第8話 お人好しの少女
『次世代魔神王決定戦』まで、あと二日ーーーー。
タイムリミットまで刻々と時間が迫ってきていたが、肝心の「魔力コントロール」の方に進展はなかった。
寝る間も惜しんで「魔力コントロール」の練習をしていたのだが、何をどうすればいいのかさっぱり分からない。
正直、お手上げだ。
そんな状態をいつまでも続けるわけもいかず、とりあえず俺は城下町へと足を運んでいた。
というのも、対戦相手に教えてもらうのは普通にあり得ないし、棄権する兄弟に聞くのも違う気がしていたからだ。
棄権したとは言っても、彼らに出場権が剥奪されたわけじゃないから「安心安全か?」と聞かれても、何とも言い難い。
だからこそ、『決定戦』とは関係ない第三者に教えてもらうべきなのだろうがーーーー
「どうするか・・・、城下町に知り合いなんていないしな・・・」
普段から城下町に顔を出していればそれなりに知り合いはいただろうが、残念なことにそんな知人はいない。
城下町に降りてきたのは、兄弟にバレずにこっそりと練習したかったからだ。
王城の中で練習していたら、兄妹の誰かしらに遭遇することは間違いない。
兄弟じゃなくても、親でも同じことだ。
敵に情報を入手させないために城下町に降りる。
至ってシンプルな理由なのだが、降りてもどうしようもないことになぜこの時まで気が付かなかったのか。
呆れ返りながらも行く当てを探し、トボトボと歩く俺に突然声が掛けられた。
透き通る綺麗な声がスッと頭の中に入ってくる。
「どうしたの? 困りごとなら話聞くよ?」
振り返ってみると、瑠璃色の長髪をストレートに垂らした金眼の美少女と目が合った。
こうして、俺と彼女は出会ったのだーーーー。
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「えっと・・・、君は?」
自慢ではないが、城下町に知り合いなどいない。
だからこそ、少女がなぜ急に話しかけてきたのか分からなかった。
善意だけで話しかけてきたとでも言うのだろうか? いや、そんなお人良しそうそういるはずーー
「困ってそうだったから話しかけたんだよ?」
俺の思考を的確に当ててきた少女に驚きを隠せない。
ただの偶然か? それとも生まれつきの力か?
どちらにせよ、困っていることがバレている以上何も隠す必要はないだろう。
俺はニコニコと笑っている少女に包み隠すことなく正直に告げた。
「「魔力コントロール」が難しくてうまく使えこなせないんだ。だから使い方をレクチャーしてくれる人を探してたんだけどーーーー」
そう言いかけた途端、少女は割り込むように言葉を放つ。
「そういうことだったのね! 私でよければ教えてあげるよ?」
「え、いいのか?」
「うん? 別にいいよ?」
少女の考えていることがイマイチ分からない。
「何か企んでいるのか?」と頭の中を過ったのだが、どうもそんなようには見えなかった。
崩すことのないニコニコした笑顔に、悪が潜んでいるとは考えられなかったのだ。
だとしたら、本当にただのお人好しなのか?
