34. 【異】エピローグ

「んー外だー!」


 エマを撃破し、地下迷宮を脱出したキヨカ達は、解放感を求めて館の外に出ることにした。天気は雲一つない快晴。降り注ぐ日差しの心地良さが期待していた通りの解放感を演出してくれた。


「キヨカちゃんお疲れ様」


 気持ち良さそうに伸びをするキヨカの背に、国王が声をかける。


「どうやら全て終わったようだね」

「はい、これにて作戦完了です。なんちゃって」


 この島に来るまでの間に国王に対するヘイトが溜まっていたはずなのだが、事件が解決したことによる安堵の為か忘れているキヨカである。そんなキヨカの様子を見て国王は内心安堵していた。いくら立場的には上と言っても、若くて可愛い女の子に蔑まれるのは心が痛むのである。


「子供達もそうだけど、ポトフちゃんも無事で良かった」

「はい!」


 ポトフはポーションの類を服用することで怪我については治療済みである。無茶な戦いをしていたため疲労は残っているはずだが、今はもう目を覚まして元気に子供達と談笑している。


「館の中に居た人たちの具合はどうですか?」

「みんな目が覚めたよ。詳しく調べてみないと分からないが、別段大きな異常は無さそうだね」

「そうですか。無事で何よりです」


 全ての元凶であるエマを倒したが、実はまだ偽物がいる可能性も考えて国王達は楽観視はしていない。健康面や精神面で大きな異常は確かに無いが、良く出来た偽物かもしれない。この辺りは時間をかけて治療のプロ達が頑張るのだろう。


「そうだ、陛下。ツクヨミさんのことですが」

「どうだ、役に立っただろ。あいつは有能だからな」

「そうですね。とても役に立ちました。だなんて言うと思ってるんですか!」

「え、なんで俺怒られてるの?」


 好感度ダウンから逃れられたと思っていたら、感謝されると想定していたことで怒られ戸惑う国王。


「あの人は……!……!……!」


 怒るキヨカと弁明して宥めすかす国王。これもまた、平和な日常が戻ってきたのだと実感できる一シーンである。


「平和じゃないから!助けてフュリー!」




 話題に挙がっているツクヨミだが、セネールとケイと一緒に話をしていた。


「それでケイくん、君のあの暴走はどういうことなのかい?」


 時間が出来たので、毒魔法を使った時にケイの性格が変わることについてセネールが問いただしていたのだ。


「どういうことなんでしょう?」

「おいおい、それは無いだろう」


 ケイはこの島で毒魔法を司る精霊を見つけて契約したことを説明した。


「ふむ、石の祭壇か」

「はい、契約後に朽ちて壊れてしまったので、かなり古いものだったと思います」

「ケイ君の暴走から察するに、祭壇ではなく悪い何かが封印されてたというのが正しいように思えるよ」

「酷いこと言わないで下さいよ。精霊に罪は無いんです」

「(いや、どう考えても精霊に問題があるとしか思えないのだが……)」


 精霊使いとして精霊が悪く言われることに憤慨するケイだが、セネールの指摘は尤もである。むしろ他の精霊使いがこの話を聞いたら、すぐに契約を解除しろと言ってもおかしくは無い。


 解除できるのかどうか分からないが。


「だがああまで攻撃的になるのは流石に問題だぞ」

「毒魔法を使うと気持ちが昂っちゃって。夢見心地な気分になっている間に全て終わっちゃってるんですよね」

「ですよね、じゃないぞ。それって精霊に乗っ取られてないか?」

「あはは、そんなことあるわけないじゃないですかー」

「あははって……それなら、そうでないのに僕らに攻撃してくるのはどういうことなんだ?」

「ボクがみなさんに攻撃するなんてあるわけないじゃないですかー」

「(ああ、ダメだこれ。話が通じないやつだ)」


 ケイは毒魔法を使用中に自分が何をしているかはっきりと覚えていないようだ。今はまだ元に戻れているが、いずれ毒の精霊がケイを完全に乗っ取ってしまう可能性があるのではないかとセネールは不安に感じた。後でキヨカ達と相談することは必須だろう。


「エマが使っていた闇魔法のようなものなのか……?」

「いや、それはない」


 使用者を乗っ取るという悪質さが『闇』というイメージに近かったため、セネールはケイが契約した精霊が『闇』に関する何かなのだろうと推測した。しかしそれはツクヨミによって否定される。


「闇魔法は、単に闇属性を司る魔法であり、それ自身に『悪意』は無い。ただの力だ」

「ほう、ツクヨミくんは闇魔法について詳しいのかい?」


 セネールはエマ戦で闇魔法を人生で初めて目撃した。闇魔法の使い手はこの世界に多くないため、セネールもその実態を知らなかったのだ。


「俺が使える」

「なるほど、そしてエマの闇魔法に対抗する手段もツクヨミくんが知っていた、ということか」


 あの場でツクヨミが何をしていたのかは誰も分からなかった。戦い終わって今、ようやくツクヨミが対闇魔法の何かをしていたことが判明する。これまた報連相なしによるキヨカ激おこ案件である。


 キヨカが国王に対して怒っていることなど知らず、彼らは引き続きケイの不可解な精霊について語り合う。




 マリーはブレイザーと地下迷宮について話をしていた。


「もう地下迷宮はこりごりでしゅ」

「迷わずに帰って来てくれて良かったです」


 進めど進めど景色が変わらず方向感覚もマヒしてしまう地下迷宮に、マリーは辟易していた。ブレイザーはその迷宮でマリー達が迷子にならず帰還出来たことを素直に喜んでいる。


