2. 【異】説得

「いやー放して―!」

「ほらほら、行きましょうよキヨカさん!」

「私は部屋からでーなーいー!」

「そんなこと言わないで、遊びましょうよ」


 海水浴へ連れて行くために部屋から引っ張り出そうとするケイと必死で抵抗するキヨカ。


「頑張れ頑張れケーイーちゃーん!」


 そしてケイを全力するレオナ。


『ケイちゃん頑張れ!』

『俺達の夢と希望をどうか!』

『み・ず・ぎ!み・ず・ぎ!』


 更にはそれを煽るコメント欄。投稿者は男性ばかりかと思いきや、半分近くが女性と言うのが恐ろしい。


「ケイは分からないと思うけど、私は色々な人に見られてるの!恥ずかしくて水着なんて無理無理無理無理!」

「水着は元々人に見せるものですよ」

「違うよ!?」


 泳いだり水辺で過ごすためのものだ。だが、見せるためではなくとも見せても良い服装であることに違いはない。


「でもキヨちゃん、可愛い水着、着たくないの?」

「絶対それ言われると思った!着たいよ、でもそれ以上に見られるの恥ずかしいの!」


 キヨカは水着に限らず可愛らしい服装が大好きだ。だって女の子だもん、おしゃれしたいのである。しかし、肌を見せる事への抵抗がその興味を大きく上回っているため、簡単には堕ちそうにない。


 このような時は、恒例の必殺攻撃が繰り出される。


「お姉ちゃん、一緒に遊びたい」


 ポトフの上目遣いのおねだりだ。これまでこれで何度もキヨカは陥落していた。


「いい、ポトフちゃん。女の子はみだらに肌を異性に見せてはダメなんだよ」

「そうなの?」

「そうなの!はしたない女の子になっちゃいけません!」


 だが今回はそのポトフの攻撃すら耐え凌いだ。ドレスを着せられ、アイドル服で歌い、大勢の人の前でコメントを求められ、それらを乗り越えたキヨカであっても水着はハードルが高すぎた。


『そうなの!必死』

『そうなの!断言』

『そうなの!強制』

『力いれすぎじゃね?』

『ボス戦より力入ってたな』

『でも嫌よ嫌よと言われると』

『煽りたくなる!』

『それな』


 当然コメント欄など見る余裕も無いし、見るつもりは微塵も無い。水着を期待するコメントを見て照れが加速するのが目に見えているからだ。


「流石に水着は簡単にはいかないかー」


 レオナは考え込む。

 レオナとキヨカはお互いに気兼ねなく弄り合える関係だ。多少やりすぎでケンカになることもあるが、基本的には何を言い放っても問題ない。実際、キヨカが異世界に来てからもレオナは可愛い攻めでキヨカを弄り、キヨカは恋愛の香りを察してレオナを弄り始めていた。

 レオナとしては最近はキヨカを弄る場面が少なく逆に弄られているため、ここらで大きく立場を逆転させたいのである。


 どうにかしてキヨカに水着を着せたいと考えるレオナは、少し前に同じような話をしていたことをふと思い出した。


「そういえばキヨちゃん、お祭りの時に水着を着るって言ってたよね」

「う゛っ!」

「恥ずかしくないから機会があれば着ても良いって」

「ぎゃああああああああ!覚えてたああああああああ!」


 そう、クレイラ王国のお祭り二日目。バスで移動中に海水浴の話題が出て、その時に水着を着るのは恥ずかしくないし機会があれば着ても良い、といった感じの事を口走っていたのだ。まさかその話を覚えているとは思わず、キヨカは思わぬ攻撃に反論が出来ない。


「自分で言ったんだから間違いないよね」

「ち、違うの。あの時は『機会があればね』って言っただけで着るなんて言ってないもん!機会があれば考えるって意味だったんだもん!考えた結果やっぱり着ないんだもん!」


 苦しすぎる言い訳だが、当時の会話をしっかりと覚えているということは、いずれ攻められた時のことを考えて敢えて断言しなかったのだろう。


「でも恥ずかしくないとは言ってたよ」

「ぐうっ!」


 しかしこちらは明言していた。だれが聞いても照れ隠しの言葉ではあったが、発言してしまったことに間違いはない。キヨカの大失敗である。


「恥ずかしく無いなら問題ないよね。ポトフちゃんもケイちゃんも遊びたがってるし、断る理由ないね。さぁ、行こうよ」

「で、でで、でも私水着持ってないし」

「一階に水着のお店ありますよ」

「ケイーーーーーーー!」


 レオナとの会話は聞こえないはずなのに、絶妙なタイミングでケイがフォローする。


 キヨカにとって流れは最悪だ。反論する手段が見当たらない。このままでは自分の水着姿が地球に公開されてしまう。しかも録画や写真集では無いのだ。仮にポロリなんかしてしまったら羞恥で死ぬしかない。

