第7話 バレンの過去

 どうにかしてでも答えようとしたのだが、口が思うように動かない。

 声は掠れ、音を上手く作り出すことができないのだ。

 そんな口に込められた「呪い」を打ち砕いたのは、薄ら笑いを浮かべるバレン本人だった。

 

 「驚いただろ?」

 「え、っと、そ、そうですね・・・」

 「いきなりこんな事言われても信じられないだろうが、事実だ」

 

 「事実」と言われても、あっさり呑み込むなんてできるはずがない。

 ここにいる皇子皇女は、皆魔神王オヤジの血を継ぐ「兄弟」だと思っていたからだ。

 未だ戸惑いを隠せないでいる俺に、バレンは小さい頃の話を口にし始めた。


 「小さい頃に両親を亡くし、身寄りのなかった俺を養子として受け入れたのが魔神王様だった。優しかったよ、こんな血の繋がりのない俺にも、他の皇子皇女たちと同じように接してくれたのだから」

 「だ、だけど、それだけの理由で『決定戦』に参加しない理由にはならないはずです。何が問題だというのですか?」


 『絶対的強者』、何を差し置いてでも魔神王に必要とされる絶対条件。

 要するに、魔神王オヤジの血を継いでいるかいないかなど関係なく、圧倒できるだけの力さえあれば、皇子皇女は魔神王になれるのだ。

 その参加資格をわざわざ自ら手放す理由が分からない。

 

 「問題・・・か、俺には大きな問題があるんだよ。その証拠がこれさ」


 そう言って見せてきたのは、魔神族の力量を現す魔力体現だった。

 額には魔神族特有の「闇の炎」が浮き出てきたのだが、俺は瞬時に彼が辞退する理由を知ってしまった。


 魔力量がーー俺の百分の一しかないのだ。


 だが、彼の魔力量は極端におかしい。

 魔神王オヤジの血を継いでいないとしても、あまりにも魔力量が少なすぎる。

 普通の魔神族でも五十分の一はあるはずなのに、彼の魔力量はどこかおかしかった。


 だが、悪いが彼の言う通り、一日練習したところでどうにかできる魔力量じゃない。

 年下であるアスモレオンでさえも俺の二十分の一の魔力量を持っているのだ。

 そんな彼でさえも敵わぬ相手がゴロゴロいる『決定戦』に、誰かに言われずとも棄権するしかない。

 恐らくバレンはそんなことを思っているのだろう。

 どうにかしてやりたいが、俺にはどうすることもできない。

 なぜなら、俺は元々大天使なのだから。


 「こんな俺が『決定戦』に出るくらいなら、尊敬していた魔神王様が次に託したルシフェオスを信じようとそう思ったんだ。それが『決定戦』を棄権する理由さ」

 「兄上・・・」

 「ったく、そんな顔するなよな? これでも素直にお前を『次世代魔神王』として受け入れているつもりなんだぜ? まあ、それが年下のお前ってことに未だ驚いているわけだが」


 そう言いながら、バレンは筋トレをし続けているアスモレオンの方に視線を向ける。


 「今まであいつだけだったよ、魔神王様の血を継がない俺でも、他の人と変わりなく対等に接してくれたのは」

 「その・・・、他の兄弟とは・・・」

 「あぁ、恐らくルシフェオスの思っていることで間違いないよ」


 どうやら、バレンも俺と同じ目に遭っているらしい。

 貴族の目には、俺やバレンのような落ちこぼれは「ゴミ」にしか映されていないのだろう。

 どこまでも、この階級社会は腐っている。根本的なところから叩き直す必要がありそうだ。


 「兄上、俺必ず魔神王になります! 兄上のような苦しむ人が現れぬよう、この腐った階級社会をぶち壊します!」

 「ハハハ、それは頼もしい限りだ。だが、何か策でもあるのか? 敵は魔神族最強と呼ばれるガイオス。それに次ぐセモンもいるんだぞ? 策がない限り勝機はないと思うんだが」

