16. 【地】デモ
「おはようございます」
「おはよー」
「おはよう」
遥がレオナサポート室に出社すると、夜番の凛と彼女を心配して早めに出社したヒデが出迎えてくれた。
「香苗さん、遥くんが出社しましたよ」
「…………………………え、あ、おはよう」
「おはようございます」
楓が襲撃した日以降、香苗は上の空であることが多く、仕事もまともに手がつかない状態だ。普段は香苗の役である夜番と言う名のレオナとの共同生活も上手く出来そうにないため、凛も一緒に泊まっているという状況だ。
遥は上着を脱ぎながらヒデと小声で会話をする。
「香苗さん、まだ元通りになるには時間がかかりそうですね」
「うん、時間が解決してくれるかなと思ったけど、僕らが何かしなきゃダメかもね」
「はぁ……いつもの笑顔を早く見たいなぁ」
「本当に」
すでにヒデとは普通に会話出来ている。今回の大きなトラブルにより、絆が深まったのだ。
「それでアイツの方はどうですか?」
ついでにレオナの様子も聞いていたところ、ぴょこんと凛がやってきて答えてくれた。
「レオナちゃんも変わらずだねー。まーったく会話してくれなくて寂しいよー」
「そ、そそ、そうですか」
「もー!なんで私だけ普通に話してくれないのー!」
「ご、ごごお、おめんな、しゃい!」
ヒデは近い世代の男性なのできっかけがあれば話せるようになりやすかったが、近い世代の女性相手にコミュ障遥が簡単に慣れるはずが無いのである。香苗相手でも普通に会話出来るようになるまで数か月はかかったのだから。
逃げるように慌てて席に戻りながら遥はレオナについても考える。
「(完全ひきこもりじゃないだけマシかな。昔の俺の方がよっぽど酷かったわ。はは、笑えないか)」
食事やトイレなどの最低限の行為だけではあるが部屋から出て来るし、キヨカの行動に関する重要な話であれば相槌くらいはしてくれる。完全に外の世界を拒絶して閉じこもるような最悪の状況の一歩手前だ。
「(コミュ障の俺にはどうしたら良いか分からないよー!)」
人が困っている時に何をすれば良いかなど、人付き合いを避けていた遥に分かるはずが無いのである。
「それじゃあ今日は僕が世界情勢調べますから、遥さんは異世界の確認お願いしますね」
凛は香苗の話し相手になってメンタルサポートをする。メンタルサポートを灰化対策機構のプロに任せようという話も出たのだが、香苗が拒否したため凛が毎日つきっきりで介護するような形となっている。
「はい、分かりました」
後から配属されたヒデが主導権を握っていることを突っ込んではならない。適材適所、というよりも遥も妹の件で心を痛めているだろうとヒデは想像しており、率先して仮リーダーとして動いているのだ。
「そういえばヒデさん、海外でデモが起きたらしいですね」
テレビでは未だニュースは復活せず、世の中の状況を入手するにはSNSが主流である。仕事でSNSを見る機会が多いのと気が滅入る内容が多いことから、遥は就職してから自宅ではSNSをあまり見ていなかった。しかし、最近はヒデから異世界側の仕事を任せられることが多くてSNSを見る機会が減っていたことに気付き、昨日情報収集のために確認していた。
「気付いちゃったのか。そうなんだよね、フランスやスペイン、今朝はアメリカでも発生したらしいよ」
「?」
気付いちゃったのか、という謎の反応が遥は気になった。まるで気付かない方が良かったとでも言いたげだ。
「もしかして、楓の件で気を使ってくれてました?」
「あーうん、このデモ、あの時のがきっかけって言われてたから」
「あはは、お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ」
あの日、楓がこっそり配信していたと知った時は、なんてことをしてくれたんだと顔面蒼白になった遥であったが、よくよく考えてみるとそれで何がどうなるのか実感が湧かず、そのまま気にならなくなっていた。
「(このデモ、あの日感じた嫌な予感と繋がってる気がするんだよな)」
楓がここに来ることで起きるであろう大問題。それはまだ起こっていないのだと遥の直感が警報を鳴らし続けている。遥にとっては楓がやらかしたことそのものよりも、今後起きることの方が懸念事項だった。
