第14話 魔剣と魔吸剣

 「うちは鍛冶屋だからこれぐらいのものしか渡せませんが、どうかお受け取り下さい」 

 「いやいや、剣って高価な物ですよね? いくらお礼の代物と言われても簡単に受け取れませんよ」


 王城の中で剣の売買現場を目撃したことがあるのだが、金貨を山ほど支払っていたのを覚えている。

 剣の種類によって価格に差が生じるのは知っているが、剣そのものは高価な品なのだ。

 だからこそ、彼女を助けただけで剣を頂くのは正直気が引けた。


 「この剣はそこまで高価な物ではないですよ? 王城に納品する剣の大体は、魔力を吸収できる『魔吸剣』なのですよ。だから、ルシフェオス様の知っている剣というのは恐らく『魔吸剣』のことかと」

 「『魔吸剣』・・・?」


 魔神族が使用する剣は『魔剣』と大天使時代に聞いたことがあるのだが、『魔吸剣』など耳にしたこともなかった。

 魔界に住んでいる間に、魔族の精錬技術が進化を遂げたというのだろうか?

 どのみち、俺には知らない武器で間違いないだろう。


 「はい、元来の剣というのは『魔剣』といいます。魔力耐久値が備わっていないため、外装をコーティングすることしかできないのですが、『魔吸剣』というのはその『魔剣』が進化した形となっています」

 「つまり、『魔吸剣』には魔力耐久値が備わっていると?」

 「その通りでございます。『魔吸剣』に魔力を吸わせると『魔剣』以上の破壊力を得ることができます。簡単に言ってしまえば、自分の魔力を吸わせることで剣の性能を上げることができるのです」

 

 なるほど、だから『魔吸剣』には魔力耐久値が備わっているのか。

 剣そのものにも、人と同様に限界が存在する。


 『魔剣』どいえど、強大な魔力に晒され続けていればいつかはその負荷に耐えきることができなくなってしまい、最終的には壊れてしまう。

 そこで『魔剣』を改良したのが『魔吸剣』なのだろう。

 『魔吸剣』に自身の魔力を吸わせることで『魔剣』以上の力を最小限の魔力で使えるということらしい。


 魔力耐久値が設定されているのは剣が壊れることを避けるためのようだが、それでは根本的な『限界』というデメリットを改善したとは言えない。

 鍛冶業界では、永遠のテーマなのだろうな。


 「それじゃあ、この鋼の剣は・・・」

 「はい、これは『魔剣』です。『魔吸剣』が世に深く浸透していって単価が安くなった『魔剣』です」

 「後の情報はいらなかったのでは?」


 『魔剣』、つまりは劣化版の方だ。

 「『魔吸剣』は高価な物であるため、買う人は少ないのでは?」と思ったのだが、父親曰くどうやら『魔吸剣』の方が売れ行きがいいらしい。


 そりゃそうだろう、誰だって最小限の魔力で使える強い武器の方が良いに決まっている。

 俺だって『魔吸剣』の方がいいから。

 でも、今回の一件はディアルナを助けたお礼に過ぎない。

 ここで『魔吸剣』をおねだりするのは、人として常識外れだ。


 「それじゃあ、お言葉に甘えて『魔剣』を頂いてもよろしいでしょうか?」

 「えぇ、もちろん! 娘をありがとうございました」


 そう言って渡された鋼の『魔剣』を受け取ると、ディアルナの父親の口から放たれた言葉に衝撃を受けた。


 「こちらを『次世代魔神王決定戦』にお役立てください。『魔剣』さえあれば緊急時に回避することもできるでしょうし」

 「え!ちょっと待ってください!」


 聞き捨てならないことを耳にした気がした。


 「お役立てくださいって、『次世代魔神王決定戦』って武器の使用が許されているのですか!?」 

 「え・・・あ、はい。風の噂で耳にしましたけど・・・」


 提案者である当の本人が耳にしていないとは一体どういうことか。

 これはかなり怪しい匂いがする。

 ともあれ、事前に武器の調達と情報を得られて本当に良かった。

 このまま『次世代魔神王決定戦』に臨んでいたら、武器なしで戦うことになっていたからな。

 まあ、それでも負ける気はしないんだが。


 安堵の息を漏らす俺の背中に、息を切らした可愛らしい声が投げかけられた。

 どうやら、部屋の方を無事取り戻せたらしい。

 

 「と、取り戻せたよ!」

 「それはよかった、それよりすっかり元気そうに見えるんだがまだ俺は必要か?」

 「ひ、必要だよ・・・」


 目を泳がせてながら声を徐々に小さくしていくディアルナ。

 まあ、武器ももらったことだし今日だけは彼女の言うことを聞いてやるか。


 「それじゃあ、俺を案内してくれるか? 本当のディアルナの部屋に」

 「う、うん! それじゃあご案内しま~す」

 「私はお茶を入れ直しますので、ルシフェオス様は部屋に上がっててください」

 

 そう言うと、ディアルナの父親は『冷め切った茶』を『温かい茶』に交換するため、再び部屋の奥へと消えていく。

 そして、俺は彼女に案内されるがまま、本当のディアルナの部屋へと招待された。

 まあ、当然のように部屋の場所に変動はないのだけれど、汚部屋は見る影もなくすっかり片されていた。

 

 「これが、私の部屋ね?」

 「へぇ~、随分と綺麗に片付けたね? 結構の量あった気がするけど」

 「何を言ってるの? これが私の部屋だよ?」


 いつまでその設定を続けるのだろうか?

 そんなことを思っていると、彼女は俺を扉の前に残して部屋の中へと入っていく。 

 向かったのは、白いシーツがピシッと綺麗に整えられたシングルベッドだった。

 彼女は布団の中に入るなり、手招きするように俺を呼ぶ。


 「そんなところに立ってないでこっちに来てよ」

 「あ、ああ・・・」


 足を部屋に踏み入れると、先ほどと同じラベンダーの良い香りが鼻腔に広がっていく。

 初めて入る女の子の部屋に緊張しているのか、胸の鼓動がうるさくて仕方がない。

 もしかしたら、彼女に聞こえてるかもしれないな。

 それでも俺は、緊張していることを悟られないようにと平然を装って彼女に話しかける。


 「えっと、俺はどこに座れば・・・?」

 

 すると、頬を少しだけ赤く染めた彼女は俺の座るべき場所をピンポイントに指定する。


 「ベッドにもたれ掛かる形でこっちに来て?」

 「は、はい! 分かりました!」


 ディアルナの指示通り、俺は背中を彼女に向けるという形で座り込んだ。

 

 「えっと、今日はいっぱいありがとね?」

 「いえいえ、こちらこそ」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」


 気まず過ぎて、いつものように話が進まない。

 いつも俺が彼女と話していた会話って何だっけ?


 話の種をいくつか探していると、彼女が緊張した様子で先に口を開いたのだが、その言葉を理解するのに一分は有しただろうか。

 突然のことで、頭が上手く回っていなかったのだ。

 そのぐらい、彼女の言葉には爆弾級の威力が込められていた。




 「わ、私、ルシフェオスあなたのことがーーーー好きです」




 

 

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