、ついに『次世代魔神王決定戦』を迎えたーーーー
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