第9話 それでも彼女は寄せてくる
『次世代魔神王決定戦』まで、あと一日ーーーー。
あの後、ディアルナと別れた俺は自室に戻ってひたすら練習をした。
「魔力コントロール」を使いこなすには、まず「魔力の流れを感じ取ることが必要」ということらしい。
それすらもできない俺は、基本的な「魔力を感じ取る」というところから練習を始めることになったわけだが、いくら魔力を感じ取ろうと神経を研ぎ澄ましても何も感じることができなかった。
ーーこれ、そろそろまずいんじゃないか・・・?
魔力量が兄弟たちより多くても、使いこなせないとなれば話は変わってくる。
自分は物理攻撃しかできないが、相手は魔力を使った攻撃と物理攻撃と言ったように多種多様な攻撃パターンが使えるのだ。
誰がどう見たって俺に勝ち目がないのは明白だった。
ーー魔神族の身体って、なんて不便なのでしょう・・・。
大天使が使用する「魔力コントロール」は、「想像力」が鍵となっていた。
想像をするだけで魔力を使うことができたのだ。
そんな元大天使だった俺からすれば、不便な身体以外の何ものでもないのは言うまでもない。
ーー今更文句言ったところで、何かが変わるわけじゃない。今は練習に集中しないと・・・!
俺は再び、練習を開始した。
俺がいるのは、昨日と同じ場所の北の草原。
「魔力コントロール」の練習場所にはうってつけの場所だからだ。
今日も魔物や人の姿がないため、思い切って練習に励める。
俺は深呼吸をした後、天を仰ぐように目を閉じた。
まずは心機一転、心持ちを変えるためだ。
というのも、焦りという邪心が俺の練習を全力で邪魔していると思ったからである。
感じる・・・空気の流れ・・・太陽の日差し・・・仄かに香る草原の香り・・・そして、ラベンダーの香り・・・。
ーーん? ラベンダー?
この草原にはラベンダーの花はなかったはずなのに、どうしてこんなところにラベンダーが?
そう思い、目をゆっくりと開きーーーーそこにいる少女と目があった。
しかも、唇と唇がくっついてしまいそうな距離で。
「やあ! こんにちは」
「うわあああああああああっ!?」
俺は驚きのあまり、後ろに踏ん反り返った後に尻もちをついてしまった。
仕方がないだろう? 目を開ければ鼻先には恐れていた人物が立っていたのだから。
腰を抜かしている俺に、手を差し出しながら鼻を鳴らす少女はとても楽しそうだった。
こっちは全然楽しくないのだが。
「もう! そこまで驚くことなくない? 酷いな~」
「いや、急に目の前に人がいたら誰だってビックリするだろ・・・」
「それじゃあ、私にもやってみてよ! ビックリしないからさ!」
「いやいや、先の展開分かってるのにやる必要あるか?」
「いいから、いいから! ほら、早くしてよ!」
俺と同じように目を閉じて直立するディアルナ。
さっさと帰ってもらうためには、彼女の言うことを聞くしかないだろう。
言う通りにしなかったらしなかったで、後々面倒くさそうだし・・・。
俺は根負けする形で目を閉じる彼女に顔を近づけた。
ーー本当に良い匂いするな・・・しかも可愛いし・・・ってそうじゃないだろ!
