30. 【地】ボス戦(邪人オクトン) 前編

 キヨカ一行は渦潮の迷路を突破し、邪人オクトンと対峙する。レオナサポート室ではレオナの執務室に全員が揃っている。世界中のデモは解散して多くの人がキヨカライブを視聴している。各国の軍隊は邪獣出現ポイントに配置し、新たな邪獣の出現に備えている。


『明日を笑顔で迎えるために、内海の平穏を取り戻す!』


 キヨカが邪人オクトンに対して決め台詞を放ち、第四章のボス戦が始まった。キヨカライブは戦闘画面に変わり、キヨカ達の体力などが表示される。今回の相手は邪人オクトンと水龍のペアであり、どちらも名前が赤い。それを見た遥が焦りの声を上げる。


「くそっ、ハードモードが解除されてない!」


 ボスの名前の赤色はハードモードである証だ。カプセル邪獣を倒すべく世界中が必死に攻略法を考えたが、残念ながらハードモード解除にはまだ足りていなかった。


 香苗はすぐさまレオナに指示を出す。


「レオナちゃん、惑わされないでやるよ」

「うん!」


 攻撃が当たらない、強制マヒ、強制暗闇。最後のは発動しなかったから遥達は知らないが、これまでのハードモードは単に攻撃威力が増すといったものではなく、厄介なギミックが加わったもの。また、守備を意識しても対処にならないものだった。ゆえに、最初からハードモードを警戒して守備に回るのではなく、攻撃も加えつつ相手の行動を観察しながら立ち回る。


『レオナちゃん、どっちから狙えば良いかな』


 配信先でキヨカが初手からレオナに相談する。今回の相手は二体。これまでには無いシチュエーションであるため、ゲームに詳しくないキヨカには直ぐに判断がつかないのだ。


「オクトンを優先して」

『分かった』


 とはいえ、ゲームに慣れた人であってもどうすれば良いかなど、やってみなければ分からない。ペアでのボスは様々なパターンがあり、見ただけでは分からないからだ。今回の場合、水龍を召喚したのがオクトンであるためそちらを優先するのが正しそうだが、オクトンを先に撃破したら水龍がパワーアップして手が付けられなくなるケースもある。


『ポトフちゃんは防御、みんなはいつものをオクトンにやるよ』


 ツクヨミがクナイを投げてオクトンに攻撃、キヨカは船から飛び降り水龍の上を走りオクトンの元までたどり着いてから一閃、ケイはパワーグラビティでダメージを与えつつオクトンの動きを封じる。


「あれ、グラビティ効いてないな」


 画面にはグラビティの効果が発動したことを示す『動きが遅くなった』の表示がされなかった。


「キヨちゃん、グラビティで遅くなってないみたい」

『分かったー』


 グラビティは効かなかったが、元々のスピードが遅めであるため戦況に大きな影響は無さそうだ。


「耐性無効がハードモードの条件なのか。それとも元々そういう設定なのか……」

「ヒデくん、まだ分からないよ。相手の行動をもっと見てから考えよ」

「うん、そうだね」


 キヨカ達の行動が終わり、次はオクトン達の行動だ。まずはオクトンが体をぶるりと震わせて右手をのそりと肩の高さくらいまで上げる。


『オクトンの攻撃力が上昇しました』

『水龍の攻撃力が上昇しました』


 更に今度は左手を同じ高さまで上げる。


『オクトンの水属性攻撃力が上昇しました』

『水龍の水属性攻撃力が上昇しました』


 いずれも自分達の能力を上昇させる行動だった。


「オクトンはバフ役か!」


 能力上昇を受けた水龍が動き出す。

 オクトンを頭に乗せたまま全身を水中に潜らせ、勢いよく飛び出した。すると海水も同時に押し上げられ、キヨカ達が乗っている船に押し寄せる。


 津波攻撃。


 震災により表現として用いることすら禁忌とされているこの攻撃は、多くのゲームやファンタジー世界で用いられてきた強力な攻撃手段だ。実際の津波とは異なり単なる大波であることが多く、水龍の津波攻撃もそちらのタイプだった。

 甲板を埋め尽くす程の海水でキヨカ達は押し潰された。


『けほっけほっ。いったぁ……』


 水圧による圧迫や打撲が主な痛みであるためダメージを受けた後の見た目はエグくはないが、水属性攻撃力が上昇しているため数値上のダメージは大きく、全員のHPが三割程度吹き飛んだ。キヨカ達は水属性耐性装備をして備えていたが、それがなければ果たしてどれだけのダメージを負っていたか。


