2. 【地】総理の懺悔

「昨年十月に明らかになりました不正会計の件は、私の指示によるものでございます。国民の皆様の税金を悪用したこと、不正会計が明るみになった際に隠ぺい工作を行い国民の皆様を欺こうとしたこと、そしてこの行為により政治への強い不信感を抱かせたこと、誠に申し訳ございませんでした」


 その日、日本国民は衝撃に包まれた。

 いや、日本だけではない。

 世界中が驚いた。


 灰化現象が始まってから1ヵ月。

 世界がまだ灰化現象により混乱している中で、日本の現総理大臣である棚橋たなはし勇三ゆうぞうは一本の配信動画を政府公式Webページに掲載した。


 灰化現象に関する政府からの見解は、全て灰化対策機構のWebページに載っている。これは情報提供場所を一本化するためであり、各都道府県別の自治体情報も全て同ページにまとめられている。しかも従来の政府特有の分かりにくいページでは無く、直感的に欲しい情報へと迷わず辿り着けるような作りになっており、政府が本気で取り組んでいることが伺える。


 このように灰化情報は全て特定の場所にまとめられているため、政府の公式サイトをチェックする人はほとんど居なかった。また、テレビを初めとしたあらゆるマスメディアが壊滅しているため、政府Webページに動画配信の告知がされていたことが認識され、拡散されるのには時間がかかった。実際、その内容がバズったのは配信終了後の翌日であった。


 そして世界を驚かせた肝心の配信内容は『罪』を告白するものであった。


 灰化現象が発生する前に政府内部で行われていた数々の『罪』


 不正、談合、賄賂……


 噂されていたものや、国会やマスコミに詰め寄られた話はもちろんのこと、国民の誰もが知らなかった行為まで、全てを告白したのだ。総理自身が関わったものや、他の政治家が関わったものまで、総理が把握出来ている政治家の悪事は全て、である。


 しかもそれだけではない。


「今回、このように我々の『罪』を告白するに至った経緯を説明致します」


 この自白は、悪いことを反省したからではなく、今後説明を求められた場合に灰化現象により隠し通すことが出来ないから、という自分勝手な理由であるということまで告白したのだ。


 確かに総理の言う通り、灰化が収まり、政治家が増えて国家の運営が元通りに再開された時、灰化前に話題になっていた不正事件について質問された場合に虚偽の回答をしたら、灰になる可能性は高いだろう。だが、公にされていないことまで含めて事前に明らかにする必然性は無い。


 国民は『罪』の告白に激怒したが、それと同時にそこまで言う必要があるのか、と疑問に思った。

 総理はその当然の疑問には触れず、一つの『お願い』を告げる。


「そして国民の皆様に大きな『お願い』がございます」


 用意された原稿を元にしっかりと発言を続けていた総理の言葉がここで途切れる。この先の言葉を口にするのをためらうような表情を浮かべ、少し間が開いた後に発した言葉は国民に慈悲を願うものであった。


「もうしばらくの間、私に内閣総理大臣の任を続けさせて頂けないでしょうか」


 問題を起こしたから責任を取って辞任するのではなく、まだ総理という役職にしがみ続けさせて欲しいと、そう願った。


「多くの方は、何を都合の良いことを、とお怒りになさるでしょう。ですが、どうかお願い致します。『他に適任者が不在なのです』」


 灰化現象により、多くの政治家が灰になった。

 生き残った政治家も、自らの罪に触れられるのを拒み、政治家を辞めた者が多い。中には海外に逃亡した者もいるくらいだ。


 そしてその結果、内閣総理大臣という役職をこなせる人物が不在になってしまったのだ。まったくの素人や政治の現場にまだ詳しくない若手に任せるには責任が重すぎる。しかも今は灰化現象という前代未聞の大災害の最中だ。ちょっとお試しでやってみる、などという感覚で可能な仕事ではない。


 その事実を総理は丁寧に説明する。

 総理候補と呼ばれていた政治家は野党も含めて誰も居なくなったこと。残された政治家が総理に就いた場合の具体的な問題点。選挙をするような状況では無く、仮に選挙をしたとしても即興で総理として政府を運営することが難しい点などを、素人にも分かりやすく説明する。


「本来であれば、総理を辞任し、刑に服するべきでございますが、現在の日本政府の状況を鑑みるに、私がここで総理を退いてしまえば今以上に大きな混乱が発生することが目に見えております。ゆえに、はじめに申し上げました通り、私にもうしばらくの間、内閣総理大臣の任を続けさせて頂けないかと『お願い』致します」


 粉骨砕身で日本を立ち直すために働くことを禊としたいのだと暗に告げる。

 そしてそれが言葉だけではないことを示すために総理が続けて示したこともまた、世界を驚かせた。


「これまで多くの不正に携わって来た私が、今後も総理として日本を支える立場を継続することについて不安を覚えるのは自然なことでございます。ゆえに、本会見の終了後から、二十四時間体制で私の行動を公開いたします」


 総理の執務室だけでなく、移動中やプライベートな自宅を含め、その全ての行動をカメラで撮影して公開する。もちろん、国防に関することや海外のお偉いさんとの会談など、一部は非公開にせざるを得ないが、ほぼ全てを公開すると宣言したのだ。


