26. 【異】本物と偽物
「うわああああ!」
時間は少し遡り、子供達が落とし穴に落下した直後のこと。
「いってぇ……」
ケントは肘や膝を擦りむき、痛みに顔を顰めていた。
落とし穴は坂になっていたため、垂直落下によるダメージは受けなかったが、滑り落ちたことにより何か所も擦りむいてしまったのだ。特にケントは半袖半ズボンという元気いっぱいのお子様モードだったため、被害箇所が多い。
だがそこは男の子。
泣きそうになるものの、これまで何度もやんちゃしてきた経験から、なんとか痛みを耐えきった。
「みんな大丈夫~?」
こんなに痛いなら、サイグールはともかく女の子達やシィは泣いているかもしれない。そう思ったケントは立ち上がりみんなの様子を確認した。
「あれ、みんな?」
だが、一緒に居たはずの子供達は何処にもいなかった。
「おーい!サイグール!プーケ!シィ!みんなー!何処に居るんだよー!」
どれだけ叫んでも反応が無く、自分一人取り残されたことを理解し、一気に不安が押し寄せてくる。
「おーい!みんなー!みんなー!返事してくれよー!みんなー!うわああああん!」
痛みには耐えられたケントも、孤独という恐怖には耐えきれなかった。日本ではまだ小学四年生くらいのお子様なのだ、仕方ない。大人だって同じ状況に陥れば不安でいっぱいになるのだから。
しばらくの間泣いたケントだったが、このままここで待っていても何も変わらないと本能的に悟ったのか、泣きながらも歩き出した。
ケントが落ちた先はいわゆる『迷宮』的な作りになっていた。
壁、床、天井が丁度真四角になるような形の典型的なダンジョン。
実はそれらは、大人が見ても何の素材で作られているか分からない。時折、壁を青白い光が流れている。地球側が見たら近未来っぽさを感じるだろう。
そんな未知のものであるなどと知らないケントは、光源が見当たらないのに何故か程よく明るい通路をとぼとぼと歩いて行く。
「みんな……どこぉ……うう……みんなぁ」
普段の威勢の良さは鳴りを潜め、泣きながらもゆっくりと通路を進む。すると、通路よりも僅かに広い小部屋に辿り着いた。
「おっ、ケントじゃん。なんだお前泣いてるのかよ!だっせぇ!」
そこに居たのは宿敵と書いて『とも』と読む系の相棒、サイグールであった。
「サイグール!良かった!って泣いてねーよ!」
見知った顔を見つけたことによる安心感と、サイグールには負けたくないという気持ちが混在して、ケントは喜びながら悪態をついた。台詞の内容次第ではツンデレになりそうだ。
「後でみんなに言ってやろーっと、ケントが寂しくて赤ちゃんみたいに泣いてたーってな」
「だから泣いてないって言ってるだろ!それよりサイグールが迷子になったって言ってやるもんね」
「迷子になったのはケントだろ!」
「サイグールだろ!」
『なにおー!』
いつも通りのやりとりに、ケントの不安な心は少しだけ落ち着いた。
「じゃあさ、先に出口を見つけた方が迷子じゃないってことでいいよな」
「いいぜー俺が先に見つけるもんね」
「ぜってー俺が勝つ!」
競い合うことで恐怖心から目を逸らし、ケントとサイグールは先に進む。
「ん?サイグール今何か言った?」
「ううん」
小部屋を出て少し経った時の事。
ケントはどこからか声が聞こえたような気がした。
「気のせいかな……ううん、気のせいじゃない。後ろの方だ」
「ほんとかよ……お、ほんとだ」
サイグールもその声が聞こえたようだ。そしてその声は徐々に大きくなってくる。
「なぁ、ケント。この声って……」
「やばい、逃げろ!」
『うわああああああああ!』
その声は人のものではなく、獣の呻き声のようなものであった。ケントとサイグールは慌ててその場を離れて逃げ出した。だが、その声は子供程度の足では引き離すことは出来ず、徐々に近づいて来た。
