22. 【異】偽人質

 館は二階建てで奥行きはあまり無いものの左右に広く伸びている。部屋数も子供達に一人部屋を割り当てられる程度には多く、王城とは比べ物にはならないが探索するにはそれなりに時間がかかる。


 また、中には邪気が充満しており邪獣が襲撃してくることは間違いない。裏の入り口付近に置かれていた闇のクリスタルは消滅したが、それはどうやら裏の崖のみをカバーするものだったらしい。


『王城のと比べて小さかったし、大きさで邪気の範囲が変わるのかも』

『小さかったから中ボスも弱かったんだろうな』

『そういやライアーシープも弱かったな』

『ありそう』

『逆にでかいのはヤバイってことか。王城みたいなやつ』

『んじゃ王城より狭いここの館の中にあるクリスタルからはあそこまでヤバイのは出てこないってことかな』

『多分な』


 などと、キヨカが見ていないコメント欄は闇のクリスタルに関する議論で盛り上がっている。


 だがそのコメント欄も、キヨカ達が屋敷内で邪獣に遭遇した瞬間、全く別の意味で騒がしくなった。


「ねぇマリー、ケイ、これって偽物ってことなんだよね」

「しょのはずでしゅ」

「こんなの酷すぎます!」

「ううう……今回の邪人、性格が悪すぎ!」


 キヨカ達は館に突入し、子供たちを救出するために意気揚々と探索を開始した。そしてすぐに敵と遭遇する。その敵はこれまでの邪獣とは毛色が異なり、なんと『人間の姿』をしていた。


「見た目が人ってだけで攻撃しにくいのに、いきなりモリンさんとか。ぐぬぬぬ」

「モリンしゃんは間違いなくにしぇものでしゅから、やっちゃって大丈夫でしゅよ!」

「マリーさん!?」

「大丈夫じゃなーい!」


 大きな鉈を持ったモリン、包丁を持った見知らぬメイド、そして巨大なネズミの邪獣。

 女性二人の目に生気は無く、視線が定まっていない。


 これらがキヨカ達が倒すべき相手である。


 キヨカはこの島に来る前に、モリンが捕らえられていたのを確認している。ゆえに、目の前にいるのは邪獣が扮した偽物であるのだが、それが分かっていても攻撃するには躊躇ってしまう。


「でも子供達のために、ここで臆するわけには行かないんだよ!」

「しょの調子でしゅ!」

「ボクは無理ですぅ!」

「なんでマリーは平気そうなのよー!」


 人を斬る。


 人の形をしたものを斬る。


 人型の邪獣であるゴブリンが相手とか、そういうレベルでは無い。


 人そのものと何ら変わりない見た目の相手を斬る。


 例えそれが偽物だと分かっていても、躊躇するのは当然のことである。


 日本で暮らしていたら倫理的に絶対に受け付けないその行為を、キヨカは子供達のことを想いながら断腸の思いで選択する。


「モリンさん……の偽物め!行くよ!」


 キヨカが震える手に力を入れて、モリンに斬りかかろうとしたその時、慌てた声がキヨカを止める。


『キヨちゃん、待って!』

「え?え?わっとっと」


 駆けだそうとしたタイミングでのストップで、思わず前につんのめってしまう。相手としては絶好の攻撃チャンスなのだが、何もしてこないのはゲームゆえか。


『あのモリンさん、本当に偽物かな?』

「どういうこと?」


 レオナもモリンが捕らえられていたシーンを見ていたはずだ。

 今さら疑う理由は無いはずだ。


『向こうで捕らえられていたモリンさんの方が偽物ってこともありえるんだよ』

「はいぃ!?」

『キヨちゃん、向こうのモリンさんが本物かどうかって確認したよね』

「したよ。ブレイザーさんに聞いたもん」


 キヨカは捕らえられていた人が全員本物であるとブレイザーに確認していた。


『でもその確認をした人が邪獣と入れ替わっていたら?』

「……そんなことって」


 嘘の報告をした可能性がある。


 もちろん、何人もの騎士団員が調査を行い、捕らえられていた人物が本物かどうかを確認したのも一人では無いだろう。本物である可能性の方が遥かに高い。だが、キヨカはその確認の場に居たわけでもないし、騎士団員の誰が本物で誰が偽物であったかという調査結果も聞いていない。