「キヨちゃん、まだ来るよ!」


 水龍は立ち上がったキヨカに向けて牙を振う。


『きゃあ!』


 攻撃力上昇がかけられているからか、掠られただけで吹き飛ばされる。たったの一ターンでキヨカの体力が半分近く減少する。


『ヤバい、洒落にならないよコレ』


 久しぶりに見た血まみれのキヨカの姿にレオナの顔がきゅっと歪む。


「だいじょ」

「大丈夫だ。キヨカちゃんを信じよう」


 香苗の言葉を遮って遥がレオナに声をかける。いつの間にか震える左手を上から包み込んでいた。


「あ……うん」


 そのことに気が付いたレオナの顔に赤みが刺す。色々な意味で気を取り直すことが出来たようだ。


「(遥くんやるわね)」

「(あれって無意識ですよね)」

「(レオナちゃんのこと妹みたいに思ってるからなのが残念だよねー)」


 画面上では死闘が繰り広げられているのに、外野は別のことが気になっていた。

 心理的なゆとりを持てた理由は、このターンの敵の行動を見る感じではまだ絶望的な状況では無く、回復重視で戦えば乗り切れることが分かっていたからだ。


 だがそんな目算は次のターンに打ち砕かれ、甘酸っぱい恋の行方など考える余裕がなくなる。回復優先にして、キヨカだけがオクトンに攻撃をしかけたこのターン。


『オクトンの防御力が上昇しました』

『水龍の防御力が上昇しました』


『キヨカの水属性耐性装備が無効化されました』

『キヨカの水属性耐性が減少されました』


 なんとオクトンがキヨカの水属性耐性を徹底的に低下させてきたのだ。


「まずい!」


 そしてそのターンの水龍の攻撃。


 津波攻撃。


『きゃああああああああ!』


 先ほどと同様の水属性全体攻撃。ケイ、ツクヨミ、ポトフはすぐに立ち上がることが出来たが、キヨカは甲板の上でピクピクと痙攣して動かない。


「キヨちゃん!」


 レオナが叫び、遥が支える手にも力が入る。

 画面を見るとキヨカのHPは残り二割まで削られていた。このターンの最初、ツクヨミの道具によりキヨカの体力は最大にまで回復してある。それがたったの一撃で八割近く削られたのだ。


 辛うじて生き残り安堵したのも束の間、キヨカ達を、そして世界中を絶望が襲う。


 水龍の二回目の攻撃。


 津波攻撃。


「え?」


 先ほどのリプレイであるかのような津波が発生し、甲板に倒れまだ動くことすらできないキヨカに向かって、津波が襲い掛かる。力の抜けたキヨカの体は甲板に何度かバウンドし、その後立ち上がることは無かった。


 HP0の戦闘不能。


 恐れていたことがついに起こってしまった。ゴーレムに倒されて以来、キヨカに死の気配が漂う。


「いやああああああああ!」


 果たしてこれは誰の叫び声なのだろうか。ポトフか、レオナか、この配信を見ていた世界中の人か、あるいはその全てか。

 今回はゴーレムの時とは違い、仲間達も連続の津波で瀕死状態だ。残りHPはツクヨミが三割、ケイとポトフに至っては一割を切っており、まだ立ち上がることすら出来ない。


 ゲームオーバー。そして地球の滅亡。それがすぐ目の前に迫っていた。


「まだだ!」


 だがゲーマーたちは知っている。まだ諦める時では無いと。この程度の状況であれば立て直せるのだと。


『諦めるな!まだ大丈夫!』

『しっかりと回復して立て直すんだ!』

『それだけ体力が残っていれば十分だ!』

『一人になっても案外なんとかなったりするんだぜ!』


 絶望により止まってしまったコメント欄に、彼らの励ましの言葉が並ぶ。それを見て、ゲームに詳しくない人もまだ絶望するには早いのだと応援する気力が蘇る。


『立って!頑張ってキヨカちゃん!』

『シィくんだって見てるんだぞ!』

『みんなの笑顔を守ってくれるんでしょ!』

『諦めるなああああああ!』


 一度生まれた応援の流れは止まらない。頑張れ、諦めるな、立ち上がれ。

 その想いはレオナサポート室にも伝わっていた。


 遥達は泣き叫ぶレオナの体を包み込み、言葉を紡ぐ。


「おい、レオナ・・・。これを見ろよ。みんながまだ諦めないで応援してるぜ。あんなにも旅を止めろ止めろって言ってたのに現金な奴らだよな。でもさ、あんな奴らがまだ諦めてないのに、親友のレオナが諦めるなんてあり得ないよな」

