第11話 揺るがない意思
背中を押されながら二人に連れて来られたのは、家の中に設計された「客室」ーーではなく「リビング」だった。
リビングには、王城にあるような高級テーブルではなく、極々一般家庭にあるテーブルに椅子が二つ並べられている。
椅子が二つしかないということは、ディアルナの母親はどこか別の所で暮らしているか、それともーーーー
余計な事に思考を巡らせている俺の目の前で、父親は全体重を預けるように豪快に座った。
「ささ、どうぞ座ってください!」
「でも、俺が座ったらディアルナさんが座れなくなってしまいますよ?」
「私は料理作るから座っていいよ!」
どうやら、本気で料理を作るらしい。
ともあれ、こんなところで立ち尽くしていても向こうに余計な気を遣わせてしまうだけなので、俺は指示通り大人しく座った。
ーー椅子が堅い・・・。やはり王城の椅子とは違うんだな・・・。
それもそうだろう、何だってこの椅子にはクッションのような弾力素材が一切使われていないのだ。
椅子のパーツは全て「木」でできており、王城の椅子と比べるまでもなく安っぽい。
まあ、よそさまの椅子にあれこれケチをつけるのも失礼ってものだろう。
俺が着席したのを確認したディアルナは、「今から作ってくるから待っててね?」とだけ言ってどこかへ消えて行ってしまった。
恐らくは、「調理場」だろうな。
「先ほどは失礼を働いてすみませんでした。娘が皇子様と仲良くなりたいことを知った輩が偽名を使って娘に近づいたのだと思って・・・」
なるほど、だから我を忘れているほど怒り狂っていたのか。
「本物でさぞびっくりしたでしょう? なんだかすみませんでした」
「いえいえとんでもない! 私の犯した罪を見逃してくれたルシフェオス様にいくら感謝しても仕切れません!」
「ハハ、そんな大げさな」
乾いたような笑いをする俺を見つめて、ディアルナの父親は懐かしそうに昔話を語りだす。
「いや~、立派に成長されまして何よりです。初めてお会いした時はまだひよっ子でしたのに」
「五年以上前ですからね、嫌でも大きくなりますよ」
確か、初めて顔を合わせた時は俺が四歳の時だった。
あの時は若々しい兄ちゃんって感じだったのだが、顔はかなり濃くなっており、少しばかり痩せた気もする。
「魔神王様もルシフェオス様の今後の御成長を期待されていたでしょうに・・・」
その口ぶりだと、
「さあ、どうでしょう・・・、なんせ兄弟があと九人いますからね。俺の成長などきっと見てはいませんよ」
「そんなことはないですよ。魔神王様はしっかりと見ていました、顔を合わせるたびにルシフェオス様の話ばかりでしたから。「次の魔神王となるのはルシフェオス以外ありえない!」と度々口にしていたのですよ?」
「そうなんですか・・・」
あの日、俺の魔力量を見た
それで
なんと安直な考えなのでしょう。
そもそも、俺を『次世代魔神王』にするって言ったら他の兄弟の存在が障害になると考えなかったのだろうか?
いや、俺ですらも考えられるのだ。
そうなれば、兄弟たちを説得するのは必然的行為であり、通らなければならない茨の道だ。
すると
ーーその道を通ったのか・・・?
だとしたら、
「ルシフェオス様? 顔色が悪いですが大丈夫ですか?」
「あ、ああ・・・、ちょっと考え事してました」
「すみません、私が魔神王様の話をしたからですよね? ルシフェオス様もまだ父の死を受け止めきれていないだろうに・・・」
「気にしなくて大丈夫ですよ」
結論を出すのにしても、あまりにも情報が少なすぎる。
深く考えるのは、もう少し情報が集まってからにするべきだろう。
「にしても、ディアルナさん遅いですね! 大丈夫かな・・・」
「心配しなくても大丈夫ですよ、うちの料理番は娘なのですから。恥ずかしい話ですが、私は料理は得意ではない方でして・・・」
「確かに得意そうにはーーーー」
ーーおっと、これはかなり失礼だな。
「人には向き不向きがありますので、気にする必要ないですよ」
「・・・ですよね、そうですよね! 気にする必要ないですよね!」
「ハハハ」とどこか無理しているような笑い方をする父親。
何だか彼の態度に違和感を覚えるが、何とか誤魔化すことができたようだ。
二人の間に生まれたしばらくの沈黙の後、ディアルナの父親は心配そうな表情をしながらゆっくりと口を開いた。
「・・・あの、・・・ルシフェオス様は明日の『次世代魔神王決定戦』に出られるのですか?」
パッとしない笑い方をしなかったのはこれが原因か。
でも、どうして急にそんな態度を取ったのだろう?
