第四章 内海
1. 【地】レオナサポート室の業務風景
レオナサポート室の業務内容は、基本的にデスクワークである。
各人がノートパソコンを支給され、部屋内の好きな場所で各々作業をする。一般的な企業にあるような長机で作業をしても良いし、ソファーに座ってだらけながら作業しても良い。出社せずに自宅でリモートで作業しても全く問題が無い。
尤も、仲が良くて会って雑談もしたいため、全員がほぼ毎日出社している。また、根が真面目な人が多いからか、寝転がるなどのだらけすぎた格好で業務を進める人はいない。
そして、色々な意味で、香苗と遥、ヒデと凛がそれぞれ近いところに座って作業しているのは当然のことである。
今日は四人とも長机に座って異世界配信を観察している。
「海に決まったー!」
「妥当なところですね」
配信先ではキヨカが国王から次の旅先として北の大国、シュテイン王国を勧められていた。
ブライツ王国付近で戦える邪獣は、今のキヨカ達では相手にならない。そろそろ王国を離れて次のステップを考えなければならないという話をしていたところ、国王から船を提供するから行ってみないかと打診があったのだ。
「ヒデくん、船旅の情報っていつものとこに置いてある?」
「うん、量が多いから概要資料を先に読むと良いよ」
ヒデと凛の主な業務担当は『情報収集』である。
例えばキヨカが王都に滞在している間、彼らは次のキヨカの移動先について予測を立てた。来た道を戻り大陸の西側へ向かうか、東側の砂漠を突破するか、そして内海へと進出するか。そのいずれのパターンが来ても大丈夫なように、事前にそれぞれのパターンでのゲーム的な要素を事前に調査してある。
結果として内海への進出が正解となりそうなので、凛が改めてその情報を頭に入れようと各種ファイルが格納されいてるフォルダを参照しようとしていた。
凛は資料と、そして部屋の壁に大きく書かれた文字を見て不安に思う。
「船が沈められる可能性があるんだよね」
「うん、強制イベントじゃないと良いけど……」
部屋の壁にはホワイトボードのように文字を書いて消せる巨大な紙が貼られており、そこには特に注意すべき点などの重要事項が書かれている。船旅という文字が丸印で囲われ、その近くには渦潮や水竜といったキーワードが並べられていた。
キヨカが子供達を助けに島に訪れた時に、後続がやってこれなくなった原因である渦潮と水竜。これらはエマを倒したことで消え去ったが、タイミング的に明らかに邪人が関わっていると考えられるため、内海に進出する場合は間違いなく何かしら関わって来るだろうと考えてられていた。特に渦潮の場合、ゲームでは船が巻き込まれて沈められるという展開も少なくはなく、特に注意すべき展開として懸念されていた。
その凛達の懸念の言葉に香苗も反応する。
「丁度今やっているゲームでも沈んじゃった……主人公が仲間とはぐれて一人砂浜に打ち上げられてるわ。結構重い展開ね」
「そういえば香苗さんが今プレイしているそのゲームにはそんな展開もありましたね」
今やっているゲーム、というのは文字通り『今』この瞬間にやっているゲームという意味である。決して『最近』という意味では無く、業務の一環として香苗は『今』ゲームをプレイしている。香苗は他のメンバーよりもRPGについて詳しくないため、勉強のために有名どころを中心にゲームを体験しているのだ。
といってもそれは香苗本来の業務ではない。香苗の主業務はレオナのメンタル面でのサポート。レオナの状況を逐一チェックし、ストレスが溜まったり自分の殻に閉じ込ませないようにすること。ご飯はみんなで一緒に食べること、キヨカの配信が無い時はみんなで一緒に遊んだり外に散歩に出かけること、などのレオナのメンタルを保護するための職場ルールを考えたのも香苗である。現在のレオナのメンタルは安定しているため、空いた時間を勉強に費やしているのだ。
また、遥は香苗の業務をサポートする係である。遥本人はレオナと仲が悪く常に言い合うような状態なので、自分にはふさわしくない仕事だと思っているが、香苗としてはその感情面でのぶつかり合いこそが大事だと思っているため、適役だと判断している。
「お二人が来てくださって本当に助かりました。遥くんと二人っきりだったら、こうして勉強する時間もありませんでしたから」
