21. 【地】カプセル邪獣戦のエース

 日本の機動隊員、|斎藤(さいとう)|悠馬(ゆうま)。


 彼の存在無くして、邪獣との戦いは語れない。


 世界中の個人がカプセル邪獣との戦いを余儀なくされた後、灰化対策機構はカプセル邪獣についての情報を調査し、一般人でも可能な戦い方を公開することに決めた。灰対による公式にまとめられた情報が無ければ、ネット上に氾濫する誤った情報を鵜呑みにした多くの人が敗北したとも言われている。その場合、死者数や被害は実際の数とは比べ物にならないほど増え、カプセル邪獣との戦いに臆する人が多くなったとも言われている。


 そしてその結果、カプセル邪獣の討伐数が減少し、キヨカ達は二章ボスのウルガス戦で敗北していただろうというのが、世の中の謎の専門家達の見解である。


 そんな灰対のホームページに載せられたカプセル邪獣対策の情報ではあるが、実際に誰かが戦って情報を入手する必要がある。もちろん、ネット上に溢れる情報を一つ一つ精査することで、ある程度は戦わずにまとめることが出来るかもしれない。だが、実際に戦って得られた情報以上に『正確な情報』は無いのだ。


 そしてその『正確な情報』を毎回いち早く提供してくれるのが、斎藤悠馬という機動隊員なのだ。


「今回は邪獣が出現するのが速そうだな」


 レスラーかと思える程の巨大な体躯を持ち、無数の傷が目立ついかつい顔である悠馬は、コーヒーカップを片手にキヨカが活躍するライブ配信を眺め、次のターニングポイントが近いことを悟っていた。


「子供達の危機か……俺も頑張らないとな」


 画面の向こうでは、キヨカが子供達を守るために街で奮闘している。その姿を見て、自分もこの国の将来を守るために命を懸けて頑張らなければと気合を入れ直す。


 機動隊員がどのような志を抱いているのかなど、当然ながら人それぞれだ。国を、国民を守るためにと崇高な志をかかげて死力を尽くして職務を全うする者もいれば、単に異動を命じられたから仕事として頑張っているだけ、という人物もいる。悠馬は紛れもない前者であり、これまで担当した事件でも最も危険に身を晒される役割を志願してきた。


 そんな彼の眼は来る戦いに向けて鋭く……はない。むしろキヨカの姿を見て目尻が下がり、唇の端が上がり、気持ち悪い笑顔を浮かべていた。


 この斎藤悠馬という男、かなりの二次元オタクである。休日は漫画やアニメや小説など、可愛い女の子が登場する作品を中心にかたっぱしから堪能する。


 国のために命を懸け、二次元をこよなく愛する悠馬という男が、邪獣と戦える機会を得られたことに歓喜するのは当然のことだった。




 そして第3章の開始、キヨカ達が子供達を救出するために島へ向かうことを決めた時、新たなカプセル邪獣が彼の手元に出現する。


「む……これは……」


 カプセルから発せられる禍々しさをものともせず、悠馬はカプセルの中身を様々な角度から観察する。そうしてしばらく何かを考えながらカプセルをくるくると回していた悠馬は、スマホを手に取り何処かに連絡をする。


「おい、俺だ。用意してもらいたいものがあるんだが。そう、そいつ関連」


 カプセル邪獣が出現したタイミングでの電話ということで、電話先の誰かは悠馬の話がそれに関係するのだとすぐに理解した。


 これまで率先してカプセル邪獣と戦い、分析し、情報を提供して来た成果があるため、機動隊には悠馬の行動を全力でサポートするように通達が為されていた。おそらく、灰対にもすぐに連絡が行くだろう。


 悠馬はカプセルを手に外出し、機動隊員が訓練で利用する秘密の施設の広場へと移動する。


「おう、用意してくれたんだな。サンキュ」

「はっ!お気をつけて!」


 悠馬を敬礼で迎えてくれたのは、機動隊員の仲間達だ。そこには役職上、悠馬よりも上の人物も含まれているが、この件に関しては悠馬がトップとして扱われる。普段から悠馬の性格は温厚であり、上司を心から敬うタイプであるため、上司も特に不満は無い。むしろ、不満など言ったものなら、お前が率先してやれと言われてしまう恐れがあるため、言えないのであるが。


