24. 【地】分かることと分からないこと、レオナサポート室方針会議

「あ、でも俺なんかが分かるなんて言ったら怒られるかも」


 遥はばつの悪そうな顔になる。


「でもなんて言えばよいのかな。ええと、納得出来るって言い方が正しいのかな。俺だって香苗さんが邪獣に殺されたら発狂するかもしれません。あ、もちろんヒデさんや凛さんもそうですよ。父さんや母さんや『楓』もそうです」


 慌ててフォローをする遥の言葉の中には、自然に妹の名前が含まれていた。この配信を見ている楓は驚く。会うたびに罵倒し、今では存在していることすら許せなくて無視していた相手から、死んだら悲しいと言われると思っていなかったからだ。


「違うかな。俺情けないから発狂も出来ずに中途半端に怒って何も出来ないまま蹲ってそう。はは、情けないっすね。でも、そういう気持ちになるってことは分かるんです」


 あなたには私の気持ちなんて分からない。


 物語では定番の台詞だ。当然ながら人は他人の本心を正確に理解することなど出来ない。だが、相手の立場になって考えて、そして相手の行動と照らし合わせて一致するところがあれば、多少は理解出来たと言っても良いだろう。これが案外難しい。相手の立場で考えても、相手の行動と一致しないことが多々あるからだ。今回の場合は、遥の感性と楓の行動が一致したのだろう。


「あいつにとって『ゆっけ』ちゃんは、家族以上に大切な人だったんです。俺が不甲斐なかったせいで、あいつは他人からの嫌味を跳ね返すためにきつい性格になってしまいました。暴力も振るうようになり、両親は厳しく躾けようとしましたがそれも逆効果で……。そんなあいつを理解し、傍で一緒に笑い、間違った方向に進まないように道を示してくれたのが『ゆっけ』ちゃんでした。俺たち家族がやらなければならなかったことを、彼女はやってくれていたんです」


 家族から届けられなかった愛情を、親友が届けてくれていた。そのことに、遥の家族は甘える形になってしまった。ゆえに、ゆっけが亡くなった今、両親は楓にどう接して良いか分からず困り果てていた。


「彼女が邪獣に死んだと聞いて、俺はあいつがあれほどまでに怒り狂った理由が納得出来ました。恐らく俺なんかじゃ死んでも理解出来ないくらいの怒りと悲しみに苛まれて、あんな行動に出たんだと思います」


 妹とエレベーターで出会った時から、遥の目には彼女が異常なまでに憎悪を抱えていることが見えていた。妹がレオナに詰め寄った時に親友の死を知り、遥は彼女の行動を『仕方ないことだ』と受け入れた。


「だからあいつがあそこまで怒って憎んだこと、少しだけは分かりますし、当然の行動だと思います。あいつも何も間違っちゃいないんです」


 世界的なデモを起こすきっかけとなった楓の行動は決して間違っていなかった。悲しみ怒りを抱いた人間が誰かにそれをぶつけようとするのは当然の行為であると遥は告げた。だが、それでは問題は解決しない。ヒデはその疑問を遥にぶつけた。


「でも、レオナさんも楓さんも間違ってないとなると、どうすれば良いのでしょうか」


 遥はその疑問に対してはっきりと答えを返す。


「それが分からないんですよね」


 自分では分からないと。恥ずかし気ながらもしっかりと答えた。


 『分からない』と答えるのは、案外勇気がいるものだ。自分の無知を曝け出す恥ずかしい行為であり、プライドが邪魔をし、怒られたり呆れられるのではないかと不安に思い、どうにか適当な理由をでっちあげて言い逃れをしようとする。そうしてドツボに陥った人も多いのではないだろうか。

 だが、遥はそもそもの自己評価が低い。プライドなど元々無く、無知であることは自他ともに知られていると考えているため、分からないと口にすることにそれほど抵抗が無い。これが良い事か悪い事かは時と場合によるが、今回は良い方向に向かった。


「だって、あの優しさしかない異世界ですら戦争が起きるんですよ。今回の妹とレオナのことだって同じようなものじゃないですか。あんなに立派な人達ですら止められないのに、どうしたら良いかなんて俺には分かりません」


 諍いは必ずしもどちらかが正しくてどちらかが間違っているとは限らない。勝った方が正義だなどと言えない場面も多い。どちらも正しくて譲れなくて争いになってしまう。そのことは第三章で異世界が教えてくれていた。だからといっても諦めずに考え抜くことが大事なのだが、考えたところで今すぐどうにかなる問題で無い。


