第10話 職業病
娘と口にしていることから、ディアルナの父親で間違いないだろう。
それにしても、たぶらかす? 一体何のことだかさっぱり分からない。
別に俺たちはお付き合いしているとかそういう男女の関係ですらもないのに、なぜ彼女の父親にクソ野郎と罵られなければならない?
とにかく、俺がするべきことは一つだ。
「おい、ディアルナ! 俺はこの辺で失礼したいから手を放してくれよ!」
「ダメだって、今日の練習場はここなんだからさ!」
「いやいや、これ何の練習だよ!? オヤジさん何だか俺にすごく怒ってますけど!?」
「怒ってないから大丈夫だって、昨晩にルシフェオスの話を少しだけ話ただけだよ?」
「いや、オヤジさんに何話したのさ!?」
少しだけ話しただけで、相手のことをクソ野郎と呼ぶ親がいるか?
娘思いの父親でもそこまでの暴言は普通吐かないでしょ。
次第に近づいてくる足音と比例するようにこの場から逃げ出そうとする。
だが、俺の野望は彼女の両手によって簡単に砕け散ってしまった。
彼女は、逃げようとしている俺の手をがっしり両手で掴みながら「大丈夫、大丈夫だから」とひたすら立ち去ることを許さない。
あの怒号のような叫び声を聞いて、何を根拠に大丈夫だと言ってるのか俺には分からなかった。
そして、奥から彼女の父親が現れたその時ーーーー二人の間の時間が見事に停止した。
というのも、俺と彼女の父親は昔会ったことがあるのだ。
小さい頃だったせいで忘れていたが、その印象深い濃い顔が過去の記憶の蓋を開ける鍵となった。
向こうも俺のことを思い出したのか、鉄製の剣を片手に持ったまま口を開けて完全にフリーズしている。
そんなアホ顔を晒す父親に、娘は不思議そうにしながらも俺のことを紹介し始めた。
「この子が昨晩話したルシフェルだよ? この子に魔力の感じ方を教えて欲しいの」
「・・・・・・」
「ねぇ、いつまでもアホな顔してなーーーー」
彼女がそう言いかけた途端、掛けられていた呪いから解かれたように父親は突如額を地に擦り始めたのだ。
「え、え、え?」
状況がイマイチ呑み込めてない彼女を無視して、父親は頭を地に伏せたまま口を開く。
「大変申し訳ございませんでした! どうかお許しください! 魔神王直系、第十皇子様!」
「え・・・、え、えぇぇぇぇぇぇ!」
静まり返る店内に彼女の悲鳴だけが美しく響き渡った。
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土下座されてても話たいことも話せないから、許すということで頭を上げてもらったのだが、どうしようこの状況。
父親は隅の方で正座をしてしょぼくれてるし、ここへ連れてきたディアルナはというと「ちょっと待っててください!」と一言だけ言い残して席を外していってしまった。
ーーさて、どうするかなー。
頭をポリポリと搔きながら考えていると、何もかも諦めたような気の抜けた笑い方をした父親の声が耳に入ってきた。
「ハハ、皇子様を殺そうとした罪は一体何だろうな~? 死刑かな~、死刑だろうな~」
「い、いや・・・、あの・・・」
「首吊りの刑かな~、どうせなら痛くない死に方したいな~。ハハ、そんなの無理な話しか。大罪人にそんな情けかけないよな~。死にたくないな・・・」
「えっと、その、なんというか・・・ごめんなさい?」
何もしていない俺がなぜ謝ったのかは別として、このままだと話が一向に進まない。
そんな俺が戸惑いを見せている中、店の奥からエプロン姿で現れたディアルナが父親に向けて一言言った。
そのエプロンに何の意味があるかは不明だが。
「もう! せっかく皇子様がいらしてるのにもっとシャキッとしてよ!」
「皇子様って・・・」
こいつもこいつで心境に変化があったようだ。
呼び名を「ルシフェオス」から「皇子様」へとネームチェンジしたのもそうだが、なんだか前より壁ができてしまったように感じた。
「王族」と「一般庶民」の身分格差のせいかと最初は思っていたのだが、現実はそういうことではないらしい。
「ディアルナは良かったな・・・、憧れの皇子様と仲良くなれて・・・」
「んな!? ちょっとパパ! 変なこと言わないでよ!」
見る見る顔がトマトのように赤くなっていく彼女が、つい可愛く思えてしまった。
でも、父親が言っていることは全て本当のようだ。
恐らく、憧れの皇子様とやらで緊張してしまっているのだろう。
だからこそ、俺から言えることはこれに限る。
「皇子様じゃなくて、いつも通りルシフェオスでいいよ。そっちの方が緊張しないだろ?」
「は、はい!」
「そこまでかしこまらなくても、普段通りでいいから」
「う、うーん、でもなー」
彼女の中で何か譲れないものがあるらしいが、あとは彼女自身に任せるとしよう。
さて問題なのは、未だ正座しているこのおっさんだ。
姿勢を崩すことなく数十分キープしていることに、つい感心してしまう。
ーーって、感心してる場合じゃないか。
俺はゆっくりと彼に近づき優しく語り掛けた。
「別に気にしてないですから落ち込まないでくださいよ」
「し、しかし、王家の者に無礼を・・・」
