20. 【異】まもりのかかし

「案山子?」


 クリスタルから出現したのは鳥避けの案山子だった。それも、古き良き人型タイプ。


 足は一本でジャンプして器用に移動しており、腕や胴体は太い木で構成されているにもかかわらず、柔らかくて関節があるのか人間と同じように動かすことが出来るようだ。そしてその胴体には鉄の鎧が、右手には大きめの鉄の盾が、へのへのもへじと書かれた布で巻かれた顔の上部には鉄兜が装備されている。


「武器は持ってないみたいだね」

「魔法攻撃タイプかもしれないでしゅ」

「ありそう」


 相手の見た目から戦闘方法を予測しながら、キヨカ達は武器を構える。


 武装している案山子。

 端的に言えばそれだけの相手なのだが、キヨカは一抹の不安を覚えた。


「(守備重視のタイプかな。倒すのに時間がかかりそう……)」


 全身を鉄装備で守っている姿から、ダメージを少しでも抑えてやろうという意図が感じられたのだ。だが、キヨカには相手の守備を崩す技がある。


「まずは私から行くよ、壊!」


 相手の守備力を減少させる技。ウルガスと同じように、盾を弾き飛ばそうとキヨカは剣を振る。


「(左右に振り切れない!)」


 小刻みなステップで翻弄しようとするものの、案山子は一本足を地面につけたままキヨカの動きに合わせて的確に方向転換する。真横から盾を持つ腕を狙おうと思ったが難しそうだ。


「それなら力づくで!」


 案山子の足が一本なので、上から強く押さえつければ受け止め切れないだろうと考えたキヨカは、力任せに相手を押し潰して倒したところで盾を弾き飛ばそうと考えた。


「えい!えい!このお!」


 キヨカの力任せの剣を、案山子は盾に滑らせるようにして受け流して躱す。キヨカが上下左右、どれだけ剣を振るっても、まともに受け止めることは絶対に無く、全て逸らされてしまうのだ。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……もぉー!」


 結局キヨカの壊は不発に終わった。

 いや、不発どころではない。


『キヨちゃん、まったくダメージを与えられてないよ!』

「ええ?」


 地球側の配信画面には『効かなかった』と表示されていたのだ。壊は失敗しても通常攻撃と同程度のダメージを与えられる技だ。それが効かなかったということは、半端な攻撃では相手の防御を貫けないということ。


「しょれなら私に任しぇるでしゅ」


 案山子は攻撃のそぶりすら見せずに、マリーが行動することになった。最遅マリーよりも素早さが低いとは考えにくく、おそらく案山子はこのターン防御を選択しているのだろう。


「いくでしゅ!ひゅうううううお!」


 マリーは戦斧を横に薙いだ。

 しかし案山子は大きく後ろに飛び、躱しきる。


「まだまだでしゅ!ひょおおおおおおん!ひゅりいいいいいん!ひゃあああああっと!」


 キヨカと同じように、それでいてキヨカとは比べ物にならない怪力で斧を縦横無尽に振り続けるが、それらも盾で逸らされ大きく回避され、まともに攻撃があたらない。


「くしゅん、ダメでしゅ……」

「レオナちゃん、今のはどう?」

『今のも効いてないっぽい』


 防御が硬いことは想定していたが、まったく与えられないとは思わなかったキヨカ達。その後も疾風やちからためからの攻撃など、使える技を一通り試してみたがまったくダメージが通る気配がない。一方、案山子は完全に防御に徹するようで、まったく攻撃してこない。


 完全に膠着状態になってしまった。


「もう、急いでるのに!」


 焦る一行。特にポトフは防御するだけで何も出来ないまま時間が経過していることに、酷い苛立ちを覚えていた。


「もう行く!」

「ポトフちゃん!」


 そして我慢できずに、案山子を無視して過ぎ去ろうとした。


「……っ!邪魔あ!」


 だがその行く手を案山子は遮る。思わず杖で殴りかかったが、盾で簡単にガードされる。


「どうしたら!」


 マリーが攻撃している隙に、キヨカ達が屋敷の中に突入する。ここが普通の世界であれば有望な選択肢であっただろう。だがここは、ゲームの設定により支配された世界。キヨカ達の頭にそのような行動が思い浮かばないようにガードがかかっている。


 つまり、どうにかして戦闘でこの案山子を排除しなければ物語は進まないのだ。


『キヨちゃん、落ち着いて。攻撃を続けるの。きっと解決策が見つかるから』

「分かった。マリー、攻撃するよ」

「はいでしゅー」


 通じないと分かっていても、今は行動するしかない。相手は防御以外の行動をしてこないため、ポトフも杖で殴りかかる。本来であれば、突然のカウンター攻撃を想定して防御してもらいたいところではあるが、ポトフの気持ちを考えるとキヨカはその指示を出せないでいた。