「あいつの行動でデモねぇ」
「実感が湧かない?」
「実感というか、そもそもデモする人の気持ちが分からないんですよね」
デモ自体は灰化前からも存在しており、日本でも時折話題になり、国会議事堂へ何万人も詰めかけた、などと誇張された数字がニュースで取り上げられたりしていた。世の中に不満を持つことは分からなくはないが、デモをやったからといって何か変わるわけでも無いだろう。声を上げることが大事と言う人もいるが、上げても変わらないなら変えられる立場になるように努力するのが普通では無いのか。遥はこう思うタイプの人間であった。
「どんな人が参加してるんですか?」
「今起こってるデモは、楓さんみたいに大切な人を無くした人が旗印になってるらしいよ」
「旗印?」
「うん。一番分かりやすい大義名分が立つからね。でもこういうのは声を上げようと唆している人物が居て、そっちが実質の首謀者ってのがテンプレだと思う。実際、フランスのデモだと被害者の傍に『トラッシュ』の先導者が居るらしいよ」
トラッシュにとって、自分達がクズだと蔑まされる今の世の中は非常に生き辛いものだ。だが楓の行動によってノーマルの方が世界を滅ぼす悪だという風潮が生まれようとしていた。このデモによってその流れを強化し、自分達が大手を振って生きられるようにするのがトラッシュの目的である。
「うへーそれじゃあそのデモってトラッシュだらけなんですかね。トラッシュとノーマルの全面戦争になりかねないとか?」
「それがそうでもないらしいんだよ。デモにはノーマルも多く参加しているんだってさ。知り合いを無くした人、邪獣に襲われる恐怖に耐えられない人、被害者に同情した人。他にも様々な理由でノーマルも参加してて、割合的にはトラッシュとそうは変わらないらしいよ」
「ふ~ん、でもやっぱり俺には」
「え!?」
お互い仕事をしながらデモについて雑談をしていた遥とヒデだったが、突如ヒデが話の途中で驚きの叫び声を上げた。
「何かあったんですか?」
遥の質問にヒデは少し待ってのジェスチャーをしてから画面を食い入るように見つめている。離れたところのソファーに座っている凛も香苗との話を止めてヒデを見ている。単純に大声に反応したのか、凛の隣で肩を落として座っていただけの香苗も注目している。
少し時間が経ち、調べ終わったのか、ヒデが息を吐いて何に驚いたのかを報告する。
「東京で大規模デモが始まるらしい」
「東京で?」
「うん、しかももう既にかなりの人が集まってて、始まりそうだって」
――――――――
『キヨカに旅を止めさせろー!』
『これ以上、被害者を増やすなー!』
『大切な人を返せー!』
様々なプラカードを持った人々が都内を行進する。本来デモは警察などへ届出を出してやらなければならないが、これは無許可である。デモの内容的に許可は出ないと想定し、主催者がゲリラで実行したのだ。ルール無視であっても『世界の人々の命を想った行動』であるならば灰にはならないことはフランスのデモで周知されている。
『この数字を見て下さい!これはやつらが旅を止めなかったせいで生まれた犠牲者の数なんです!』
デモの様子を配信しているトラッシュが、自らの頭上の数字は自分の責任ではなくレオナ達の責任であると主張する。
『私は大阪に住んでいた恋人を亡くしました。彼らが世界の事を真面目に考えていればあの人が死ぬことは無かったのに!』
デモ配信の素人リポーターに対し、レオナの『自分には関係ない』を暗に引き合いに出して自分の不幸を号泣しながら訴える。
『私はノーマルですが反省しました。私が間違ってしまったがゆえに、多くの人を失ってしまったのだと気付いたからです。そもそも暴力は良く無いです。みなさんも、次からは戦わないようにしませんか?』
ノーマルでさえも、カプセル邪獣を倒してキヨカをフォローした行為そのものが間違っていたと主張する。それがキヨカを殺す選択であると言うことを暴力は良くないというありきたりの言葉で覆い隠して。
予定外のデモに対して日本政府が何もしないのはあり得ない。彼らの前にライオットシールドを構えた機動隊が立ち塞がる。
『止まりなさい!』
