29. 【地】ボス戦前の準備と関係性の変化

「帰れー!来るなー!」

「うっさい!香苗さんのお願いだからしょうがなく助けに来てやったんだよ」

「っ!バカーーーー!」

「うお、やめろ、おい!」


 デモが止み遥がカプセル邪獣を倒した翌日。キヨカ側で動きがあったためレオナは執務室で彼女をフォローする。その隣では椅子とノートパソコンを持ち込んだ遥が顔を真っ赤にしたレオナに暴行を受けていた。

 これまでレオナの執務室は彼女の聖域であった。レオナサポート室のメンバーでさえも長時間滞在することを認めず、メンバーも距離を置いてレオナとキヨカの二人きりの時間を邪魔しないように気を使っていた。それゆえ、レオナのフォローについても掲示板やチャットを経由していたのだ。


「やっぱり口頭でフォローする方が早いと思うの。今のレオナちゃんならきっと私達を受け入れてくれるはずだから、今回から試しにやってみましょう」


 もうすぐボス戦であり迅速なフォローが必要な場面であるため、そこで至近距離でのフォローを試してみようと香苗は言う。


「それじゃあ遥くん、先に始めてて」

「え?」

「だって私たち、これからカプセル邪獣を退治しなきゃ」

「いやいや、俺だけってまずいでしょ」

「大丈夫、大丈夫」


 あろうことか香苗は、犬猿の仲である遥だけで先にレオナの元へ行けと指示を出した。


「(なんで香苗さん、俺だけで先にフォローしてくれなんて言ったんだろう。逆効果じゃないかな)」


 これまで以上の剣幕で殴りかかって来るレオナを受け止めながら、遥は香苗の指示を疑問に思っていた。




「あはは、やってるねー」

「香苗さんもやるなぁ」


 一方、ヒデと凛はレオナの執務室には入らずにカプセル邪獣討伐の準備をしていた。香苗も準備中だが、少し離席中だ。


「僕はてっきりレオナさんが遥に対して少し大人しくなるかと思ってたんだけどな」

「う~ん、どうだろうね。私は照れて素直になれずにツンデレっぽくなるかと思ってたかなー」

「それじゃあ今の状況は凛ちゃんの想像通り?」

「ちょっと違うんだよねー。だってあれ、拗ねてるだけでしょ」


 遥の言葉がレオナに伝わっていると知っているヒデ達は、レオナの遥に対する気持ちが一変すると考えていた。実際、あの後部屋から出て来たレオナの態度は明らかにこれまでとは違っており、恋が芽生そうな乙女の雰囲気がプンプンに漂っていた。

 だが遥がカプセル邪獣との戦いを終えた後、レオナから甘酸っぱい雰囲気は消え、いつも通りの剣呑な態度に戻っていたのだ。


「カプセル邪獣が変身したのが自分じゃなくて妹だったから、だよね」

「うんうん、あれで拗ねちゃうのが可愛いよねー」


 大切な人の姿に変身するカプセル邪獣が自分の姿にならなかったこと。それがレオナにはお気に召さかった。普段の自分の態度を考えれば自分以外の姿に変身するのは当然だと頭では分かっているのだが、それでもどうしてか不貞腐れてしまうのだ。


「でもさー。もしも楓さんが遥くんの妹さんじゃなかったら、遥くんの相手がレオナちゃんに変身した可能性もあると思うんだよねー」

「今一番気になっている相手だから?」

「そうそうーその場合にどうなってたか見たかったなー」


 遥の奮闘の結果、カプセル邪獣の撃破報告が増加した。激増とまではいかなかったが、ビンタならなんとか出来るという人が奮起したからだ。彼らの戦闘情報を受け取った灰対は一晩かけて一つの仮定を導き出した。


 カプセル邪獣は戦っている相手が今一番気になっている相手に変身する。


 家族をとても大切にする人であっても、友人が事故や病気で入院したら友人に変身する。

 大好きな人と両想いになりその人の事ばかり考えていても、仲がそんなには良くない弟が入試に挑んでいるタイミングであれば弟に変身する。


 大切さや親密さではなく、その人の頭に何が占められているか。それが変身の基準である。

 だからといって、殺してやりたいほど憎んでいる相手が出て来ることは無いため、大切さや親密さも判断基準に含まれているのだろう。詳細を判明させるためにはより多くの情報が必要であるため、まだ仮定の話である。


 この仮定が正しく、楓が遥と関係性が無い相手であれば、遥が気になるのは一番落ち込んで苦しんでいたレオナだろう。もし偽レオナに対しても遥が激怒したならば、レオナは完全に堕ちていたかもしれない。


