第6話 三者会談

 バレンとアスモレオンの棄権宣言には正直驚いた。

 魔神王直系の皇子皇女なら、魔神王の座を当然のように狙っていると思ったからだ。

 とにかく、魔神王の座の争奪戦を辞退するにはそれなりの理由があるはず。

 まず、俺は彼らに棄権する理由を尋ねてみた。


 「無理に参加する必要はありませんが、なぜ自ら棄権を? 誰もが魔神王の座を欲していると思っていたのですが」

 「理由は簡単だよ、な? アスモレオン」

 「まあ、もし仮に俺が魔神王になったら、後が怖いって言うのもあるけど・・・」


 確かにアスモレオンが魔神王になったら、ガイオスやセモンは黙っちゃいないだろう。

 それだけじゃない、彼より実力が上の皇子皇女が納得するかとどうかと聞かれれば、もちろん答えはNOだ。

 彼を殺してでも魔神王の座を手に入れるに決まっている。


 ーーん? 殺してでも・・・?


 魔神王が死ねば、次の魔神王候補を皇子皇女の中から選ばれるのは自然の成り行きだ。

 そんなこと、どんな馬鹿でもわかる簡単な事だった。


 ーーまさかな・・・。


 憶測は憶測でしかない。

 でたらめなことを考えるくらいなら、もっと違うことに頭を使った方がまだマシだ。

 

 「ルシフェオス、どうかしたか? 顔色悪いぞ?」

 「なんでもありませんよ、それより棄権する理由って言うのは・・・?」

 「俺たちが棄権する理由、それはーーーー」


 アスモレオンはニッコリとした表情を俺に向ける。


 「魔神王様が選んだ人に文句はないということですよ」

 「それってつまり・・・」

 「ルシフェオスが魔神王になることに異論はないということだ」


 この二人が何を言っているのか、最初はさっぱり理解できなかった。

 魔神族の習性は、強き者が弱き者を食らうーーつまり『弱肉強食』の理念が根深く浸透しているというのに、彼らは進んで弱き者になろうとしているのだ。

 混乱している俺を気遣ってか、バレンが笑って言葉を綴る。


 「ここで話してでも疲れるだろう? 俺の部屋でじっくり話すとしよう」

 「そうですね、ここでコソコソと話してたら怖い人たちに絡まれかねないからね」


 キョロキョロと見渡すアスモレオンを見ていると、弱者でいることに何か思うところはないのだろうかと、つい気になってしまう。


 ーー準備をしようと思っていたが・・・。


 外の景色を窺ってみると、空一面は綺麗なオレンジ色に染まっていた。

 準備とはいっても何をするかこれっぽっちも考えていなかったので、今から考えてもきっと何もできずに終わってしまうのがオチだろう。

 だとすれば、今日の残りの時間はバレンとアスモレオンとの会談の時間にするとしよう。


 「俺も二人には色々聞きたいことがあるんです」

 「それは奇遇だな、実は俺も同じことを考えてたんだ。それじゃあ行こうか」


 彼に案内され、俺とアスモレオンはバレンのプライベートルームへと招待されるのだった。



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 「ここが第八皇子の部屋か・・・」


 バレンのプライベートルームに招待された俺は一周するように彼の部屋を見て回っていた。

 大して何か特別な物があるわけではないのだが、部屋の造りが俺の部屋とまるで違うから少しだけ興奮してしまっていたのだ。

 部屋のグレードにまで貴族と凡人の差というのは存在しているらしい。


 「バレン兄上、これは何でしょう?」


 そう言ってアスモレオンが手に取ったのは、重りのようなものだった。

 左右の端にある丸い球体を一つの棒で繋ぎ合わせた、何に使うかも見当がつきそうにない小道具だ。

 不思議そうに小道具をまじまじと見つめるアスモレオンに、バレンは小道具の説明を始めた。


 「それは『ダンベル』って言う筋力トレーニングに使う道具なんだよ」

 「そうなんですね、ちなみにどうやって使うんですか?」

 

 バレンがアスモレオンにダンベルの使い方をレクチャーしている間、俺の視線はあるものに注がれていた。

 

 ーーこれは・・・。


 俺が見ていたのは、額縁に飾られていた一枚の写真。

 その写真には、幼き日のバレンらしき男児と魔神王オヤジが写されていた。

 二人とも良い笑顔で、こっちまで気持ちがほっこりしてしまう。


 「良い写真だろ? それ」

 「はい、楽しそうで羨ましい限りです」

 

 アスモレオンにダンベルの使い方を教え終わったバレンは、その額縁に入れられた写真を手に取って懐かしそうな、そしてどこか寂しそうな顔で微笑んでいた。

 

 「俺は魔神王様に憧れていたんだ。他を寄せ付けないその圧倒的な強さをどうにかしてでも手に入れたいと。でも、ガキだったからそんな当たり前なことも知らなかったんだよ。魔神王様は特別な存在なんだって、俺じゃどうすることもできないって」

 「どうしてですか? 強くなる可能性はあるはずですが・・・」

 

 常識的に考えて、魔神王の血を継ぐ者ならそれ相応の力を有していてもおかしくないからだ。

 強くなることを諦めてしまったのだろうか?

 それが要因として「弱者」でいることを選んでしまっているのなら、もの凄く勿体ない。


 「だったら、俺と特訓しましょう。まだ時間はありますし、決定戦までに間に合わせましょう」

 「ルシフェオス、魔神王候補でもある敵を鍛え上げてどうするんだよ」


 ハハハと声を出して笑うバレンはどこか悲しそうな表情だった。

 何かが俺の中で引っ掛かる。

 悲しそうな表情をするバレンを見て、俺の中で何かが消化しきれないでいた。


 「俺は良いんだよ。そもそも、俺は決定戦に出る資格なんてないんだよ」

 「なんでですか? 兄上は魔神王直系の第八皇子ですよ? 資格はちゃんとありますよ」

 「そうか、ルシフェオスは知らないんだね?」


 写真を元の位置に戻したバレンは、テーブル席へとスタスタと歩いて行き、そして静かに着席した。

 

 「まずは、なぜ俺が決定戦を辞退するのかから話そうか」


 俺もバレンに続くようにテーブル席へと着いた。

 一方、アスモレオンはと言うとダンベルで筋トレ中だ。


 「それで、どうして辞退するんですか? 「弱肉強食」、強き者が生きやすいこの魔界でなぜ自ら弱者になろうとするんですか? それに魔神王直系の兄上なら強くなれるというのに」

 「根本的に間違えてるんだよ、いいかい? 一回しか言わないからちゃんと聞いてるんだよ? それと、この話はくれぐれも口外しないでくれ」


 よほど、大事な事を話そうとしているのだろう。

 今日初めて話す相手だというのに、自分の秘密を明かそうとしているのだ。

 口が裂けても言うわけにはいかない。

 固唾を呑み込み、一層緊張感を全身に漂わせる。


 「それで、間違えているって・・・何がですか?」


 そして俺は、深刻そうな顔をするバレンから放たれた真実に、言葉を失った。


 「実は俺ーーーー魔神王様と血が繋がってないんだ・・・」


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