22. 【地】早苗の賭け、レオナサポート室方針会議

 キヨカがゴーストシップコアを撃破した翌朝。遥が朝のシャワーを浴びているタイミングを狙って香苗達はある準備をする。


「香苗さん、配信準備完了しました」

「ありがとう。凛ちゃん、キヨカちゃんの様子はどう?」

「問題なく船旅中ですー」


 幽霊船イベントをクリアしたキヨカ達だが、まだ今回のメインシナリオとも言うべき事件は起きていない。何かが起きたとしてもいきなり邪人戦ということは考えにくく、詰み防止のために邪獣を狩りながらボスに辿り着く仕様は変わらないはず。ゆえに四章クリアまでにはまだ時間的余裕があると香苗達は考えていた。

 その間に地球側のデモに対して何らかのアクションをし、少しでも多くの人にカプセル邪獣を倒そうと思ってもらえるように働きかける。そうしないと邪人戦で弱体化が入らずに全滅の危険性があるからだ。


「くれぐれも遥くんには気付かれないようにお願いね」

『はい』


 そのためのとある配信をこれからやるのだが、そのことは諸事情により遥には秘密である。ゆえに遥が席を外している今のうちに大慌てでセッティングを行っているのだ。


「レオナちゃんに伝えて来るね」


 香苗としてはその配信についてレオナにも見て貰いたかった。もしかするとそのことでレオナとの仲が悪化するかもしれないし、デモも悪化して完全に詰んでしまうかもしれない。だが、今の状況のまま何もせずに耐えるだけでは状況は悪化する一方だ。これは香苗にとって危機を乗り越えるための賭けだった。


「ふぅ、さっぱりした」

「それじゃあ朝食にしましょう」


 準備は遥がシャワーを終えるまでにどうにか間に合い、レオナを除いたメンバー全員で朝食を頂く。食卓には作り立ての朝食が並びほのぼのとした朝の風景に見えるものの、外から相変わらずデモ隊の大声が聞こえてくるため穏やかな朝のワンシーンとはいかない。


「今日はみなさんに連絡があります」


 朝食を食べ終えて一息ついた時、香苗が肝心の話題を切り出した。


「今日は今後のキヨカちゃんの旅のサポート方針を話し合おうと思います」

「サポート方針ですか?」

「そう。今の世界情勢を踏まえた上で私達がどうすべきか考える必要があると思うの」

「分かりましたー」


 ヒデと凛は知っていることであるが、初耳である風に演技をする。遥はそのことに気付かず、むしろ苦手な会議が始まると分かり内心げんなりした気分になった。コミュ障が会議で発言することなど最高レベルの難易度であるのだ。


 香苗はそのことを知っていた為、少しでも遥が発言しやすいようにとこの会議の真に重要な点を遥に伝えなかった。


 全世界に公開される、という点を。


 これこそが香苗の賭けだった。レオナサポート室としての考えを真剣に議論して結論を出す。その過程を含めて全てを世界に公開し、自分達の考え方や結論を知ってもらうこと。結論がどうなるかは分からないが、議論の過程を含めた細部に至るまで公開することで反対意見の持ち主も新たな議論の種にしてくれるはず。再度考え直してくれる人は恐らく少数ではあるが、粘り強くその少数を増やしていくしかない。


 だがそんなことを遥に伝えてしまえば、委縮してしまい更に発言が難しくなるだろう。ゆえに香苗は遥にこのことを伝えなかった。


 四人は業務用のデスクに座り、マイク付きヘッドフォンを装着する。実はこのデスク周りもカメラによって撮影されている。議論中のリアルな雰囲気を配信することで、どれだけ真剣に考えているのかを伝えるためだ。


「それじゃあ準備は良いかしら」

『はい』


 会議の配信が正しくなされていることを確認するのは凛。

 ヒデは会議の裏でキヨカの動向をチェック。

 香苗は会議に対するコメントを随時確認して拾い、議論に反映させる。

 遥には特に役割は無い。


 この四人による会議の結果次第で、今後の世界情勢が決まろうとしていた。


――――――――


「今日の話し合いのテーマはキヨカちゃんにこれまで通りに旅を進めてもらうか。それとも旅を止めるようにお願いするか。私達はもちろん旅推進派なんだけど、それだと話し合いにならないから、他の人の意見も含めて考えましょう」


