20. 【地】激化
『イギリスとポルトガルでデモ発生したよー』
『これでヨーロッパの主要国は全部だね……』
カプセル邪獣が出現してから世界各地でデモが激増している。北南米や欧州はデモを起こしていない国の方が珍しいくらいであり、アジアでも日本やインドなど国として無事に運営を続けられている主要国ではデモが活発化していた。
『海外は日本とは違って宗教の影響が強いからね。神様だなんて言われても簡単には受け入れられないだろうから、元々デモが起こりやすい土壌はあったんだよ。神様に文句を言っても灰にならないのはだいぶ前から分かってたことだし、むしろ今まで大きな声が挙がって無かったことの方が不思議なくらい』
『ちょっとヒデくん、なんでそんなに冷静なのよー』
『ごめん、なんか規模が大きすぎて実感湧かなくて』
世界情勢は刻一刻と変化している。すでに有志によりデモまとめサイトが立ち上がっており、数分単位で更新されるくらいの勢いだ。
『実感したいならヘッドフォンを外せば良いと思うよー』
『ごめんごめん、許してよ』
窓の外では相変わらず東京デモ隊が大声をあげてビルを囲んでいる。嘘か誠か人数はすでに五十万人を越えていると発表されている。この手の発表は大抵誇張されているものではあるが、遥か彼方まで人の列が途切れない様子を見るからに少なくとも十万人は軽く越えてそうだ。
『それじゃあヒデくん、許してあげるから火消しお願いねー』
『無茶言わないでよ(涙』
『がんばれ、男の子。ほら、ネットで頑張ってくれてる人もいるんだから私達も負けてられないじゃん』
『そうだね、僕らが弱音を吐いてちゃダメだよね』
世界中でアンチレオナの風潮が高まる中、レオナの味方でありキヨカの旅を応援すべきだという声は消えてはいない。彼らはどれだけ叩かれ炎上しても諦めずに、かといって強硬手段は決して取らずに誠心誠意心を込めて相手を説得しようとしている。彼らの存在に気付いた時、ヒデ達は涙が出る程嬉しくなり勇気をもらった。
『そういえばSNSでポトフスキーって人が私達の味方になってくれてるの見たよー』
『それってあのポトフスキーさん?』
『掲示板で聞いても反応なかったから分かんないー』
『偶然同じハンドルネームなのかな。どちらにしろありがたいことだね』
『うん!』
ポトフスキーに限らず、あの掲示板の仲間達は今の状況を打破してレオナサポート室の面々を助けるために色々と動いてくれている。彼らの想いに報いるためにも、俯いているわけにはいかないのだ。
そんな想いを胸に再度やる気を出したヒデの目の前で、凛が画面を見ながらクスクス笑っていた。
『凛ちゃん、どうしたの?』
『レオナちゃんの慌てっぷりが面白くてー。また遥くんがいたずらしたっぽいねー』
現在、遥はレオナの部屋で一緒にキヨカの配信を見てレオナを弄っている。出て行けと何度も叩き出されているが、その度にこっそりと部屋に戻り幽霊の恐怖に怯えるレオナに嫌がらせをしているのだ。
『レオナさんが元の雰囲気に戻ってる。遥くんすごいなぁ』
『だよねー』
ヒデが最初にレオナサポート室にやってきたとき、何故遥がここに居るのか理解出来なかった。遥はコミュニケーションにおいて社会不適合者であり、だからといって差別するようなことは無いが、レオナのメンタルサポートという業務においては力不足であると感じていたからだ。
しかし今、最も苦しい場面でレオナを真にサポート出来ているのは自分でも香苗でもなく遥だ。誰もが諦めてしまいそうになる絶望的な状況で、自分に出来ることを見つけて行動に起こしている。ヒデは遥を見くびっていた自分を恥じ、尊敬の念を覚えた。
自分も行動を起こしたい。強い気持ちが芽生え、最初に選んだのは身近な人との距離を縮めることだった。
『香苗さんは遥くんと元からお知り合いだったのですか?』
ヒデや凛は香苗の事情を知らないため、下手に触れて事態を悪化させるよりかは時間に解決してもらった方が良いと考えていた。実際、時間経過により香苗の症状は徐々に緩和されている。だが、香苗との関係性を深めないことが本当にベストな解決案なのだろうかと、ヒデはずっと悩んでいた。
遥の行動を見て、ヒデは香苗と本気で関わる覚悟を決めた。それがレオナサポート室の仲間としてあるべき姿だと信じたのだ。
『あの掲示板が初めてですよ』
