19. 【地】難題

 カプセル邪獣戦のエースである機動隊員、斎藤悠馬は東京デモの鎮圧部隊に参加していたが、違法デモの勢いを悪化させる恐れがあるとして前線から退き付近住民の避難誘導を行っていた。

 しかし、役割が変更されたのも束の間。キヨカの物語が新章に進みそうになったことで機動隊の基地に戻り、カプセル邪獣の出現に備えることにした。机の前に座り、キヨカライブを見ながらカプセル邪獣の出現を待つ。


「なんだと。こいつはまさか……!」


 第四章が開始されるとすぐに悠馬の目の前に禍々しいカプセル邪獣が出現する。その中身を確認した悠馬の目は驚きで見開かれた。


「よりによってこのタイミングでこいつか。マズイな」


 悠馬はすぐに動こうとはせず、今回の邪獣戦の戦略について目を閉じて考える。これまでの邪獣であれば、相手の攻撃手段や威力とそれにふさわしい防御方法などを考えるのであるが、今回はそうはいかない。相手がどのような攻撃をしてくるのか分からない、からではなくそもそもこれまでには無かった大問題があるからだ。悠馬もいずれこのケースが来る可能性があるだろうとは考えていたが、その場合の対応方法をまだ導き出せてはいなかった。


「ダメだ。何も思い浮かばん。しかたない、ひとまずこれまでと同じでやろうか」


 このまま手を拱いていたら情報提供が遅れて邪獣の撃破数が伸び悩む。ただでさえ今回の邪獣は撃破数が激減する見込みがあるため、少しでも多く稼ぐために情報を早出しすべきだ。


「いつもの準備を頼む」

『はい!』


 悠馬をサポートするべく基地に残った仲間達が武器防具を集めて広場にセッティングを開始する。ライオットシールドやパリスティックシールドが並べられ、悠馬は防刃装備で身を固めた。動画の録画準備も万全だ。


「武器はどうされます?」

「コレで十分だ」


 悠馬の腰には拳銃一丁と警棒が備えられている。これまでの相手を考えると十分な装備であろう。これで倒せない相手となると一般人では全く手に負えない相手ということになるのだから。


「よし、はじめるから下がっていてくれ」

「はっ!」


 悠馬はカプセルを手に持ち、少し考える。対処法を考えずに挑むのはこれが初めてであり、不安を抱いていたからだ。


「(ダメだ、弱気になるな。俺の行動が多くの人を救うことになるんだぞ。ウジウジ悩んだら格好良いキャラが台無しじゃないか)」


 悠馬は自分がどう見られているのか自覚していた。そして、英雄として扱われることが快感であり、それがぶち壊しにならないように細心の注意を払って生きていた。二次元オタクである彼が、とある作品の硬派なキャラを参考にしていることに気付く人はまだいない。


 気合を入れ直した悠馬はカプセルを開けて前方の地面に放り投げる。これまでと同様にカプセルに閉じ込められていた邪獣が大きくなり出現する。


「さあ、来い!」


 そいつの姿はシンプルで、一見して凶悪そうな雰囲気は見られない。


「(ふむ、出現と同時に速攻撃破が正解かも知れんな)」


 悠馬の役割は、相手の特徴を暴き出すことだ。このまま相手を撃破してしまったら、この後の相手の行動に関する情報を得られない。ゆえに、速攻撃破の調査は別の人にお願いすることになる。


「(来るか!)」


 そんなことを悠馬が考えていたら、邪獣から光が放たれ、姿が変化する。


 人型から・・・・人の姿へ・・・・


 今回の邪獣は、三章で出現した人に変身する木人形。つまり、『人』を相手にしなければならないのだ。


 人間は、人間の姿をするものに暴力を振るうことに抵抗があるのが普通だ。そうでない人間も一定数はいるだろうが、そんな人間はほとんど灰になっているだろう。

 第一章のカプセル邪獣のゴブリンは人型であり、どれだけ弱くとも人型の相手に攻撃は出来ないという理由で戦えなかった人が多かった。だが、ゴブリンは醜悪な雰囲気があり化け物感があったためまだマシである。木人形は人そのものへと変身するため、いくら相手の正体が化け物だと言われても納得など出来ないだろう。


 しかも、この木人形は単に人に変身するだけではなく、より極悪な設定がなされていた。


「母さん!?」


 悠馬の目の前には、少し腰がまがっていて皴の目立つ顔をした老婆が立っていた。木人形は、あろうことか悠馬の母親に変身したのだ。悠馬は機動隊としての厳しい訓練を体験済みであり、人相手でも戦える。だが、その相手が老いた母親だったらどうだろうか。


「ふ……ふざけるな!」


 あまりにも残酷な変身に、努めて冷静であろうとした悠馬が激昂した。偽の母親はその声に反応したのか、生気のない目を悠馬に向ける。


「そんな目で見ないでくれ!」


 実の母親に路傍の石を見るかのような目で見つめられて心が軋む。相手は母親で無いと分かっていても、簡単に割り切れるものではない。


 偽の母親は手に小さな草刈り鎌を持っており、外で草刈りをする時の服装だ。ゆっくりと悠馬に向かって来て、草刈り鎌を振り下ろす。だがシールドの向こうにいる悠馬には触れる事さえできない。強いか弱いかで言えば、明らかに弱い。だが、大切な母親に攻撃をするというのは難題だ。


「(くっそぉ、どうしたら良いんだ)」


 シールドに隠れながら、無表情で鎌を振るう母親の対処を必死になって考える。


「(警棒で殴れば簡単に倒せるのは間違いない。間違いないが、本当にそれで良いのか?)」


 母親を殴るという行為にもちろん抵抗はある。同時に、そのような姿を世の中に見せて良いのだろうか、という不安もある。世界中にデモが広がろうとしており、東京でも大変なことになっている現状、カプセル邪獣を倒すためとはいえ自分の母親に手を挙げる姿を公開したら間違いなく炎上するだろう。


「(キヨカちゃんは戦ってた。他に方法は無いのか)」


 何らかのギミックを解除することで元の木人形に戻れば良いのだが、キヨカ達の戦いを見る感じではある程度の衝撃を与えることが変身解除の鍵となっている。相手が抵抗しないのであれば、デコピンやしっぺなどの精神的な抵抗の低い弱い攻撃を積み重ねる方法を取れるが、老いているとはいえ刃物を持った相手にそのような悠長なことも出来ない。


「(仕方ない、今回は俺の動画は公開するのを止めよう)」


 悠馬は意を決して、警棒で偽の母親を打ち付けることする。どの程度のダメージで変身が解除されるのかを確認するため、弱い力で何度も何度も殴りつけることになる。老いた母親の虐待にも取れる映像であり、決して公開できるものではない。


「(ごめん、母さん)」


 悠馬の調査の結果、軽いげんこつ程度の痛みを与えるだけで変身が解除されること。そして解除後の相手にも同程度の威力の攻撃で簡単に撃破出来ることが判明した。


「すまない、時間がかかった」

「いえ、お疲れ様でした」

「ああ、分かってると思うが今回の動画の公開は無しだ。これから判明した事実を文章でまとめるから、それを灰対に提出する。木人形が何に変身するかは他にもサンプルが必要だから、苦しいとは思うがお前たちも調査に協力してくれ」

「分かりました!」

「気が進まないだろうがすまないな。そうそう、速攻撃破が可能かどうかについても調査しておきたいな。調べることが多いが、世界のためにみんなで協力して頑張ろう」

『はい!』


 悠馬とその仲間達の調査結果により、いくつかの事実が判明した。


 木人形はその人にとって親しい人に変身すること。ただし、その『親しい人』の条件はサンプルが足りずに未確定。おおよそ中学生以上の子供への変身がありえる。

 変身前は守備力が高く、速攻撃破は銃弾などの高威力の攻撃でないと難しくて一般人には向いていないこと。

 変身後と変身解除後は守備力と体力が極端に下がり、軽い衝撃を与えるだけで倒せること。


 ゆえに、『戦い』という面で考えるとこれまでで最も楽な相手であるが、精神面で考えるとこれまでで最も難易度が高い相手である。


「(今回はあまり情報提供が出来なかったな)」


 悠馬は仲間達の奮闘結果も踏まえた全ての情報を灰対に報告し、自席でブラックコーヒーを飲みながら一息ついた。この後は東京デモの鎮圧部隊に戻り、付近住民の避難誘導を担当する予定だ。今回の自分の対応が正しかったのかどうか、今の状況で自分が出来ることは何か、そのことをゆっくりと考えていた悠馬の元に、衝撃の情報がもたらされた。


「斎藤さん、大変です!」

「おう、どうした」


 後輩隊員が慌てた様子で悠馬のところに駆け寄って来た。


「ネットに斎藤さんの調査の様子が無断でアップされてるんです!」

「はぁ!?」


 デスク上のパソコンで後輩に教えられたURLにアクセスすると、自分が警棒で偽の母親を殴っているシーンがアップロードされていた。動画タイトルは『こいつは決して英雄では無い。母親を虐待する世界の敵だ』


「なんだこれは!?」


 つい数時間前に撮ったばかりの映像が流出していることも驚きではあるが、タイトルも悠馬にとって無視出来なかった。


「(どうしてここに映っているのが俺の母親だって知っている!?)」


 ネットが発達した今の世の中、時間をかけて調べれば顔出ししている悠馬の母親の顔などすぐに割れるだろう。だが、こんなにも早く特定出来るのだろうか。思えば、顔がほぼ隠れているにも関わらずデモ中に自分の正体がバレたのも不思議であった。


「裏切者がいるのか!」


 悠馬は慌てて東京デモ対策部隊の責任者である上司へと連絡をした。


『このような悪逆非道が許されて良いのか!』

『年老いた母親を警棒で殴りつけるなどありえない!』

『これが世界を守ると言われていた人物の本性だ!』


 動画の流出により、今回のカプセル邪獣を倒す人間は悪人であるという風潮が生まれてしまった。それにより、多くの中立派がキヨカの旅を止めさせるべきだと主張するようになり、世界中のデモが激化することになる。

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