「せめて誰かが攻撃魔法を使えれば!」


 魔法ならばダメージを与えられるかもしれない。

 だが、それを試すにしても、脳筋二人と回復のみのポトフしかここにはいない。

 思わず愚痴がこぼれてしまったキヨカは、気を取り直して攻撃を再開する。


 そんなキヨカ達のもとに、待望の魔法を使える人物が参戦する。


「お待たせ致しました!」

「ケイ!」


 後から追ってきたケイが、ようやくここで合流した。

 なお、ツクヨミは坂から邪獣達が登ってこないように、頂上付近に一人残って戦っている。


「ボクはいつもの通り攻撃をすれば良いですか?」

「え?あ、うーん……」


 待望の魔法使い。

 だがケイの精霊魔法は特殊であり、グラビティインパクトは打撃か突属性の物理攻撃扱いである。おそらくはそれを放ったところで、これまでと同様に躱されるだろう。


「どうかしました?」

「それがね、あいつ物理攻撃が効かないみたいなの。攻撃魔法なら通るかもしれないんだけど……」


 キヨカは今の状況をケイに説明した。


「それならお任せください!」

「え?」

「ついさっき、新しい精霊と契約出来たんです。これならきっとダメージを与えられるはずです!」

「ホント!?」


 ここまで全てゲームの縛りによる流れになる。


 ケイがこの島で新たに精霊と契約するのも、そのために一人遅れるのも、案山子に物理攻撃が通らないのも、そして案山子戦で特定ターン数が経過するとケイが参戦するのも全て、決まっていた流れである。


「ボクの力を見せてやる!喰らえ、ベノムミスト!」


 ケイが右手を案山子に向けて突き出すと、案山子の周りに緑色の霧が充満する。


 ベノムミスト。


 敵を毒状態にする範囲攻撃だ。


「すごい!魔法だ!レオナちゃん、どう?」

『うん、毒にかかったみたい』


 これでこの先、ターンが経過するたびに案山子はダメージを負うことになる。ついに案山子にダメージを与えることに成功した。


「ケイやるじゃん!」

「当然だ!」

「ケイ……?」


 普段とは違い自信満々の力強い雰囲気で反応するケイに、キヨカは少し戸惑った。


「でもこれだと倒すのに時間がかかりますね。キヨカさん、実はもう一個攻撃的な魔法が使えるのですが、使っても良いですか?」

「うん、いいけど……」


 そんなキヨカの戸惑いはどこ吹く風で、ケイはもう一つの新たな魔法を解き放つ。


「ベノムソード」


 ケイの目線の高さ、左から右へと流れるように細長い緑色の物体が出現し、その右端の部分をケイは掴む。そしてそれを二度三度振り、感触を確かめた


「何……それ……」


 毒で出来た緑色の剣。ケイの背丈と同じくらいの長さであるその剣からは、どす黒い瘴気のようなものが立ち昇っていた。


「いいね、いいねぇ、この感じ。さいっこうだぜええええええ!」

「ケイ!?」

「お前が今日の獲物か。たーっぷりと甚振ってやるから、恐怖に慄くが良い!」


 ケイは舌を出して、ベロリと自らの唇を舐め、ベノムソードを手に案山子の元へと走る。

 そして手が震えることもなく、鮮やかな一閃を決める。


 ベノムソードは実体のない剣だ。例え盾を使って逸らそうとしても、貫通して攻撃が通る。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねーーーー!ヒャッハーーーー!」


 案山子が反撃してこないのを良いことに、ひたすら何度も飽きるまで斬り続ける。


「これで終わりだ!キエロ!」


 軽く蹴りを入れて相手がのけぞったところで、一際太く大きくなったベノムソードを力任せに叩きつけた。


「……」

「……」


 普段のケイでは考えられない程の暴力的な振る舞いに、声が出ないキヨカとマリー。

 ケイの目の前では案山子が消滅し、ブルークリスタルへと変わっていた。


 同時に、ケイが手にしていた禍々しいベノムソードも消滅し、ケイは心の内で勝利を噛みしめるかのように軽く空を見上げて立ち尽くしていた。


 そんなケイに、キヨカは恐る恐る声をかけた。


「ケ……ケイ?」

「やりましたよ!キヨカさん。これで先に進めますね。子供達を助けに行きましょう!」


 すでにケイはいつも通りの雰囲気に戻っていた。可愛らしい笑顔が返って来る。


 キヨカは今の出来事について問い詰めたかったが、そんな時間は無い。


「いく」

「ポトフちゃん!」


 道が出来たことでポトフが館の中に入ろうと走り出してしまったのだ。


 後で必ず話を聞かないと。


 キヨカはそう心に誓って、ポトフを追い館の中へと突入した。

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