『そうなんですか?』
『うん、最初の頃に灰化を恐れずにレオナちゃんに連絡しようとしたことがあったでしょ。あれが凄く印象に残ってて、最初に声をかけるならこの人だって決めたの』
『それじゃあ、香苗さんの印象は正しかったってことですね』
『……そうだね。遥くんは勇敢で強い人だよね。私なんかが守るなんておかしいよね』
否、決して遥は強くなどない。妹の扱いに慣れていたことと、レオナが妹と雰囲気が似ていることで、偶然行動に移せただけなのだ。それ以外のことであれば相変わらずヘタレでキモくて情けない人物だ。香苗は遥を強く感じているのではなく、単に強烈な自己嫌悪に陥っており、相対的に他人の方が素晴らしいと思い込んでいるだけだった。
『そんなことは無いです。僕や凛ちゃん、それに遥くんだって弱いところだらけです。みんなで助け合わなければ何も出来ません。それはもちろん、香苗さんも同じです』
『そうだよー。私なんてダメダメっ子だから、みんなが助けてくれないとなーんにも出来ないもん』
『凛ちゃん、それは流石に』
『あはは、冗談冗談。でも香苗さん、守るにおかしいも何も無いんですよ』
『え?』
『だって私達って仲間じゃないですかー。仲間ってお互いに助け合うものでしょ。ほら、キヨカちゃんだってみんなで力を合わせて頑張ってるじゃないですかー』
『凛ちゃんの言う通りです。香苗さんがダメだったら僕が、僕もダメだったら遥くんが、遥くんもだめだったら凛ちゃんが、凛ちゃんもダメだったら灰対のスタッフの人が、灰対のスタッフの人がダメなら掲示板のみんなが。そうやって助け合えば良いんです』
ヒデと凛は香苗の方をちらりと見る。顔色は未だに優れないが、二人の言葉をゆっくりと咀嚼して飲み込もうとしてくれているようだ。
『それに』
ヒデが香苗に向けた励ましの言葉を更に続けようとしたが、強引に中断させられた。
「この部屋だ!ぶち破るぞ!」
ヘッドフォンをしていても分かるくらいの衝撃音が部屋の入口の方から聞こえて来たのだ。ヒデ達は慌てて立ち上がり、ヘッドフォンを外して扉を凝視する。
「くそっ!開かねぇ!」
「諦めるな!この先に奴らがいるんだ!全員でぶつかるぞ!」
つい先ほど、ビルの入り口を守っている機動隊が内部の裏切りにより防衛ラインの一部が崩壊。そこをデモ隊に強引に抜けられて数人がビルに侵入しまったのだ。裏切者は即座に捕縛され、防衛ラインはすぐさま復活したが、ビル内の侵入者の捕縛にはまだ時間がかかる。
「みんな扉から離れて!」
ヒデは凛と香苗をリビングまで下げ、彼女達の前に立ち守ると決意する。カプセル邪獣戦用に用意してある金属バットを両手で握りしめ、扉に向かって構える。
「ヒデくん……」
「大丈夫、凛ちゃんは僕が守る!」
ただでさえ普段はバカップルな二人なのに、凛のヒデに対する好感度が更に爆上げする。事態が落ち着いたらどうなることやら。
「私は守ってくれないのかしら」
「あ、香苗さん!ごめんなさい、もちろん香苗さんも守りますから」
「ふふふ、冗談よ。凛ちゃんを優先して守ってあげてね。ナイトさま」
香苗の調子が戻ってきた。元通りとまではいかないが、冗談を言うくらいには復活しているようで、ヒデも凛も少し安心した。
「びくともしねぇぞ、なんだこの扉!」
それもそのはず、レオナサポート室の扉はセキュリティを重視した特別性だ。この場所が邪獣に襲われることも考慮して、例えダンプカーが突っ込んでもびくともしないレベルの強度を誇る扉を設置したのだ。人間がどれだけ束になってぶつかってこようが、ダイナマイトで発破をかけようが突破されることなどありえない。
「香苗さんが言ってた通り、あの扉凄いですね」
もちろんヒデも凛もそのことは事前に知らされているのだが、だからといって不安に感じないわけが無い。心臓をバクバクさせながら嵐が収まるのを待つ。
「やべぇ、追いつかれた!」
「侵入者を発見!確保!」
侵入者達は後一歩のところで扉を破ることが出来ずに捕縛された。
奇しくも事態が悪化していることを実感せざるを得ない出来事が起きて、ヒデ達の緊張感がより一層増した。そんな中、調子を取り戻しかけた香苗があるアイデアを持ちかける。
「みんな、私に考えがあるの」
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