33. 【異】ボス戦(邪人エマ) 後編

「どうしてこんなにも上手くいかないのかしらね……」


 空飛ぶタヌキは全ての策が破られたことに対して素直に悲しみを見せた。


「人の絆を甘く見たからよ!とでも言って欲しい?」

「はん、それを崩すのが私の策よ。でも崩しきれなかったということは、あなたの言う通りかしら」

「(ううん、違う。エマの策はどれも脅威だったわ。ただ、細かいところで雑だったからどうにかなった。もし策の精度が高ければと思うと……本当に恐ろしい)」


 王都で入れ替わった元の人物を殺していれば、キヨカ達が問題となる小屋に近づいて呻き声を聞くことも無く、真実に到達するのは遅れていたかもしれない。もしかしたら、子供達が洗脳されて島から戻ってくるまで、あの小屋の異常に誰も気付かない可能性すらある。


 また、これはキヨカ達はまだ知らないことだが、子供達を洗脳するにしても毒を使って急がなければプーケが異常に気付き館を脱出することもなかった。


 地下で子供達を偽物が騙すところでも、もし本物の記憶を持っているのであれば、最優先で細かい癖を調べて演じさせることで、騙せていたかもしれない。


 そして先ほどの暗闇の中での大ポカ。あそこでツクヨミの声を使って攪乱していればキヨカ達は間違いなく戸惑っただろう。


 苦労を惜しまずにこれら細部に至るまで完璧に策を弄していれば、エマの望んだ結末を迎えられたかもしれない。


 すべてはこれらを怠ったエマの自業自得である。


 もちろん、キヨカはそんなことを伝えはしない。欠点を意識されてこの土壇場で改善されたら厄介だからである。


「まぁいいわ。こうなったらもうやるしかないものね。どうやらそこのデカブツは私の闇魔法を抑えるので手いっぱいのようですし、この四人を葬った後にじっくりと甚振ってやるとしましょう。もちろん、あの子達もいっしょにね」


 デカブツとはツクヨミのことを指すのだろう。動けないなら動けないと報告して欲しいとまたキヨカのお怒りポイントが積み重なったのだが、今はそれどころではない。


 せっかく場が落ち着いて来たのに、子供達に危害を加えると煽ったせいで、キヨカ達の怒りゲージがまたしても最大に振り切ったのだ。


「もういい。決着をつけましょう」


 再度、武器を構え直してエマと対峙する。


「今回はセネール流の表現を使おうかな」


 国の運営に深く携わる者として、セネールは子供達を宝と称した。

 キヨカも地球で貧困にあえぐ多くの子供達との触れ合いを通じて、その意味を正しく理解していた。子供達が健やかに育つことで社会はより成熟し安定する。そして子供達を悪意で塗りつぶそうとする行為は、社会を破滅に導く最低最悪の手段であり、宝を毒蝮へと変化させる。


 そして、そのような利益的な意味だけではなく、純粋な感覚として子供達とは愛おしく全力で守りたくなる存在、宝物であるとキヨカは常日頃から感じていたのだ。


「明日を笑顔で迎えるために、世界の宝を返してもらう!」


―――――――― 


 さて、問題のボス戦ではあるが、実はイルバース戦やウルガス戦とは状況が大きく異なる。回復役がいない、子供達やツクヨミと言ったギャラリーがいる、というのももちろんそうなのだが、一番の大きな違いが、最初からハードモードが解除されている、ということである。


 地球側で出現した今回のカプセル邪獣は対処が容易であり、これまでにない人数が撃破することですでにエマの強化モードは解除されている。これまでのボス戦は生きるか死ぬかギリギリの状態での戦いを強いられていたが、今回はかなり余裕がある。


 そして、すでに砂漠付近の雑魚邪獣相手に限界ギリギリまで能力を上昇させて準備をしていたキヨカ達であれば、敵の特殊攻撃の内容さえ把握してしまえばさほど苦労することは無いのである。もちろん、発狂モードは別ではあるが、少なくとも序盤で不利になることはあり得ない。


