23. 【異】離脱と合流
「俺がやろう」
キヨカ達が気絶した女性を外に運び出そうとしていたのを見て、ツクヨミは思わず声をかけた。
「え、誰!?」
「…………………………俺だ」
実はツクヨミ、キヨカ達に遅れて館に突入し、邪獣と戦っている時には既に傍にいたのだ。職業柄気配を抑えていたことと、キヨカの頭の中からツクヨミの存在が抜け落ちていた為、本気で気付いていなかった。
ここに来てようやくキヨカは、出航前に国王からツクヨミを使って良いと言われたことを思い出したのである。
「あ、ああ、うん、ツクヨミさんですね。居たん……じゃなくて、ええと、うん、これまで放置してごめんなさい!」
慌てたキヨカはひとまず謝ることでこの場を強引に収めた。だが真面目なキヨカのことである、後でお詫びの何かをしなければと心の汗を流していた。
「気にするな。それより、俺がその女性を連れて行こう」
「え……ああ……そうですね……」
人柄も分からない男性に気絶した女性を託して良いものかと悩むキヨカ。日本ではアウトであり、この世界でもアウトであるが、今は緊急事態。
「キヨカさん、ツクヨミさんは紳士な方なので大丈夫ですよ」
そう言うケイの頬がほんのりと赤みを帯びているのは気のせいではない。
お姫様抱っこで運ばれたケイは、ツクヨミの紳士さを体験していた。足場の悪い森の中を疾走しているにも関わらず、両腕が絶対にデリケートな部分に触れないように気を使い、ほんの僅かでさえも草木に触れさせず、大きく揺れないように衝撃を調整するのも忘れない。邪獣が出現する崖を登る時も、ケイに攻撃を触れさせないように軽やかに移動し、どうしても被弾せざるを得ない場面では自らの体を盾にして傷一つつけさせない。その漢らしさに、ケイの胸が少しときめいたほどだ。
「ケイがそう言うなら……分かりました。お願いします」
男であるケイの保証など、本来であれば何ら意味が無いのであるが、キヨカは一体何故信じてしまったのか。ケイが男である事実を忘れてしまったのか、それともケイが女性と同等の感覚を有していると考えているのか……
何はともあれ、これで気絶した女性の扱いという問題は解決した。
キヨカ達は館の探索を再開し、襲い来る邪獣を次々と撃破する。
邪獣の中には騎士団員や料理人などの操られた人間が時々混じっていて、その度にツクヨミが外に連れ出した。
もしかしたら子供達も操られていて敵として立ち塞がるかも知れない。
その覚悟を抱いて先に進む。
状況が大きく動いたのは、一階廊下の隅にある倉庫らしき部屋の前を通りかかった時の事である。
「みんなの声がする!」
突然ポトフが部屋の扉を開けて中に突入した。
これまで文句を言わずに逸る心を抑えてキヨカ達についてきてくれたポトフが、予想外のタイミングで駆け出したことで一瞬反応が遅れた。
「ポトフちゃん!」
追って部屋の中に入ると、正面の壁付近の荷物が片付けられており、その壁には大きな穴が空いていた。大人であっても悠々と通過できるサイズである穴の向こうには地下へ向かう階段があり、ポトフは足早に降りて行った。
「あっ!」
キヨカ達も後を追おうとしたが、突如穴の上部から鉄格子が降りて来て道を塞いでしまう。ポトフとキヨカ達が分断されようとしていたその瞬間、鉄格子が降りきるギリギリのタイミングでスライディングをし、辛うじて通過した人物がいた。
「ツクヨミさん!」
「あの子は俺に任せろ」
ツクヨミはキヨカ達にそう言うと、奥へと走り去って行った。
――――――――
その後、キヨカ達はどうにかして鉄格子を外せないか試したものの、どうにもならなかった。
「ポトフちゃん!ポトフちゃんが!このお!外れて!外れなさいよ!」
これまでずっと一緒だったポトフと分断されたことがキヨカの心に重くのしかかり、半狂乱に近い状態になっていた。
『他に入口があるかもしれないから、諦めないで!』
レオナの指摘は決して慰めでは無い。
ゲーム的に考えて、このままポトフを放置する流れなどありえないのだ。
また、ケイも別の視点でキヨカを支えてくれる。
「ツクヨミさんはさっきの坂で邪獣が登ってこないように一人で足止めしてたんです。強いはずですから、安心してボクたちは館の中を調べましょう」
「ケイ……」
そしてマリー
「キヨカしゃん、焦ったらダメでしゅ。みんなを信じて、しゃきにしゅしゅみましょう!」
「マリー……うん、そうだね。焦っちゃダメだよね」
どちらにしろここで叫んで嘆くことほど意味の無い行為は無い。