「…………あ」

「そうよレオナちゃん。あなたの願いを思い出して」

「君は彼女の隣に立ちたいんだろう」

「ここで凹んでたらキヨカちゃんに怒られちゃうよ」


 あの時とはもう違う。レオナは一人では無い。辛く苦しくて逃げ出したくなっても、それを支えてくれる仲間がいる。


「それともキヨカちゃんのパートナーを止めるか?だったら俺が引き継いでやるよ」

「グスッ。バーカ。誰が変わってやるもんですか。それにあんただったらてんぱっちゃってキヨちゃんと話なんか出来ないくせに」

「なんだとー!その通りだけどさ」

「なっさけなーい」


 レオナは知っている。遥はこうやって憎まれ口を叩くことで、レオナの奮起を促していることを。


「ありがとう」


 傍にいる彼らにさえも聞こえないくらいの小声で感謝の言葉をつぶやいたレオナは、大きく息を吐いて顔をあげた。


「ポトフちゃん!起きて!」


 レオナの姿はキヨカとポトフに見えている。キヨカが倒れた今、レオナの声が伝わるのはポトフだけだ。


「ポトフちゃん。みんなを守って!キヨちゃんを助けてあいつらを倒すの!」


 金ぴかうさぎが倒れたポトフの周りを飛び回り、必死に声をかける。


「そうだ、ポトフちゃん。立つんだ!」

「ポトフちゃん、お願い」

「ポトフちゃん、キヨカさんをどうか」

「負けないでー!」


 遥達は画面の向こうに声が伝わらないことを知っている。だがそれでも、レオナの言葉に触発されて思わず声を上げてしまう。そしてそれは世界中へと広がって行く。


『ポトフちゃん、みんなを助けられるのは君だけだ』 

『君の勇気をまた見せてくれないか』

『あなたの大切な人を守りましょう』


 配信画面のコメントだけではない。伝わらないと知りつつも、配信画面に向かって思わず口にしてしまう。それは決して地球や自分の死を恐れたからだけでは無い。倒れて苦しむ彼女達の姿を見て、自然と口に出てしまった人も多く居た。


「……う……ん」


 その想いが通じたのか、ポトフは気が付き立ち上がる。残りHPの少なさからすると、体中がボロボロで全身見えない痛みに苛まれているはずだ。


「ポトフちゃん。ありがとう」

『こちらこそ、ありがとう。みんな・・・

「え?」

『いっぱい、声が、聞こえた、気がする』


 それは幻聴なのか奇跡なのか女神の恩情なのか。

 だが、これで回復役が立ち上がった。そしてまだこのターン、彼女の行動が残されている。


『スイーツボム!』


 驚くことに彼女の行動は回復では無く攻撃だった。宙に出現したお菓子達が機雷となってオクトンに激突する。


『うぐぐ……』


 何故ポトフが回復では無く攻撃を選んだのか。その意味は次のターンに明らかになる。

 だがここで問題にすべきは何故ポトフが回復では無く攻撃を選べたのかだ。


 コマンド方式のゲームでは一度選んだ行動内容はそのターンが終了するまで変更することが出来ない。それは途中で誰かが戦闘不能になっても同様だ。このターンの最初の状況であれば、全体的にHPが減少していた為ポトフに回復を指示するのが普通である。しかしポトフは攻撃を選んだ。

 これはキヨカが具体的な指示をしなかったからだ。大まかな方針だけ伝えて後は各メンバーの自由に行動させる。これもまたRPGでは良くある機能だ。この方法の良いところは、その人に行動順が回った時点での状況に即した行動をしてくれることだ。

 ゆえにこのターン、ポトフは回復する意味が無いと判断して攻撃を選択した。


 そして次のターン。


『……』


 ツクヨミが何も言わずにリバイブの石でキヨカを復活させる。


『……ん』

「キヨちゃん!」


 意識を取り戻したキヨカの姿を見て、レオナを始めとした世界中が安堵する。


『間に合った』

『キヨカちゃんが無事で良かったよおおおお』

『でもまだダメ。みんな体力が少なすぎてまたやられちゃう』


 このままでは次の水龍の攻撃で全滅の可能性すらある。それまでの間にどうにかして回復しなければならない。

 それを成し遂げるための唯一の手段をケイが実行する。


『お願い、みんなを癒してください!』


 船乗りの雫。


 シィの両親を縛り付けていた幽霊船のボスを倒し、その報酬として入手したアイテムだ。いつの間にかキヨカの道具袋に入っており、その効果は破格のもの。


 一度だけ全員のHPを全快出来る。ただし、次の街に着いたら消滅する。


 期間限定のお助けアイテム。シィの両親の感謝の気持ちが篭められた一品だ。このアイテムを使うために、ポトフは先ほど回復を選ばなかったのだ。


 ケイが雫を空に掲げると、それが砕け散りキヨカ達に降り注いだ。


『あったかい……』

『体中から元気が湧いてくるみたいです』

『シィパパとシィママの気持ちがいっぱい』

『…………これは』


 ツクヨミですら思わず言葉を発してしまう人の想いと言う名の温もり。水攻撃だらけで冷えていた体に熱が宿る。


『復活!まだまだこれからだよ!』


 寝転がったまま温もりを感じていたキヨカは勢い良く立ち上がり剣を構えた。


「キヨちゃん……良かった……」


 世界中がキヨカの復活を喜び、そして反撃を予感させた。ピンチの後にはチャンスが来るものなのだから。

 だがそうはいかない。まだハードモードが解除されていないからだ。

 しかも次のオクトンの行動が希望を抱いた者達を再度絶望に突き落とすものだった。


『ツクヨミの水属性耐性装備が無効化されました』

『ツクヨミの水属性耐性が減少されました』


『ケイの水属性耐性装備が無効化されました』

『ケイの水属性耐性が減少されました』


 このまま再度津波攻撃を連発されたら今度こそ終わりだ。

 シィの両親の想いが籠ったアイテムを使ってまでの立て直し。それが一瞬で無に帰そうとしている。


 水龍が攻撃モーションに入る。

 キヨカ達の冒険を終わらせる攻撃を繰り出そうとする。


 その間際。


『ハードモードが解除されました』

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