 救出されたはずのモリンが偽物で、目の前のモリンが本物である可能性も無くは無いのだ。


 そしてもしそのわずかな可能性が正しかったとすると、キヨカは人間を斬ることになる。


『考えすぎだとは思うよ。でも、万が一を考えたら……』

「うん、ありがとう。でもどうすれば……」


 迷うキヨカの目の前では、まだ始まらないのかと催促するかのように、モリンが鉈を地面にこすらせて音を立てている。


「キヨカしゃん、どうしたのでしゅか?」

「もしかしたら本物の人間かも知れないって」


 攻撃を取りやめたキヨカを訝しんだマリーに、自分達の考えを説明する。

 マリーはそんなキヨカに向かって、何も問題など無いと豪語する。


「なーんだ。そんなことでしゅか。だったらこうしゅれば良いんでしゅよ」


 マリーは斧をその場に落とし、シャドウボクシングをする。


「殴ってきじぇつさしぇるんでしゅ。邪獣なら消えるでしゅ」


 要は殺さない攻撃方法でダメージを与えれば良いのだ。

 もし相手が邪獣であれば、気絶などせずに人間らしくない動きで攻撃を仕掛けてくるだろう。


「なるほど、それいいね!」


 キヨカは剣を鞘にしまい、ファイティングポーズを取った。


『キヨちゃん!?』

「ふふん、素手の攻撃技もちゃんと覚えて来たんだからね!」


 以前にレオナに止められた格闘技だが、キヨカは覚えてしまっていた。もちろんレオナは画面に表示されているので使えるようになっていたことに気付いていたが、キヨカが何も言わないから気付いていないと思い込んでいたのだ。


 実は、レオナに使わないように禁止令が出されると思い、キヨカは技を覚えたことを秘密にしていたのだった。恐らく後で涙ながらに怒られるのだろう。


 何はともあれ、これで方針が決まった。


 今度こそ、戦いのはじまりである。


「モリンさん、本物だったらごめんね」


 キヨカはモリンに向かって走り、モリンは鉈で迎撃する。素人による適当な横振りなど、今のキヨカにとっては避けるのは朝飯前だ。一旦退いて鉈が通り過ぎたのを待ち、モリンが態勢を整える前に再度突撃。左肩に向けて力一杯の一撃を与える。


「鉄槌!」


 剣技ではないからか、技名の前に特殊な前置きの無いその技は、女性が暴漢を撃退する時にも有効な技。手を握り、小指近くの硬い部分を相手に振り下ろす攻撃だ。


 なお、てのひらの硬い部分をぶつける掌底ではなく鉄槌を選んだのは、一部とはいえ手のひらを邪獣の顔などにぶつけるのは何となく気持ち悪いからというキヨカの拘りである。


「……」


 左肩にダメージを受けたモリンは、表情を変えずに左ひざを地面に着く。そして、全身が震え出してその姿を変えた。


 木人形、パペット。


 木で出来た人型の邪獣。


 それがモリンの姿を模していた者の正体であった。


「正体が分かればこっちのものだからね!」


 だが次は敵陣営の行動順。

 パペット本来の姿になっても手に持った鉈は離さず、むしろモリンの姿の時以上のスピードと精度で攻撃をしかけてくる。


「ポトフちゃん!」

「だいじょう、ぶ」


 大きく飛び退いたが、リーチが長すぎるため躱しきれずに左腕を深くざっくりと斬られてしまった。おびただしい血が流れているが、ポトフは痛みを我慢する。防御していなければこれ以上のダメージを受けていたと考えると恐ろしい。


 だが、恐ろしいと言うならば、もう一人のメイド姿の女性の攻撃の方がある意味ではもっと怖かった。無表情で包丁の切っ先をこちらに向けて真っすぐに突撃してくるのだから。


『ひぇっ』

『あれが浮気された女性の末路ですかね』

『ヤンデレ……メンヘラ……怖い』

『古傷がああああああ!』

『まさかの経験者』


 コメント欄が和気藹々としているのは、種さえ分かってしまえば怖い相手では無いと分かったからだ。鉈や包丁と女性の組み合わせという見た目の異様さは別として、ダメージは大きくない。ポトフの怪我も酷そうではあるが、数値上は小さなダメージである。今後、偽の騎士団員など戦闘に長けた人物に扮した邪獣が現れたら別かもしれないが、現時点では安心して見ていられる。


「わたしもやるでしゅー」

「といいつつネズミを倒すマリーなのであった」

「キヨカしゃんがしょうしろって指示したでしゅ!」


 単体物理攻撃を仕掛けて来るだけの女性相手より、通常の邪獣の方がよほど危険である。キヨカはそちらを駆除することを優先した。ケイとマリーの全力攻撃で哀れネズミは見どころなく敗北する。


 後はパペットとメイド。


「え、もしかして人間なの!?あっぶなーい!」


 驚くことに、メイドの正体は邪獣では無く操られていただけの人間であった。キヨカの鉄槌二発により崩れ落ちたメイドは、偽モリンのように変身が解かれることが無かった。戦闘が終わり恐る恐る近寄ってみたが本当に気を失っているだけの様子。


「レオナちゃん、ほんっとおおおおおおにありがとう!」


 キヨカは人斬りにならなかったことをほっとすると同時に、アドバイスしてくれたレオナに心からの感謝を伝えた。


「でもこの人どうしよう」


 邪気が渦巻くこの場所に放置しておくというわけにはいかない。

 悩んだ末に、キヨカは邪気が消えた外までこの女性を運び出すことにした。


 子供達を助けることが遅れるが、彼女を助けることだって同じくらい重要である。それが分かっているから、ポトフは文句を言うことなく、積極的に彼女を運び出すのを手伝った。

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