「そこまで気にするなら、こんな提案はどうでしょう?」
俺は人差し指を天井に向け、提案の内容を簡潔に説明した。
「今回の行いを見逃す代わりに、俺に魔力のコントロールまでの一連の流れを教えてくれませんか? そうしたら今回の騒動は水に流すってことで」
「そ、そんなことで許して下さるのですか・・・?」
「まあ、別に怒ってないですし、それに早く魔力を使えるようにならなければならない事情がありますので・・・」
『次世代魔神王決定戦』まで残り一日しかない。
今の俺には時間がないのだ。
だからこそ、持ち出せる提案はできるだけ持ち出さなければならない。
生きる糧を見つけたように、父親の瞳に光が戻っていく。
全く、めんどくさいおっさんはもう懲り懲りだ。
「分かりました! それではさっそく魔力を使いこなせるように練習をしましょう!」
「よろしくお願いします!」
「私は後ろから応援してるねー!」
こうして、俺の練習の第二回戦がようやく幕を開けた。
「娘の聞いた話では、「魔力」を上手く感じ取れないとのことでしたが、間違えてないでしょうか?」
「はい、どうも「魔力」を感じることができないようなのです」
魔力を感じ取ることが「魔力コントロール」の第一歩になる。
それができなければ、自分に秘められた魔力量を使うことができないのだ。
「なるほど・・・、あの大変失礼なことを聞きますが、よろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
ディアルナの父親から告げられた言葉に、俺は顔を赤面するほどの恥ずかしさを覚えた。
なぜ俺は今までそんな当たり前なことに気が付かなかったのだろう。
「あの・・・、魔力を一切感じないのですが・・・」
そう、俺はそもそも「魔力」を体現していなかったのだ。
内に秘められた魔力がオーラとして勝手に出ていると思い込んでいたから、いつまで経っても感じ取ることができなかったのだという。
大天使の職業病が、まさかこんなところで発揮されてしまうとは。
恥ずかしさのあまり、今すぐにでもこの場から立ち去りたい気持ちで一杯だった。
「そうですよね! 魔力を体現させなきゃ魔力を感じ取れないのは当たり前ですよね!」
アハハ、と笑ってごまかすように俺はすぐさま魔力を少しだけ体現させた。
少しだけ体現させた理由としては、フル稼働させてはきっと腰を抜かして驚かれる未来しか見えないからだ。
うん、少しだけでも魔力を十分感じ取れる。
「ほぅ、さすがは魔神王様の血を継ぐお方だ。かなりの魔力量ですね」
「そんな、大したことないですよ」
少しだけしか出していないから、間違えたことは決して言っていない。
「それでは次のステップですね。次は「魔力の流れを感じる」ことになりますが、どうですか?」
「は、はい! 魔力が全身を巡って流れているのを感じます」
少量の魔力なのに結構分かりやすく流れていた。
転々と進んでいくステップに、俺の昨日の努力は水の泡となって消えていく。
「そこまでできれば後は簡単です。ただ魔力を放つだけでは使えないので、魔力の流れを一気に加速させて魔力を使うのです」
「加速・・・と言いますと?」
「そうですね・・・、加速のさせ方は人それぞれ異なるので自分に合ったタイプを探すのが良いかと」
「なるほど・・・」
つまり「魔力コントロール」修得の最後の問題となるのは、「どう魔力の流れを加速させるか」ということらしい。
父親が口にしていた通り、ここからは独学だ。これ以上の迷惑はかけられないだろう。
そう思い、俺は魔力を抑え込んだ後、父親に別れの挨拶を交わす。
「教えて頂きありがとうございました! この先は自分で何とかしようと思いますので、俺はここらで失礼します」
「滅多にない機会なので、ぜひお話したいのですが・・・」
正直なところ、一刻も早く一目のつかないところで魔力を加速させる練習をしたかった。
今更俺がこんなことを言うのもおかしな話だが、教えてもらってすぐ「さようなら」って人としてどうかとも改めて思う。
朝の九時くらいから練習していたおかげで、現在の時刻は正午ーー時間はかなりある。
しばらくの沈黙の後に、俺は父親の提案に応じた。
「分かりました。少しだけなら構いませんが、大した話はできませんよ?」
「いえいえ全然構いません、貴重なお時間をありがとうございます! 時刻もちょうどお昼時なので一緒に昼食もどうですか?」
「いや、そこまでして頂かなくても・・・」
「遠慮しないでください! どうぞどうぞ!」
「ルシフェオス、今日は私が料理するから楽しみにしててね!」
エプロン姿のディアルナがキラキラとした目でこちらを見てくる。
エプロンをつけていたのは、料理をご馳走するつもりでいたからなのだろう。
どちらにせよ、俺は彼女の純粋で綺麗な瞳にはどうも抗うことができないようだ。
ーーどうにかしてでも、抗う術を見つけないとな・・・。
そして俺は、店の奥へと半ば強引に連れて行かれたのだった。
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