 キヨカの映像はトイレやお風呂、着替え中などのセンシティブな場面では暗転する。それはキヨカ側からもコメント欄が閉じられていることから分かるようになっている。見られたくない場面で映像が配信されているかどうか、毎回確認しながらその手の行動に移っていた。

 だが水着姿は普通に配信されるだろう。しかも、一瞬のポロリを謎の配信さんが瞬時に察知してガードして貰えるのか、キヨカは確信が無いのである。水着姿を見せるだけでも恥ずかしいのに、その上で更なる恥辱の可能性がある海水浴など、楽しめるはずが無いのだ。


「(どうしよう。どうしよう)」


 キヨカは必死に頭をフル回転させる。理屈では自らの大墓穴により勝てそうにない。それならば強引に不当な条件を押し付けて最大の敵を寝返らせればどうだろうか。


「それじゃあレオナちゃんも水着になろうよ」

「へ?」


 レオナは別に異世界に一緒に居るわけでは無く自室でキヨカを見ている。それなのに水着に着替えるのはどう考えてもおかしい。


「キヨちゃん、いくらなんでもそれは……」

「レオナちゃんと一緒にいる皆さん!」

「ふぇ!?」


 意味不明なキヨカの台詞を咎めようとしたレオナだったが、まさかのレオナサポート室のメンバーへの呼びかけで焦る。


「レオナちゃんの気分転換にプールとか海水浴に行ってあげて下さい。レオナちゃんの|大切な人(・・・・)と一緒に楽しんできてください!」

「ちょおおおおおおおお!キヨちゃん何言ってるのおおおおおおおお!?」

「レオナちゃんが行くなら私も行くね」


 死なば諸共戦法だ。別にレオナがこの条件を呑む必要は全く無いのだが、キヨカは正論で返されても聞く耳をもたないつもりである。レオナは人見知りでキヨカ程ではないが恥ずかしがり屋。恐らく居ると思われる想い人と一緒に水着で遊ぶなど、絶対に出来ないはず。これでレオナを押さえつけて強引に海水浴の話を無かったことにさせる目論見だ。


 しかしキヨカはここでも失敗した。


 レオナの傍に有能なブレーンが居ることを気付いていなかったのだ。


「ちょっと苗ちゃん、何言って!私は嫌……って決めないでよ!え、ちょっ、そんなんじゃ」


 金ウサギから動揺する声が漏れ聞こえて来る。


「馬鹿ああああああああ!私だってあんたなんか!いいわよ、そこまで言うんだったら行ってあげるわ!目にもの見せてくれるんだから!………………あ」

「え?」

「ち、違うのキヨちゃん、行かないから。え、いや、行くけど、行かないから。ああもう、なんでこうなるの!」


 レオナの懐柔が失敗しそうになりキヨカは焦る。


「レオナちゃん、水着だよ?恥ずかしいよ?無理しなくて良いんだよ?」

「無理じゃないもんうわああああああああん!こうなったら絶対キヨちゃんに水着を着せるんだから!」

「ええええええええ!?」


 ブレーンの手によって盛大に自滅させられ、レオナは何らかの形で水着を着ることを認めさせられてしまった。いや、恐らくはそれだけではない。キヨカは『恋する女の子』の力を見誤っていたのだ。恥ずかしくはあるが、水着を見て貰いたいという気持ちが僅かに芽生えていた。

 ここまで卑劣な手段を使ってまでレオナを止められたなかったキヨカに、最早逃げ道は無かった。


「ほらポトフちゃん、キヨちゃんを連れてって!」

「うん」

「やった!これで海水浴出来る!」


 ポトフとケイに手を引っ張られ、キヨカは抵抗することなく真っ赤な顔でとぼとぼと部屋を出て行く。目指すは旅館一階にある水着売り場。


「(こうなったら露出が少な目で地味な水着を選ぶしかない)」


 果たしてキヨカの最後の抵抗は実を結ぶのだろうか。

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