19. 【異】崖路

「着いた!」


 島の裏側に着くと森は途切れ、崖のすぐそばに小さな砂浜があるという立地であった。そして肝心のその崖には、確かに上に登るための細い道がある。四人がギリギリ横に並べられるかどうか、くらいの道が、蛇行しながら上に向かって伸びている。


 柵が無く落ちる危険性があり、道が真っすぐでは無いので登るのに時間がかかる。


 急いでいるためそれだけでも面倒臭いが、更に厄介な問題が待ち受けていた。


「邪気がこんなところにも!」


 館だけを覆っていたはずの邪気が、崖路にも充満していたのである。


「ポトフちゃん。焦って怪我したら子供達のところに辿り着けないからね!」

「……………………うん(コクリ)」


 キヨカの言葉を受けて、下唇を強く噛みしめながらも、どうにか返答するポトフ。


 もしここで慌てて独走してしまったら、攻撃手段の無いポトフは邪獣に一方的に攻撃されてしまうだろう。そうなったら子供達を救出するなど夢のまた夢。ポトフはそのことを理解していたから今はまだ・・・・耐えられた。


「マリー、行くよ」

「もちろんでしゅ!」


 まだケイは追いついていないが、待っている時間は無い。ここから先の敵は二人で排除するのだと心に決め、崖路へと突入する。




「来たよ、戦闘準備!」


 最初に遭遇したのは、鳥と植物の邪獣のコンビ。


 鳥の邪獣はカラス程の大きさで嘴が長く一メートル近くあり常に飛んでいる。

 植物の邪獣は上半身が大きな花で向かって左半分が赤色、右半分が白色、中央に大きな牙の生えた口があり、下半身は細い緑色の枝が人間の体のような形になっており、二足歩行で歩いている。


「面倒臭いのがいるね」


 空を飛ぶ敵への物理攻撃は、まともな体勢での攻撃を当て辛いため、威力が激減する。そのため、倒すのに時間がかかり、こちらがダメージを負う回数も増え、消耗が激しい。アイテム補充のために引き返す時間が勿体ない現状では、とても厄介な相手だ。


「まかしぇて!」


 だが、マリーに何か策があるようだ。鳥の邪獣はマリーに任せ、キヨカは植物の邪獣の処理に専念する。


「断!」


 上段から全力で花を斬りつける。

 見た目通りの柔らかさで、花の大半が斬り飛ばされた。


「キィー!」


 鳥の邪獣はポトフに攻撃をしかける。鋭い嘴で突き刺しに来るが、防御していたポトフはじっくりと見てそれを避け、かすり傷を負うだけで済んだ。


 そしてその次は植物の邪獣の行動。


「ええっ!?」


 白い部分が淡く光ったと思うと、斬り飛ばしたところが復活した。


『キヨちゃん、そいつ回復魔法を使えるみたい!』


 キヨカやポトフが焦っている現状で、レオナまで焦るわけにはいかない。そのため、レオナはキヨカ達と感情を共有し過ぎないように、敢えて話しかける回数を減らしていた。この場面では冷静に指示する人物が絶対に必要だとの背後に居るブレイン達によるアドバイスである。


「こっちもこっちで面倒臭い!」

『でも回復量はあんまり大きくないみたい。斬攻撃に弱いみたいだし、次のキヨちゃんの攻撃で倒せそうだよ』

「うん、分かった」

『あともう一つ。今のキヨちゃんの攻撃力なら、通常攻撃二回で倒せそうだから無理して断を使う必要ないかも。一撃目が通常攻撃で、その後回復されなかったら二撃目も通常攻撃、回復されたら断って流れで良いと思う』

「助かるよ!ありがとう!」


 キヨカ達が限界ギリギリまで鍛えていたこと、装備を整えていたこと、そして相手に斬属性への弱点があるからこその速攻撃破が可能になった。キヨカ達のこれまでの準備は決して無駄では無かったのだ。


