30. 【異】迷宮脱出行

 キヨカ達がポトフを追って突入した地下迷宮は、時折邪獣に遭遇するもののその数は少なく、邪気も見当たらなかった。邪獣の種類は館に出現していたものと同じであったため、恐らく邪獣は館から連れてこられたのだろう。敵としては弱く、探索に支障をきたさない。


 だが問題なのは、地下迷宮が複雑に入り組んでいることである。


 分岐が多いのはもちろんのこと、どこを歩いていても似通った景色であるため、自分が今居る場所が把握し辛い。丁寧にマッピングしなければ間違いなく帰れなくなる。仮に動く迷路であったならば、抜け出せなくて餓死する可能性が高いだろう。


 その迷路を迷わずに突破できたのは、先に突入したツクヨミの誘導があったからだ。ツクヨミはポトフを追いかけ、ポトフが岩の下から部屋の中に入ったのを確認した後、その部屋の別の入り口を探していた。マッピングは得意分野であり、脳内に記録された地図を元に部屋への別ルートを考え、移動していた時にキヨカ達と遭遇したのだ。


 ツクヨミの案内によりキヨカ達は迅速かつ確実に迷宮を突破し、ポトフ達が戦っている小部屋の上方の入口へと辿り着いた。


 キヨカ達はわらわらと集まっていた獣たちを薙ぎ払い、部屋の中に飛び降りてポトフ達の救出に向かった。


「ポトフちゃん!ポトフちゃん!」

「……おねえちゃ……みんなは?」


 キヨカの腕に包まれ、朦朧とする意識の中でも子供達の事を気に掛けるポトフ。


「大丈夫、みんな無事だよ。ポトフちゃんが助けたんだよ」

「……そっか……よか……った」


 ポトフ死す!


 というわけではなく、気を失っただけである。


 ひとまず手持ちのポーションで回復させようとしたが、プーケが自分がやりたいと申し出る。守ってくれた大切な人を自分の手で癒したかったのだろう。キヨカ的にもこの先に待ち受けているであろう大きな戦いのために回復アイテムは残しておきたかったのでありがたかった。


「マリーくん、この岩をどかすことは出来るかい?」

「しゃすがに無理でしゅよー」

「となると、どうにかして上から出るしかねーな」

『!?』


 ケイの豹変っぷりに驚きながら、部屋からの脱出方法を相談する残りの面々。

 先ほど範囲攻撃としてベノムミストを使ってしまったため、プチ豹変モードになっていた。マリーは豹変ケイを見るのが二度目なのだが、普段とのギャップがありすぎて驚いてしまう。


 そんな彼らの元にツクヨミがやってくる。


「俺に任せてくれ」


 ツクヨミは何かを岩の下のスペースに仕掛けると、全員を岩から遠ざけた。


「耳を塞げ」


 端的にそれだけを伝え、自分も耳を塞ぐ。直後、爆音が部屋中に響き渡り、耳を手で抑えていてもなお強烈な振動が伝わり、誰も彼もが顔を顰めた。


「爆弾的な何か?というか、爆発させるなら事前に言ってよね!」

「耳を塞げ、そう言ったが?」


 キヨカの不満の理由を本気で分かっていないツクヨミであった。何が起きるか分からず耳を塞ぐことだけを指示するなど、バラエティ番組での罰ゲームみたいなものだ。せめて爆弾をしかけていることを追加で教えて貰えれば、爆発することに対する気持ちの準備が出来るのに、とのキヨカの気持ちは伝わらない。