邪な事を考えるなと言われるのは、どう考えても無理だ。
鼻をくすぐるようなラベンダーの良い香りに、全てのパーツが絶妙なバランスで整えられた綺麗な顔立ち。
意識しないという方が、恵まれた容姿を持つ彼女に失礼だという話だ。
考えないようにしていたつもりが、無意識のうちに自分を正当化していることに驚きを隠せない。
無防備な彼女を目の前にして、「このままキスをしてもいいのでは・・・?」と頭の中を何度も過ったのだが、俺の中にある理性がしっかりと働きを見せてくれた。
俺の気配を感じ取ったのか、彼女はゆっくりと目を開けていきーーーーそして、
「うわあああああああああ!」
「うお!?」
分かってはいたのだが、やはり急に大声を出されるのはビックリする。
俺と同じように尻もちをつくディアルナは、見上げながらふにゃふにゃした笑顔で口を開いた。
「えへへ~、ビックリしちゃった~」
「・・・・・・」
どうしよう、掛ける言葉が見つからない。
前もって知っているというのに、どう声を掛けろというのか。
その可愛らしい笑顔を崩さないようにするためには、残された手段は一つ。
「・・・ほら、立てるか?」
「うん、ありがとう」
手を差し出すと、彼女はその好意に甘えるように手を握り返す。
「今日はここへ何しに来たんだ? 何か用事があって来たんだろ?」
何もないこの草原地帯に来る理由なんてそれぐらいだろう。
でなければ、こんなところに来る理由なんてないからだ。
彼女はいつも通りの笑顔を見せながら、
「うん! ルシフェオスに用があってここに来たの」
「・・・へ? 俺?」
本当に俺に用事があるのなら、彼女の目的は一つだ。
だが、その前に確認するべきことがあるだろう。
「なんで、ここにいるってわかったんだ? いなかったかもしれなかっただろうに」
俺の後でもつけてきたとでもいうのだろうか。
いや、彼女に限ってそんな話はーーーー
「うん! 昨日会った場所でルシフェオスを待ち伏せしてたら偶然通りかかったからね! こっそり後をつけてきたんだ!」
「偶然とは一体・・・」
果たして、待ち伏せを偶然と呼ぶべきなのか。
どうでも良い話ではないが、これ以上彼女と遊んでいる場合ではない。
彼女には早急にお引き取り願おう。
「悪いな、今日は遊んでる場合じゃないんだ。これ以上は構ってられないぞ?」
「むぅ~、冷たいことを言うな~。今日はルシフェオスにとっておきの提案を持ってきたのにさ~」
「とっておきの提案?」
「ふふふ、それはね~? この私とあそーーーー」
「あ、そういうのは間に合ってるんで」
「えぇー! まだ最後まで言っていないのに!?」
「あそ」とまで言いかけて分からない奴の方が少ないと思う。
育ち盛りの子供には遊び足りないのだろうが、今は遊んでいる場合じゃないのだ。
「遊ぶんだったら他の子と遊べばいいだろ? 俺は忙しいんだ」
「はぁ~、遊べないんだったら仕方ないね」
露骨にがっかりするディアルナを見ていると、何だか心が痛む。
ーーいかん、いかん。今は魔力を感じることに専念しないと!
そして、俺は彼女のことを意識しないように自分だけの世界に入り込もうとしたーーーーその時だった。
入り込もうとする俺を摘まみ上げるような衝撃が体を襲ったのだ。
正確には、彼女が物理的に手を引いて現実世界に引き戻してきたのだが。
「ちょ!? 一体何事!?」
「私がルシフェオスを探してた理由、教えてあげる! ついてきて!」
「あ、ちょっと!?」
振り払うこともできたのだが、彼女のキラキラした瞳を見ていたらどうしてもできなかった。
ーーったく、やばいのに俺は何してんだか・・・。
やばいと思いつつも、彼女に引っ張られるまま連れてこられたのは、城下町に佇む一軒の家屋だった。
「ここは・・・?」
「ここ? ここは私の家だよ?」
「へー、ディアルナの・・・家!?」
なんでこんなところに連れて来られたのか容易に予想がつく。
魔力がろくに使えない野郎は、城下町で練習することができない。
つまり、ここへ連れてこられた理由はーーーー
「お、俺! 草原に戻ります!」
「そんなに照れなくても大丈夫だって! ほらほら、逃げない逃げない」
「あ、ちょっと待っ・・・」
「ただいまー!」
彼女は俺の言葉など無視して、押し扉を勢いよく開けた。
すると同時に、奥の方からバタバタと足音を立てながら叫ぶ男の声が聞こえた途端、ここへ来たことへの後悔がより一層増したのを感じた。
「誰じゃぁあー! うちの娘をたぶらかせたクソ野郎はぁあー!」
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