 デモを起こしたことで、自分達の意見をまずは議題に挙げて貰えた。これはデモ隊としては最初の勝利である。だがこの配信を知った彼らはそれだけでは満足せず、自分達の要求が通るかもしれないと考え語気を更に強めてデモ活動を活発化させる。


「実は僕、デモ隊が言ってることって尤もだって思うんですよね」

「ええ、ヒデくん!?」


 まず口火を切ったのはヒデだ。あろうことかヒデはいきなり仲間達を裏切るような発言をする。


「だって彼らの言ってることって別に間違ってないじゃないですか。キヨカさんが旅を止めれば彼女は安全で、物語は進まずに地球に邪獣が出てこない。灰化にさえ気をつければ問題ない世の中になるんですよ」

「でもそれじゃあキヨカちゃんがお姉さんに会えなくなっちゃう!それに旅を止めたからって地球が無事かどうかなんて分からないじゃん!」

「でもさ、キヨカちゃんだって自分が旅をすれば地球が危険になると分かれば旅を止めるんじゃないかな。それを伝えられないのが本当に嫌らしいところだけどね。あと、旅を止めたからどうなるか分からないのは僕もそう思う。でもさ、分からないことの最悪を想像するよりも、今本当に起きている問題を取り急ぎ防ぐことの方が重要じゃないかな」

「確かにそうだけど……でもそれじゃあキヨカちゃんが可哀想だよ!私達のためにお姉さんを見捨ててって言ってるようなものじゃない」

「お姉さんって強い人だったんだろう。それならある日ひょっこり帰って来るかもしれないじゃないか。それに仲間達とか国王とか知り合いも増えたんだから、彼らに捜索をお願いすれば良い」

「それこそ見つかるかどうか分からないじゃん。キヨカちゃんだって自分で探索しないと納得出来ないよ。ずっと暗い顔で村で過ごすなんてやっぱり可哀想!」

「ヒデくんも凛ちゃんも落ち着いて」


 序盤からヒートアップするヒデと凛。ヒデは今の状況を論理的に考えて被害がなるべく少なくなる方法を提案し、凛は逆にキヨカの心情を想った感情的な意見を真正面からぶつけてくる。

 ヒデはデモ隊の肩を持つことで敢えて悪役になり議論を進める役になろうと決めていた。そのことを事前に誰にも伝えていなかったので、凛が演技ではなく素の反応を返してくれる。


「う~ん、それじゃあ凛ちゃんに質問するね。凛ちゃんは地球のみんなの危険についてはどう考えているの?」


 香苗は動画に爆速で流れるコメントの中から一つピックアップした。


「もちろん人が亡くなるのは悲しいと思ってますし、とても怖いです。だって私、目の前で水龍に見つめられましたから。あんなのが暴れるなんて思ったら夜も眠れなかったですよ」


 殺されるかもしれないという強烈な恐怖は簡単に癒えることは無い。凛の場合、普通に過ごしているように見えて、ふとその時の恐怖が蘇り動けなくなることがまだ時々あるのだ。


「でもそれってみんなが頑張れば被害は減らせるわけじゃないですか。怒るべき相手はキヨカちゃんやレオナちゃんじゃなくて、頑張らなかった人達ですよ!」


 デモ隊を露骨に否定する発言により、世界中で険悪な雰囲気が激増する。コメント欄も大荒れで、凛を否定する言葉で溢れている。


『人間全員が頑張れるわけじゃない』

『理想論だ』

『勇気を出せない人を否定するのは差別だ』


 頑張らなかった人達が、自らの弱みを突かれたことによるいらつきと、自らの不甲斐なさを正当化したいというあがきにより、暴走しかけているのだ。


 香苗はひとまず凛のヒートアップを止めるべく、きつい質問をなげかける。


「それじゃあ凛ちゃん、今回のカプセル邪獣と戦ってみる?」

「うっ……それは……」


 大切な人に変身する木人形。凛の場合は家族やヒデが出現する可能性が高い。それを倒せと言われて即座に頷くことは出来なかった。

 香苗が凛をやりこめた形になり、コメント欄には『ほらみたことか』『お前だって同類だ』などという厳しい意見が多くみられる。しかし、ある程度は溜飲が下がった雰囲気でもあった。