キヨカは知っている。
絶望の中で生きていた人々の姿を。前に進めば良くも悪くも変化はするが、停滞は状況を悪化させるだけの場合があるということを。
「部屋を出て、他を探そう」
キヨカ達は倉庫を出る。
するとそこには見知った顔があった。
「おお、キヨカくんではないか」
「キヨカちゃんヤッホー」
「セネール!陛下も!」
館正面の坂に設置されていた黄色いクリスタルの突破を試みていた一行だった。
「何か突然アレが消えちゃってねー」
「キヨカくん、何か心当たりは無いか?」
「心当たり?裏にあった闇のクリスタルを処理したことくらいしか……」
『それだ!』
裏側を突破されたのなら正面を塞ぐ意味が無いので連動して消える仕組みだったのだろうと国王達は考えた。何故裏側は黄色いクリスタルでなかったのかは考えてはならない。
「何はともあれ、合流出来て良かった。これからは僕も行こう」
「調子は大丈夫?」
「ああ、問題ない。そっちは……ポトフくんが居ないようだが?」
キヨカ達は現状をセネール達に共有した。
「なるほど、ポトフくんが地下に。承知した。それでは急ぎ館の探索を再開しよう」
これでポトフと入れ替えにセネールがパーティーに加入した形になる。
「キヨカちゃん、回復アイテムの個数は大丈夫かい?」
「少し減ってますが、まだ大丈夫です」
「でもポトフちゃんが居ないんだよね?」
「あっ!」
国王が指摘する通り、今のキヨカのパーティーには回復魔法を使える人が居ないのだ。これまで回復をポトフに頼りきりだったキヨカ達は、これまで以上にアイテムの残り個数を意識して探索をしなければならない。
「この島に一緒に来た商人のことを覚えているかい?」
「はい」
「彼に館の外に待機してもらっているから、補充したい場合は向かうと良い」
「分かりました」
館の外の邪気が無い安全な場所に商人がいる。これはレベルが足りない場合にここで鍛えられるようにという設定によるものだ。
「後、彼も連れて行ってね」
キヨカ達のサポート要員として国王に同行している騎士団員の一人が着いてくることになった。
「もし操られている人間が出てきたら、彼に連れ出してもらってね。自分の命くらいは守れるから、その辺りは気にしなくて良いよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「はっ!遠慮なくお申し付けください」
国王達はすでに館の中で邪獣と遭遇しており、操られた人間がいることも把握していた。そのための措置である。
「それでは行ってきます」
「お互いがんばろー」
国王一行と別れたキヨカ達は館の探索を再開した。だがその中でポトフの不在の不便さを痛い程思い知らされることになる。
『邪獣達の攻撃が温いのはこのためだったかー』
『アイテムあんまり持てないのに回復役いないのは鬼畜だわ』
『今のところ状態異常使ってくるのがいないからマシ』
『でもさっきから瞬殺してるネズミとか怪しくね?』
『毒とかな。ありそう』
『入口付近でじっくりと邪獣の分析してもらいたいんだけど、それどころじゃないよなー』
『むしろ慌ててないのが凄い』
『慌ててはいるだろ。自制心が凄いだけで』
『それな、さっきの半狂乱の姿は見てて辛かったもん』
キヨカ達が探索する姿を見ながらコメント欄は平和に盛り上がっている。王城でのボムのような命の危機や大怪我を感じさせる雰囲気が今のところ無いからだ。むしろ、回復タイミングに四苦八苦しているキヨカ達の探索風景を微笑ましく見ている感じすらある。
そんなキヨカ達ではあるが、この館内でも宝箱をいくつか発見した。
濃縮ポーションや濃縮ミドルポーションと言う名前のポーションで、1つで3回まで使える優れもの。店では見たことが無いアイテムであり、アイテム補充時に商人に聞いたところ『市場では出回らない滅茶苦茶貴重な賞品ですよ!どこでこれを!?』とかなり興奮していた。
そして館をくまなく探索した結果、鉄格子の解除方法が分からず、地下へ向かう他の入り口も見つからなかったが、いつものとおり回復の泉を発見した。
「裏のクリスタルと表のクリスタルが連動していたことを考えると、この先にあるクリスタルを破壊すれば地下へ向かうための何かが起きるかもしれない」
このセネールの推測が正しいと信じて、キヨカ達はクリスタルが置かれているであろう部屋へと突入した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます