18. 【異】新たな精霊
森の中には邪気が無い。
だが、人が踏み入れたことの無い崖沿いの最短経路を進もうとするため、足場は悪く思うように前に進めない。急がば回れの精神で、森を迂回して海岸沿いに走った方が速かったかもしれない。だが、当事者たちはそれどころではない。こちらの方が速いと信じて強引に草木をかき分け進むのみだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、は、速いいいい」
メンバーの中で最も体力が無いのはケイ。
障害物によりキヨカ達が全速力で進めないからこそ、辛うじてついて行くことが出来るが、まだ半分も進んでいないにも関わらず息が上がって辛そうだ。
「でも、みんなに、ついて、行かなくちゃ!」
ケイは他のメンバー程、子供達と接点があるわけではない。
孤児院に遊びに行くことも無く、特別仲の良い子供が王都にいるわけでもない。
もちろん、人並みに子供のことを心配する気持ちはあるが、キヨカ達の気持ちと比べると差があるのは仕方のないこと。
そんなケイが必死に着いていこうとする理由は、キヨカ達と肩を並べて歩きたいから。
弱くてダメダメだった自分に戦う力を授けてくれたキヨカ達に感謝し、どんなに酷い怪我を負っても、どんなに強い相手が立ちふさがっても、決して諦めずに戦う姿に憧れた。
彼女達と一緒に冒険をすれば、自分もより強くなり、強敵をなぎ倒す理想の精霊術士に近づけるのではないかと考えた。
力が欲しい。
めそめそ泣いて怯えるだけの自分は卒業し、その力で誰かを守れる自分になりたい。
その想いに導かれたのか、ケイは『ソレ』を見つけてしまった。
「え?」
崖の真下に見つけたのは、古くて朽ちかけた木の台座と、その上に置かれている横長の石。両手で持ち上げるにはやや重すぎでマリーの怪力ならギリギリ、という程度のサイズだ。石には太縄が縦横無尽にグルグル巻きにされている。
人の手が全く入っていないはずの森の中で、明らかに人の手が加えられた異様な存在。その正体にケイは心当たりがあった。
「まさか祭壇!?」
精霊を祀る祭壇。
ケイが知っているものとは雰囲気が全く違い、むしろ禍々しさすら感じられるが、雰囲気は近かった。
「(重力の精霊と契約した時みたいに、これも手入れすればもしかして……)」
新しい精霊と契約できるかもしれない。
ケイが祭壇に目を奪われ足を止めている間に、キヨカ達は遥か先まで進んでいた。
ケイは少し迷ったが、これで新しい力を手に入れられれば、この後の戦いで今まで以上に役に立てると判断し、貴重な時間を費やすことにした。
「キヨカさん!先に行っててください!追いつきますから!」
キヨカの背に向けて叫んだ言葉が聞こえたようで、キヨカは振り返り少しだけ逡巡した後、答えを返した。
「わかったー!」
崖沿いに進むだけなので、一人になっても迷うことは無いだろう。
ケイがキヨカの背が見えなくなっても安心してその場に残れた理由の一つである。
「とりあえず、綺麗にしなくちゃ。でもどうしよう……」
重みで崩れそうな台座を補強し、太縄も綺麗なもので再度締め直したい。だが、今はそれをやるだけの時間は無い。丁寧に心を込めて綺麗にしなければ精霊は答えてくれないだろう。
もとより、精霊と契約出来たらラッキー、くらいの感覚だったのだ。今、契約出来なかったとしても、全てが終わったらまたこの場所に来て、その時こそは丁寧に祀り直して心を通わせれば良い。
「とりあえず、軽く汚れをとっておこうっと」
枯れ草や枯れ木、土埃の影響で見るに堪えない汚れをまとっていたため、それを払って少しでも綺麗にしておこうと、ケイはその石に手を触れた。
「ああああっ!?」
その瞬間、ケイの体に強烈な何かが流れ込んだ。
流入はすぐには止まらず、ケイの体を塗りつぶすかの勢いだ。手を石から離そうとするが、動いてくれない。
「これは……まさか……契約……でも……どうして!」
歯を食いしばり、暴力的な力が体の中で暴れ回るのを耐えているケイは、この現象に心当たりがあった。重力の精霊と契約をしたときにも、社から力が流れ込んできたのだ。
だがその時は、ケイと精霊がお互いに心を通わせ、ケイの負担にならないようにゆっくりと丁寧に流れ込み、精霊の思いやりを感じられた。こんなにも強引に契約を迫るような勢いでは決してなかった。
「あなたは一体!」
何の精霊なのかも分からず、ただひたすらに力を受け止める時間は唐突に終わり、石から手を放したケイはその場に崩れ落ちる。と同時に、朽ちた石と台座も壊れて崩れ去った。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ」
強引に結ばされた精霊契約。
その正体をどうにか探ろうと、体内の力を操ろうとする。やり方は重力魔法を使う時と同じはずだ。
「こんな精霊がいるなんて!」
それは重力の精霊と同様に、それが存在していることすら知らなかった特殊な精霊であった。
――――――――
ツクヨミがキヨカ達の後を追っていたら、道中でケイが蹲っているのを見つけた。
何かトラブルがあったのかと思い、彼はケイに声をかけた。
「大丈夫か?」
苦しそうな表情を浮かべていたので、背中を撫でて落ち着かせようかと手を伸ばす。
「
ツクヨミのその行動は、強い口調で遮られてしまった。
「俺だ、ツクヨミだ」
射殺すような視線でツクヨミを見たケイは、しばらくすると表情が柔らかくなり立ち上がった。
「なんだ、ツクヨミさんですか。こんなところでどうしたのですか?」
「……助けが必要かと思い、追ってきた」
「ああ、そうだったんですね。ありがとうございます」
「体は大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ。ちょっと気になることがあって、このあたりを調査してたんですよ。その時に躓いて膝をぶつけてしまい、痛かっただけです」
「気になること?」
「あはは、気のせいだったみたいです。さぁ、急いでキヨカさん達に追いつかないと」
ケイは強引に話を打ち切って、キヨカ達が向かった方向に走り出した。
ツクヨミはどこか釈然としない想いがあったものの、ケイの人となりをまだ知らない彼が、明らかに普段のケイからは考えられない異常な反応をしたことに気付くことは無かった。
「遅い」
「え……きゃああああああああ!」
そして、ツクヨミによるお姫様抱っこで運ばれるケイの姿は、いつも通りのか弱い男の娘にしか見えなかった。
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