「なんで的確に対処してくるのよ!」


 キヨカ達の無双とも言える戦いっぷりに、エマは焦りまくる。




 通常攻撃、および単体闇魔法、ダークショット。

 闇魔法の方は威力がやや高めとはいえ単体攻撃でありHPがそれなりに多いキヨカ達にはさほど痛くは無い。




 偽エマを三体召喚。


 「私を守りなさい!」


 攻撃手段は持たないが盾となり本体への攻撃をガードする。


 「ライトニング!」

 「ベノムミスト!」


 しかしこの偽エマも範囲攻撃であっさりと撃破されてしまう。




 武装解除


 「武器なんか要らないわよね!」


 武器を遠くへ弾き飛ばすことで武器を使えなくする攻撃。

 武器を取りに行くためには一ターンかかる。


「鉄槌!」

「ひゃああああい!(殴る)」


 だが武器が無くても攻撃できる手段が用意されているため、大した妨害にはならない。




 全体闇魔法攻撃、ダークブレイズ

 全体回復の手段や回復役が無い中での全体攻撃は多少面倒臭いが、威力は弱めでありこれも脅威ではない。




 闇魔法、全体暗闇化、ダークネス

 ハードモードの場合、必中となる。

 暗闇中は単体攻撃の命中率が激減することに加え、武器を弾き飛ばされた場合に拾うことが出来ない。

 しかしハードモードは解除されて暗闇化は確率発動な上、同時に暗闇になるのが二人までとなる。しかも暗闇になったとしても三ターン程度で自然治癒し、ライトニングやベノムミストなどの範囲攻撃でダメージを与えられる。範囲攻撃の使えないキヨカとマリーが常に暗闇になる、くらいの不運が続かない限りは大きな問題とはならない攻撃だ。




 命令変更

 行動の瞬間、キヨカの声で耳元でささやくことで、行動内容を変化させる。

 「防御に変更して!」と言われれば攻撃が防御に変更され、「攻撃に変更して!」と言われれば防御が単体攻撃に変更される。これだけだと特に危険性は無さそうだが、暗闇状態の場合に「私が位置を指示するからそこに攻撃して!」と言われて同士討ちが発生する。


「(同士討ちくらいなら大したダメージにもならないし良いんだけど、マリーの攻撃とか受けるのは嫌だなぁ。そうだ、それなら変更なしって最初にしっかりと伝えておけば騙されないんじゃないかな)」


 この同士討ちを防ぐために、キヨカは新たな技を習得する。特にWPは不要だが、敵からの命令変更を無効化する技、『号令』


「みんな、次のターンは全員通常攻撃だよ!絶対変更はなし!」

「みんな、次のターンは全員防御だよ!絶対変更はなし!」


 通常攻撃か防御しか選べないが、この『号令』をかけると相手の命令変更を無効化できる。『絶対変更はなし』をつければ細かい命令にも使えそうなのだが、制限があるのはゲーム的な理由である。




 

 というように、エマの行動は全て対応可能であり、しかも投擲や毒が弱点であり、セネールの投げ槍、ケイの毒魔法、マリーのトマホークを活用してあれよあれよと特に苦戦することなくダメージを積み重ねて行く。


 いや、一つだけ大きな問題があった。


「ヒャッハー!いっくぜー!」

「あ、こら!ケイ!」


 ベノムミストを使って性格が変わったケイが、キヨカの命令を聞かずに暴走しだしたのだ。基本的に防御はせず、ベノムミストかベノムソードを利用して徹底して相手を攻撃する。


 そして最も問題なのがベノムソードだ。


「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃー!」

「ぎゃー!痛いー!なんで私を斬るのよー!」

「そんなとこにボサっと突っ立ってるのが悪い!あひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「ああもう、腹立つ!」


 ベノムソードはランダム五回攻撃。

 しかも敵味方含めてのランダム行動だ。


「ううう……ぎぼぢわるい……」


 ベノムソードで斬られた場合、装備も体も貫通する。物理的な出血は無いが体を通過する際に体内を毒で汚染してダメージを与えられるという普通ではない種類の苦痛を味わうことになる。もちろん毒のダメージを毎ターン受けることにもなる。


 エマ戦で一番厄介なのがエマの行動では無く味方の暴走なのだから、エマの活躍出来なさは悲しいものである。


「もー!絶対にぶっ潰すわ!」


 そして発狂モードに突入。


 だが悲しいことに、発狂モードに突入したからと言って別段苦戦はしない。


 投擲と毒に対する弱点が消え、闇魔法の威力が増大し、分身が三体から四体に増加し、二回行動が三回行動に変わった。


 魔法の威力と行動回数が増えたため、非ダメージは増加するが、元々HPにはかなり余裕がある。声をまねるで回復を阻害されることはあるが、早め早めの回復を心がければ大きな問題とはならない。分身にいたっては元々範囲攻撃で潰していたため、数が増えようが関係ない。


 結局のところ、エマ戦は特に大きな見どころなく終わってしまったのだ。


「手も足も出ないなんてー!」


 哀れエマ。それが最後の台詞であった。


「……こんなに簡単に勝てて良かったのかな?」


 フラグとも思える台詞をつぶやいてしまったキヨカだが、ハードモードでなくて限界ギリギリまで鍛えてあれば、ボス戦は本来はこの程度で苦労はしないのだ。イルバースは攻撃が当たれば雑魚であり、ウルガスも強制マヒが無ければ余裕であった。エマの暗闇も同様で『育てて臨む』というRPGの基本に忠実に守って冒険をしていれば、余裕で突破できるのが普通なのである。


 バランスを壊すハードモードの有り無しが、今後のキヨカ達の命運を握る。そのことが明確になった一戦でもあった。

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