17. 【異】島の状況

「桟橋が見えて来た!」


 猛スピードで島に向かうオンボロ小型魔動船が、ついに子供達がいる島の近くまでやってきた。

 そろそろ桟橋に停泊するための準備をするはずなのだが、様子がおかしい。


「船長!スピードが速すぎませんか!」

「はっはっはっ、ブレーキが効かない」

『ええええええええ!』


 このままでは船着き場に激突して放り出されてしまう。船長はそれを回避……しようとはしなかった。


「衝撃に備えろ!」

「うっそおおおおおお!」


 キヨカの叫びも虚しく船は桟橋を全速力で通過し、砂浜に打ち上げられ、強引にブレーキがかかった形になる。キヨカ達は上空へと投げ出された。


「きゃああああああああ!」

「うおおおおおおおお!」

「ぴええええええええん!」

「あははははははは!」


 柔らかい砂浜が受け止めてくれたため大事には至らなかった。しかしあまりの衝撃でキヨカは少し頭がフラフラする。


「うう……ん……」

『キヨちゃん!起きて!早く!』

「なぁにぃ、レオナちゃん……」

『スカートが!』

「スカート……!?」


 キヨカの今の装備は鉄装備でありながらも下半身は短めのスカート。街中散策モードの服装であり、慌てていて本格的な装備に変えるのを忘れていた。パラメータ的にはこの状態でも鉄の鎧を装備中という扱いにはなっているのだが、素肌が多く見えているとそこに攻撃を受けた場合の痛みが大きすぎるので戦闘中は下半身も鉄装備で覆うことにしている。


 と余計な説明をしたが、繰り返すがキヨカの下半身は短いスカートである。そして浜に打ち上げられた衝撃でそれがめくれあがり……


「いやああああああああ!」


 キヨカは慌ててスカートを降ろして見られていないか周囲を確認する。どうやら皆、頭を振って衝撃からの復帰中でキヨカを見ていたものはいないようだ。


 いや、違う。


 残念ながら不運にも一名だけ目撃していた人物がいた。


 その人物は波打ち際付近で座り込んでおり、キヨカと目が合うとサムズアップした。

 処刑が決まった瞬間である。


「ごめんなさい、王国のみんな。今日でこの国の王は消えて無くなります。また新しい国王を選んでください」


 真っ赤になったキヨカは剣を手に、殺気を高めて国王に向かって歩き出す。


「ひいいいいいい!な、何も見てないから、何も見てないから!助けてええええええええ!」


 キヨカの本気を悟った国王は、恐怖で全身に力が入らなくなり、命乞いをする。


「お待ちください、キヨカ様!」


 それを止めたのはフュリーであった。


「どいて、フュリーさん。ソイツコロセナイ」


 国王とキヨカの間に立ち塞がったフュリーに対し、殺気だだ漏れの声で退くように告げる。フュリーは少し漏れそうなほど怖かったが、頑張った。


「後で……後で処刑してください!今は子供達を助けるための戦力が少しでも必要なはずです」

「う゛っ……!」


 フュリーの言葉でキヨカは正気に戻った。

 今はこんなことをしている場合では無いのだと思い出したのだ。


「そうだ、子供達は!」


 そして冷静になったキヨカは振り返ると、そこには最悪の風景が広がっていた。


「うそ……」


 高台にある館が邪気で覆われていたのだ。


「っ!!」

「ポトフちゃん!」


 衝撃から復帰し、状況を理解したポトフが慌てて屋敷に向かって駆け出す。屋敷までは砂浜から真っすぐ伸びる広い坂道を登るだけ。数分間走れば着く距離ではあるのだが、道は塞がっていた。