「よし、それじゃあ準備するか」


 その場に用意されていたのは多くの『盾』


 機動隊員と聞いて一般人がすぐに思い浮かぶのは、彼らが持っている『盾』ではないだろうか。この盾であるが、実は用途によって種類がある。ライオットシールドと呼ばれるものは暴徒鎮圧用であり、暴徒の火炎瓶攻撃などを防ぐために防火耐性が高いが銃弾には弱い。銃弾を防ぐにはバリスティックシールドと呼ばれる盾を利用し、拳銃を持った立てこもり犯の確保などで利用する。


 それぞれの盾には色々と種類があり、機動隊員が持っている様々な盾がこの場に用意されていた。


「これと……これと……これかな」


 悠馬は対銃弾用の全身装備をし、使う盾を選別する。複数の盾を地面に横並びに置き、手には長くて太い警棒を手にする。


「カメラはその辺に設置しておいてくれ。あとそこと、そこにも」


 後で分析をするために、多方向からの録画は必須である。良い映が撮れるように邪獣を適切な場所まで引き付けるのも悠馬の役目である。今回の邪獣は『盾』がポイントであるため、盾が並んだ場所に誘導すれば良いだけであり、いささか楽である。


「よーし、それじゃあやるぞ」

『ご武運を!』


 悠馬はカプセル邪獣を手にして、ためらうことなく蓋を開けて目の前の地面に放り投げた。


 カプセル邪獣の中に入っていたのは『小さなボム』だ。


 中途半端に攻撃をすると爆発する、王城で出現した邪獣の小さい版だ。


 ボムの撃破に重要なのは自爆が発動する前に体力を削り切ること。ゆえに、本来であれば『どれだけのダメージをどうやって素早く与えれば良いか』についての検証が必要なのだが、悠馬の考えは違った。


「(こいつの自爆の威力がどの程度のものか確かめる)」


 沢山用意した盾は、ボムの体当たり攻撃などを防ぐための物でも、自爆が発動した時に念のために身を守るためのものでもない。ボムの自爆の威力を測定するためのものである。


「さぁ来い、勝負だ」


 悠馬は盾の前に出て、ボムと相対する。ボムが自爆を使う程度に体力を減らす必要があり、最初は普通に戦わなければならないからだ。


 宙でゆらゆらと揺れるボムが、悠馬に向かって体当たりを仕掛けてくる。その動きは緩慢で、慌てなければ容易に避けられる程度のものであった。


 だが悠馬は避けずに、胸で受け止める。


「……この程度か」


 完全防御しているとはいえ、衝撃がほとんど伝わってこない。車に衝突されるほどの衝撃を覚悟していたので拍子抜けだ。


 それならばと、悠馬は今度は左の手袋を脱いで、素手で受け止めることにする。その姿を見ていた仲間の機動隊員の数人がヒュッと息を呑む。正気ではない、と。


 悠馬は実際に攻撃を受けたからそうしても問題なさそうと感じたのだが、傍から見ているとそうではないのだ。


 再度ボムが悠馬に向かって体当たりをしかけてくる。悠馬は分厚い手のひらでそれを受け止める。


 バチィ!と大きな音が鳴ったものの、悠馬は難なくそれを受け止めた。


「(勢いのあるボールがぶつかって来た程度の衝撃だな。表面がゴツゴツしているから多少痛いが、これなら一般人でも大怪我はしないだろう)」


 赤くなった手のひらの熱を感じながら、悠馬は体当たりの威力を分析する。その後、ボムに自由に攻撃させたが、体当たり以外の攻撃は使ってこない。王城のボムのように魔法を使ってくることは無いようだ。なお、悠馬はそのことに少しがっかりしていた。色々な意味で重症である。


「そろそろこちらからいくぜ、ちっとばかり痛いが、我慢しろよな(お、今良い感じの格好良いセリフ言えたんじゃね?)」


 自らの言葉に酔いかけた悠馬だが、気合を入れ直す。この先の展開次第では、命を落とす可能性があるのだ。


 警棒でボムを軽く叩く。

 しばらく待つ。

 警棒でボムを軽く叩く。

 しばらく待つ。

 警棒でボムを軽く叩く。

 しばらく待つ。

 警棒でボムを軽く叩く。

 しばらく待つ。


 以下この繰り返し。

 少しずつダメージを与えて、ボムが自爆するのを待つ。


 王城でのキヨカ達の戦いでは、ボムの自爆の威力は残り体力依存であった。つまり、自爆が発動するライン丁度がもっとも威力が高いということになる。悠馬の狙いはその最大威力を確認すること。もしそれがダイナマイト級の威力であれば、いくら盾で守ったとしても悠馬の命は危うい。


