10. 【地】世界情勢

 G7。

 フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダで構成される政治フォーラム。簡単に説明すると、世界的な政治的問題を各国のトップが話し合って方針を決めましょうね、という集まりだ。


 本来であればG7は年に1回のみ開催されるが、灰化現象が始まって以降は幾度となくオンラインで開催されている。いずれの国も政治家の大半が灰と化し、自国の政治を復旧させるだけで手一杯。外交など考えていられないという状況ではあるのだが、あまりにも被害が甚大であり『助けて他国さん』と言わざるを得なかったのだ。


 カナダとイタリアはまだ新たなリーダーが決まっておらず、今回は不参加となっている。


「日本は経済活動が回復しているというのは本当か?」


 発言しているのはフランスのラファエル大統領。画面に映る各国の面々は一様に顔色が悪いが、彼とドイツのランハート首相、そして日本の棚橋総理は多少マシな顔をしている。いずれも復興の道が見えて来た国だ。


「はい、ありがたいことに。灰化前と同水準とまではいきませんが、今年中には七割ほど回復する見込みです。灰化対策機構に対処を一本化したことが功を奏したようです」

「羨ましい限りですな。我が国はまだまだ課題が山積みですよ」

「何をおっしゃいますか、移民政策が成功して経済も上昇気流に乗っていると伺っていますよ」

「はっはっは、確かに。ですが多くの国民が灰になってしまったのは反省する必要があります。いかに移民が増えようとも自国民が居なくなってしまったら別の国と化してしまいますからな」


 灰化現象が始まる前から積極的な移民受け入れ政策を推進していたフランスは、治安の悪化などの様々な社会問題が頻発して大問題に発展していた。だが灰化現象により悪質な移民は消滅し、真っ当に社会に貢献してくれる移民のみが生き残ることになった。このため、世界各国で人手不足に悩まされる中、フランスはその点に関してのみ打撃が小さかった。

 だが自国民の灰化割合は先進国の中では下から数えた方が早いレベルであり、大統領の頭を悩ませている。

 ここで、同様の悩みを抱えているアメリカ合衆国のロウエル大統領が会話に加わった。


「そこが一番の問題では無いですか。どうして日本は被害が少ないのか。コツがあれば是非とも教えて頂きたい」


 大統領は、日本だけが知っている何かがあるのではないか、と探りを入れる。灰化現象に大きく関係しているキヨカの冒険配信は日本のお家芸である『JRPG』をテーマとしたものである。そのため、今回の世界的な悲劇は日本が原因ではないか、それどころか日本が意図的に引き起こしたのではないか、という疑いがかかっている。しかも日本が世界で最も被害が軽微であると言うのだから、疑いは更に深まっている。当然、大した理由もなくそのようなことを口にすれば灰化は免れないが、どの国も内心そう感じている。


「コツと仰られましても、灰化対策機構を通してお伝えしている情報以外には特にございませんよ。特別な政策を打ち出しているわけでもございませんし……そうだ、ロウエル氏も私と同じ罰を受けてみますか?あれで国民に信じて貰えれば支持率が大幅に上昇して色々とやりやすく・・・・・なるかもしれませんよ」

「う゛っ……いや流石に……ううむ」


 棚橋総理は自発的に自らに課した国民からの二十四時間監視をロウエル大統領に勧める。それだけではない、棚橋総理は機密も含め、灰化に関するあらゆる情報を国外に惜しげもなく提供することで疑いを晴らそうと努力した。邪獣との戦いによる詳細な戦闘内容は、自衛隊の戦闘能力という国防に関する情報も含まれていたが、それすらも公開した。

 灰化が終了した後、日本が世界から睨まれることだけは絶対に避けなければならない。ゆえに、本来であれば提供することなどあり得ない国家機密すら公開してまでも無実を主張する必要があったのだ。