「喰らいなしゃい!」


 そしてマリーの番が来る。


 マリーは手にした巨大な戦斧を水平になるように持ち、サイドスローのように大きく後ろに振りかぶった。


「ひゃええええええええ!」


 恒例の独特の掛け声とともに放たれた戦斧は、マリーの手を離れ高速で回転しながら鳥の邪獣の元へと飛んで行く。


 トマホーク


 斧の投擲技である。


 鳥は物理攻撃に強いが、唯一投擲攻撃が弱点になっている。

 しかも攻撃力が高いマリーによる一撃。


 斧の直撃を受けた邪獣は、文字通り粉砕された。


「あの邪獣、崖の外を飛んでいたはずなのに、なんでブルークリスタルが足元に落ちて来たんだろう」

『キヨちゃん!集中して!』


 ゲーム的な都合は気にしてはならないと、レオナはキヨカを叱咤する。


「さっさと消えてよねっと!」


 手負いの植物の邪獣へとどめの一撃を放ち、邪獣達は一掃された。


「うん、ダメージも少ないし時間もかからなかったし良い感じ。ってそうだ、マリーの武器は!?」


 崖の外に向かって投げ飛ばしたので、今ごろは崖の下に落ちているはず。それを探しに行く必要があるのだとしたら、時間の大幅ロスになる。


「大丈夫でしゅ。こうやって回収しゅるでしゅ」


 マリーが右腕を空に掲げると、遠くに放たれたはずの戦斧が戻って来た。よく見ると鎧の袖の部分からワイヤーのようなものが伸びているのが見えた。


「え、それどうやって引っ張って」

『キヨちゃん!急がなきゃ!』


 ゲーム的な設定に突っ込む暇は無いのだとレオナが再度キヨカを叱咤する。


「う、うん、急がなきゃだね」


 鎧に機械的な仕掛けがあるのか、中でマリーが人力で引っ張っているのか、キヨカは気になる気持ちをどうにか抑え、崖上に向かって走りだした。




「この程度の魔法、痛くもなんともないんだからね!」


 嘘である。

 だが、これまで負ったことのあるえげつない怪我と比べれば、低級魔法であるファイアーによる火傷など軽いものである。もちろん、鍛えて耐久力が上昇したことも受け止めやすくなった理由である。


 植物の邪獣は、白い方が回復魔法、赤い方が攻撃魔法を使うようで、回復魔法を使わなかったターンにはファイアーの魔法が飛んでくる。だが、ファイアーの威力は高くない上、キヨカもマリーも斬属性の攻撃方法を持っているがゆえ、弱点特攻により速攻で駆逐されて行く。


 一方、鳥の邪獣はマリーのトマホークで一撃ではあるが、一度に三匹まで同時に出現することがあり、その場合はこちらも攻撃を何度か喰らってしまう。とはいえ、ポトフがミドルヒールを覚えていることもあり、問題なく耐えられる程度だ。


