13. 【地】突然の来訪者

「香苗さん、良いんですか?」

「来ちゃったものはしょうがないよ」


 一日の業務を終えて帰宅するつもりの遥だったが、妹との予期せぬ遭遇により部屋に戻ることになった。


「何か問題があったらオフィスを変えるだけだから気にしないで」

「本当に申し訳ありません……」

「こら、遥くんが謝る必要ないでしょ。ここに連れて来るのちゃんと断ってたんだよね」

「はい。でも後をつけられたのは俺のせいですし」

「もう、気にしないの。普通の人がそんなの分かるわけ無いんだから」


 レオナサポート室のルールの中に『家族にも仕事場所を教えてはならない』というものがある。これはキヨカの行動の鍵を握るレオナの居場所が特定されることで、現状に不満を抱く者からの何らかのアクションが起こるのを恐れたためだ。レオナ本人には女神によってある程度の接触ガードが為されているようだが、それも抜け道があるかもしれない。また、強引にレオナにアクセスしようとして灰になる人も生まれてしまうかもしれない。もしそれが遥達の家族に関係する人物となればやりきれない。

 ゆえに設定されたルールであり、遥もこのことは厳密に守っている。だが家族にこの部門で働いていることだけは伝えてあり、それが結果として妹の追跡につながったことから自分が悪いと考え肩を落としている。なお、妹は遥の後を追跡してこの場所を突き止めたことをすでに香苗にゲロっていた。


「遥くんの妹さん、しっかりした人じゃない。大学生には見えないわよ」

「いや、あれは違うんです」

「?」


 香苗は最初、遥の妹について仕事場へ押しかける程の人物であるため強引なキャラクターなのかと想像していた。だが実際に話をしてみると礼儀正しい真面目そうな人物に感じられた。


 『突然押しかけてしまい大変申し訳ございません』


 また、出会った直後に彼女が自らの非を詫びた点で、香苗の評価は高かった。自分が大学生の頃に大人相手にここまでしっかりとした受け答えは出来なかったかもしれないと考えていたからだ。


 だが遥は知っている。妹の本性を。そして妹が丁寧な態度であるということの意味を。


「香苗さん、やっぱり追い出しましょう。このままじゃまずいですって」

「大丈夫よ。遥くんの妹さんでしょ。悪い子には見えないじゃない」

「そうじゃないんです。本当にこのままじゃまずいんです」

「まずいって何が?」

「それは……」


 現時点で妹に関する香苗の評価は高い。外から見れば礼儀正しいまともな女性に見えなくもないとは遥も分かっている。そして、その状況で妹をけなしでもしたならば、悪者扱いされるのは間違いなく遥の方だ。


 兄妹の仲が悪いからそう見えるだけだ。

 兄妹だから大げさに感じてしまうだけだ。

 兄なんだから文句を言うな。


 これまで遥が周囲の人間に何度も言われたこと。もう言われ慣れているが、それを他ならぬ想いをよせる香苗に言われるのはとても辛い。そのことを考えると妹の本性について説明を口にすることが出来なかった。


「良かったらこれ食べてよー」

「いえ、おかまいなく」


 現在、遥と香苗が密談しているところからは離れたところにあるソファーで凛が遥の妹に対応している。香苗は当初、兄である遥に対応させようと考えていたのだが、妹は遥の言葉をガン無視し、視線をやることもなく完全に居ない者として振舞っていたことから、兄妹の関係性を察して凛に任せる方針に変更した。


 遥は数年ぶりに会った妹を遠くから観察する。肩まで伸ばしたサラサラした黒髪、可愛いというよりも美人に分類されるタイプの顔立ち、緊張しているのかやや硬い表情。背筋をピンと伸ばして姿勢良く座る姿からは大和撫子という言葉が連想される。


「(相変わらず見た目詐欺しやがって。いや、むしろ悪化してるな)」


 ソファーに座っている人物は、遥の記憶にある妹の姿よりも大人びていた。内面を知っている遥にとっては違和感しかない。


「(中身も見た目通りに成長してくれてれば良かったのになぁ)」


 遥の妹は『大人びている』『清楚』『可憐』『大和撫子』などとは真逆の暴力的な人間である。『死ね』『クズ』などの暴言はもちろんのこと、暴力だって振るう人間だ。これは遥が兄として嫌われているから、というわけではない。遥以外の家族や友人に対しても同様の振る舞いをするのだ。嫌われ過ぎて今では居ない者として扱われている遥はもとより、家族がどれだけ諫めても彼女の性格が矯正されることは無かった。遥の知らない数年間で変わっている可能性も無くは無いが、妹から漂う雰囲気は昔と同等のものであったので期待はしていない。


「(せめてあの子が一緒ならなぁ)」


 そんな妹が唯一言うことを聞く相手が妹にとっての幼馴染の親友だ。妹が暴言を吐けば注意し、妹の態度の悪さで険悪な雰囲気になれば仲介し、敵がいれば妹の味方になって一緒に戦ってくれる。妹の手綱を握り、それでいて一緒に進んでくれる貴重な存在。彼女がここにいれば遥も少しは安心出来ていたかもしれない。


「それじゃあ私はレオナちゃんを呼んでくるね」

「あ……香苗さん」

「ふふふ、お兄ちゃんは心配性だなぁ」


 配信先ではキヨカが狩りを終えて街に戻っていた。これから夕飯タイムであり、いつも通りであればレオナが抜けても大丈夫な時間帯だ。


 『お願いします!レオナさんと話をさせて下さい!』


 妹の目的はレオナとの対話だ。だが、どのような話をしたいのか、聞いても曖昧な答えが返って来るだけであった。


 香苗と入れ替えに、ヒデが遥のそばにやってくる。


「遥くん、そんなに気になるの?」

「ヒデさん……はい」

「僕から見ても普通の女性に見えるんだけどなぁ。でも家族だからこそ分かることもあるか」

「それもありますけど、それだけじゃないんです」


 あまりの出来事に動揺してコミュ障が発動せず普通にヒデと会話出来ていることに遥は気付いていない。


「どういう意味だい?」

「嫌な予感がするんです。とても嫌な予感が。あいつがレオナと会うと、とんでもないことが起きるんじゃないかって、そんな気がするんです」

「嫌な予感かぁ」


 あの状態の妹がレオナと話をする。それだけでも危険であるが、そんなことは些細な問題とでも言えるくらいの大問題が発生するのではないか。そんな漠然とした予感が遥の胸を締め付けていた。だが、明確な理由では無いため絶対に止めなければと主張することが出来ない。


「分かった。僕は遥くんの予感を信じるよ。何かあったときのためにすぐに行動出来るように心の準備をしておくから」

「ヒデさん……ありがとうございます」


 すでに香苗がレオナを呼びに行っているため、この流れを断ち切ることは出来ない。そのためヒデは何かが起きた後に驚かずに対処することを遥に誓い、少しでも安心させようとした。その言葉でほんの少しだけ心が軽くなり、ヒデとの心の距離も近づく遥であった。また一人、まともに会話出来る相手が増えたのである。


 そして、レオナの部屋の扉が開かれる。


「ああ~お腹減った」


 レオナは何も聞かされていないような態度だ。レオナの性格上、誰かが会いに来ているなどと言われたら嫌がって部屋を出てこない可能性の方が高かった。ゆえに香苗は何も言わずに連れ出したのだろう。


「レオナちゃん、こっち見て」

「なぁにー」


 香苗は部屋から出てそのままどこかへ行こうとするレオナを止めて、ソファーの方を注目させる。そこにはレオナにきつい視線を向ける見知らぬ女性が座っていた。


「こいつ誰?」

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