「ほんと、分からないことだらけです」


 遥はそう言って肩を落とす。そして『分からないこと』つながりで話を変えた。


「そうそう、分からないことと言えば、デモの参加者も何であのデモに参加しているのかが分からないんですよね」


 遥の『争いは止められない』発言を切なく受け止めていた香苗が、突然の話題転換に対して反射的に聞き返す。


「どういうこと?」

「楓と同じ境遇の人の考えはさっきの理由で分かるんですよ。でもそうじゃない人も沢山いるんでしょ。その人達の考えというか、デモに参加するってことが分からないんです」


 その分からないことについて、遥はこれまでと同様に思い付くままに言葉を発する。


「そもそも俺、人を本気で馬鹿にしたり煽ったり理不尽に怒ったりする人の気持ちが分からないんです。俺ってずっとひきこもりで、やることないからネットで掲示板とか見てたりしたんですけど、あそこって煽り合いが酷いんですよね。人格否定すら普通のことで、相手の意見を叩き潰すことが当然で、自分勝手な不平不満をぶちまける人だらけ。しかもそのことを不満に思っても『掲示板ではそれが普通だからあなたには向いてない。見なければ良い』ですよ。信じられなくて。結局彼らの言う通りにほとんど見ないでアニメばかり見てましたね。あはは」


 灰化前は、掲示板だけではなくSNSを中心として悪意が容易に目につくような世の中になっていた。その悪意をまき散らす行為が遥には信じられず理解も共感も出来ず、ひたすら目を背けて閉じこもっていた。

 ネットに限らず世の中に出ると言うことは悪意に晒されると言うことでもある。ネットと同じかそれ以上に歪んだ人間に遭遇することもそれなりにあるし、そんな人と一緒に仕事をしなければならない状況すらある。それを受け止めきれない遥は悲しいことに社会不適合者なのだろう。

 もちろん遥もレオナを揶揄ったように、性根が優しいだけの人間では無い。だがそれはあくまでも特に親しい相手に対してじゃれ合っているという感覚だ。それが良いか悪いかは別として、見ず知らずの相手に対しては絶対に出来ない。


「デモも似たようなものじゃないですか。自分の意見を押し通すために、煽って人格否定して相手の意見を聞かずに圧力をかけて叩き潰そうとする。良くそんなことが出来るなって、彼らの気持ちが俺には分からないんです」


 窓の外から聞こえて来る、レオナサポート室を侮辱する数々の声。もし自分が逆の立場だったらと考えるとそのような言葉を到底口にすることは出来ない。


「普通の人ならきっと分かるんでしょうね。俺馬鹿だから……」


 相手の気持ちが分からないのは自分が至らないからであり、世の中の多くの人はデモの存在を納得出来ているのだと遥は思い込んでいた。


「そもそもデモなんかに参加しなくても邪獣を倒せば良いだけじゃないですか。俺なんかが倒せるんですよ。難しくないでしょ」


 ついに遥は重大な指摘をしてしまう。カプセル邪獣と戦う勇気が持てず、頭上の数字により社会から『トラッシュ』等と蔑まされ、それが耐えきれなくなったことでデモという安易な道に逃げた者達の真意を。誰もが気付いていて、でもそれを口に出せば多くのデモ隊により炎上させられるため言い出せなかった事実。

 流石にこの発言はデモ隊を暴徒と化す可能性があると香苗は慌て、彼らの建て前を遥に説明する。


「で、でもね、遥くん。その人達はキヨカちゃんが旅をすると大きな邪獣が地球に出現して被害が拡大するから、ちっちゃな邪獣と戦ってキヨカちゃんの旅をサポートするのは間違ってるって言ってるんだよ」


 香苗の機転により、紙一重のタイミングで暴徒化は収まった。だがデモ隊の雰囲気はギリギリの状況だ。いつ暴発してもおかしくない。だが、そもそも配信されていることを伝えられていない遥はそのようなことを気にせずに香苗の言葉をばっさりと斬り捨てる。


「いやいや、キヨカちゃんが旅を止めたらもっとやばいことが起きるに決まってるじゃないですか。誰だってそう思うでしょ」


 あろうことか遥は、議論の大きなポイントである『キヨカが旅を止めたら平穏になるのではないか』という点をあり得ないと言い切った。


「あれだけ邪人が暗躍してて、邪神がいる世界なんですよ。放って置いたらどう考えても邪神が復活して滅ぶとしか考えられないでしょ。しかも向こうとこっちが繋がってるから、向こうが滅んだ後に邪神がこっちにきて滅ぼしに来ることだってあり得ますよ。キヨカちゃんが旅を止めたら向こうもこっちも間違いなく滅亡エンドですって」


 これは理屈ではなく感情論だ。だが、異世界の危機的状況を理解していた多くの人々はその可能性を考えていた。ゲーム世界だから話が進まないかもしれない、などと強引な理屈でその不安を誤魔化しているにすぎない。もちろん論理的に考えればその可能性は無くは無い。だが、それは誰がどう考えても苦しい言い訳でしか無く、キヨカが冒険を続けてラスボスを倒す以外に二つの世界を救う道は無いのだ。


「それなのに訳の分からない理由で邪獣と戦わずにデモに参加して不当に誰かを責めるとか、恥ずかしくないんですかね。俺、本当に彼らの気持ちが分からないんですよ」


 そしてとどめの一言。自らの情けなさがもたらした悲劇の責任を誰かになすり付ける彼らの行為は恥ではないかと、遥は口にする。決して彼らを煽っているわけでは無く、純粋な疑問だ。遥はこれが配信されていたと知っていたら決して口にはしなかっただろう。