「ツクヨミしゃんがいましたから。でもおかしいでしゅね。あの迷宮、エマを倒したのに消えなかったでしゅ」

「あれは恐らく今回の邪人が生み出したものでは無くて古くからある遺跡だと思います」

「そうなんでしゅか?」

「はい、実は王都近辺には似たような遺跡が点在してまして、ここの地下迷宮はそれらと雰囲気がとても似ているんです」


 キヨカが最初に王都近辺でレベル上げをした遺跡。その中にあった通行禁止となっていた地下も、館の地下迷宮と似たような作りになっている。


「恐らくはこの館はあの地下迷宮の上に知らず知らずのうちに建てられていて、それをあの邪人が利用した、ということではないでしょうか」


 上から入れる場所に穴を掘って出入り口としたのだろうとブレイザーは考えた。


「はえーあんな地下迷宮が他にもたくしゃんあるでしゅか。何のためのいしぇきなんでしゅかね」

「それが、他の場所は邪気が充満している上に異常に強い邪獣が闊歩してまして調査が出来ないんです。ここは邪気が無いようなので、直に調査の手が入ると思いますよ」


 もしかしたら自分が生きている間に何か重大な事実が明らかになるかもしれない。マリーはそう思い少しワクワクした。




「それで俺が殴ったらサイグールも殴り返して来たんだよ」

「あれすごい痛かったんだぞ!」

「俺だってそうだよ!でもあれで本物だって分かったんだよなー」

「そうそう、あの殴り方は間違いなくケントだった」


「あはは、二人らしいね。でも普段は殴っちゃダメだからね」

『う……はーい』


 ポトフは子供達とお話し中。

 日向で座って子供達と一緒に体を寄せ合って、地下での活躍話を聞いてあげているのだ。


「そういえばポトフお姉ちゃん、体が元に戻ってる」

「ほんとだー」


 子供達を助けに来てくれたポトフは幼女バージョンだったが、今は幼女改バージョンに戻っている。今の体のサイズに合わせた服装にしているので、これが一番しっくりくる。


「ふふん、お姉ちゃんは体の大きさを変えられるのです」

「えーすごーい!」

「何それ何それ、私もみたーい!」


 地下には向かわなかった子供達が、体の変化を見せてとせがむ。


「どうしよっかなー」

「えー見せてよー」

「みーせーてー」


 館に残されていた子供達も、毒は解除されて元気で一杯だ。エマが言っていたように子供の体にも大きな影響が残らない毒が使われていたようで今のところ後遺症は無さそうだ。魔法で解除できる世界で毒の後遺症というものがあるのか分からないが。


 この島にやってきた子供達全員がここにいる。地下に誘い出された子供達だけではなく、セルティなど館の中で操られていた子供達も含めて全員だ。また、モリンを始めとするスタッフも少し離れたところで全員集まって子供達を見守りながら体を休めている。


 館の中での生活や、怪しい講師の言葉、地下での活躍や、ポトフの救援。それらについて子供達がひたすら話をするのに丁寧に相槌を打ち必要であれば答えを返してあげる。


 たったそれだけのこと。

 その当たり前の日常。


 ポトフはそれが取り戻せたことに安堵し、子供達の笑顔が見られたことを心から喜んだ。


「(これがお姉ちゃんのお父さんの言ってたことなのかな)」


 明日をみんなで笑顔で迎えるために頑張ること。

 その約束の意味を、ポトフが心の底から理解した瞬間である。




「だから陛下からもちゃんと……あれ?」


 ツクヨミについての不満を陛下に当たっていたキヨカは、ふと日差しが遮られたことに違和感を覚えた。先ほど空を見上げた時に、雲が無く真っ青だったのが印象に残っていたからだ。


 不思議に思ったキヨカが空を見上げると……


「浮遊島だ!」


 誰かの叫びに反応して、みんなが空を見上げる。

 そこには遥か上空に浮かぶ巨大な土の塊があった。


 浮遊島。

 空に浮かぶ巨大な島であり、世界各地をゆっくり移動して旅している。

 島の上には莫大な金銀財宝があるとも、美しい自然があるとも、王国があり人が住んでいるとも言われている。何があるのか、まだ誰もその謎を解き明かした者はいない。


「すげー!」

「俺初めて見た!」

「私も私もー!」

「あら、こっちに来るのは久しぶりね」

「六年ぶりくらいかしら」

「ええと……五年前だったわ。丁度うちの子が生まれた年だったのよ」


 子供達は大騒ぎし、大人達もどことなく気分良くしている。


「あれが浮遊島なんだ」

「キヨカちゃんは初めて見るのかい?」

「はい、村の方には来たことが無かったので」

「このタイミングで来てくれたということは、俺と君との仲を取り持って」

「フュリーさん」

「あいたあっ!ってうちの秘書を鈍器のように使わないでくれるかな」

「セクハラしようとするからです」


 肩を抱こうとした国王に天誅を下しただけである。


 なお、浮遊島がやってきた土地には良いことが起きる、恋仲が進展する、事業が成功する、などといった迷信が有名であり、国王はその迷信にあやかってキヨカに手を出そうとしてしまったのだ。


「空飛ぶ島かぁ……」


 世界最大級の謎、浮遊島。

 キヨカ達がその謎に挑むのは、まだまだ先の事である。

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