「何か来る!」
「うわああああああああ!」
走りながら後ろを振り返ると、自分達よりも遥かに巨大な犬のような生物が遠目に見えた。
このままでは喰われてしまう。
直感的にそう思った二人は逃げるスピードを上げる。
「ごめん!」
「え?」
それはあまりにも予想外の行動であった。
サイグールがケントを後ろの方へ押して、囮にして自分だけ逃げようとしたのだ。
「な、なな、何するんだよ!」
ケントは尻餅をついてしまい、サイグールの姿は遠ざかり、後ろから獣が一気に迫って来る。
「うわああああああああ!」
ケントは運良く恐怖で体が竦むことが無く、慌てて立ち上がり逃げ出した。すでに獣は自分の真後ろまでたどり着いている。獣の息遣いが耳に入るようになり、このまま喰われてしまうと諦めそうになった時、横道が見えた。
ケントはそこに思いっきり飛び込む。
「ぐおおおおおおおお!」
直後、自分が居た場所を巨大な獣が通過し、そのまま真っすぐと通り過ぎた。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ!や、やったっ……」
間一髪で獣から逃げ切れたケントは、安堵のあまりその場に倒れ込む。
そのケントに向かって頭上から声がかけられた。
「お、無事だったか」
それは自分を囮にして逃げたサイグールのものだった。
当然ケントは激昂する。
「お前何するんだよ!」
だがサイグールはそんな怒りをまったく気にしない。
「しょうがないじゃん。だってどっちが先に出口を見つけるかっていう勝負なんだから。負けたくねーもん」
「はぁ!?」
負けたくないと言う姿は紛れもなく普段のサイグールの雰囲気そのものだ。だが、彼の行動はケントにとってはどうしても信じられないものだった。
「ケントだって負けたくないだろ?」
「そんなのとうぜ……ん……」
ケントは勉強は苦手ではあるが、馬鹿では無い。
大人達から今回の事件について教えられ、その内容をちゃんと覚えていた。
すなわち『知り合いが偽物である』可能性を。
サイグールは自分と同じ負けず嫌いであり、勝つためにはルール違反すれすれのことだってやる。それはお互い様で、そうやってお互い切磋琢磨して来た。
だが、今回の行動だけは違和感がある。
サイグールが、自分を獣に差し出すようなことを、本当にするだろうか。
問い詰めたい。そしてもし相手が偽物であるならぶん殴って逃げ出したい。
でも、もし本物だったら?
サイグールを怒らせてしまうかもしれない。
もしも自分がサイグールに偽物だなんて言われたら怒るだろう。
ケントとサイグールはケンカ仲間であって、仲が悪いわけでは無い。むしろ仲の良い親友だ。その相手を傷つけたくない。
ケントは大きな決断を迫られた。
――――――――
「ねぇプーケ、止めようよー」
「大丈夫だよ、セグ。これがあればみんなを助けられるんだよ」
一方セグはプーケと出会い、迷宮を彷徨っていたら小さな祭壇のようなものが設置されている小部屋に辿り着いた。祭壇と言っても、煌々と炎が燃え上がる小さな燭台が二つと、台座があるのみだが。
問題はその台座の上に置いてあるものだった。
「これで攻撃魔法を覚えるんだ!」
祭壇の近くの壁に書かれた説明によると、台座の上に置いてある巻物を読むことで強大な攻撃魔法を習得することが出来るという。魔法に興味があるプーケがこれに注目したのは当然の流れである。
この先、悪者との戦いの可能性を考えるとプーケが攻撃魔法を覚えるのは決して悪い事では無い。
それなのにセグがそれを止めようとしているのには理由があった。
「自分を傷つけるなんて絶対にダメだよー!」
巻物を読む条件。
それは読む人の血を巻物に吸わせること。
「でもセグ、しょうがないじゃん。私達弱いから……」
「それはそうかもだけどー」
プーケの主張は納得できる。
