第五章 音楽の都

1. 【異】音楽の都

 長い船旅を終え、キヨカ達は大陸北部にある大国、シュテイン王国へと足を踏み入れた。港で船長達やシィと涙涙の別れを終え、街の散策を開始する。


「キヨカさんは、この街初めてですよね」

「うん」

「何か気になることはありませんか?」

「え?なんだろう」


 キヨカ達が今歩いている場所は日本でいう商店街のような場所だ。店舗が並びアーケードがあり、雨の日でも買い物を楽しめる場所だ。

 ブライツ王国の王都は都会型の作りであり広い道路が多く走っていたが、シュテイン王国の王都は京都のように碁盤の目の形で商店街が並んでいた。


 だがケイの言いたいことはそういう都市の作りの事では無さそうだ。そもそも作りなど都市によってまちまちなのが当然なのだから。


「レオナちゃんは分かる?」


 何も思い当たらないキヨカは近くをふよふよと浮いている金ぴかウサギに相談する。


「う~ん、何だろう。私も別に普通の街だと思うけど。あ、なるほど!」

「何か分かったの?」

「うん、キヨちゃん、コメント欄見て」

「コメント欄?」


 見られていることを意識してしまうため、キヨカはコメント欄を自発的に見ることは少ない。特にここしばらくは、慌ただしかったりレオナがそれどころでは無かったりと問題だらけだったため放置していた。見るのは久しぶりになる。


『綺麗な音色』

『おお、久しぶりに見てくれるかな』

『いぇーいキヨカちゃん見てるー?』

『そこ、地元の商店街みたいだわ』

『雰囲気に合った良い曲が流れてるね』


 キヨカが放置気味だったからか、グローバルコメントの方も書き込みの勢いが少なく目で追えるスピードだった。尤も、キヨカが見始めたことでまた爆速になるのだが。


「曲?」

「そうです、ここって街中に音楽が流れてるんですよ。凄いですよね」


 言われてみれば確かに音楽が流れている。しかし日本出身のキヨカにとって、街中で音楽が流れているのは自然なことであり、ケイの言葉の意味がすぐには分からなかった。


「そういえばブライツ王国では流れてなかったよね。この街だけなんだ」

「はい。ただ、以前ここに来た時に他の街にも広げようとしているって話を聞いた事があるから、今では違うかもしれませんけど」


 周囲を良く観察してみると、アーケードの近くにスピーカーらしきものが設置されている。恐らくはあれが音を発生させる魔道具なのだろう。


「なんか楽しくなる音楽だね、ポトフちゃん」

「うん」


 相変わらずな小学生モードのポトフも、曲のリズムに乗って楽し気に歩いていた。


「流石音楽の都だね」


 シュテイン王国の王都は音楽の都と呼ばれている。先々代の国王が大の音楽好きということで、国を挙げて音楽を発展させるための政策を推進。数多くのライブハウスやホールがあり、百を越える音楽教室は国民だけでは無く外国からも人気があり訪れる人が多い。音楽祭も毎月のように開催されている。このように、練習場所と披露する機会を多く提供することで、国民に音楽が根付いていた。


「そしてその象徴があれです」

「うわーおっきい」


 王都の中央には五万人を収容できる音楽アリーナが鎮座している。迫力ある音楽祭を開催したいという国王の要望により建てられたものだ。

 なお、王城は西側の海岸沿いに建てられており、そちらのホールでもコンサートが開催されているが、そこで激しい曲を聞くにはふさわしくないという想いからアリーナを建てさせたという噂もある。


「キヨカさん、滞在中に一度は行ってみましょうよ」

「うん、そうだね。ケイってもしかして音楽が好きなの?」


 普段は要望をあまり口にしないケイが誘って来たためそう思ったのだ。


「いえ、特に好きと言うわけでは無かったんですけど。前に来た時にここで音楽を聴いてとても楽しかったんです。また聞いてみたくて」

「なるほどねー」


 キヨカは日本でライブやコンサートに行ったことは無くケイの感覚は分からないが、興味はあるのでどのような雰囲気なのかは気になるところ。


 ただ一つ、懸念事項がある。


「キヨちゃんアイドルデビュー?」


 レオナが出演側として参加しろと煽って来るのだ。もちろんガン無視である。

 なお、煽っているのはレオナだけではない。


『ライブイベントきたー』

『定番だよね』

『むしろやらない理由が無い』

『アイドル姿くっっっっっっっっそかわだったしな』

『歌も悪くなかった』

『オタクにはバンド系も人気あるぞ』

『ユニット組むとか?』

『ケイちゃんもポトフちゃんもバンドより歌って欲しいわ』

『わかる』

『それな』

『箱推し確定』

『むしろ単体×3』

『なおツクヨミ』

『誰だっけそいつ』


 コメント欄もまるで音楽祭への参加が決定事項であるかのような反応をしているのだ。もちろんガン無視である。


「それじゃあ宿を探しに行こうか」


 宿は街の出入り口にあるのが定番だ。海から来る人々のために港近くにもあるが、キヨカ達は外に出て邪獣達と戦う必要があるため、陸地側の宿を探そうとしていた。そのために、まずは港から北上して中央にある音楽アリーナまで移動し、そこから東西北のいずれかの出口へと向かおうとしていたのだ。

