第12話 魔力コントロール
昼食を食べ終え、「魔力コントロール」の練習をするためにディアルナの家を出た俺は、今置かれている現状にもの凄く困惑していた。
原因はただ一つ、笑顔で隣を歩く彼女のことだ。
ディアルナの父親から「魔力の感じ方」を一通り教わり、あとは自分に合ったコントロール方法を見つけるということで話がついたはずなのに、なぜ彼女は隣にいるのだろうか。
あの練習現場にいたのだから、知らないはずがない。
「あの・・・、どうしてついてくるんだ?」
表裏など一切ない純粋無垢な疑問。
それなのに、彼女はニマニマとしながら俺の頬をしつこく突いてくる。
まるで、ありもしない俺の望みを全て把握しているかのように。
「あらあら照れちゃって~、そんなに私と一緒に居るのが嬉しいんだ?」
「いや、別にそんなことは言ってないけど・・・。それより、なんでついてくるんだ?」
「これから練習だよね? 北の草原にする? それとも西の山脈にする? ルシフェオスはどっちがいい?」
「人の話聞いてる?」
なぜ付いてくるのかは、あくまで教える気はないらしい。
本心を言えば、早急にお帰り願いたいのだが、ディアルナが素直に言うことを聞くとは思えなかった。
というか、今の彼女に何を言ってもスルーされるのが目に見えている。
ーー早く帰って欲しいんだけどなー。
このままでは昨日の二の舞になってしまう。
彼女に邪魔され、収穫のない無駄な一日にーーーー。
それだけはどうしても避けなければならなかった。
「そういえば、何か用事とかないのか?」
「んー、用事があるとするなら自分の部屋の掃除とかかなー? それ以外は特にはないかも」
「それじゃあ、その用事済ませてきなよ! 俺は一人で練習してるからさ!」
「あ! 西の山脈に向かってるけど、もしかして北の草原の方が良かった?」
「誰もそんな話してないよね?」
俺がどうこう言ったところで、ディアルナの意思が揺らぐことはないようだ。
都合の良い話しか聞いてくれないのなら仕方がない。
見事に根負けしてしまった俺は、ディアルナの案内のもと西の山脈へと足を運んでいったのだが、思いのほかそこまで時間はかからなかった。
というのも、何度か行き慣れているのであろうディアルナの迷い無き案内があったからこそだろう。
彼女がいて良かったと思えたのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。
「さて! さっそく「魔力コントロール」の練習しよっか!」
「あ、今日はちゃんと練習の手伝いをしてくれるんだ」
「え? 昨日もちゃんと練習したでしょ?」
頭上に「?」マークを浮かべる彼女に、溜息しか出てこなかった。
どの口でそんなことが言えるのやら。
「それより、「魔力コントロール」の仕方って人ぞれぞれっていう話だったけど? ディアルナが手伝えることってあるのか?」
ディアルナの父親曰く、「魔力コントロール」の仕方は人それぞれ異なるとのことだった。
言うまでもなく、俺と彼女の「魔力コントロール」の仕方も当然異なるわけで、正直彼女から教えてもらえることは何一つないのだ。
それでもお手本を見せてくれるのか? とジッと彼女のことを見つめていたのだが、意味不明なことに彼女は手ごろな大岩に座り込んでしまった。
「え、お手本を見せてくれるんじゃないの?」
自然と口から漏れ出てしまった俺の言葉に、ディアルナは不思議そうな顔で首を傾げる。
「え、お手本見せて欲しいの?」
「え、そうじゃないの? そしたら何のためについてきたのさ」
「え、ルシフェオスの練習風景を見学しようと思って」
「え、そんなことのためについてきたの?」
「え、ダメだった?」
「ハハハ、ダメじゃないけど?」
常に斜め上を行く彼女の思考回廊に、「呆れ」を通り越して「笑い」が飛び出してしまった。
乾いたような笑い方をしている俺に、最高級の笑顔を見せながら頷いているディアルナ。
ーーもうディアルナの存在は忘れよう。
そう脳に叩きつけ、俺はさっそく「魔力コントロール」の練習を開始する。
まず手始めに魔力を感じ取るため、俺は最小限の力で魔力の象徴である「闇の炎」を体現させた。
次に「魔力の流れ」を全身で感じ取り、最後に「魔力コントロール」で魔力を使うーーーーといった感じでリズミカルに会得できたらどんなに良かったことか。
想像しても魔力を使うことができないのはすでに心得ている事実だし、この一件は最初から簡単に会得できるとは思っていなかった。
ーーシンプルに力を入れたらどうなるんだ?
