第12話 ホテルでバーベキューする話
「本日はご足労いただきまして、誠にありがとうございます。どうぞお入りください」
耳につけた同時翻訳機から声が聞こえる。丁寧な言葉に聞こえるが、実際には、もっとぶしつけな発言であったとしてもわからないな、そんなことを考えながら歩みを進める。招待されたのは日本国首相である私とアメリカの大統領だけ。世界で招待されたのが、この2人だけということは誇ってよいことなのだろう。
踏み入れたのは高級ホテルのスイートルーム。中央に網が置かれ、今日の目的である「バーベキュー」をするために作りなおしたようだった。
そして今日のホストとして、奥に座っている2人は『宇宙人』だ。
頭は大きく、体はひょろながく細い。肌の色も恐ろしいほどに青白い。しかし目は2つに口は1つだし、鼻はほとんど退化しているようにも見えるが、顔の中央に存在するようだ。洋服のようなものを身に着け、おおむね人間に似ているといってもいいだろう。
わずかに半年前。人類は彼らによって滅亡の淵にさらされた。
人類は地球外からの攻撃に対抗できるすべなど持ち合わせていない。攻撃される都市という都市を、指をくわえて見ていただけに過ぎない。そして彼らが、「和平条約」という名の「服従契約」を提示してくるのをただ待っていただけなのだ。
「私たちは和平交渉をするときには、訪れた先の生物とバーベキューをすることにしております。『食事』を通じて親睦をはかるのです」
赤く火が燃え上がり、置かれた網が徐々に熱を帯びる。そこに宇宙人は次々と赤い肉をのせてゆく。その光景はまさに「バーベキュー」としか言いようがないが、まさか宇宙人の言葉でも「バーベキュー」というわけではあるまい。それに地球でいうところの「バーベキュー」というほど、和気あいあいとしたものであるはずがないだろう。
向こうが用意したものとはいえ、この同時通訳機というものを通してしまうと雰囲気が良くわからなくなってしまって厄介だ。
「さあ焼けたモノからどんどんお食べください。なかなかおいしいですよ、この肉は。ご自由に横においてある焼肉タレをお付けください」
そういいながら、トングでつかんだ肉をこちらの取り皿に入れてくる。しかし「焼肉タレ」とは……。いい加減に空気を読んでほしいものだ。ともかくタレをつけて口にしたお肉は、これまで食べたことのない味がした。いや、タレは既知の味だ。スーパーで買ってきた焼肉のタレだ、と言われても驚かないだろう。しかし肉に関してはこれまで食べてきたどの触感、味とも違った。鳥や豚ではないし……馬やイノシシのようなジビエとも少し違う気がする。しかしまあ焼いた肉というのは、どんなものでもうまいものだ。噛むたびに緊張がほぐれるのを感じた。
「こちらの肉は何の肉ですかな?」
隣で似たような感想を抱いたのだろう、アメリカ大統領が気安く質問をする。味自体はお気に召したようで、すでに3切れ目に入っている。
「私たちは和平をする際には、いつもこのように会食の場を設けることにしています。互いにものを食べると心を許しやすくなり、その後の話し合いもうまくいくものですからね」
持っていた皿とお箸(箸! どこまでもフランクな翻訳機め)を横において、宇宙人は続ける。
「食材に関しては、おもむいた先で調達することにしております。対象はその星で一番強い動物です。多くの場合、その動物がその星を支配していることが多いです。それを食材として提供し、食することで、お互いの立場を理解しあうことがこの会食の一番の目的なのです」
「あーそうなのですなー。それで?地球で一番強いと言いますと? ライオンですかな? ゾウですかな?」
笑いながら相槌をうっているアメリカ大統領は、おそらく理解していない。私は胃の中からこみ上げてくるものを、せき止めることができなかった。
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