さっきまで普通に会話をしていたのに、一体なぜ?
俺はその訳を父親本人から直接聞くことにした。
「無論出るつもりですが、どうして心配を?」
「心配の一つもしますよ。こんなにもルシフェオス様に良くしてもらって心配しないわけないじゃないですか。それに、私自身もルシフェオス様に魔神王様の後を継いでほしいと思っています」
「ちょっと待ってください、心配する理由が全く分からないのですが・・・」
自分の身に置かれている状況をまるで理解していない俺に、ディアルナの父親は冷静に話し始めた。
「魔神王の候補に第一皇子であるガイオス。一部の噂では彼と敵対した者は灰すら残らないとかなんとか・・・。そんな話を耳にしたことがあるんです。だから、ルシフェオス様の身に何かあったらと思うと心配で心配で・・・」
なるほど、心配の種とやらはガイオスのことらしい。
確かに彼の魔力量なら、敵対者を灰にすることも可能でしょう。
そのぐらい彼の魔力は強力で凶悪なのだ。
でも、まあ俺の魔力量と比べたらガイオスの魔力量は赤子レベルでしかないんだが。
「そんなことですか、魔力の使い方を教えてもらったから大丈夫ですよ!」
「で、ですが、相手はあのガイオス第一皇子。それだけじゃなく、他の皇子皇女もいるのですよ? 勝ち目はあるのでしょうか?」
「まあ安心して見ていてくださいよ。必ず俺が魔神王になるので」
魔神王にならなくては、復讐の話は全て無駄になり兼ねない。
だからこそ、何としてでも魔神王にならなくてはならないのだ。
それが例え、同じ血を分けた兄弟を殺さなければならない結末になったとしてもーーーー
「ルシフェオス様のお考えを全て理解したとは言いません。やはり棄権をした方が身の安全かと! 何だか嫌な予感がしてならないのです・・・」
「大丈夫ですって、それとも
「いえ、そういうわけじゃないのですが・・・」
心底心配をしてくれているのだろうが、相手のことを考えて俺の意思が揺らいだりすることは決してない。
「信じてもらえないのなら、無理して信じなくていいですよ。信じてもらわずとも結果は明白ですから」
「・・・ハハ、凄い自信ですね」
「ええ、自分があの程度の兄弟相手に膝をつくとは考えられませんので」
「それは頼もしいですね、これ以上の心配はルシフェオス様の気に障ってはいけないので信じることにしますよ」
今まで沈んでいた空気がまるで嘘と思えるほど、テーブルを囲う二人の男の間には「笑顔」で満ち溢れていた。
そして、丁度良いタイミングでディアルナが食事を持ってくる。
「昼ご飯ができましたよ~。愛情をたーっぷり込めたので味わって食べてね?」
「お! ディアルナの愛情がたっぷり詰まってるとは嬉しいね~」
「あ、パパのには入ってないからね?」
「そんな!?」
泣き崩れる父親を無視して、ディアルナはいつものようにニコニコとした笑顔で俺の前に料理を並べていく。
ーーオムライスにサラダか!
オムライスは王城の食卓で何度か食べたことがあるが、あれはかなりの一品だ。
あのオムライスを超えるオムライスなど存在するはずがないと彼女の手料理を一口頂く。
「・・・うまいな」
「ほんと!?」
「ああ、こんなにうまいオムライス食べたことない!」
俺の中の一位はいとも簡単に二位へと転落。
愛情が込めてあると言っていたが、それがオムライスに影響しているのか?
何はともあれ、彼女のオムライスは王城の飯を凌駕するほどに絶品だった。
そんな一品を作ってくれた彼女が幸せそうに見ていたのは、それはきっと俺の気のせいだろうーーーー
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