 

 確かに、魔界屈指の実力を持つガイオスとセモン相手では勝機はないと考えるのは当たり前のことだった。

 バレンが心配する理由もよくわかる。

 だからこそ、俺は彼らに改めて認識させなければならない。

 この俺を魔神王に推薦したのは誰か、ということを。


 「俺を魔神王に推薦したのは、魔神王オヤジ本人ですよ? 俺が負けるはずないじゃないですか」

 「だがな・・・敵はあの最強の魔神で・・・」

 「だったら俺がなりますよーーーー」


 俺は席から立ち上がり、バレンに向けてありのまま告げた。


 「俺が最強の魔神になります。そうすれば、誰も文句はないでしょう?」

 「確かに、お前は魔人王様が認めた次世代の魔神王だ。だが、最強の魔神になるには口にするほど簡単なことじゃないぞ? 俺たちが知らない秘策でもあるのか?」

 「秘策・・・、そうですね。秘策は無論ありますよ」


 俺の秘策ーーそれは隠し持っている膨大な魔力量だ。

 無論、それ以外の隠し玉は持っていない。


 「本当か? だったら俺たちに見せてくれないか?」

 「いえ、それだけはできません」

 「何でだ? 別に決定戦に出るわけでもないし見せてくれたって良くないか?」

 「それは今だけの話でしょう? 当日になるまでわからないわけじゃないですか」


 恐らく、彼らは本当に決定戦に臨む気はないのだろう。

 しかし、それはあくまで現状での話、0%とは限らないということだ。

 もし仮に、明日にでもなって魔力量が奇跡的に化け物クラスまで増加したとしたら?

 それでも、出場しないと言い張ることができるか。

 だからこそ、当日になるまで手の内を明かすのは避けたほうがいいのだ。

 情報量で勝敗がつくと言っても過言ではないのだから。

 

 「そこまで慎重にならなくても、俺たちに出る意思はないぞ?」

 「それでも、手の内は当日になるまで絶対に明かしません。なぜならーーーー」


 俺が言うよりも先に、バレンが口を開いた。


 「どうしても魔神王になりたいから・・・か」

 「そういうことです」


 大天使に復讐するためには、俺自身が魔神王にならなければならない。

 そうでもしないと、大天使への復讐の話は生涯切り出されることはないだろうから。


 「それなら諦めるしかないな。だが、背中には気をつけろよ?」

 「・・・俺を殺そうとしているのですか?」

 「そういう意味じゃなくて、魔人王様が直々にお前を指名したんだ。みんなそれなりの警戒はしているだろうから気をつけろよって話だ」


 情報を盗まれるリスクを考えると、決定戦の当日までは魔力量を全開放しないほうが良さそうだ。

 「魔力コントロール」の練習を最小限の出力でしなければならないとか、当日うまく使いこなせるだろうか。

 最大出力じゃないと、ガイオスやセモン相手では勝機は0に近い。

 だが、隠している秘策を盗まれることを考えると、やはり抑えて練習するべきだろう。


 「そういうことだったんですね。わざわざ忠告ありがとうございます」

 「決定戦頑張れよ? 俺たちも応援しているから」

 「ありがとうございます、それでは俺はここで失礼しますね? アスモレオン兄上は・・・」


 筋トレしている手を止めたアスモレオンは、窓から見える夕焼けを見つめながら答えた。


 「俺は、もう少し練習して行くよ・・・、何かに目覚めそうなんだ・・・」

 「は、はぁ、そうですか・・・」


 本人が熱中していることに他人が口を挟んでいいわけがない。

 バレンはもの凄く迷惑そうな顔をしているが、俺はそんな二人を見捨てて部屋を出た。


 --練習・・・どこでするか・・・。


 そんなことを考えながら自室までの長い廊下を歩いていく。

 こうして俺の一日は幕を閉じたのだった。


 

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