17. 【異】霧

「大分海の戦いにも慣れて来たね」

「揺れるから最初は戦いにくかったですけど、慣れると地上とあまり変わりませんね」


 海上の邪獣狩りからの帰り道。キヨカ達はブルークリスタルを使って能力値を底上げしながら、今日の戦いの反省会を実施中。


「でもそろそろ能力値の上りが鈍くなってきたし、ここでの狩りは潮時かな」

「コクコク」


 キヨカと主に話をするセネールとマリーが離脱したため、会話の中心は主にキヨカとケイだ。ポトフは変わらずコクコクと頷き担当で、ツクヨミも寡黙なキャラである。


「ガトから北上すると、シュテイン王国まで宿場町は無いんだよね」

「船長はそう言ってましたね。ツクヨミさんはご存知ですか?」

「……無い」

「休憩できる場所もないの?」

「……小さな、停泊所なら、ある」


 大きな宿場町ではないが、元々人が住んでいる幾つかの小島では宿が設けられており、航海の休憩所として利用されている。ガトからシュテイン王国までは高速船でも数日はかかるため、船内での宿泊が苦手な人は降りてそちらで宿泊する。船の故障や物資の調達で寄港することもあり、島の人々の重要な交易相手にもなっている。


「そういうことも最初から答えてよ」

「解せぬ」


 最初の質問でそこまで教えてくれれば良いのにと、相変わらず気が利かないことに不満を覚えるキヨカだった。雑談程度なら問題ないが、これが戦闘時の質問で相手の細かな特徴を漏らされたりしたらたまったもんではない。戦闘時に質問側が詳細に聞く暇など無いのだから、ある程度ざっくばらんな質問で相手の意図を汲み取って答える能力はパーティーで冒険している以上必須のスキルなのだ。


「ここが航路の中で一番強い邪獣が出て来る場所らしいし、そろそろ切り上げてシュテイン王国に行こっか」

「はい!」


 キヨカは海上での狩りの終了を決断した。


『キヨちゃん』

「レオナちゃん?どうしたの?」

『う、ううん、何でもない。ついに先に進むんだね』

「うん、そのつもりだけど……」


 レオナの様子がおかしい。いつも通り明るく振舞おうとしているのだけれども、それが形だけであることは付き合いの長いキヨカにはとっくに見破られている。


「(レオナちゃんがおかしくなったのって、私がピンチになったとか、そういうタイミングじゃなかったから、地球側で何かが起こったんだと思うんだけど)」


 何かあったのかをストレートに既に聞いたが、何でもないよとはぐらかされてしまった。言いたくないのか、言えない・・・・のか、どちらにしろレオナが何かしら苦しんでいることには変わりは無く、キヨカは何とかしたいと毎晩レオナとこれまで以上に話をすることにしている。だが話の内容からはどうしてもレオナの状況をうかがい知ることが出来ないまま、今日を迎えている。


「(好きな人に嫌われた、とかそういう雰囲気じゃないんだよね。もっと重大な何かが起きた感じ。家族を亡くしたとか、そのレベルの大事件)」


 親友の大事な時に傍に居られないことを嘆くべきか、それとも言葉を交わすことが出来るだけでも運が良いと思うべきか、キヨカには判断がつかなかった。


――――――――


『かんぱーい!』


 ガトに戻り、大衆食堂兼酒場で夕食タイムだ。少し前までは夕食時になると離席していたレオナも最近は同席している。


「キヨちゃん、今日はなんか人が多いね」

「確かにいつもより混んでるね」


 席は概ね埋まっており、ガタイの良い男連中が威勢よく酒を酌み交わしている。


「おじさん達がみんな来てるんだよ」


 キヨカの席には仲間達だけではなく、シィとその母親も同席している。シィの言葉を聞いてキヨカは改めて店内を見回してみた。


「ほんとだ、知ってる顔が多い」


 キヨカがシュテイン王国への移動を決めたことで、長旅の前に英気を養うという名目で大騒ぎしているのだ。


「騒がしい方が楽しいもんね」


 せっかくの酒場なのだから、喧騒もまたBGMの一つとして楽しむのがレオナの流儀である。美味しい料理を堪能しながらそのBGMを背景に仲間達と取り留めも無い会話をしていたら、大ジョッキを持った船長がレオナのテーブルにやってきた。