 また、これは遥だからこそ思い付いた事というわけでない。世界中の多くの人がとっくに気付いていたことだ。だが、SNSで彼らの間違いを指摘した人は、数の暴力で炎上させられ潰された。リアルで口にすれば殺されてもおかしくない状況だった。それでも、ほとんどの人は分かっていたのだ。デモに参加した大半の人間は間違っているのだと。分かっていた上で黙殺されざるを得なかったのだ。


 しかし、遥の場合は別である。デモの対象であるレオナサポート室の公開配信ということで、世界中が固唾を呑んで見守っていた。そこで世界中の誰もが感じていた間違いが公に指摘されてしまったのだ。


 『やっぱりそうだよね』


 デモ隊の考えは誤りである。その考えが伝染し、世界中の雰囲気が一変する。レオナサポート室が悪でデモ隊が正義だという雰囲気が、真逆のものへと変わりかけていた。

 当然、このままではまずいと思ったデモ隊は、暴徒となってでも自分達の主張を通そうと声を荒らげ、東京デモはこれ以上配信を続けさせてはならないとビルの入口を突破しようと機動隊の防衛ラインに詰めかける。


 力づくで強引に自分達の正義を主張して終わらせようとするデモ隊を止めたのは、またしても遥だった。


「あれ?でも何でみんなこんな分かり切ったこと間違えてたんだろう」


 これもまた純粋な疑問だった。誰が考えてもキヨカが旅を止めた場合にバッドエンドになることは分かる。それなのに何故、皆が思い込み、デモという流れになってしまったのか。


「分かってたらむしろ怒る相手って俺達じゃなくて邪獣と戦わなかった人じゃないの?」


 この一言でデモ隊の動きがピタリと止んだ。旗印となっていた悲しみを背負った人々が遥の発言に衝撃を受けたからだ。


 キヨカの旅が止められないと分かっていれば、全力でキヨカを応援すべきである。だからレオナサポート室を糾弾するのは変だ。巨大な邪獣により悲劇が起きたのならば、そのことに文句を言うべき相手はこの状況を生み出した神様らしき存在か、あるいは巨大邪獣の出現を抑えるためにミニ邪獣と戦わなかった人間になるのが自然ではないか。


「そもそもあいつってなんでここに来たんだろう」

「遥くん、どういう、こと?」


 最早、香苗ではデモの暴徒化を止められない状況にまで発展しており、香苗は恐怖により震え声になっている。だが、遥の言葉に突破口があるような気がして、絶望することなく言葉の意図を確認する。


「あいつの性格だったらキヨカちゃんの旅がどうとか小難しいこと考えないで、素直に邪獣と戦わなかった人をぶん殴る気がするんですよ」


 ゆっけというストッパーが無くなった楓は、感情の赴くままに行動していたはずだ。街中に歩いているトラッシュを見つけてボコボコにする。それが楓の復讐行為になるのが自然な流れだと遥は感じた。


「それに隠し配信するなんて面倒なことあいつが思いつくかな……」


 また、怒りに打ち震える楓が小技を使うことにも違和感があった。


 遥の疑問を聞いたヒデが、ある可能性を思いついた。


「もしかして楓さん、誰かに騙されて唆された、とか」

「……」

「……」

「……あいつならありえるかも」


 邪獣により大切な人を亡くし、嘆き悲しんでいる人間の元に、そいつらはやってくる。


 悪いのは旅をするキヨカと、サポートするレオナだ。あいつらが悪い。あいつらを糾弾しろ。これ以上あなたと同じ悲しみを生み出さないために。亡くなった人もきっとそれを望んでいる。


 悲しみでまともに考えられない思考の隙をついて、誤った考えを刷り込ませる。トラッシュとして世界から蔑まれないために、邪獣との戦いから逃げるために、怒りの矛先を変えて責任を果たさない自分が責められない世の中に変えるように扇動する。


 その結果、楓がレオナから『私には関係ない』というヘイトを稼ぎやすいセリフを引き出し、扇動者の望む展開に持っていくことが出来た。


「……!」

「遥くん!?」


 遥は何かに気付いたかのように慌てて窓際に駆け寄った。デモ隊を刺激するため、窓から顔を出さないルールだったのだが、そんなことは気にせずブラインドを一気に上げて姿を現した。

 窓の下を見ると、デモ隊の内部で争いが起きていた。慌てて妹を探すと、妹は羽交い絞めにされたまま暴れていた。目の前の男に対して激昂しているようだ。


「楓を離せ!このクソ野郎!」


 遥はその姿を見て激怒し、部屋の入り口に向かって走り出す。そのままバリケードをどかして外に出ようとする。慌てて三人がかりで遥を押さえつける。


「遥くん!ダメ!」

「離して下さい!行かなきゃならないんです!楓が、楓が!」

「ダメです、危険すぎる!」

「それでもいかなきゃ。楓を守らなきゃ!こんなときくらい命を張れないで、俺は、俺は!」

「ごめん、遥くん。ごめんね!」


 このままデモ隊の前に姿を現すのは危険すぎる。兄として妹を守りたいと願う遥を香苗達は止めざるを得なかった。 

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