拡声器で行進の停止を告げるが、数万人を越えるデモ隊は人数差で圧力をかけて止まろうとはしない。ガタイの良い男性を前面に出して、強引に押し通ろうとする。
『止まりなさい!このデモは未許可です!今すぐ解散しなさい!』
『俺達を止めるあいつらは世界の敵だ!家族や恋人や友人の死を防ごうともしない異常者達だ!止まるな!進め!』
東京デモの先導者達が煽り続け、デモは決して止まらない。そして彼らは機動隊の中に見つけてしまった。それまで英雄とも言われて讃えられていたはずの男性を。
『あいつは!』
『お前のせいでみんなが死んだんだ!』
『この悪魔!』
斎藤悠馬。
カプセル邪獣との戦いを率先して行い配信することで攻略法を世間に周知し、多くのノーマルを生み出して来た男。彼もまた本来の業務を遂行するために、東京デモ鎮圧の場にやってきたのだ。だが、物々しい装備に身を包んでいるため、いくら人が多くても彼を見つけ出すのは容易ではないはずだった。
機動隊の中に裏切者がいるのか、あるいはデモ隊の中に彼を見つけるだけの役割の人物を用意したのか。彼の存在を利用してデモを更に煽り勢いをつかせるために仕組まれた作戦なのだろう。
「俺がいると逆効果のようですから下がりますか?」
「仕方ないか」
隊長に判断を仰ぎ、悠馬は前線から退却し、付近住民の保護にあたることになった。
――――――――
「かなり激しいことになってますね」
レオナサポート室でデモ動画を確認する遥達。配信動画の中には不愉快に感じるものも少なくは無いが、情報収集のためには仕方がない。キヨカは今日も狩りに勤しんでいるため、そちらの確認は多少疎かにしても問題ない。灰対本部とも連絡を取り合いながら、全員で事態の把握に努める。
その結果、恐ろしいことが判明してしまった。
「マジですか」
「マジですねー」
「マジだね」
「……」
デモ隊が何処に向かっているのか。その目的地。
「でもこうなって当然なのかもね」
「どうしよう、ヒデくん、逃げないと!」
デモ隊がこのままの進路を取った場合、レオナサポート室が入居しているビルに辿り着くのだ。
「逃げるって言っても、何処に……香苗さん、こういうときの方針って決まってますか?」
「……………………」
「香苗さん?」
「……………………え、あ、なにかしら?」
香苗ならばこの事態を想定して何らかの準備をしていたかもしれない。だが、その肝心な香苗が抜け殻で頼りにならない。遥達だけではどうすれば良いか判断が出来ず時間だけが過ぎて行き、窓の外から喧騒が聞こえて来るようになってきた。
「もう逃げられないねー」
今からビルの外に出たら何をされるか分からない。閉じこもる以外に選択肢は無くなってしまった。
「ひとまず入り口を重いもので塞いでおこう。この部屋まで来たら危ない」
「そうですね」
「わかった」
幸いにも入り口を塞いでもトイレや風呂などの水回りは内側にあり、寝室とソファーとで睡眠スペースも足りている。食料も大量に買い込んであり一か月は籠城可能だ。災害などで長期間この部屋から出られなくなっても作業を継続できるようにと香苗が準備しておいたものだ。
「来ましたね」
別フロアにいる灰対の人にお願いして下のコンビニからありったけの物資を届けてもらい、籠城の準備を整え終えた時、ついにデモ隊がビルの前に到着した。
「うわぁ人だらけだ」
レオナサポート室のフロアは八階にあるため、遠くまで伸びるデモの人波を上から眺めることが出来る。だが、窓際に姿を晒してしまったことでデモ隊が更に勢いを増す。
『裏切者ー!』
『全部お前らのせいだー!』
『レオナを出せー!』
一番多いのが最後の『レオナを出せ』という要望だ。レオナを『見せしめ』にすることが彼らの目的なのだろう。
「おっと、窓には近づかない方が良いね。離れよう」
窓から離れてブラインドを下げよう考えたヒデだが、遥が離れようとしない。
「遥くん?」
遥はある一点を見つめて動かない。
「何かあるのかなー」
ヒデと凛が遥の視線の先を探すと、そこには遥が気になるのも当然である人物がいた。
「楓……」
遥の妹、楓。彼女が東京デモの旗印として先頭に立っていたのだ。
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