「よう、嬢ちゃん達楽しんでるか?」

「はい、とても。船長さん達は……あはは」


 敢えて口にするのがバカバカしく感じる程には、見なくても分かるくらいのどんちゃん騒ぎだった。


「ははは、うるさくてすまないな。これが俺らの楽しみだから勘弁してくれ。それにここで英気を養わないと『霧』に連れてかれるかもしれねーしな」

「『霧』ですか?」

「おっといけねぇ、口が滑った。気にしないでくれ」

「そこまで言って秘密にされたら逆に気になりますよ」


 乗員に不安を感じさせないために決して言うつもりは無かったが酒の力でポロっと漏れてしまったのだろう。船長の真っ赤で陽気な顔が、ばつの悪い表情に変わってしまった。


「船長大丈夫っすよ。ただの迷信っすから」

「迷信?」


 近くの席で話を聞いていた船員が船長の元にやってきてフォローをする。


「やる気や気力なく雑に航海すると、深い霧に包まれてそのまま行方不明になるって迷信ですよ。気合入れて真面目にやらないと船が難破するぞっていう教訓みたいなものっす」

「へぇ~そんな話があるんだ」

「ふん、てめぇら、明日の朝、腑抜けた面したやつがいたら海に叩き落すからな」

「怖い怖い、殺される前にもっと飲もっと」

『はっはっはっは』


 彼らは王国が用意した精鋭達だ。深酒をしているように見えなくもないが、おそらく酒に飲まれるような失態は犯さないのであろう。


「(でも、どうして船長さんは最初言うのを渋ったんだろう。この内容なら何も問題ないと思うのだけど)」


 単なる船乗りを戒める言葉であって、乗員が聞いたからと言って不安に感じるものではないはずだ。むしろ変に秘密にした方が逆に不安を煽るくらいだ。その理由は酔って調子の良い船員により明らかになった。


「でもキヨカちゃん。実は最近本当に霧が出るって噂があるんだぜ」

「おい!コラ!」

「あ、やっべ。サーセーン!」


 せっかく上手くごまかせると思っていたところで、身内の馬鹿のせいで台無しになりため息をつく船長であった。


「霧が出るんですか?」

「見たことがあるって言う話は聞いたことがあるな。だが船が行方不明になったって話は聞いた事が無いから安心して良いぞ」

「あはは、結局迷信みたいなものですね」

「ふん、仮に霧が出ようともそのくらいで座礁するようなヘマはしねぇから安心しな」

「はい!」


 などとキヨカは一見船長の言葉を素直に受け止めたかのように返事をしていたが、内心は全く違っていた。


「(私もゲームっていうのが分かって来たよ。こういうのがフラグってやつなんだよね)」


 今の会話から、間違いなく霧が出て何らかのイベントが発生するだろうとキヨカは予測していた。


 これ以上余計なことは言わないようにと、船長がキヨカの元を去ったのを見て、レオナが話しかけて来る。


『き、きき、キヨちゃん、やや、止めよう。行くの止めようよ!』

「レオナちゃん?」


 キヨカの周囲をチビウサギが慌てて挙動不審に動き回っている。先ほどまでの重い辛そうな雰囲気とは全く違い、軽くてコミカルな困惑が見て取れた。


「(なんでこんなに慌ててるんだろう)」


 キヨカはフラグという物語のお約束を理解し始めていたが、他のお約束についてはまだまだ知識不足なのであった。海と霧と行方不明。これらの情報でとある展開を想像出来ないのだから。


――――――――


「いざ、シュテイン王国へ!」


 翌日。

 天気は快晴で波も穏やか。絶好の航海日和である。


『うううう、嫌だよぅ』


 昨日からレオナはずっと何かを嫌がっているが、だからといってシュテイン王国へ向かうのを止めるわけにもいかない。というよりも、ガトは内海の孤島なので何処に行くにも内海を航海する必要があり、霧イベントから逃げるのは難しいのである。


