32. 【異】ボス戦(邪人エマ) 前編

 エマの体から噴出した暗闇は部屋全体を覆い、視界が完全に塞がれてしまった。


「みんな、大丈夫!?」

「ああ」

「見えないけど、大丈夫です」

「でもこれだと攻撃できないでしゅ」


 相手が見えないため、剣や斧を振るうにも何処を狙ったら良いか分からない。


「それだけではない。相手の攻撃が見えないのも厄介だぞ」

「うう……ちょっと怖いですぅ」


 そして守備に関しても、相手の攻撃に対してどの部分をどのように守ったら良いか分からないため、無防備に近い状態だ。


「みんな回復は各自お願いね」


 仲間を回復したくとも、仲間の場所が分からない。

 ゆえに回復は自分自身で行うしか無い。

 回復係のポトフ不在をカバーするために回復薬を全員にバランスよく持たせてあるので、しばらくは保つだろう。


「でも攻撃はどうすれば……」


 適当な場所を斬るわけにもいかず、ひとまず防御態勢で状況を打破する方法を考える。


「来る!」


 キヨカは背後に気配を感じ、大きく左方向に飛んだ。

 しかし右腕に相手の攻撃が掠ってしまう。


「(痛いなぁ。これ、突き攻撃?)」


 自分が受けた攻撃を思い返すと、剣で斬られたというよりも槍で突かれた感覚に近かった。


「みんな、槍か何かで突いてくるから気を付けて!」


 どのような攻撃が来るか想定出来れば、ある程度避ける心の準備が出来るだろうとキヨカは考えた。


「いや、これは剣で斬る攻撃だろう」

「ボクは大きな斧が通り過ぎるような風圧を感じましたけど」

「上から何か振って来たでしゅよ?」


 だが全員の反応がバラバラで、まるでそれぞれが全く別のものを相手にしているかのようだ。


「(どういうこと?)」


 統一感の無い攻撃手段が、見えない相手の不気味さを際立てている。


「目が全然慣れないね。待っててもダメそう」


 夜の闇であれば、しばらく経てば目が慣れて多少は見えるようになるのだが、そうなる気配が全く感じられない。魔法的な力によるものか、あるいは完全に光が遮断されているのだろう。


「違う!違う!私見えるようになってきたよ。さっきのは私の偽物だよ!」

「え?」


 しかし、あろうことかキヨカと全く同じ声で、全く別の言葉が聞こえて来た。


「キヨカくんが二人?」

「どっちかが偽物ってことですよね」

「いやいや、皆だって見えないでしょ!」


 どちらが偽物なのか。

 それはキヨカ以外も目が見えるようにならないことから明らかだ。


「僕は見えて来たぞ。最初の方が偽物だ!」

「ボクもです。偽物の声がした方を攻撃しましょう!」

「え、え、私は見えないでしゅよ?」

「僕の偽物まで出て来たぞ」

「ふえぇ、ボクの偽物もですぅ」


 しかし、キヨカ以外の偽物も登場して場を混乱させにかかる。


「(なるほど、これが狙いなのね)」


 仲間の姿が見えない状況を利用して不安を煽り、あわよくば仲間への不信感を植え付けようという魂胆だとキヨカは見破った。


「(だとすると、ツクヨミさんが邪人サイドってのも嘘だよね。こんなあからさまな嘘をつかなければ、少しは疑ったのに)」


 キヨカにとってツクヨミがどのような人物なのか全く分からない。島に来る途中で存在を忘れるくらい印象に残っていないのだ。その人物が迷宮の出口に向けて遠回りをして不審な消え方をして実は裏切者だったと言われる。多少なりとも疑いはするものだ。


 だが、暗闇の中で仲間へと不信感を植え付けようとしている状況を考えると、ツクヨミの裏切り宣言もまた仲間割れを引き起こすための嘘である可能性が高くなってしまったのだ。


「(ツクヨミさんってさっきの感じからすると報連相が出来ないタイプみたいだし、きっと遠回りに意味があったんだろうな。でも結果的にエマのところに着いちゃったからそれをエマが利用した……ううん、ツクヨミさんがエマの罠にはまった可能性もある。よし、後でツクヨミさんとは念入りに話をしないとダメだね)」