「はぁ……この件は後でね」


 今はそのことを追求する場面では無い。ひとまず状況確認を優先する。


「それでどうなったの?」

「これなら私がどかしぇましゅ!」


 入り口付近の岩が砕かれて大小様々な岩塊と化していた。確かにこれなら撤去するのに大きな力は要らない。


「僕もやろう。キヨカくんはポトフくんの傍に居たまえ」

「ボクもやります!」


 怪力マリーでなくとも動かせそうな岩が多いため、セネールやすでにいつも通りの雰囲気に戻っているケイも作業に取り掛かった。


「それにしても、みんなが無事で本当に良かったよ!」

「俺たち頑張ったもんな!」

「そうそう、偽物ぜーんぶ分かったんだよ!」

「キヨ姉聞いてよ、シィの偽物が出て来たんだけどさぁ」

「キヨカお姉ちゃん、私ポトフちゃんのいいつけ守ったよ」

「なんでポトフお姉ちゃん小さいの?」

「…………ポトフお姉ちゃん」


 その間にキヨカは子供達のお相手だ。

 みんな元気いっぱいで、次から次へと話しかけてくる。迷宮内での出来事や、自分の活躍、ポトフの容態を心配する声や、小さくなったことを不思議に思う声。その賑やかさを浴びるように堪能することで、キヨカは子供達を助けられたのだと実感する。


「ポトフちゃん、良かったね」

「う……ん……」


 子供達の話を聞きながらポトフを優しく撫でるキヨカ。


 ポトフと初めて出会った時、なんとも存在感の薄い子だと思った。

 感情が抜け落ちているのではないかと思えるほどに無反応で、保護しなければ消えて無くなってしまいそうな儚さを感じられる存在であった。


 けれどそのポトフは旅をすることで、人間らしい一面を多く見せるようになり、キヨカ以外の大切なものを見つけることが出来た。必死になって命をかけるほどのものを。


 そのことがキヨカは嬉しくて、そしてちょっとだけ寂しかった。


『子離れかな。お母さん』


 などと小声でつぶやくレオナの声はしっかりと聞こえている。まだそんな歳では無いのだ。後でお説教確定である。


――――――――


「通れるようになったでしゅ」


 マリー達の作業が終わり、ようやく部屋から脱出する。


「ツクヨミさん、出口の方向は分かりますか?」

「ああ」


 ツクヨミの先導に従って一行は歩き出す。ポトフはキヨカが背負って運んでいる。

 途中、セネールがキヨカの横に並び声をかける。


「キヨカくん」

「うん」


 真面目な顔で名前を呼んだだけ。

 だが意図は十分に伝わっている。子供達を怯えさせないように、具体的なことを言わなかったのだ。キヨカはケイやマリーに目配せをし、二人も小さく頷いた。


 敵が何かを仕掛けて来るなら、ここだろう。


 彼らは皆、そんな予感を抱いていたのだ。

 張り詰めた空気にすると子供達にも伝染してしまう。ゆえに、あくまでも気楽に歩いている風を装ってそれでいて周囲の警戒を怠らずに歩く。


「キヨカ姉」

「キヨカおねえちゃん」


 それでも子供達の中には、隠していた雰囲気を感じ取ってしまった子が何名か居たのだが、ウインクして『大丈夫だよ』の合図をしてあげる。


 だが予想に反して、何も起こらない。


 てっきり道中で何らかのアクションがあるのかと思っていたのだが、その気配が全く無い。邪獣の生き残りすら襲ってこない。


 出口に辿り着くまでにいささか時間がかかりすぎているような気がするくらいだ。


 そう、いささか……


「って流石に遠すぎじゃない?」

「そうだな。そろそろ着いてもおかしくないと思うのだが」


 迷宮内を走り回って探索したから正確な距離は分からないが、それにしても歩きすぎな気がしている。いくらなんでも遠すぎやしないだろうか、と。


「ツクヨミさん、方向は合ってますか?」


 まさか迷ったわけでは無いだろうか。

 キヨカはそう思い、探りを入れてみた。


「いや、問題ない。この先の部屋を通ればすぐだ」

「この先って……」


 ツクヨミからの回答は『問題なし』

 しかも目の前にある部屋を通過すれば出口はすぐそこだと言う。


「こんな扉のある部屋、通った覚えが無いんだけど」


 その部屋には中央に二つのドアノブが付けられた大きくて透明な扉が備え付けられていた。慌てていたとはいえ、流石にこれほど目立つ扉を通っていたら間違いなく記憶に残っているはず。


 そのことを聞く前に、ツクヨミはその扉を開けてしまう。


「むっ!」


 扉が開いた瞬間、ツクヨミは何かに気付いたかのように駆け出し……………………消えた。


『え?』

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