「よし、こっちは終わった。マリーは?」

「倒したでしゅ」


 そろそろ崖路の中腹といったところ、ここまでは順調だ。


 しかし、ここから敵の内容が一変する。


「うわぁ、痛そうなのが来ちゃった」

「ヌフーヌフーヌフーヌフー」


 鼻息が荒い、二体のゴリラの邪獣。ゴリラと言っても小型で、猿よりもやや大きいくらい。大きな特徴は右腕だけがドラム缶のように太い事。


「残り体力に注意するよ!レオナちゃんも確認お願い!」

『うん!』


 大ダメージを受けるかもしれないと予想したキヨカは、体力管理の徹底を仲間に指示した。ゴーレムの悪夢の再来を防ぐためだ。そしてこの指示は大正解であった。


「ヌフー!」


 ゴリラの攻撃は右腕だけではなく。左腕や両足を使った攻撃も仕掛けてくる。それらを喰らった場合のダメージはそれほどでは無かったのだが。


「ひょおおおおおおおおう!」

「マリー大丈夫!?」

「ちょびっとだけ痛かったでしゅー!」


 右ストレートを喰らったマリーの鎧の胴体部分がべこりと大きく凹んでおり、守備力が高めのマリーの体力が大きく削られている。


 クリティカルヒット。


 ミニゴリラの右腕の攻撃を喰らうと、漏れなくクリティカルダメージを受けてしまうのだ。もちろん、避けやすいので確定ヒットではないが、一気に半分近くの体力が削られる攻撃を喜んで受けたいとは思わない。


「うううう!」

「ポトフちゃん!こんのぉ、断!」


 クリティカルヒットにより、防御しているポトフですら、かなりのダメージを負ってしまう。幸いなのは、クリティカル攻撃の頻度がそれほど多くなく、物理系の耐性を持っていなかったため、撃破そのものは問題ないという所だろうか。


 余裕だった崖路だが、徐々に命の危険を意識させられはじめる。


 そして中腹以降に出現するもう一種類の邪獣。


「やばいやばいやばいやばい!あっぶなーい!」

「キヨカしゃん、ずぶぬれでしゅ」

「ううー風邪ひきそう」


 それは水で出来たボールのような邪獣。

 大きさはバレーボールほどで、水流が表面をぐるぐると巡っている。


 攻撃手段は水属性の初歩的な魔法、ウォーターシュートとウェーブ。

 ウェーブはその名の通り波を浴びせかけてくる魔法、全体攻撃であるが威力は弱めだ。

 そしてもう一つ、中級魔法であるウォーターハンマーも使ってくる。こちらは上空から滝のように大量の水を降らせて相手を押し潰す魔法だ。


 この敵があまりにも厄介。威力が高いウォーターハンマーを使ってくるから、ではない。問題は相手を吹き飛ばすウォーターシュートだ。吹き飛ばされた方向によっては崖下に落とされてしまう。


 重いマリーや常に防御しているポトフは耐えたり避けたりするが、キヨカはそうはいかない。一度だけ一つ下の段の道に落とされてしまった。当然、その間は敵と戦うことが出来ず、慌てて走って戻ってくるまでの間はマリーとポトフだけで戦わなければならない状況になる。ゲーム的には2ターン戦闘離脱の扱いだ。


 これがゴリラとのコンボで体力が減っている時だったら大問題。ゆえに、水球の邪獣は早めに撃破したいのだが……


「ああもう、手ごたえうっすい!」


 物理攻撃に耐性があり、倒すのに時間がかかるのだ。


「セネールがいれば……というか、セネールいないと物理無効の相手に弱いのは問題だよね」


 セネールの株がまた不当に下がりそうだがそうはならなかった。


「あの馬鹿国王がいれば魔法使えるからスムーズに倒せるのに」


 だが、チャラ王の評価は何故か下がってしまった。処刑までまた一歩進んだのである。


「キヨカしゃん、ポジションに気をつけましょう」

「うん、そうだね」


 落ちないようにキヨカが壁側に移動するが、戦っている間にポジションが変わり結局落とされそうになるのである。このゲームにはポジションという要素は無いため、位置の移動は意味が無かったのである。


 崖路の中腹を越え、上段にくると、下段で出現した鳥や植物の邪獣も入り混じって出現する。キヨカ達はそれらを撃破し、ついに崖路を登り切った。


 そこにあったのは、恒例のものであった。


「泉と闇のクリスタル」

「黄色くなくてよかったでしゅ」

「そう考えると、マシって思えるから不思議だよね」


 物理も魔法も効かないあのクリスタルで裏道も塞がれていたらどうしようかと、キヨカは少し不安ではあったのだが、どうやらその様子は無さそうだ。


「ポトフちゃん、ここを突破すれば子供達のところに行けるよ!頑張ろう!」

「うん!」


 中ボス戦が始まる。

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