「ははは、冗談ですよ。流石にアレはやりすぎですから。でも、国民に寄り添った政治は必須ですよ。それも形だけではなくて本気でやる必要があります」

「それは理解しているのだがなぁ……」

「これまでのやり方に慣れてしまっている故、難しいですよね」

「まったくです」

「うちはある程度頑張っていると自負しているのですが、中々成果が出ず……」


 いずれの国も灰化前は政争にのみ焦点を置き、国民の方を真に向いて政治をしていた国など無い。むしろ、国民のためを想って行動したら国が滅びるとすら考えていた国もあるくらいだ。いざ国民の為の政治と言っても、具体的に何をすれば良いのか分からない。響きの良い政策を掲げて支持率が向上しても結果が出ず、結果は出るが国民に痛みを伴う政策を掲げると灰になるかもしれない。


「そこは国民性も関わってくるところですからね。とはいえ何かしら参考になると思いますので、これからも情報共有は致しますし、相談にも乗りますので遠慮なくお声かけください」


 今回の本題は別にあるため、この話題で時間を使いすぎるわけには行かない。ここまでの話はあくまでも挨拶。さっさと本題に入ろうと棚橋総理は議論をここで打ち切らせた。


「ありがとう。では本題に入りましょうか」


 今回の議長国であるフランスが司会進行をする。各国の端末に様々なグラフやデータが表示される。


「お手元に表示されているデータは邪獣討伐に関する各国の状況です。先進国ではいずれの国も同等の被害を被っておりますが、徐々に戦火は縮小。先日の第三波では人的被害がゼロになりました」

「それは素晴らしいことですな」

「あの程度、合衆国の敵ではありませんな」


 今回不在のイタリアやカナダでは指揮系統が依然としてマヒしているため、被害ゼロとまではいかなかった。ただし、いずれの国も初回の大惨事と比較すると圧倒的なまでに被害は軽微なものであった。


「ですが世界的に見ると後進国を中心に邪獣討伐は後れを取っており、特にアフリカ大陸での被害は甚大。未討伐の邪獣が存在しているとも考えられています。この点に関しての今後の方針について検討するのが本日の議題の一つになります。また、先進国においても被害は減少しておりますが、今後もそうなるとは限りません。邪獣出現ポイントの増加、現代兵器が通用しない邪獣の出現、出現数の爆発的な増加など、懸念すべき事項は山ほどございます。こちらの、今後の備えについてが本日の二つ目の議題となります」


 アフリカ大陸でも軍隊が整備されている国では邪獣を撃破しているが、そうでない地域では尋常ではない被害に見舞われていた。棚橋首相とイギリスのアーサー首相が沈痛な面持ちでそのデータを確認する。


「話には聞いておりましたが、こうして数字で見ると現実感が湧きませんね」

「いくつかの国はすでに滅んでいるように見えます」


 被害状況が不明となっている国があるが、邪獣の出現位置と周辺地域の被害状況を鑑みるに、生きている人間が残っているとは思えなかった。


「現在、アフリカ大陸から欧米へと避難する人が激増しておりますが、空の便は激減し、海も打ち漏らした邪獣により安全とは言い難い状況。大げさでは無く、アフリカ大陸滅亡の危機です。平定のために今以上に軍隊を派遣する必要がございます。余力のある国はございますか?」


 ございますか、と言われても自国の防衛で精一杯な国がほとんどだ。それでも世界の治安を安定させるためにギリギリの人数を既に差し出している現状、追加で軍隊を出せと言われてハイ出来ますと言える国は無かった。


「アメリカさんとか、いかがですか?」

「う、うむ……我々としてもアフリカ大陸の安定に協力することは当然の使命であり義務であると考えてはおります。おりますが、現状でも十分協力出来ているのではないでしょうか。いや、決して自国の安全のみを考えて彼らを見捨てようなどと言う気持ちは毛頭ございません。ですが出せないものは出せなく……」