 自分の悪事は全て公開しました。

 これから先の自分の行動も全て公開します。

 だから悪いことはもう出来ません。

 見張られているのでちゃんと仕事もします。

 他に総理が出来る人はいません。


 だから総理を続けさせてください。


 理屈は分かるが、ここまでやる必要が本当にあるのか。

 国民は戸惑うが、身近な灰化現象への対処の方が重要であったため、総理の処遇については頭の片隅へとすぐに追いやられることになり話題は下火になってゆく。


 この会見による総理の真の目的は何だったのか。

 放送後、監視されている執務室の中で、総理はその目的について思考を巡らせた。


「(これで仕込みは完成だな。反省している姿を見せるだけで、あれだけのことが無かったことになるのだから、日本人の扱いは楽で良い。邪魔なやつらは消えたし、この程度の我慢で天下が約束されると思えば、思わず笑いが零れてしまいそうになるわ)」


 謝罪会見。

 企業や政治家が問題を起こした時に行われるこの会見、国民がそれを見ても『反省しているようには見えない』『悪いことをしたと思っているように見えない』『謝罪になっていない』と思うことの方が多く、かえって国民感情を悪化させることの方が多い。


 今回の総理の放送も、やや毛色が異なるが謝罪会見に近いものがあった。だが、従来の意味をなさない会見とは違い、総理は謝罪の意を示して見せた。


 まず、全ての悪事を詳細に説明し、何がどう悪かったのかを説明して謝罪をした。国民にどのような物的、心的被害を与えたのか。自分の悪事が法的に、そして世間の感情的にどの程度の罪になるのか、それらをはっきりと示した。これにより総理が自分達の気持ちを理解したのだと思わせることに成功する。多くの謝罪会見はこの点が軽んじられているため、心のこもっていない形式的なものであると判断されているのだ。


 そして、自らの人間としての愚かさをぶちまけた。灰になりたくない、総理としての立場を失いたくない。これらのニュアンスを謝罪の中に含めることで、その自分勝手さで国民を怒らせると同時に、人間らしさを認めてもらった。もしここで、きれいごとだけを述べたのなら『どうせ内心は』と思われる可能性が高い。ゆえに、自らの弱い部分を曝け出すことで、国民からの疑心という将来的に許されなくなる種をまかないことに成功したのだ。


 そして本来受けるべき刑事罰に変わる大きな『罰』を受け、その『罰』を受ける姿が国民から見えるようにすることで、罪を償っている雰囲気を刷り込ませようとした。


「(後一年か、二年。出来れば早い方が良いが、俺が成果を出す時間と邪魔な人間が完全に消えてなくなる時間を考えると、少なくとも一年は我慢が必要かな)」


 総理は今の灰化がこのまま永遠に続くとは思っていない。キヨカがRPGの世界を主人公として過ごしていると知った総理は、ゲームがクリアされた時に、灰化現象が終わる可能性が高いと踏んでいた。その時の自分の立場を盤石の物にするために、今回の会見を仕組んだのだ。


 総理はまず、この会見を行わなかった場合のことを考えた。

 世間が灰化現象に慣れ、マスコミ関係が復旧し、あらゆる面で『余裕』が生まれた時、灰化現象を利用して総理に灰化前の不正疑惑などを追及する人が現れる可能性が高い。そこで多くの不正を暴かれ、総理としての立場を追われてしまったならば、その後に待ち受けているのは長期の『おつとめ』だ。


 だが、自ら罪を公開し、懺悔し、自分にとって都合の良い罰を受けると宣言してしまえば、国民感情的には暴かれるよりもよっぽど印象が良い。そして、この罰によって粛々と政務を続け、灰化問題に対する成果を着実に出し続けていけば、総理に対する印象は暴露前よりも良くなる可能性すらある。


 そして灰化が終わり選挙によって新政府を発足し、政治家が育って来たとして、国民は果たして新たな政治家が総理になることを歓迎するだろうか。


 総理によってぶちまけられた悪事は、総理が絡んだものだけではなく、政治家が関係している全てのものだ。その中には、引退後に政治家になった国民的な人気スポーツ選手も含まれる。


 『誰だろうと政治家は犯罪者である』


 そう思う人すら出て来るくらい、政治家に対する信頼は地に落ちた。だが、総理はどうだろうか。全ての悪事は公開され、謝罪し、罰を受けている上に、清廉潔白に政務を行っており成果もそれなりに出ている。


 となると、変わることを拒絶しやすい日本人的には、過去に悪いことをしたけれどこの先は問題なく勤めてくれそうな総理に継続して欲しいと考えるのではないだろうか。


 そしてその結果、総理は歴代最長の、しかも灰化現象という歴史的大事件を乗り越えた総理として記録されるかもしれない。


 もちろんここまで理想通りになるとは思っていない。だが、ある程度の『恩赦』に近い状況にはなるだろうというのが総理の狙いである。何もしなければ詰んでいた状況を、ひっくり返すための策だった。


「総理、流石にやりすぎではございませんか?」


 総理の部屋を訪れた秘書が、総理の行動に苦言を呈する。


「おいおい、君の姿も映っているんだよ。変なことを言うと皆さんに怒られますよ」

「ですが、きっと私と同じことを考えている人もいらっしゃると思います。いくらなんでも二十四時間監視というのは、総理にとって負担が大きすぎます」

「心配してくれてありがとう。でもこれは『罰』だからね。大変でなければ『罰』にならないだろう。それにね、総理というのは日本の顔でもある。見られるのも仕事の一つなのだよ」


 心配してくれた秘書に感謝をしつつ、自分が悪いのだと反省しつつも、やるべきことだと少し格好良いことを言う。派閥争いで培った、自分を良く見せるための手段を存分に使い、イメージアップを試みる総理であった。

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