18. 【地】がくがくぶるぶる
東京デモで遥達がレオナサポート室にカンヅメになってから三日。
ビルの入り口はバリケードが敷かれ、機動隊が体を張って守ってくれているためまだ突入は許していない。
『四章が始まりそうですね』
『最悪のタイミングだよねー』
『デモが悪化するのか、一旦避難するのか読めないね』
デモ隊は昼夜問わず声を張り上げており、部屋の中までガンガン声が聞こえて来るため、遥達はヘッドフォンをして音楽を聴きながらチャットで会話をしている。レオナの部屋だけは完全防音なので音の心配はないが、だからといって今の精神状態のレオナの部屋に全員で押しかけるのは気が引ける。それは最終手段だ。
『レオナちゃん大丈夫かな』
『香苗さん?』
チャット方式にしてから、香苗は時々であるが会話に参加してくれるようになった。顔色も多少良くなっており、ヘッドフォンでの音楽鑑賞と時間経過で落ち着いてきたのだろう。
『レオナちゃん、幽霊とか苦手だから』
『うわーそれは大変そー』
『パニックにならないと良いけど』
『マジですか』
『遥くん?』
『いえ、何でも無いです』
レオナと同じく暴力の化身である妹も幽霊が苦手だったなと遥は子供の頃を懐かしく思い出す。小さい頃から兄妹仲は悪かったが、妹が小学生の頃のケンカはまだ子供っぽいものが多く、幽霊に怖がる妹を遥が揶揄って大げんかしたものだ。
キヨカライブを全員でチェックしていると、想像通りに船が霧で包まれた。キヨカ視点で話は進み、幽霊船で目が覚めたところで四章が開始。
すると、これまでと同様に目の前にカプセル邪獣が出現した。
『うわ、よりによってこれかー』
『大分まずいですね』
『俺、これ絶対に倒せませんよ』
今回の邪獣がこれまでの中で最も撃破困難な相手であることが一目で分かった。これをきっかけにデモ隊が更に勢いを増す可能性は高い。
遥達はひとまずカプセル邪獣のことは置いておいて、キヨカ達の状況確認を優先した。
『レオナちゃんもう隠れてるー』
『まだ何も出てないのに、それであれだけ怯えるんですね。アドバイザーの役割難しそう』
幽霊系の敵は大きな特徴があるのがテンプレなのでアドバイスのし甲斐がある。特にゴースト系は物理攻撃が効きにくくて魔法攻撃が有効であるためキヨカは攻撃せずに守備に回った方が無駄なダメージを抑えられて長く戦えるだろう。そんな説明を完全ビビリなレオナがちゃんと出来るのか不安である。
『キヨカさんは平気なんですね』
『あはは、レオナちゃん掴んで強引に連れ出してるー』
『キヨカさんってレオナさん相手だと意地悪な面が結構ありますよね』
『それはお互い様って感じかなー。心許し合ってる感じがあって良いよねー』
親友だからこそ許されるコミュニケーションなのだろう。単に普段から揶揄われているキヨカの復讐なのかもしれないが。
『きゃあああああああ!』
『いやあああああああ!』
『無理無理無理無理!』
まだ敵も幽霊も何も出ていないのに、すでにレオナは大騒ぎ。このままだと敵が出てきたら邪魔になる可能性すらある。
「(そっか、これならもしかすると)」
そんなレオナの様子を見ていた遥はあることを思い付いた。
『すいません。ちょっと思い付いたことがあるので離席します』
『りょー』
『分かりました』
遥の申し出の内容を特に気にすることなく了解したヒデと凛だが、直後の遥の行動に驚愕した。
「え!?」
「遥くん!?」
なんと遥はレオナの部屋に突入したのだ。
――――――――
遥はなるべく音を立てずにこっそりとレオナの部屋に侵入した。マイク付きVRヘッドセットをつけて椅子に座っている後ろ姿からでも、レオナが震えているのが良く分かる。耳をすませれば歯がカチカチと鳴らされている音が聞こえて来る。
遥は足音を立てずにこっそりとレオナに向かって近づいた。
『レオナちゃん、誰もいないね』
「う、うう、うん。このまま何も出ないで」
『それじゃあ困るよ。みんなが出て来てくれないと』
キヨカははぐれた仲間を探して一部屋一部屋チェックしながら進むが、部屋の扉を開けるたびにレオナの体はビクンビクンと大きく震える。
「ひいいいいいいい!」