「さて、そんな仮定はさておいてですよ、ヒデくん」

「うん」

「あの部屋の中でラブラブしている二人をいち早く覗き見したいので、私達もやるべきことを終わらせちゃいましょー」

「…………うん」

「はい手を出してー」

「いやだーーーー!」

「もう!」


 雑談で話が逸れてしまったが、ヒデと凛は邪獣戦の準備中だった。その準備に戻ろうとしているのだが、ヒデが何かを嫌がっている。


「ほらビーンーター!ビーンーター!」

「うううう、凛ちゃんにビンタなんて出来ないよー!」

「私は出来るよ、ほら」

「ぶふぅ!」


 遠慮なく力いっぱいヒデにビンタする凛。彼らは遥と同じようにビンタで相手を倒そうと考えていた。そのために本物相手に練習していたのだ。


「本気でやったでしょ!」

「やだなー軽くだよ。私の本気を味わってみたい?」

「うっ……」


 ヒデは理解した。もし浮気でもしようものなら修羅がやってくると。


「ヒデくんだって私を叩いて来るじゃん。同じようにやれば良いんだよー」

「いやいや、僕は凛ちゃんにそんな酷いことしないよ!?」

「あれーそうだっけ?」


 愛する人に暴力を振うなどとんでもない。ヒデは凛の前では常に紳士であろうと気を使っていた。もちろん、素のヒデも他人に手を挙げることなど考えることすら出来ない人物ではあるが。


「そうだ!ほら先週とかさー」

「先週……あ!」


 それはレオナサポート室のみんなで遊べるものは無いかとおもちゃ屋をデー……散策していたときのこと。テレビでよく見るお遊びグッズを見つけて購入し、試しに二人で遊んだ。そしてそれはすでにレオナサポート室に持ち込み済みである。


「凛ちゃん!これならいけるかも!」


 ヒデ達が目をつけた道具。


 ピコピコ。


 じゃんけんをして勝った方が負けた方の頭を叩くという定番ゲーム。叩くのに使うのはもちろん『ピコピコハンマー』だ。

 この新たな戦い方の発見により、世の中の邪獣退治はさらに進んだとか。




 また、香苗は一人であるものを作っていた。


「わ、おっきいー」

「これを使うんですか?」

「うん」


 それは黒くて中が見えないビニール袋を長く繋げたものだった。


「最初は相手が動かないみたいだからその間にこれをかぶせるの。そうすれば変身しても人には見えないでしょ」


 そもそも外見が人だから戦いにくいのであって、それを見えなくしてしまえば問題ないというのが香苗の発想だった。


「なるほど、確かにそれなら手を出しやすいかもしれませんね」


 中身が敵であることは間違いないのだ。その気持ちの割り切りさえ出来れば、見た目に惑わされずに戦えるのは大きなメリットかも知れない。


「それじゃあ私、ヤるわね」


 ヒデと凛は後悔することになる。

 開始と同時にビニールを邪獣に被せ、その後容赦なく金属バットで相手を全力で滅多打ちする香苗の姿を見てしまったからだ。まるで生きた人間にビニールを被せて暴行しているような凶悪なシーンだった。


「ふぅ~、ちょっとすっきりしたかも」

『ひいっ』

「二人ともどうしたの?」


 この映像は配信しなくて良かったと心から思うと同時に、香苗に対する恐怖が二人の本能のどこかに刷り込まれた瞬間であった。




 そんなこんなでヒデ達が邪獣と戦っている間、キヨカの旅は進んでいた。


『絶対に許さない!』


 シィの両親が亡くなる原因となった水龍。それを呼び出したのは、目の前で水龍の頭の上に乗り立ち塞がっている邪人オクトンであった。オクトンはヤドカリの邪人であり、背中に巨大な巻貝を背負っている。全身はヌメヌメしたなめくじのような質感でとても気持ち悪い。


『お前、おで、の、邪魔』


 知能があまり高くないのか、それとも言語能力が乏しいだけなのか、オクトンは片言だ。そのオクトンがキヨカの船から大きく離れて海に手をかざすと、船の周囲が渦潮で囲まれた。


「おおーすっげぇ!」

「ちょっとうるさい!」


 配信を見ていた遥が思わず声を漏らす。鳴門海峡とは比べ物にならないほどの迫力ある大量の渦潮が映っているのだ、遥だけではなく世界中で同じような反応が見られた。

 しかしレオナにとっては遥の声は邪魔である。ヘッドフォンつきVRゴーグルを装着しているが、外の音が完全に遮断されるわけでは無いからだ。


『ふふ、レオナちゃん、誰かそばにいるのかなー?』

「な、なな、なんでもないから!」


 怒りに打ち震えていたキヨカだったが、レオナの様子を見て冷静さが戻る。


『渦が小さいところを突破するぞ!』


 王国最先端の技術がつぎ込まれた船だ。渦潮程度で行く手を阻むことは出来ない。船長の指示で軽々と罠を突破する。


『めんどい。つぶす』


 すると今度はより広範囲で渦が出現し、しかも水龍が邪気を口から吐き出して辺り一面を覆ったのだ。


「渦の迷路?」


 良く見ると渦と渦の間に道がある。ゲーム的にはそこを通れと言うのだろうが、渦を突破できる船なのだからわざわざ付き合わなくても良さそうだ。


『船長さん、強引に突破してあいつのところまでいけますか?』

『いや、止めた方が良い。突破するだけなら出来るが、途中で邪獣に襲われて渦の上で動きを止められる可能がある』


 そんな裏道は、それっぽい理由をでっちあげられて封鎖されてしまった。


「おい、まだボスに弱体化が入るか分からないから、キヨカちゃんにじっくりと攻略するようにお願いするんだぞ」

「うっさい!分かってるわよ!」


 反射的に怒って答えてしまうが、全てキヨカに筒抜けである。明らかにこれまでとは違うレオナの雰囲気に、キヨカはニヤニヤが止まらない。


『なにが分かってるのかな?』


「ううっ!もう、やりにくーーーーい!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る