「だから、困ってそうだったから話しかけたんだよ? 別に変なことは考えてないって!」
「・・・!? お前、人の思考が読めるのか?」
驚きを見せる俺の顔を目にした少女は、クスクスと笑い出す。
「読めないよ~、君の顔色を窺って「こう思ってるのかな?」って思ったことを口にしているだけだよ?」
「え、俺ってそんなに顔に出てた?」
「うん! ばっちりね!」
俺自身、思っていることが顔に出やすいタイプだとは思わなかった。
誰かと話している時に自分の顔を見ることなんてないから、誰かに言われない限り知る由もないのだ。
ということは、兄弟たちと話してる時も思っていることが顔に出ていた可能性は十分に高い。
ーー気を付けよう・・・。
そんな話はさておき、「魔力コントロール」を教えてもらえるなら願ってもない話だ。
俺は躊躇することなく少女に頼み込んだ。
「それじゃあさっそくお願いします!」
「うん! それじゃあさっそく向かおっか!」
「向かうってどこへ?」
「北に位置する草原! こんなところで練習するわけにはいかないでしょ?」
確かに、初心者の俺が城下町で「魔力コントロール」の練習は危険すぎる。
魔力量が多いからとかそういう問題じゃなくて、普通に手加減を知らないからだ。
少ない魔力量でも、使い方によっては大きな火力になる。
草原だったら思う存分「魔力コントロール」の練習ができるということだ。
「君の名前を聞いてなかったね、名前は何て言うの?」
「俺はルシフェオス、お前は?」
「私はディアルナって言うの。ここらへんで有名な鍛冶屋の娘なんだ!」
「へぇ~、そんな鍛冶屋があるのか」
滅多に城下町に足を踏み入れないから、有名な店とか知らなかった。
「えー! 『アカツキのホシ』って言う鍛冶屋なんだけど知らない?」
「悪いが知らないな・・・」
「そうなんだ、それじゃあパパもまだまだってことだね! ならしょうがないよ!」
「いや、俺が知らないだけでみんな知ってるんだろ? だったら凄いじゃないか!」
「でも言う程仕事してないんだよね~、それでも凄いかな~?」
「凄いと思うよ?」
「そうかな~? えへへ」
照れるようにそう言う少女を見ていると、こっちまで気持ちが温かくなる。
そんな雑談を交えながら歩くこと十分、俺たちは北の草原へと無事到着した。
魔物は一匹もいないが、かなり広々としていて良い練習場と言えるだろう。
見たところ人もいなさそうだし、被害者がでなさそうで良かった。
「それじゃあ、さっそく練習しようか!」
「おう! お願いします!」
俺の返事と共に、「魔力コントロール」の練習は幕を開けた。
「まずは基本的なところからね? 魔力をコントロールできない人の大半は根本的なことができない人が多いの」
「根本的・・・と言いますと?」
「全身に流れる魔力の流れを感じ取れていないってこと!」
ディアルナは目を閉じ、右手の平を仰向けにかざす。
彼女の行動を理解できないでいると、変化は突然訪れた。
右手の平から小さな渦を巻いた「闇の炎」が現れたのだ。
彼女はゆっくりと目を開き、俺に向けて微笑みかける。
「ね? 簡単でしょ?」
「いや、簡単でしょ? って言われてもな・・・」
正直、何がどうしてどうなったのか分からなかった。
恐らく、ディアルナは魔力の流れを感じていたのだろうが、俺には彼女が目を閉じ、しばらくしてから目を開いたようにしか見えなかったのだ。
避けては通れぬ道だと分かっていても、どうしても避けてしまいたいと思ってしまう。
そんな俺に、ディアルナは次なるプランを提案する。
「それじゃあ、まずは魔力を感じ取ることから始めよっか!」
「え! ちょっと!?」
俺は生まれて初めて甲高い声を上げた。
いきなりこんな事されたら誰だってそんな声が出るに決まっている。
冷静さを失っている自分が情けなくてしょうがない。
「どう? 私の魔力を感じ取れる?」
「いや、感じ取れないから! とりあえず抱きつくのはやめてくれ!」
「でも、魔力を感じるにはこれが手っ取り早いよ!」
「そんなこと言われても、感じないものは感じない!」
「えへへ~、ルシフェオスって意外と筋肉質なんだね~?」
「それ、今関係なくない!?」
どうやら、魔力を感じ取れるまで離してくれないようだ。
嘘を吐いて離してもらう手もあるが、「魔力コントロール」の時に嘘がバレる。
こうなったら、どうにかしてでも魔力を感じ取るしかない。
俺は必死に彼女の魔力を感じ取ることに専念したーーつもりなのだが。
ーーあ、いい匂い・・・ってそうじゃない!
ーー生暖かい・・・ってそうでもないだろ!
邪なことばかり頭の中をチラチラ過るので、集中して魔力を感じることができない。
ようやく彼女の抱きつきから解放されたと思った時には、すでに太陽の陽は西の空に沈みかかっていた。
母さんが心配するだろうから、これ以上の練習は難しいだろう。
残念なことに、練習一日目は根本的なことを教わっただけで終わってしまったが、その犠牲のおかげで新たに学んだことがある。
今回の失敗を踏まえて、次からは自力で何とかしようーーーーと。
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