サポート室立ち上げ当初は、香苗と遥の二人しかいなかった。この二人だけでレオナのメンタルサポートをしつつ、ゲームに関する様々な情報を収集し、適切なアドバイスを考える、というのは無理があった。二人が追加されたことによって、ようやく業務が上手く回り始めたのだ。
「そういえば遥さんは、フリーゲームをプレイしたことってありますか?」
「ふ、ふふ、フリゲ、ですか?」
「うん、自作のでもツクール製のでもブラウザのでも良いんだけどフリーのRPG」
フリーゲーム。略してフリゲ。
ネット上には自作ゲームをフリー、つまり無料で公開している人がいる。『自作』といっても範囲は様々で、何から何まで一から自作する人もいれば、有料で提供されている開発環境を利用して作る人もいる。最近ではブラウザ上で動作するゲームなどもあるが、やはり一番多いのは『ツクール製』のゲームであろう。
RPGツクールと呼ばれる、RPGを作るためのゲーム。
このRPGツクールで作られたゲームはネット上で数多く公開されていて、中には商業作品に引けを取らないレベルの大作も存在する。
「い、いえ、俺はやらないです」
遥はこれまで最新のゲームを常に追ってプレイして来た。小さい頃は古き良きRPGをプレイしていたけれども、最近ではもっぱらFPSなどが主である。一方ヒデはゲームの中では特にRPGが好きであり、その範囲はフリーゲームにも及んでいた。
「実はキヨカさんの冒険を見ていると、フリーゲームのRPGに雰囲気が似ている気がするんです」
「そ、そうなんですか?」
「うん、似ている雰囲気のゲームをいくつか紹介するからやってみませんか?」
「わわ、わかりまし、た」
これでフリーゲームのRPGについて話が出来る、と内心ほくそえんだヒデ。身近でフリーゲームについて盛り上がれる相手がいなくて寂しかったのである。もちろん、キヨカの冒険がフリーゲームRPGに似ていると思ったのも嘘ではないが。
「あれ、セネールとマリーが離脱しそうですよ」
「ほんとだー」
「そういえばセネールは船が苦手って言ってましたね」
「マリーも家出中だったわね」
配信画面の向こうでは、セネールが船旅のトラウマについて説明し、マリーが自分もまだ国に帰るわけにはいかないと力説していた。
「よし、ゲームの区切りがついたから、この先の方針について打ち合わせしましょう」
『はい』
この先に起こりうる展開は何か。
そしてその展開に対して準備しておくべきことは何か。
船旅だとするとどのような海の敵が出て来ると想定できるのか。
また、その想定内容への対処方は。
などなど、キヨカ側の物語の次の展開が見えてきたことで、サポート室では本格的に今後の作業について打ち合わせをする。
これがサポート室の一般的な業務風景である。
「そういえば遥くん、妹さんのお話はどうなりましたか?」
「もちろん断りました。極秘事項ですし」
灰化の裏をかいてレオナに悪意を持つ者が接触する可能性もゼロでは無いため、サポート室の場所は一般には公開されていない。それはもちろんメンバーの家族に対してもだ。ゆえに、遥は妹に対して断りの返事をした。
「でもあいつ、妙にしつこくて、何度も何度もここに来たいって言ってくるんです」
「そうなの……遥くんは何か心当たりでもある?」
「ないですね。というか、ここ数年あいつと口を利いた事すらなかったですから」
香苗は顔を顰めるが、遥と妹の仲が悪いことはすでに聞いており、家族の問題でもあるため口出しはしない。
「みなさんに迷惑をかけるわけにはいきませんし、ちゃんと断り続けますから」
「それは気にしてないけれど……」
特別扱いするわけにはいかない、という気持ちと、一人くらいなら、という気持ちが香苗の中で揺れ動く。この時はやはり規則は大事だと判断して『連れてきたら?』の一言を言わなかった。
香苗も遥も、妹からの『お願い』をこの時点では全く持って重要視していなかった。
むしろ単なる興味本位だろうとしか思っていなかった。
しかし、この遥の妹の行動が、後に世界を揺るがすとてつもなく大きな流れを作ることになってしまうとは、今の彼らには知る由も無かった。
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