そして、俺は全身に力を込めるように全身に駆け巡る魔力を一気に加速させるーーーーその時だった。
ーーうおっと!?
加速させすぎたことが原因か、魔力が膨張して危うく自爆するところだった。
しかし、なるほど。
俺の場合は、力を入れるだけで魔力を行使できるらしい。
難点を挙げるとするなら、体現している魔力量によってスピードを調節しないといけないといったところだろうか。
俺の最大魔力量は、あの日鏡で見た全身を覆う「凶悪」の姿。
それに対して、今の俺の魔力量はせいぜいあの団子三姉妹と同等ぐらいだった。
要するに、スピードを限界値まで引き上げていいのは「凶悪」の姿の時のみということで、それ以外の状態で最高速度を出そうものなら、魔力による自爆は免れないということだ。
まあ、いくら理論を並べたところで現状の段階ではただの仮説でしかないのだが、ともあれ簡単なコントロール方法でよかった。
ーー力を込めて・・・、速度を抑えて・・・。よし! 良い感じだ!
仮説は確信へと変わり、俺はついにやり遂げた。
まだぎこちない感じではあるが、「魔力コントロール」を使えるようになったのだ。
中途半端な力の込め方をしているから、ろくに動くことすらできないけど。
ーーここまで長かったような・・・、短かったような・・・。
「魔力コントロール」に励む練習の日々が目に浮かんでくるようだ。
あの無駄だった一日目は何だったのか。
そんな達成感に浸っている俺の後ろで声が聞こえたーーと思ったその数秒後の出来事だった。
鼻腔に突き刺さるラベンダーの甘い香りが俺を現実へと強制的に引き戻す。
犯人はーーーー言うまでもないだろう。
「やったね! ついに「魔力コントロール」が使えるようになったんだね!」
「ああ、何か引っかかるけど、ついに使えるようになったよ!」
「二人の努力の結晶だね!」
「ん? 二人の努力の結晶?」
二人の努力の結晶? ディアルナは俺のためになることをしただろうか?