キヨカがある部屋の扉を開けて、レオナが恐怖し、中に何も居なかったことで安堵した瞬間を狙い、遥はレオナの首筋にそっと息を吹きかけた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
レオナは文字通り椅子から飛び上がり、パニックになり振り返る。だがVRゴーグルをつけているため、視界は幽霊船のままであり遥の姿は見当たらない。その間に遥はそそくさとレオナの部屋から出ていき、レオナがゴーグルを取り外した時には部屋の中には誰も居ないという状況になっていた。
『レオナちゃん、どうしたの。おーい、レオナちゃーん』
画面の向こうでは突如取り乱した末に動きを止めたレオナをキヨカがつっついて心配している。
「ひぐっ、ひぐっ」
ゴーグルで隠されていたレオナの目には大粒の涙がたまっており、今にも零れ落ちそうだった。
「な、なんでもにゃい……」
だがそれでもレオナはリタイアしない。部屋の中をチラチラと気にしながらも再度VRゴーグルをセットして幽霊船へと戻ったのだ。
『もしかしてレオナちゃんの部屋に幽霊でも出たの?』
「幽霊なんて出てないもん!」
キヨカはそのレオナの反応を見て何かに気付いた表情を浮かべた。レオナの仲間が彼女にいたずらをしている可能性に気付いたのだろう。キヨカはそのことを敢えてレオナには教えずに、そのまま幽霊船の探索を再開する。
結局、キヨカが倒れていた階の部屋には誰もおらず、上下へと向かう階段フロアに辿り着く。すると、それまで静かに夜の海に浮いていた幽霊船が突如大きく揺れ出した。船が動いたのではなく、波に揺られているような動きだ。
『あれ、いつのまにか嵐になってる』
窓の外を見ると、外は大嵐。
暴風が船壁を打ち付け、船の軋み音はより大きくなり、射しこむ雷光が船内を明るく照らし出す。
「あばばばばばばば」
こうなってはもうレオナは限界だ。雷音が轟くたびに叫び、口元から泡を吐き出しかけている。どうしても恐怖に耐えることが出来ず、仕方なくVRゴーグルを外して配信画面を見ながらサポートするように変更するレオナ。
その直前、遥はレオナの部屋に再度忍び込んでいた。
VRから解放され、ほっと一息ついたレオナが配信画面越しの雷光にびくりと肩を震わせた瞬間。
遥はバチリ、と部屋の電気を消した。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
最大級の絶叫、再び。
「もう嫌、もう嫌、もう嫌、いやあああああああああああ!」
これまで辛うじて我慢していた涙がついに零れ落ち、拭うことも忘れて座り込み自らの体を抱いて机の下に潜り込む。
「嫌、こないで、誰か、助けて、嫌、嫌、こないで」
お手本のような取り乱しっぷりに、遥は流石にやりすぎ……などとは思わない。むしろ更に追い打ちをかけるべく、レオナのそばに忍び寄る。
「わっ!」
「ぎゃあああああああいたあああああああい!」
大声に驚きレオナは頭を机に打ち付けてしまう。その痛みにより恐怖が少し緩和され、ようやく自分に何が起きていたのか気付くことが出来た。
「よ、怖がりさん」
「…………」
視線の先に居たのは、ニヤニヤと悪い笑顔を浮かべる遥だった。これまでの異常事態の原因を理解し、レオナは怒りと羞恥に顔が真っ赤になった。
「てめえええええええええええええええええええええええ!」
「ぐほぉ!」
全力の腹パンが決まった。
「ふざけるなあああああ、なんてことするのよおおおおおお!この鬼!悪魔!クズ!」
その後もやたらめったらに遥の胴体にパンチを繰り出す。もちろん手加減など無く全力だ。
「絶対許さない!絶対許さない!絶対許さない!絶対許さない!」
手が痛くなると、今度は遥の腕をとり背中側に回して関節をキメに行く。女の子の力とは言え、完璧にキマってしまったら簡単には外せない。むしろ腕が折れそうなほどの痛みがある。
「ギブ!ギブ!」
「フー!フー!」
止めてくれと遥が懇願してもレオナの力はまったく緩まることが無い。遥のいたずらはやりすぎなのだから当然だ。
「ごめん、ごめんって、驚かしたのは謝るから!でも何で電気消してたんだよ、驚かしてくれって言ってるようなもんだろ!」
「え?」
