第11話 なまもの屋

 今日の営業は散々だった。


 やっと取り付けたアポイントを頼りに訪問すると、社長は不在ですと告げられる。代理で私が……と出てきたのは、権限など全くなさそうな総務課長。ひとしきり説明をするも、のれんに腕押し状態。次のアポイントが取れるわけでもなく、また電話してくださいと言われ、結局なんの成果もなかったに等しい。


 すでに空は暗く、もともと直帰の予定だった。これはやけ酒でも飲むしかないと、そのまま繁華街に向かう。営業先で良く知らない町だが、アルコールがあればどこでも構いやしない。

 ふらふらと街を歩いていると、ある路地の奥の方に、なんとなく気になる看板が出ているのに気が付いた。その白く光る看板には「なまもの屋」と書かれており、居酒屋のように見える。


 導かれるようにその看板の前まで来てみると、のれんがかかっている。すりガラスで中は良く見えないものの、明かりはついているし、中からは大勢のにぎやかな声が聞こえるので、営業はしているようだ。


 よし。ここに入ろう。そう思って私は扉を開いた。




 知らない店に入る、そんな高揚感はすぐに裏切られた。そこは飲み屋ではなかったのだ。店内はだだっ広い空間が広がっているだけで、テーブルやカウンターもない。唯一あるのは、床の真ん中に敷物がしかれ、その上に無数の「毛の生えたスイカ」の様なものがうずたかく積み上げられているだけだった。

 これは入る店を間違えたな……と、そのまま出ていこうかと思ったが、ひとつ、不思議なことに気が付いた。さっきまでアレほど賑やかだったはずなのに、店内は水を打ったように静まり返っているのだ。奥にまだスペースがあって、そちらに人が居るのだろうか。


「いらっしゃい」


 奥の方から店員らしいオヤジが声を掛けてきた。


「お客さん、良くうちを見つけられましたね。うちは特別な方しか来る事が出来ない店なんですよ」


「そうなんですか。いやしかし、居酒屋かなと思って入ったのですが……、どうやら入る店を間違えた様です。すみません」


 そう言って私は店から出ようとした。


「まぁまぁお待ち下さい。うちは確かに居酒屋じゃありませんが、他では絶対に扱ってない商品がありますから、見てもらっても損はないですよ。買うまで返さないぞ、なんて言いませんから。彼らの良いところを見てやって下さい」


「はぁ……そうですか。ここは結局何を売っている店なんです? あ、彼ら……というからにはペットか何かですか?」


「――俺たちはペットじゃないぜ」


 唐突に口をはさんだのは、店員のオヤジではなかった。うずたかく積まれた山の一番上のひとつ。それが、くるり……とこちらを向きなおり、話かけてきたのだ。店に入った時、「スイカか何か」と思ったのは間違っていた。――それは頭。人間の頭だった。人間の頭が山のように積み上げられているのだ。


「勘違いすんな。確かに俺たちは頭しかねぇけれど、愛玩用のペットとは違う。対等な関係だ。『パートナー』と呼んでくれ」


目の前の状況が理解できていない俺にむけて、積まれた山から歓声があがる。


「いよっ大統領!」

「そうだそうだー」

「あんちゃんカッコいいー!」


 ついさっきまで静かだった店内は、せきを切ったようにやかましい空間になった。この山のように積まれた頭たちは、確かに頭しかないはずだ。しかしどうやら、どの頭も生きており、しゃべることができるようだ。……それも相当におしゃべりだ。


「最近は独居老人も多いし、俺たち結構需要あんだよ。話も聞いてやれるし、明るく賑やかでウィットに富んだ話も出来る。話相手としてこれほど最適な存在はないってわけよ。ついでに言っとけば、俺たち頭だけの存在だからよ。何かあっても『足がつかない』なんてな」


 だだっ広い、その空間は爆笑に包まれる。加えて「アニキ! サイコーっす!」とか「腹痛ぇんで勘弁してくださいよ、腹ねぇけど」とか、それぞれの頭たちが、思い思いにガヤをいれる。とりあえず一番上の頭がリーダー的な存在であることは間違いないらしい。頭は4~50個はありそうで、もちろんそれぞれに口がひとつづつある。それらが同時に口を開くのだから、騒々しいことこの上ない。


「だいたいあれだろ? 最近の若い奴らなんかは、スピーカーに向かって話かけて、寂しさ紛らわしたりしてんだろ? 風情がねぇってもんじゃねぇか。そんな時にこそ俺たちの出番ってわけ。一家に一頭、俺たちを置いといてもらえば、会話も落語も漫談も、歌謡曲でもなんでもござれってもんよ。あ、そうそう俺たちを数えるときは、一頭(いっとう)、二頭(にとう)……ってのが正しいからな。そう、――『頭』だけにな」


 フロアはおおいに沸いている。押しつけがましいギャグの応酬に私の気持ちはどんどん冷めてきたが、同時に冷静さを取り戻すことができた。


「あのー、すみません。私にはやっぱり縁がなさそうなので帰りますね。ちょっとほら、その……仕事残してきちゃったんで。いろいろ忙しいですし」


 適当な理由をつけて帰ろうとすると、オヤジが言った。


「今の人はみんな何かしら忙しいもんですからね。でも、そんな人にこそオススメのものもあるんですよ? ここには彼らしかいませんけど、奥の方に、手先が器用な子たちが、『何本』も……。きっとお気に召す子いると思うんですけどねぇ……」


 私はそれ以上聞くことなく、大急ぎで店から逃げ出した。

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