 世界の軍隊を称するアメリカであるが、彼らの土地はあまりにも広大であるため、軍隊は自国に出現した邪獣の撃破と他国から侵入してくる邪獣からの防衛で手一杯であった。それでもメンツを守るために世界各地へ軍隊を派遣してはいるが、その分だけ守りを薄くしているため現状でも国家存続の危機といってもおかしくない状況に追い込まれていた。在日米軍すら回収しているところから、彼らの切羽詰まった状況は容易に把握出来る。

 フランスもアメリカの状況を理解している。これまで散々でかい顔をされたから少しばかり仕返しをしたくて話を振っただけである。ロウエル大統領もその意図は分かっていたが、ここで下手に言い返したら灰になりかねないため、受けに回るしか無かった。しかし彼はその受けで大失敗をやらかしてしまった。


「軍隊が必要であれば最も復興が早く各種能力の高い自衛隊を保有する日本に依頼すれば良いのではないだろうか」


 あろうことか、日本の自衛隊を派遣させろと言ってしまったのだ。


「アメリカさん、なんということをおっしゃるのですか!」

「日本にこれ以上負担をかけるなどありえないでしょう!」

「そうですよ、彼らがここまで動いて下さっていることがすでに奇跡のような状況ですのに!」

「あ……その……ええと……」


 猛烈な非難を受けてタジタジになるロウエル大統領。政治的な経験が少なく、就任したばかりの新人にはアメリカ大統領という任は少しばかり重かった。


 何故これほどまでに日本が擁護されているかと言うと、すでに日本は東アジアの各国に自衛隊を派遣させているからだ。朝鮮半島、中国大陸、そして東南アジアに向けて、数少ないリソースを割いて自衛隊を出動させている。


 まるで侵略ともとれる行為であるが『自国の防衛』の範囲から大きく外れてはいない。何故ならば、日本以外の東アジアの国家は壊滅状態に陥り、政府だけではなく多くの国民も消え去り、邪獣をまともに駆除することが不可能になっていたからだ。このままでは邪獣が日本に押し寄せてくる可能性が高く、それを防ぐために近隣諸国へ向けて自衛隊を派遣し、ついでに・・・・現地の人々を救出していた。


 欧州にとっても、日本が東アジアを抑えてくれているからこそ自国や南からの邪獣対策に専念することが可能であり、もし東からも大量の邪獣がやってくるとなると抑え切れる自信は無い。余計なことを言うなと強く主張するのも当たり前である。


「別にアメリカさんに無理難題を押し付けているわけではございません。中東での戦争問題が解決したのだから、その分のリソースをアフリカに向けて頂ければ良いのですよ」

「いえそれは以前に申し上げた通り……」


 元々ちょっとした意趣返しのつもりであり、アメリカからの譲歩は期待していなかったが、あまりにも酷い失言をしたため、日本以外の各国はアメリカから強制的に譲歩を引き出そうと攻勢に出る。棚橋首相は状況を見ながら、アメリカを擁護して『貸し』を作るタイミングを見計らっている。


 欧州各国は邪獣を封じ込めたが経済的な復興には遥か遠い。

 世界の盟主を自称していたアメリカは領土が広大すぎる故、防衛だけで精一杯であり更には南米から流れてくる邪獣による被害が止まらない。

 同じく領土が広大なロシアも同様だ。

 中東アジアは紛争が消滅し、残されたまともな軍隊が邪獣を駆除しているが、アフリカ大陸から北上して来る邪獣により被害が拡大。

 東南アジアは多くの国家が滅びに近い状況に追い込まれ、自衛隊が手を貸すことで辛うじて人々は生きながらえている。

 南米は邪獣をコンスタントに撃破出来ているが、経済の悪化は欧州より遥かに酷い状況だ。

 そしてアフリカ大陸の蹂躙。


 邪獣対策や灰化対策が進んではいるが、世界はまだ滅亡への道をゆっくりと歩み続けている。

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