電気を消したのは遥ではないと言う予想外のセリフにレオナの力が緩む。その隙に遥はなんとか脱出することが出来た。
「な、なな……」
怒りで吹き飛んでいた恐怖が再度蘇る。しかしそれも束の間のこと。
「ばーか」
遥の言葉で自分が騙されたことが分かったからだ。
「ぜっ!たいっ!ゆるさないっ!」
レオナの本気の怒りが再度遥に襲い掛かった。
『レオナちゃーん、どうしたの。おーい、意地悪されて泣いちゃったのかなー』
配信画面の向こうでは、レオナの状況をほぼほぼ正確に予測していたキヨカが、反応の無いレオナを無視して先に進もうとしていた。
――――――――
『あれって遥くんがレオナさんを怖がらせたってことですよね』
『驚きだよねー』
レオナの部屋は完全防音であり外から何が起こっているのか伺い知ることは出来ない。そのため近くに居るヒデ達であってもキヨカライブから状況を推測するしかないのだが、レオナの泣き叫ぶ声と怒り叫ぶ声で遥が何をしたのか理解した。
『遥くんやるよねー。ちょっぴり見直しちゃったよー』
『え?後で注意しなきゃって思ってたんだけど』
『ええーヒデくん分かってないの?』
ただでさえメンタル面で不安定なレオナを怖がらせるなどありえないと、ヒデは遥の行為に憤慨していたのだ。だが、凛はそうではなく良い行為だったと言っている。
『あれはレオナちゃんの気持ちをリフレッシュさせるためにやってるんだよー』
『リフレッシュ?』
『うん。なんて言えばよいのかなー。ここ最近、レオナちゃんって楓さんのことで悩んで気持ちが沈んでたよねー』
『うん、そうだね』
『あーいうときに一人で閉じこもっていると、どんどん気持ちが沈んでいっちゃうよねー』
『だから僕達が傍で支えなきゃならないんだよね。でもレオナさん、僕達も近づかないで欲しいって感じだったから困ってた』
『そこでおばけこわーいだよー。レオナちゃん、きっと今は難しいことは忘れて感情のままに暴れてると思うよー』
『でも嫌な気分の時に怖い思いしたら逆効果にならないかな?』
『ならないよー。というか多分どんな気持でも良いんだよー。美味しいとか、楽しいとか、疲れたとか、悲しいとか、嬉しいとか、良い気持でも悪い気持でもなんでも良いから、自分の気持ちをどかーって吐き出すだけで、結構スッキリすると思うんだー』
『言われてみればそうかも』
遥がそこまでしっかりした考えを持って行動していたのかは分からない。ただ、一つ言えるのは遥はレオナを怖がらせることで楽しませようともしていたのだ。
『それにね、レオナちゃんって遥くんとぎゃーぎゃー騒いでいる時、いつもすごい楽しそうでしょ。だから遥くん、それを狙ってたんじゃないかなー』
『怖がらせて怒らせたってこと?』
『多分だけどねー。レオナちゃんにとっては最高の気分転換なんじゃないかなー』
遥は楓とケンカをする時、お互いにいつも不愉快な気持ちだった。レオナに対しても同様だ。
だがそのケンカの理由が些細な子供染みた内容の場合、不愉快な気持ちと同様にじゃれあっているような奇妙な楽しさを感じることもあったのだ。それを感じていたことに気付いたのは遥が大人になってからであり、ケンカしている間はそのことに気付かないものではあるが。
また、遥は長い間一人で引きこもっていた経験がある故に、人の温もりの大切さを無意識ながら気付いている。ケンカという形ではあるが、人との触れ合いでレオナの心を多少なりとも癒せるという直感があったのだろう。
『なるほど、それは遥くんにしか出来ないことですね』
『悔しいけどねー』
『遥さん……』
未だに状況はまったく良くならない。
レオナと香苗の心が傷つき、デモ隊に囲まれ、物語も進んでしまった。次のカプセル邪獣の難易度も高く、被害が拡大する可能性がある。突破口は見えず、普段通りを心がけているヒデや凛の心にも暗い影が落ちていた。
だが、配信画面から流れてくるレオナの怒りの声を聞いていると、遥とレオナがケンカしそれを香苗が窘めヒデと凛が温かく見守るというこれまでの日常が想起させられ、そう遠くない先にその日常が戻ってくるのかもしれないという『予感』が三人の脳裏によぎった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます