23. 【地】遥の考え、レオナサポート室方針会議

「それだけじゃないです。分からないことだらけですよ」


 今やっている会議そのものを否定するだけではなく、それ以外にも分からないことが沢山あるという遥の言葉に香苗達は唖然とする。香苗としてはキヨカのことをフォローするか、嫌っているレオナのことをけなす発言をするかのどちらかであると想定していたのだ。


「どうしてこの話し合いに意味がないって思ったのかな」

「だってここってレオナサポート室ですよね。あいつをサポートするのが仕事ですから、あいつがやりたいことを俺らがフォローすれば良いんじゃないでしょうか」

「(ああ、そういうことね)」


 香苗は遥が自分の仕事を秘書のように感じているのだと理解し、最初の発言に納得した。あくまでも対象がやりたいことを気持ち良く出来るようにフォローするのが仕事であり、仕事内容そのものには決して口を出さない。そうイメージしていたのだと。


「遥くんの言いたいこと分かった。確かに遥くんの言う通り、私達はレオナちゃんがやりたいことをお手伝いするのが仕事です。でもね、一緒に悩んで考えてあげることもレオナちゃんにとっては大事なことだと思うんだ」


 決して遥の言葉を頭ごなしに否定せず、一旦受け入れた上で改善案を提案する。ばっさりと斬り捨ててしまったら遥は拒絶という圧を感じて二度と発言しなくなるかもしれないと思ったからこそ、丁寧に応対した。

 だが香苗は内心、遥の言葉が残念であった。これまで香苗はレオナと皆の仲を深めて家族同然のような関係になるように苦心していた。それはレオナだけに全てを任せるのではなく、仲間として一緒に責任を背負うことでレオナの心理的な負担を軽くしたかったからだ。その意図が伝わっていなかったことが悲しかった。


「ええと、ああ、これだと、そうなっちゃうんですね」


 香苗の言葉を聞いた遥は、自分の考えが正しく伝わっていなかったかのような反応を返す。


「ごめんなさい。私、勘違いしちゃったかな」

「違うんです。香苗さんは悪く無いです。俺が上手く話せないのが悪くて……」

「ゆっくりで良いから。焦らなくて良いから。ごちゃごちゃで分かりにくくなっちゃっても良いから、遥くんの考えをもう少し詳しく教えてくれないかな」


 遥は目を閉じて考える。上手く話が出来なくても良いからとお膳立てされていて諦めてしまうのはあまりにも情けない。ここで逃げたら恐らく一生成長する機会を逃す。自分が想像する最低限社会性のある人間を目指すためにも、努力するべき場面である。


 遥はそのまま十分以上考えて、ようやく都合の良いフレーズを思い出した。


「そうだ。ほら、あいつ言ってたじゃないですか。『私には関係ない』って。俺もそう思うんですよ。だからこんな話し合いに意味は無いんです」

「え?」


 多くの人を激怒させるきっかけとなった『私には関係ない』発言。それが唐突に出て来た上に、それが正しいとさえ言い放った遥の言葉に香苗達は青ざめる。当然、コメント欄は再度大荒れで外の声も剣呑な雰囲気を取り戻す。


「ま、まってまって。ええと、どういう意味、じゃなくて、どうしてレオナちゃんには関係ないって思うのかな?」


 このままではデモ隊を宥めるどころか、取り返しがつかないくらいの暴動になってしまう。香苗が冷静さを失ってしまうのも当然だ。


「あいつの立場で考えれば当然じゃないですか?」


 そんな香苗の焦りっぷりを不思議に感じるかのような表情で遥は眺めている。何故そんなに焦っているのかが分からない、といった雰囲気だ。


「あいつは親友のキヨカちゃんが笑顔で生きられるように全力でフォローしているだけなんですよ。あ、だけっていうのは変か。フォローしてる凄い奴なんですよ。だってそうでしょ、傷だらけになって何度も死にそうな目にあって、それでも誰かを助けたいって行動するキヨカちゃんを止めずにフォローするだなんて俺だったら出来ません。お願いだから止めてくれって号泣するか、見てられなくて逃げちゃいますよ。でもあいつはそうしなかった。キヨカちゃんが傷つくたびに心をすり減らして、夜も眠れずうなされることが多いくらい辛いのに、それでもキヨカちゃんの旅を応援して、自分が自信をもって横に立って歩きたいと頑張っている。マジすげぇっすよ。尊敬してます。あはは、俺がこんなこと言ってたなんてあいつには言わないでくださいね」


 所々つっかえながらの長台詞。しかも相手が聞いていることを考慮していない早口だ。これこそコミュ障といった感じの話し方ではあるが、その内容は相性の悪いレオナのことを認めていたという予想外の内容であった。