 なお、シュテイン王国の王都はブライツ王国とは異なり小さい。その代わりに大きめの街が国中に点在しており、王都まで出向かなくても近くの街で何でも揃うようになっている。ブライツ王国はクレイラの街という例外を除いて王都以外に大きな街が無い一極集中型であり、国の都市計画の方針の違いが良く分かる。


「キヨカさん、ちょっと待ってください」

「どうしたの?」


 宿を探しにとりあえず街の北側へ歩こうとしたキヨカをケイが引き留める。


「東側に行きませんか?」

「東?別に良いけど、オススメの宿があるの?」

「オススメというか、泊まってみたい宿があるんです」

「うん、いいよ」


 キヨカとしては特に宿に拘りがあるわけではない。最低限のレベル以上であれば何処だってかまわないため、ケイが泊まりたいというのであれば拒否する理由は無かった。


「でも、そこって普通の宿とは違ってめちゃくちゃ高いんです」

「高い?」

「はい、五倍~六倍。中には十倍近いところもあります」

「それは高い」


 邪獣を狩りまくっているからお金に不自由はしていない。宿を確保後に装備の新調に向かう予定であるが、それを考えてもまだまだ余裕はある。かなり高いが一泊か二泊する程度なら問題は無いだろう。


「う~ん、高級宿ってことだよね」

「はい、一度泊まってみたくて。その、お金も結構溜まってきましたので良いかな~って」

「どんな宿なの?」


 念のため、宿の雰囲気を聞いておく。


「海沿いにある建物で」

「ふむふむ」

「高さが結構あって」

「ほうほう」

「食べきれない程の美味しい料理を部屋に持ってきてくれて」

「なるなる」

「最上階に海を見渡せる大浴場があるそうなんです」

「!?!?」


 キヨカは気付いた。それって宿というか『旅館』なのでは、と。

 この世界の宿は超格安でない限りは基本的にお風呂がついている。だが、大浴場ともなると話は別だ。お風呂好きの日本人としては、興味を抱かないはずがない。


「よし、泊まろう」


 ケイの提案をキヨカは受け入れてしまった。そう、受け入れてしまったのだ。

 より具体的に話を聞いておくべきだったと後々後悔するも、後の祭りである。


「おお、ここがその宿か」


 ケイの言う通り、東側へ進むと海沿いに何件か旅館が建てられていた。いずれも六階以上はある建物であり、使い古された普段の宿とは違い清潔感が漂っていた。これまたキヨカの期待が爆上げである。


「満室じゃなきゃ良いけどなぁ」

「大丈夫だと思いますよ」

「そうなの?」

「はい、もうじき大きな音楽イベントがあるのでその前後は混みますが、今はまだギリギリ空いている時期の筈です」


 ケイはこの宿に泊まりたかったため、実は事前に色々と調べてあったのだ。到着するタイミングが混雑時期とバッティングしたならば、少しずらしてから泊まるようにお願いする予定だった。

 実際、問題なく部屋を確保することが出来た。部屋は五階であり移動して荷物を置き、部屋の巨大な窓から外を眺める。


「うわぁ良い景色!」

「(こくこく)」

「最高ですー」


 窓の外はすぐに海。視界は内海で埋め尽くされ、航海する船や水平線を堪能できる。船旅で散々海など見て来たではないかとは言ってはならない。船の上と宿からの眺めは気分的に全く別物なのだ。


「砂浜もあるし、遊びに……行け……」


 視線を下に向け、真っ白で広い砂浜を見つけたキヨカはテンションが上がりかけて硬直した。そこには見たくもないものがあったからだ。


「わぁ、キヨちゃん!海水浴出来るよ!」


 そこに居たのは水着を着た人々。閑散期と言うことでまばらではあったが、それは間違いなく地球で目にする海水浴場であった。


『水着イベントきたーーーー!』

『こ れ を ま っ て た』

『信じてた』

『海なのに水着が無いとかおかしいでしょ!(2162回目)』

『叫び続けた奴、報われてて草』

『これ見せてくれるんだよね』

『センシティブだからNGとか言われたらガチで暴動起きるぜ』

『キヨカちゃんの水着!』

『ポトフちゃんの水着!』

『ケイちゃんの水着!』

『え?』

『あれ?』

『どうなんの?』


 コメント欄は待ちに待った水着イベントの到来に大混乱。そのコメント欄の想いを見てないのに受け取ったのか、キヨカはきっぱりと告げる。


「ぜっっっっっったい嫌!」


 全力の拒否である。


「ぜっっっっっったい水着を着て貰うよ?」


 それに対抗するレベルで全力で水着を着させたがるレオナ。

 水着イベントの開催を巡る激しい闘いの戦いの幕が切って落とされた

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