「何事も無いと良いですね」


 装備に関して。

 海での戦闘ということで、全体的に水属性の属性防御効果を付与してある。既存の装備にひと手間加えたものが殆どであるのだが、一人だけ装備を一新した人物がいる。


「それにしてもこの服装、可愛いし動きやすいし最高ですね」


 海の男の装備と言えば『セーラー服』だ。ケイは水属性の属性防御の効果が非常に高いセーラー服、しかもキヨカが手を加えて可愛さを激増させたバージョンのものを着ているのだ。セーラー服といえば本来は海の男が着る制服であるため、男であるケイが着るのはなんらおかしくはない。おかしくはないのだが、どう見ても海の男ではなく女子高生。同じセーラー服を着ているはずの船員たちがケイを見ながらドキドキして新たな扉を開こうとしているのを、ケイはまだ知らない。


「悔しいくらい似合ってるね。私も普段使いしたいんだけどなぁ」


 守備力が高い金属製の装備を外すなど、誰からも許してもらえないのだ。オフの時に堪能しようとも、アイテムボックスの無いこの世界では荷物を増やすわけには行かない。お店でファッションショーを堪能するしか無く、心の中で血の涙を流すキヨカであった。


 そんなこんなでガトを出発してから数時間。

 すでにガトの姿が見えなくなったころ、それは起こった。


「これって……『霧』だ!」


 何の前触れもなく突如視界が悪くなり、辺り一帯がやや黄色がかった霧で覆われてしまう。甲板にいたキヨカは不快感に眉を顰め、仲間達の状況を確認して船内に避難しようと考えた。


「みんな大丈夫!?」


 キヨカは仲間達の方を振り返るが、そこには誰もいなかった。


「あれ?」


 船はいつの間にか停止している。威勢の良い船員たちの声も聞こえない。


「船長!みんな!」


 慌てて船内に戻り、走り回るが人の気配を感じない。レオナの存在も確認できない。


「どういうこと?」


 行方不明という言葉が頭をちらつく。みんなが行方不明になってしまった。いや、行方不明になったのは自分なのかも。そんなことを考えながら船内を探索していると、突如頭が重くなって行く。


「あれ……なんか……すごく……ね……む……」


 キヨカはそのまま力なく廊下に倒れてしまった。




 ギシ、ギシと木が軋む音がしてキヨカは目を覚ました。


「う……ん……」


 朦朧としていた視界が徐々に定まって来る。自分の状況を確認すると、見覚えのない船室に倒れているようだ。


「すっごいボロボロ」


 今にも踏み抜けそうな湿った木の床。少し触るだけで崩れ落ちそうな木の壁。

 窓の外は真っ暗で、いつのまにか夜になっていたようだ。星灯りが無く海の上にいるということが風景からでは分からないくらいだ。


「何千年も経過しちゃいました。なんてことはないよね」


 そもそもキヨカが乗っていた船とは材質が違う。時間経過と言うよりも別の船に乗っていると考えた方が正しいだろう。


「あ、あれって」


 部屋の隅に見覚えのある後ろ姿を見つけた。


「レオナちゃん、大丈夫?」


 蹲ってプルプルと震えているその物体は、間違いなくレオナの後ろ姿だ。チビウサギはキヨカの声に反応して反転して胸に飛び込んで来た。


「うわああああん!キヨちゃああああん!怖いよおおおお!」

「うんうん、一人にしてごめんね」


 レオナがキヨカと離れてしまったことを恐怖しているのだとキヨカは考えたが、それは勘違いである。


「違うの!」

「違う?何が?」

「これって『幽霊船』なの!」


 キヨカは理解した。

 何故『霧』の話を聞いてレオナが突然挙動不審になったのかを。


 幽霊の類が大の苦手なレオナが『幽霊船イベント』が発生したことを察知したからなのだと。




 第四章『内海』 開幕

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