納得できるのだが、セグは全く別の意味で納得できなかった。
プーケらしくない、と。
魔法に興味があるのも、みんなのために頑張るのもプーケらしい。
だがセグは知っている。プーケはポトフに魔法習得のために自らを傷つけることを禁止されていることを。そして大好きなポトフから強く言われているそのルールを絶対に破ろうとはしないことを。
今はそんなことを言っている場合ではない、といえばそれまでだが、そのことで悩むそぶりすら見せないプーケの態度がどうにもらしくなかった。
「(もしかして偽物?)」
セグもまた、プーケが偽物である可能性に気付いた。
だが、ケントと同じく『お前は偽物だ!』などと簡単には言えない。
プーケの行動自体は、セグのことを、そして仲間のことを想った行動なのだから。
自らが傷つくのも厭わずに誰かのために行動する友達を偽物呼ばわりなど出来るわけが無い。
「(どうしよう……)」
プーケもまた、大きな決断を迫られる。
――――――――
「マロンお兄ちゃん。大丈夫?」
「うん、少し痛いけど平気だよ。ありがとう」
シィはマロンと合流して迷宮を探索していた。
マロンはお腹を怪我しており、服が赤く滲み痛々しい。
「汚れちゃうから、くまさんは近づけないでね」
「……うん」
シィが肌身離さず持ち歩いているくまのぬいぐるみ。それが血で染まるのは申し訳ないとマロンが言うため、シィは左手でマロンと手を繋ぎ、右手でぬいぐるみを抱えて歩いている。
「みて、シィ。出口だよ」
「良かった!」
二人は迷宮を歩き、出口と書かれた看板と上方向へ延びる階段を見つけた。
「さぁ、急いで外に出よう。みんながいると良いなぁ」
「うん」
だが階段を登ることなく、その『みんな』の一部と出会うことになった。
「プーケお姉ちゃん、セグお姉ちゃん!」
階段の手前の数メートルだけ、左側に壁が無かった。その代わり、下方向に一メートル程の高さの段差があり、その下に二人が居たのだ。
しかもその二人は小柄な骸骨の化け物に襲われて壁際に追い詰められていた。
『誰か助けてええええええええ!』
絶体絶命の大ピンチ。
だが、骸骨はシィ達に気付いていないため、今なら背後から攻撃して逃げ道を作ることくらいは出来るかもしれない。それをやるには幼くて力の無いシィでは無理だが、マロンならギリギリ出来るかもしれない。
「マロンお兄ちゃん!」
マロンならば、自分が言わなくても助けに行くだろうとシィは信じていた。だが、その信頼は裏切られることになる。
「ダメだよ、シィ」
「なんで!?」
「あの二人は偽物だから」
シィは年齢に相応しくないほど聡い子供だ。
だが、そんなシィであってもマロンの言葉は全く理解できなかった。
「シィにはまだ難しいかもしれないけど、出口の近くで友達がピンチになっているのはどう考えても嘘なんだよ。助けに行くのは危ないから、このまま先に進むのが正しいことなんだ」
「なんでそんなこと言うの!」
シィにとってマロンは孤児院の中でも一番の恩人だ。
どれだけ拒絶してもシィが立ち直ることを信じ続けて、粘り強く傍に居て支えてくれた。その大きな温もりは今なおシィが生きるための力となっている。
だが、今のマロンからはその温もりが感じられない。
マロンの言葉通り、脱出ギリギリのタイミングでトラブルが起きるなど、明らかに不審な展開でしかない。だが、シィにはその『明らかに』を理解できるほど知識は無い。
知識は無いが、信じていることはある。
自分の知っているマロンは、どんなことがあっても仲間を見捨てない人だと。
例えその仲間が偽物の可能性があっても、だ。
シィには目の前のマロンが姿形が似ているだけの別人のように見えた。
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