 台詞が長すぎて疲れたからか、一息ついてから遥は続きを口にする。


「だからあいつは自分がやるべきことをやってるすげぇやつなんです。悩んで苦しんで考えて、親友をしっかりと支えている。誰が見たって立派じゃないですか。間違ったことなんて何一つやってないです。それなのにあいつのせいで地球がどうとか文句を言うとか、マジで意味分からないです」


 あくまでもレオナの仕事はキヨカのサポートでありそれ以外のことで文句を言うのはお門違いだ。これこそが遥が言いたかったこと。


「例えばですよ。異世界とかじゃなくて、あいつがキヨカちゃんの受験の応援しているとして、勉強や面接練習の手伝いをしてキヨカちゃんが合格したところで、不合格になった人から『お前が合格したから私が落ちた』って文句を言われてるようなものですよ。そりゃあ『私には関係ない』って言うでしょう」


 レオナを糾弾することは、それくらい理不尽なことだと遥は主張する。合格者の裏で不合格者が出るようにキヨカの行動と地球に悲劇が起こることは繋がっているかもしれない。だがそれはキヨカやレオナの責任では全く無いのだと。


「しかも地球側はキヨカちゃんよりも遥かに楽なのにそれすら怠ってる人が文句言うとか、マジで意味が分からないです。あれだけボロボロになっても人助けを諦めないキヨカちゃんの姿を見て、そんなこと本気で考える人がいるってのが俺には分かりません」


 話をすればするほど饒舌になり、自分の想いを口にすることで改めて怒りを覚えたのか語気も強まる。遥はここ最近のレオナに対する風当たりについて心底不満に感じていたのだ。ただし、自分の気持ちに本人が気がついたのも今この時。妹のことも考えなければならなかったので仕方ないだろう。


「……」

「……」

「……」


 遥の言葉が終わり、香苗達はそれぞれ思いに耽る。遥の言葉の意味を咀嚼する時間だ。

 だが、その沈黙が遥には辛かった。


「俺、何かやっちゃいましたか」


 普通の意味でこう口にしてしまった。

 香苗はくすりと笑って遥に言葉を返す。


「遥くんは、やっぱり凄いね」

「え?」

「僕もそう思います」

「え?え?」

「さっすが遥くんだねー」

「え?え?え?」


 突然皆から褒められて遥は困惑する。


「レオナちゃんの言葉の理由、遥くんはちゃんと考えてくれてたんだね」

「え?当たり前ですよね?」


 私には関係ない。このセリフは、単なる思考放棄のための方便としても良く使われる。あの時、楓に猛烈に責められたがゆえにレオナが苦し紛れにこの言葉を放ってしまったのだと香苗達は勘違いしていたのだ。遥だけがその言葉の意味を考えて理解していた。


「その当たり前が案外難しいの」

「はぁ……」


 遥は自己評価が非常に低い。コミュ障により何をやっても上手く行かず、世の中のほとんどの人は自分より優れた人物であると本能レベルで刷り込まれている。それは犬猿の仲であるレオナに対しても同様だ。自分より優れた人間が暴言を吐くはずが無いと遥は香苗達とは逆の意味での思い込みをしていた。それゆえ、レオナの言葉の真意に気付くことが出来たのである。


「(やっぱり私なんかが遥くんを守るだなんて、おこがましいにも程があるよね……)」

「香苗さん?」

「ううん、なんでもない」


 遥の良さを見せつけられる形になり香苗のメンタルがまた悪化しそうではあったがどうにか持ちこたえた。遥の話は衝撃ではあったが、それだけでデモ隊が止まってくれるわけが無い。『キヨカの姿を見て良く責められるな』という主張に胸が痛む人も多かったのだが、数が揃っているというのは悪い意味でも強みであり、その都合の悪い考えを強引に誤魔化す流れに身を委ねる人がまだまだ多かった。香苗はここで立ち止まるわけには行かないのだ。


「確かに遥くんの言う通り、この話し合いには意味が無いのかもしれないね。レオナちゃんのやるべきことと地球側の問題は切り離して考えるべきだって言うのもレオナちゃんの立場で考えたら分かることだと思う」


 遥の言葉は香苗達にとっても納得出来るものであった。だが、世の中はそう簡単にはいかない。


「でもね、地球側の人にとって、特にデモに参加している人の気持ちを考えると、そう割り切れないんじゃないかな。キヨカちゃんの旅が進むことでこっちに邪獣が出現するのは間違いないわけだし、それで大事な人を亡くした人にとっては、私達やキヨカちゃんを責めたくもなるんじゃないかな」


 香苗は凛にしたように、遥に対しても別の視点での意見をぶつけて、デモ隊のヒートアップを抑えようと試みた。もしかしたら、この言葉に対しても予想外の答えが返ってくるかもしれない。香苗はそう不安に感じたが、遥の答えは『一見』拍子抜けする物であった。


「あ、それなら分かります」

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