 また、香苗とヒデがデモ隊の味方をし、レオナ派である凛を倒しそうな流れは彼らの気を良くするものでもあった。


『そうだそうだー!』

『分かってるじゃないかー!』


 などの応援する言葉を外で叫んでいるくらいだ。もちろんヘッドフォンをしているから聞こえないが。


「色々な事情で頑張れない人がいるっていうのは、考えた方が良いかもね」

「……はい」


 答えられなかった悔しさを隠そうともせず、凛はうつむいて涙を見せる。ごめんねと内心で詫びつつ、香苗は次にヒデに矛先を向ける。


「でもヒデくん、凛ちゃんが言ってた『みんなが頑張れば被害は減らせる』っていうのは正しいことだよね」

「そうですね。でも全員がっていうのは難しいと思います」

「うん。でも全員じゃなくても出来る限り多くの人が頑張ればかなり被害を減らすことが出来ないかな。ほら、第三章とか日本は被害ゼロだったでしょ」

「それは自衛隊のみなさんが頑張って下さったからです。このままのペースだといずれ弾が尽きるとも噂されてますし、復興にも手を出せません」

「だから少しずつ頑張る人を増やしてもらうの。そうすれば自衛隊の人も段々と楽になるし、弾だって保つかもしれないじゃない」

「それは……そうかもしれませんが……」

「『分からないことの最悪を想像するよりも、今本当に起きている問題を取り急ぎ防ぐことの方が重要』これもすごく良い意見だと思う。でもね、分からないってことは良くも悪くもなる可能性があるってこと。だったら分かっている今の問題を確実に解消するために頑張れる人を増やす方が『確実』じゃないのかな」

「うっ……」


 ヒデの主張は論理的に考えているようで、大事なところで根拠のない思い込みをしている。キヨカが旅を止めた時に、何も起こらないと勝手に定義しているのだ。何が起きるか分からないことを試すよりも、分かっていることだけに対処するべきだというのなら、むしろキヨカには旅を続けさせるべきなのだ。


 もちろんヒデはそのことに気付いている。敢えて穴をつかせることで、同じ意見の持ち主に間違いを分かりやすく認識させる目的だ。


「でも、頑張るって言ってもカプセル邪獣と戦う人が増えれば増えるほど被害者が出る可能性は増えますよ。それもまた『確実』じゃないと思います」

「そうだね。これまでは得意な人が情報をまとめることで安全を確保してたけど、今回みたいなのが出てきたら辛いよね。でもこれまでのカプセル邪獣はとても弱かった。今回も戦いにくいけど弱い相手だよね。この流れが続くと考えると『被害』はそんなに出ないんじゃないかな。これって都合良く考え過ぎかな」

「…………論理的にはそう思います」


 だが、そうでない可能性は大いに考えられる。

 ここから先の議論では分からないことに対しても理屈立てて意見しなければならない。だがこれまでの人生でそのような議論をしてきた経験は彼らには無い。思い込み、妄想、そういったものに憑りつかれた意見をぶつけあうだけの泥沼になってしまう可能性がある。


 ゆえに、議論が後戻り出来なくなる前に香苗は遥に話を振った。


「遥くんは、キヨカちゃんに旅を続けて貰いたいと思う?それとも安全なところで暮らしていて欲しいと思う?」


 会議での発言が苦手な上、ヒデと凛がヒートアップすることでより議論に加わりにくくなった遥は、沈黙したまま時が過ぎるのを待っていた。話は途切れたとはいえ、お互いに否定しあう議論により空気が悪く、話を振ったとしても何も言って貰えないかもと香苗は覚悟していた。


「分からない……です」


 ささやくようにつぶやいた言葉は、香苗の想定していたものであった。


「何が分からないのかな?」


 だが、もう少しだけつついてみようかと質問を重ねた結果、予想だにしない答えが返って来た。


「なんでそんな意味の無いことを話し合っているのか、分からないんです」

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