第13話 やまない雨と、馬乗りの傘

「日本には付喪神というものがいるだろう。もし知らなければ教えてやろう。付喪神とはあらゆる『モノ』にやどる神のことだ。そして、われこそはビニール傘にやどった神様だ」


 目を覚ますと、俺は数本のビニール傘に馬乗りにされていた。

 その上、このような口上を聞かされたときには、どんな反応をしたらよいのだろう。


 ただ、俺のところに「ビニール傘の神」とやらが現れることには心当たりがありすぎる。何せ、俺は雨が降るたびにビニール傘を買うし、せっかく買ったばかり傘もどこかしらに忘れてきて、またすぐ新しい傘を買う。そんな感じで、月に10本程度はビニール傘を使い捨てているのではないだろうか。この記録で俺に勝てるやつはあまりいないだろう。


「そうだ。お前が今、考えているとおりだ。お前は我々を粗末にしすぎている。多少のことであれば目をつぶってきた。しかしお前の素行は流石に目に余る。我々の『ビニ傘神連盟』では早急に対処が必要な案件として議題になったのだ」


「……ビニ傘神連盟」


「お前は我々の同胞を何度となく、どこかしこに放置し、危険にさらした。そのまま亡くなった同胞も少なくない。我々の連盟では、このような凶行をこれ以上引き起こさないために、お前に呪いをかけることにしたのだ」


「……呪い、だって?」


「うむ。『傘が開ききらない呪い』だ」


「え、……こう、アレですか? 傘が使えないわけじゃないけど、押し込んでもカチッってならなくて、開いておこうと思ったら、ずっと手で開けとかなければいけなくなってしまう……って感じの、呪い? ……ですか?」


「そうだ。すべての傘だ」


「うわっ、地味。でも地味に結構イヤ」


「そのとおり。我々はやるときは徹底的にやるのだ。明日からお前はもう傘を……」




バタンッ!


 そこまで話したところで、大きな音がしてドアが開いた。古いワンルームのこの家はベットからドアまでが容易に一望できる。ドアの外にいたのは…………こちらもまたビニール傘だ。


「まて! その執行、しばし待ってもらおう! そのものに多大な瑕疵があったことは間違いない。しかし我々『ビニール傘神共同連合』……通称『ビニ共』では、そのものが単に悪いおこないだけしているとは考えていない」


「…………ビニ共」


「ビニ共だと。若造がしゃしゃりおって! このものになんの善行があるというのか!」


「見るがよい! これこそが善行だ」


ビニール傘がさした場所には、ドアのすぐ横にたまりにたまったビニール傘の山があった。


「そう、このものは多量の同胞を路頭に迷わせたことに間違いない。しかし同時に多くの同胞に仕事を与え、日の目を見せてきたのも、また事実なのだ。つまり『傘あかずの呪い』はいくら何でもやりすぎだと我々ビニ共は考えている!」


「そんなものは贖罪にはならん! このものには我らの同胞の恨みが……」


「一時の怒りで判断を下してはならん。物事にはいい面も悪い面もあるのだ……うわっ何をする!」


 言い合いもそこそこに、玄関先で切った張ったの取っ組み合いがはじまってしまったので、俺はめんどくさくなってきてしまった。「決まったら呼んでね」と一声かけて布団をかぶる。薄い家の壁を通して、まだ雨が降り続いているのが聞こえる。今年の梅雨は雨ばかりだ。明日は晴れるといいな。


 そんなことを考えながら、俺はまた眠りについた。

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