自分の父親を紹介したぐらいで、別にそんな活躍してないと思うのだが。
まあ、それで彼女が喜んでくれるのならそれでもいいか。
そんなことよりもーーーー
「あの、ディアルナさん? 抱きつくのはやめてもらえませんか?」
「えー? もしかして照れちゃったりしてるー?」
何かあればすぐからかおうとしてくる。
女に抱きつかれてオドオドしてるガキだとは思うなよ。
「別に照れないぞ? それを言ったらディアルナの方が照れてるんじゃないか?」
「私? 私は別に照れてないよ?」
「そうなのか? だって憧れの皇子様に抱きついてるのに照れてないって普通におかしくないか?」
「!?」
そんなことを言われて、一瞬で頬をトマトのように赤くするディアルナ。
自分からの攻撃では照れないが、相手からの攻撃にはどうも弱いらしい。
それに加えて、「憧れの皇子様」という単語。
恐らく彼女は、俺が「憧れの皇子様」だということを忘れていて飛び込んできたのだろう。
だからこそ、皇子ということを彼女に再認識させる必要があったわけだ。
まさか、ここまでの効果を発揮するとは思ってもみなかったが。
「そろそろ、離れてもらっていいか?」
「あの、えっと・・・その・・・」
戸惑いながらも抱きつくことを止めない彼女に、俺は無神経に尋ねる。
「顔が赤いから離れたくないって? ディアルナって以外と可愛い所があるのな」
「・・・・・・」
俺が尋ねてから数秒後に、ディアルナは口を開くことなく「コクリ」と一回頷く。
反論すると思っていた俺からすればその反応は予想外そのもので、
ーーえ・・・、可愛い・・・。
初めて見た彼女の可愛らしい一面にドキドキしながら直立していること一分。
ようやく離れた彼女の顔にはいつもの笑顔が戻っており、可愛らしかったトマトの頬はすっかりと消えてしまっていた。
「あれ? ルシフェオス顔赤いよ? もしかして照れちゃった?」
「・・・本当にせこいな」
そう一言だけ口にして、再び「魔力コントロール」の練習をしようと彼女に背中を見せたーーーーその瞬間。
「きゃああああああ!」
「うおふ!?」
ディアルナの悲鳴を同時に急に勢いよく抱きつかれて変な声が漏れてしまった。
というか、締め上げれているようで苦しいんですけど。
「ちょ! く、苦し・・・苦しから・・・!」
「・・・・・・」
「ディアルナさん!? 苦しい・・・! 苦しいから・・・!」
俺の言葉は彼女に届いていないのだろうか?
練習の邪魔しようとしているのだとしても、これは流石にやり過ぎだ。
俺は無理矢理にでも彼女を引き剥がそうとしたその時、何やら視界に映った。
「え、ディアルナ?」
恐る恐る尋ねながら彼女の表情を窺うとーーーー泣いていた。
涙目になるところの話ではない、涙をポロポロと流していたのだ。
「ディアルナ? 一体どうしたんだ?」
俺が少しだけきつく当たってしまったせいだろうか?
いや、そこまできつく当たったつもりはない。
だが、気が付かないうちに何かしてしまったということも・・・。
何もしていないと分かっていても罪悪感に襲われてしまう。
そんな俺に、彼女はある提案を持ち掛けた。
「早く帰ろ・・・? 怖い・・・」
帰ろ・・・? 怖い・・・?
俺は自分の耳を疑った。
「ディアルナ、いきなりどうしたんだ? 何か理由でもあるのか?」
そう言うと、彼女は怯えながらもか細い声で告げる。
「あ・・・、あそ・・・こに・・・、誰か・・・誰かいた・・・」
彼女が指さす方向には大規模に渡る雑木林があった。
ここ周辺は夕方前だというのにも関わらずかなり薄暗く、その中でも雑木林の中は人が紛れていても気が付かないほどに暗いのだ。
だからこそ、彼女が見間違えたということも十分あり得る。
「ほんとに誰かいたのか?」
「い、いた、いたよ。いたんだよ! ねえ、早く帰ろ? 怖いよ、帰ろうよ」
「俺ちょっと見てくるからここで待っててくれ」
そう言い残して、俺は雑木林に足を踏み入れるーー直前で彼女に引き止められた。
「ねえ、一人にしないでよ。怖い・・・、お願いだから今日はもう帰ろうよ・・・」
もう少し練習がしたかったのだが、怯える彼女をここから一人で帰らせるわけにも行かないだろう。
まあ、「魔力コントロール」もできるようになったし、送った後はどこか適当な場所で練習すればいいか。
「分かったよ、それじゃあ町へ戻ろう? ここを抜けるまで手を握ったままでいいから」
「うん・・・、ごめんね・・・?」
「気にしなくていいよ。それじゃあ行こうか?」
「うん・・・」
ディアルナの手を取り、俺たちは西の山脈を後にする。
果たして彼女が見たのは一体何だったのか。
俺がそれを知ることになるのはもう少し後の話だ。
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