 報連相をしっかりとしなさい、ときつく言わなければならないと心に誓うキヨカであった。ツクヨミが事前に帰り道について説明してくれれば、疑うことなど何も無かったのだ。


「(でもこの邪人、やろうとしていることはえげつないけど、実はお馬鹿さんなのかも)」


 せっかく撒いた疑惑の種を自分からダメにしてしまったのである。恐らくはそのことに本人は気付いておらず、キヨカ達を混乱させるのに必死なのだろう。


「(よし、ちょっと仕掛けてみるか)」


 キヨカは耳を澄まし、声の響き具合から誰がどのあたりに居るのかを推測する。キヨカが考え込んでいる間に、偽物のキヨカがあたかも本物であるかのようにセネール達と会話をしている。


「(冷静に聞いてみると、私の偽物がいる場所からセネール達の声も聞こえる。気付かれないと思って移動してないのかな)」


 正確な位置は分からないけれど、声の響き具合からして偽物は仲間達とは離れたところにいる。これなら目測が多少ずれても仲間に当たることは無さそうだ。


 キヨカは集中して剣を構え、次の偽キヨカのセリフのタイミングで仕掛けると決めた。


「だから範囲攻撃なら相手に当たるんだって。そうやって」

「疾風!」

「ぐげっ!何しやが……すんのよ!」

「よし!」


 手ごたえあり。

 肉を斬り裂く感触が持ち手に伝わって来る。


「キヨカくんが一撃与えたようだな。どれ、僕もやってみるか……」


 そして声で場所を判断する方法に気付いたのはキヨカだけではない。


「先ほどの話だが、やはり範囲魔法は危険だと思うぞ」

「いやいや、ここは仲間への被害はあきらめ」

「サンダー!」

「ぎゃああああ!」


「そういえばツクヨミさんって何処に行ったのでしょうか」

「ツクヨミさん、あやし」

「グラビティインパクト!」

「ぐえええええ!」


「偽物わかりやしゅいでしゅ」

「そっちが偽物でしゅ!」

「ひゃらああああああ!(トマホーク)」

「うげええええ!」


 敢えて偽物に声を出させることで、次々と攻撃を加えて行く。


「く、くそっ、どうして分かるんだ……もういい!こうなったら普通に排除してやる!」


 エマはついに策を弄することを止め、本格的にキヨカ達を撃破すべく行動内容を変更した。


「気配が増えた?」

「ダミーを召喚したのか!?」


 キヨカ達のまわりに何者かの気配が一気に増えた。本体の気配を誤魔化すためのデコイか、あるいは攻撃のための兵隊か。どちらにしろ厄介なことに変わりはない。


「どこから攻撃されるかも分からないまま、倒れなさい!」


 この言葉を合図に、キヨカ達に向けて四方八方から攻撃が迫り来る。


「きゃあ!」

「ぐぅっ!」

「痛いですぅ!」

「どこでしゅか!」


 鎧が傷つく音と、肉が裂ける音。

 血が飛び散る音など、ダメージを負っているであろう音が鳴りやまない。


「(このままじゃあ……でもどうしたら!)」


 自分の周囲に向けて剣を振り回すが中々当たらない。武術の達人であれば目が見えなくても相手の攻撃に反応してカウンターを仕掛けたり、気配だけを頼りに戦うようなことが出来るかもしれないが、キヨカ達はまだその域には達していない。


 このままでは嬲り殺しにされてしまう。


「この暗闇をどうにかしないと……!」


 ここで、焦るキヨカの声に反応する者が現れる。


「俺に任せろ」


 聞き覚えのある声に無事が確認出来て安堵するキヨカ達と、逆に焦るエマ。


「まさか抜け出してきたの!?」


 エマからの攻撃が止み、これまでキヨカ達を悩ませていた暗闇が徐々に薄くなる。数十秒も経てば、部屋の中は元通りだ。


「ツクヨミさん!それにあれは……」


 部屋の中には多くの木人形が力なく横たわっていた。

 恐らくは暗闇の中で突如増加した気配の正体だろう。


 ツクヨミは入口付近でツボのような道具に魔力を篭めていた。キヨカ達は気付いていなかったが、暗闇はその中に吸い込まれていた。


 仲間達は皆、それなりに傷を負っている。


 そしてもう一つ。部屋が闇に包まれる前には存在していなかったモノが目の前に居た。


「空飛ぶ……タヌキ?」


 全身を茶色の毛並みで覆われている翼の生えたタヌキが、その翼をはためかせて宙に浮いていたのだ。


「まやかしも解いた」


 ツクヨミの言葉足らずな説明から想像するに、あれがエマの正体なのだろう。


「うん、ツクヨミさんは後で説教ね」

「……解せぬ」

「そこは解してよ。というのは置いといて、ここからが私達のターンってことかな」


 邪魔な目隠しは消え去った。

 邪人の変化も解かれている。


 反撃の時は来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る