 いくら国民のためだからといって、このような自殺行為をするのは正気の沙汰とは思えない、というのが仲間の機動隊員の本心である。


 そんな周囲の心配や不安を気にせず、悠馬がちまちまと攻撃を繰り返していると、ついにボムの動きが変化する。小刻みに震え、体内から光を放ち始める。そしてそのままゆっくりと悠馬に向かって進んできた。


「よし、良い子だ。こっちに来いよ」


 悠馬は盾が並んでいる場所に戻り、身を伏せる。とりあえず最も耐衝撃性が高い盾の後ろに位置取り、持ち手に手を添える。仮にボムが盾を乗り越えて近づいてきたら、すぐに持ち上げて自爆の直撃を防ぐのだ。


 盾で全身を覆い隠しても前方が見える仕組みになっている。悠馬はそこからボムの行動を確認する。


「(乗り越えてはこないか。どうやら障害物があってもまっすぐに進む性質があるようだな)」


 これが判明しただけでも大きな収穫である。

 例え爆発の威力が高くとも、何らかの方法でボムの進路を塞ぎ距離を取ることで、被害を大きく抑えることが出来るからだ。


「(後は肝心の爆発の威力か……遺書は書いたし、PCは中身を見ずに処分するよう依頼してある。うん、大丈夫だ)」


 決して冗談ではない。たとえここで命が失われたとしても、異世界に転生する可能性があるとキヨカが実証している。しかも配信によって全世界に見られているのだ。もしPCに入っているあれやこれが世界中に知れ渡った上で覗き見などされようものなら、死んでも死にきれない。


 そして、その時はやってくる。


 ボムの体から一際大きな光が漏れ出し、自爆が発動した。


「(耳がいてぇ)」


 盾を隔てたすぐそばでの自爆。激しい音が鼓膜を揺さぶり、わずかな痛みが後をひく。


 だが、被害らしい被害といえばそれだけであった。盾は無事であり、多少焦げ目のようなものがついているものの、無傷に近い。当然、隠れていた悠馬本体にも怪我はない。


「(案外衝撃が弱かったな。もしかすると生身でも耐えられる威力かも知れん。いや、爆発と同時にボムの体が飛び散っていたな。あれが肌に触れたら危ないか。でもそれならやりようが……)」


 勝負が終わっても分析を続ける悠馬の元に、仲間達がやってくる。


「悠馬さん、大丈夫ですか!?」

「ああ、問題ない。そうだ、次は圭吾、お前がやってみろ」

「うえぇ!?」


 今回の邪獣は装備を固めた機動隊員であれば怪我をする可能性が少ない。そう感じた悠馬は、邪獣の分析をより進めるために仲間に戦うように指示をする。


 悠馬はそうして入手した情報を一般人でも可能な対策方法と共に灰対センターに伝え、その情報は瞬く間に世界中に広まった。


 悠馬の検討の結果、今回のボムの邪獣は、前回の毒もちの邪獣とは異なり、一般人でも対処しやすい相手であることが判明。


 特に建物の壁や塀を活用することで被害を受ける可能性が少なく倒せることが大きかった。


 邪獣カプセルを開けた時に広がるバトルフィールドは、近くに壁があると遮られてしまう。だが、壁の向こう側に回り込めるスペースがフィールド内にある場合は遮られないことが分かっている。そして通常の鉄筋の建物の壁であればボムの最大威力の自爆を防げるということも判明。


 これまでにない邪獣の倒しやすさ、そしてカプセル邪獣を倒さなかったことによるデメリットの影響により、小さなボムはこれまでで最も多く倒された邪獣となった。







 だが、多くの人が邪獣を倒してしまったがゆえに、これまでひっそりと社会に燻っていた火種が燃え上がることになってしまった。世界が新たな混乱に陥るまで、あと少し。

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