 浜に残された国王はどうにか命拾い。


「助かった……」

「いえ、助かってませんよ。ことが終わったら止めませんから。本気ですよ」

「そんなぁ、助けてくれよぅ」

「自業自得です。さいってー」

「ぐはぁ!」


 命拾い……してないのかもしれない。


「これって……!?」


 ポトフを追いかけて走ったキヨカ達が見た物は、三階建ての建物くらいはある巨大な黄色いクリスタルであった。それが何個も横並びに置かれており、通路を完全に塞いでいた。


「セグ!マロン!プーケ!ケント!サイグール!シィ!」


 ポトフが子供達の名前を叫びながらクリスタルを叩く。


「私が斬る!」


 キヨカは剣を取り出し、上段で構え、クリスタルを壊すために全力で力を溜めた。


「はああああああ!断っ!」


 渾身の一振りがクリスタルに触れたが、傷一つ負わなかった。


「何今の手ごたえ!?」


 鉱物を叩きつけたはずなのに、まったく反動が無く不思議に思うキヨカ。


「しょれじゃあ私がやりましゅ!」


 全身武装したマリーが追いつき、クリスタルに攻撃をしかける。


「ひょえええええ!ひゅえええええ!ふぉえええええ!」


 パンチ、戦斧の叩きつけ、タックル。

 力の限り攻撃するがクリスタルはびくともしない。


「ダメでしゅ。これ、衝撃を吸収しているみたいでしゅ」

「そんな……それじゃあ魔法なら!」


 攻撃魔法が使えるセネールを探すが、足取りがフラフラになりながらゆっくりと坂を登っているところだ。明らかな異常に、キヨカは不安を抱いた。 


「私に任せたまえ!」


 ここで、国王が追いついた。

 この後、処刑されないようにここで活躍してキヨカのポイントを稼がなければならないので必死である。


「ファイアー!」


 国王の手から生み出された炎の塊がクリスタルに直撃する。だが、それは一瞬で消えて無くなった。


「むぅ……これは……ウォーターシュート!」


 今度は水属性の攻撃魔法を放つが、これも同様にクリスタルに触れた瞬間に霧散する。


「どうやら魔法を吸収か、あるいは無効化する性質を持っているようだ」

「そんな!」


 それではこの坂を突破することが出来ない。館はかなりの高台にあるため、坂の両側は切り立った崖になっていて登るのは難しい。


「ここまで来たのに!」

「セグ!マロン!プーケ!ケント!サイグール!シィ!みんな!」


 何度も何度も子供達の名前を叫ぶポトフの声だけが無情にも響き渡る。


「すまない……遅れた……」

「セネール大丈夫?」


 そこに、ブレイザーに肩を借りたセネールがようやく追いついた。


「ちょっと気分が優れなくてな。少し休めば大丈夫なんだが……いったいどういう状況なんだ?」


 キヨカは、物理も魔法も効かないクリスタルに道を塞がれて屋敷に辿り着けない旨をセネールに説明する。


「ふむ……それなら、他に道はないのか?」

「他?」


 高台の周囲、崖の下は森で囲まれている。その森の中に入ったとしても、どのみちどこかで崖を登らなければならない。問題は登れる場所があるかどうかだが。


「ある」

「何処ですか!?」


 国王はその場所に心当たりがあった。


「館の裏側。今居る場所から正反対のところに細い崖路がある。落下の危険があるから普段は封鎖している場所だが、そこなら登れるだろう」

「ポトフちゃん!」


 その話を聞いたポトフは、来た道を戻り崖下から森の中へ突入する。キヨカ、マリー、ケイも慌てて追いかけるが、その背に国王が声をかけた。


「我々はそっちがダメだった時のことを考え、ここの突破を考えてみる」

「分かりました!セネールもそっちでお願いします!」

「心得た!」


 苦手な船旅でフラフラになっているセネールは休憩が必要なので国王に任せることにして、キヨカ達は島の裏手に向かって森の中に突入した。


――――――――


「行ったか……我々は先ほどキヨカちゃんに告げたようにここの突破を試みる」

『はい!』


 ここで先に進めるかどうかで、キヨカの心証は大きく変わるだろう。自分の命を守るためにも、国王は必死にならざるを得なかった。


「おっと、ツクヨミも残ってたのか。キヨカちゃんに好きに使ってくれって言ったが、忘れられたかな」


 ツクヨミ自身の存在感が薄いこともあり、キヨカは完全に彼の事を忘れていた。なお、彼は船から投げ出された時に問題なく着地し、周囲の確認をしたときにキヨカのスカートがめくれそうであることに気付き、目を背けたジェントルマンである。チャラ王とは違うのである。


「お前は彼女達のサポートをしてやってくれ」

「はい」


 国王の命に従い、ツクヨミは彼らの後を追ってこの場から消えた。


「後は、いつ応援が来るかだな」


 彼らは先発隊だ。

 待っていれば直ぐに騎士団が応援部隊を連れて来るだろう。

 例え今の人員だけでここを突破できなくとも、人が増えれば解決案が見つかるかもしれない。


 その国王の考えは、すぐに否定されることになる。


「陛下!あれをご覧ください!」


 ブレイザーが海の異変に気付いた。


「あれはまさか……渦潮だと!?」


 島から少し離れたところに、巨大な渦潮が発生していたのだ。ここしばらく内海に発生し、海の男達を大いに困らせていた難敵が、このタイミングで最悪の場所に出現した。巨大な魔動船であれば強引に通過できることが分かっているが、この島の周囲は浅瀬が多く、巨大な船で近づくことは出来ない。


「騎士団が所有している最新鋭の小型船なら、突破できるよな」


 危険ではあるが、浮く程のスピードで渦潮の上を通過して強引に突破することが、最新型の小型魔動船であれば可能である。現在は緊急事態であるため、騎士団はその判断を間違いなくするだろう。


「いえ、難しいと思われます。よくご覧になってください」

「……あ、あれは!まさかシーサーペント!?」


 渦潮の中央を良く見ると、頭のようなものを遠くからでも視認することが出来る。それは、内海に棲みつき多くの船を藻屑へと変えたシーサーペントのものである。


「小型船ですと、シーサーペントからの攻撃に耐えられません」

「つまり、増援は期待できない、ということか」

「はい」


 少なくとも、大型魔動船でシーサーペントと戦い撃破し、その後に小型船で島に人員を送るというステップが必要になる。シーサーペントとの戦いも簡単なものではなく、増援が来るには一日以上の時間がかかることが確定的になった。


「しかしこのタイミングで渦潮にシーサーペントとは……やはりあれらも邪人が?」

「おそらくは」


 次から次へと邪人の姿が見え隠れし、国王は頭が痛くなる思いであった。


 だがここで辛いからと言って休むわけにはいかない。


 努力してキヨカのポイントを稼がなければ、自らの命が危ういからだ。


「さぁ、やるぞ!」

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